WAB日記から本に関係ある部分を抜粋したものです。最後のところにぼくの本の案内も。from 2004/10/20

2005年5月24日(火)

 
渡辺裕、増田聡ほか『クラシック音楽の政治学』(青弓社)を読む。

 

 かつてほどの権威ではなくなったクラシック音楽だが、権威になるまでの間にクラシック音楽に付与された物語は、いまなお他の音楽にも強い影響を与えている。その物語がいかにして生まれ、はたまた更新され続けているのかを7名の筆者が豊富な例をあげながら論じている。モーツァルトにちなんだチョコレート菓子の本家・元祖話がとても笑える。太平洋戦争下のオーケストラの活動も、ぼくの知らないことだったので、興味深く読めた。



2005年5月1日(日)

 烏賀陽弘道の『Jポップとは何か - 巨大化する音楽産業- 』(岩波新書)を読んだ。


 

 
先に出た『Jポップの心象風景』(文春新書)は、そういう解釈もできるのか、というところで説明に落ちすぎるところがなきにしもあらずだったが、今回は産業としてのJポップを具体的に分析した本なので、はるかにわかりやすい。この十数年の日本の音楽産業の変遷をこれだけコンパクトに俯瞰した本はこれが最初だろう。特に自己愛とJポップの関わりについてふれた『「ココロ」の時代の音楽受容』以下の章が抜群におもしろい。『Jポップの心象風景』以上に文化論としても評価されるべき本だと思う。
 ふだん音楽は聞いても、統計数字にうとい仕事をしているので、カラオケ、着メロなどの統計には教えられることが多く、反省もさせられた。



2005年4月16(土)

 『松本隆対談集 KAZEMACHI CAFE』を読んだ。ウェブサイトの『風待茶房』に連載されていたものに、語り下ろしなどを加えたもの。

 

 対談のお相手は太田裕美、松たか子から町田康や是枝裕和まで多彩。内容は気軽に読める思い出話から、作品論に踏み込んだものまで、さまざま。
 谷川俊太郎との対談の中にあった「言葉を書いているのに、それが詩なのか詞なのかはっきりし認識してないんですね。両方とも何か抵抗があるように思えて、それはいまだに続いているような気がするんですよ」という発言が、彼の作品から受ける印象をとてもうまく説明しているように思う。



2005年3月20(日)

 小沼純一の『武満徹 その音楽地図』(PHP選書)を読みはじめる。数多い武満の作品をランダムに聞き進められるように解説したガイドブックだ。

 

 ぼくは武満の作品は数えるほどしか聞いたことがないが(彼が担当した映画音楽のいくつかは映画を見るときに聞いたはずだが)
この本を読みはじめて、一度きちんと聞いてみようかなという気にさせられた。しかしこんなにたくさんの作品を作っていたとは。



2005年2月28日(月)

 おそまきながら『ジェームス・ジェマーソン 伝説のモータウン・ベース』(ドクター・リックス著、坂本信訳、リットー・ミュージック)を読む。昨年話題を呼んだ映画『永遠のモータウン』のもとになったモータウン・レーベル全盛期のベーシストの伝記。60年代中期のモータウンは、ヒット曲製造工場と化していたが、彼はその中にいても、とても自由なベースを弾いていた。



 しかしモータウンが本拠地をデトロイトからLAに移して後は、アレンジ先行のセッションが増えた。彼の活躍できる場は狭まり、憂さを晴らすため酒にひたる日が続き、失意のうちに47歳で亡くなった。


2005年1月31日(月)
 
  この本はパロディ・ジャケットを集めて、うんちくを傾けたもの。音楽にはこういう楽しみ方もあるわけだ。



 それにしてもよくこれだけのアルバムを集めたね。なお、この本の表紙も『エレクトリック・レディランド』のパロディになっている。


2005年1月19日(水)
 

エリス・レジーナのDVD『MPB ESPECIAL - 1973』を見た。これは当時のテレビ番組を商品化したもので、椅子にすわっておしゃべりしながら歌をうたう彼女がモノクロの美しい画面にとらえられている。



 エリスはブラジルでボサノヴァが繊細な名人芸へと萎縮していった60年代中期に、パンチのある歌声で注目され、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイロ)の流れを先導した歌手だった。軍事政権の検閲で、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルが投獄され、亡命を余儀なくされていくような状況のもと、彼女は若いソングライターたちの政治的含みのある作品を積極的にとりあげ、人気テレビ番組や自分のショーで紹介していった。
 その彼女が1972年の独立記念週間に陸軍の運動会に招かれ、国歌をうたったので、ブラジルの音楽界は騒然となった。仲間内で面と向かって批判した人は少なかったが、彼女は風見鶏と言われ、進歩的なアーティストの間での評判は地に落ちた。左翼的な新聞には彼女を埋葬するコミックまで登場した。



 それから6年。彼女は78年のアルバム『或る女』で「酔っぱらいと綱渡り芸人」という曲をうたった。息苦しい夜の街を喪服姿の酔っぱらいが歩いている。「これほど鋭い痛みが忘れさられることなどけっしてない」「一歩進むたびに、怪我をする危険」「希望は綱渡り芸人」・・・歌詞のあちこちから、この歌が軍政下の暮らしを比喩的にうたったものであることは一目瞭然だった。その中には「ブラジルは夢見る エンフィルの兄が戻る日を」という歌詞もうたわれている。エンフィルは、72年に彼女を埋葬する絵を描いた風刺マンガ家で、彼の兄は当時政治犯として国外に追放されていた。
 6年前の彼女は何も弁解しなかったが、オランダの新聞に「ブラジルの政府はゴリラの巣窟だ」と発言して、それを見た政府から脅迫されて国歌をうたったのだった。
 政府の脅迫に屈したために、多くの信頼を失ったエリスの胸には、73年にこのテレビのショーに取り組んでいるとき、どんな思いが去来していたのだろう。DVDにはおしゃべりの訳がついてないので、どんなことを語っているのかわからないのがはがゆいが、彼女の毅然とした、そして優しい表情が忘れがたい。
 激しい気性と変わりやすい言動で周囲を混乱させることも多かったエリスは、23年前の1月19日、つまり1982年の今日、アルコールとコカインの過剰摂取のため自宅で亡くなった。36歳の若さだった。翌日、葬儀会場から墓地までの道を埋めたファンは「酔っぱらいと綱渡り芸人」をうたって彼女を見送ったという。



 これを書くにあたっては、レジーナ・エシェヴェヒアの『台風エリス』(国安真奈訳、東京書籍、2002年)を参考にした。



2005年1月14日(金)
 
  杉本良男の『インド映画への招待状』(青弓社, 2002)を読みはじめる。


 近年の人気スターやボリウッドの話だけでなく、幅広い視野からインド映画の歩みについてコンパクトに解説した本。映画音楽についてもふれられている。アマゾンからどっと届いたインド映画関係の洋書を読み進めるうえで、いいガイドになってくれそうだ。


2005年1月5日(水)
 
  キーフ・ハートリーとイアン・サウスワースの『ブリックヤード・ブルース』(中山義雄訳、ブルース・インターアクションズ)を読みはじめる。


 これは60年代にジョン・メイオールのバンドなどで活躍したドラマー、キーフの回想録だ。イギリスのロック史をある程度知っている人には、エピソードの数々を楽しんで読める本だと思う。
 たとえば、リヴァプール気質についての「街は繁栄していても、ワーキング・クラスの暮らしは楽じゃなくて、貧乏暮らしを余儀なくされていたのだった。そんな状況が他に類をみないユーモア感覚を生んだのだ」という記述。これが社会学者や評論家の本だったら、ふーん、そんなものか、でおしまいかもしれないが、リヴァプールに移り住んでバンド仲間からユーモアの洗礼をたっぷり浴びたことがある彼のような人に言われると、この街出身のジョン・レノンの辛辣なユーモアも、ずっと生身に感じられる、ような気がする。
 ディスコグラフィーなと゜ついている資料も詳細だ。


2004年12月29日(水)
 
  年内に終わるべき仕事が一段落。あとは掃除や片付けだが、部屋を見ると気の遠くなるような状態。片付けの途中で読みはじめたブレット・ミラノの『ビニール・ジャンキーズ レコード・コレクターという奇妙な人生』(菅野彰子訳、河出書房新社)がおもしろくてしようがない。

 有名ミュージシャンや音楽業界人もまじえたアナログ盤コレクターたちから聞いた話をまとめたこのエッセイ集。とりあげられているレコードは、珍しいものばかりでなく、もっとマニアックなコレクターの話は他にもある。しかし読んでいてこの本ほどレコード集めの真実にふれていると感じさせられたことはない。ここに登場するコレクターたちにとって、レコード集めは人生の比喩というより人生そのものなのだ。
 「死んだコレクターの妻に呼ばれてピックアップで駆けつけることもある。コレクターは生きていて、結婚だけが最期を迎える場合もある」
 「(コレクターには)永久に終わることのない使命がある。つまり、いつでもかならず、まだ手に入れていないものが存在するのだ」
 などなど、レコード集めを少しでも体験したことがある人なら、涙と笑いなしでは読めない言葉が次々に出てくる。
 ぼくはビニール・ジャンキーではないが、片付けなければならないCDの山を前に途方にくれているときに、こういう本にめぐりあわせてくれたことに神様の采配の妙を感じる。 この本のおかげで聞きたい曲がまた増えてしまった。



2004年12月26日(日)
日本ロック雑誌クロニクル
 
 篠原章の『日本のロック雑誌クロニクル』(太田書店)で主にとりあげられているのは『ミュージック・ライフ』『ニュー・ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『フォーク・リポート』『宝島』『ロック・マガジン』だ。編集長だった星加ルミ子、中村とうよう、関川誠、阿木譲へのインタビューをまじえ、それぞれの雑誌の歩みを紹介し、果たした役割にふれ、特徴を分析してある。雑誌を手がかりに日本におけるロックの受容と定着の歴史を語った本でもある。
 70年代の前半を『ニューミュージック・マガジン』の編集部で過ごし、他の編集部のことも少しは知っているぼくには、現場の空気はこの本に書かれているよりもうちょっと曖昧だったような記憶があるが、こういう明快な分析は篠原さんのように熱心な読者だった人だからできたのかもしれない。とにかく音楽雑誌に愛情があればこそ生まれた本。


2004年11月22日(月)

 ECDの『ECDIARY』(レディメイド・インターナショナル)を読みはじめたら、おもしろくて一気に読み終えた。自分の足で立って、自分の頭で考えて、自分の体で行動している毎日が、簡潔な文章でつづられている。日本でヒップホップに関わっている人が書いた文章でこんなに清々しいむだ肉のない文章を読んだのははじめてだ。社会批評としても秀逸。2004年の春を記録した文章のアンソロジーを編むとすれば、ぼくはまちがいなくこの日記の一部をその中に含めるだろう。
ECDIARY








2004年11月8日(月)
 大野修平さんから「わが心のシャンソン そして詩人の魂をめぐって」(平凡社)を送っていただいた。トレネ、モンタン、ピアフ・・・愛着ある歌手15名の思い出深い一曲を選んで書かれた文章。かつてのシャンソンが持っていた詩心が軽やかに伝わってくる。



 ぼくが知っている大野さんは、てきぱき仕事をしているか、お酒に酔っ払って愉快な駄洒落を連発しているかのどちらかだったが、それはこのロマンティックな心を隠す都会人の含羞ゆえだったのか。
 フランスの音楽についての基本的な紹介は、いまはほんとに少ないので、貴重な出版。もっと若い世代のアーティストについても続編を書いてほしい。


2004年11月7日(日)
 発売されたときには気がつかなかったが、ジョイスの「私のカメラがとらえたあなた」(柴まりこ訳、ブルース・インターアクションズ)を最近本屋で見つけた。ミュージシャンならではの視点から現代ブラジルの音楽について書かれた達者なエッセイ集だ。



 学生時代の彼女は新聞記者をめざし、実習生として働いていた。そのまま新聞社にいたら、きっと腕ききの記者として活躍していただろう。まえがきにあたる「バイオグラフィー」の章など、メロディをつければそのまま歌になりそうだ。しかし結局彼女は取材される側に回った。おかけでわれわれは彼女の歌声を楽しめる、というわけだ。
 本の中にこんな言葉が出でくる。
 「清廉な選挙が可能になるまで長い年月がかかることだろう。その日が来るまで私は投票したふりをし、あなたは当選したふりをする。そして我々は民主主義の中で生きているふりをするのだ」
 これは彼女の祖国ブラジルについての記述だ。ブラジルでは何が起こっても不思議ではない。なにしろかつてエルメート・パスコアールの説明し難い演奏曲に軍事政権が検閲でダメを出したくらいの国だから。しかし何でもありのブラジルもさすがにこの言葉をひとりじめにはできないみたいだ。つい最近大統領選挙があった国はどうか・・・。その国の軍隊はいまはあちこちの国を爆撃して「民主的」な選挙の重要性を説いているが。


2004年10月30日(土)
 午前中から冷たい雨。斎藤完の「民謡秘宝紀行」(白水社)を読みはじめる。日本の民謡に関して、いまこんなに生き生きしておもしろい文章が書ける人が他にいるだろうか。「飲めや歌えやイスタンブール」(音楽之友社)でトルコの民謡酒場について世界一のうんちく (たぶん) を傾けた著者だけのことはある。



この本の執筆中に「おてもやん」のモデルについて斎藤さんから問い合わせがあったが、答えられなかったので、さっそくそのページを開けてみたら、そのとき斎藤さんがにすでに立てていた赤坂小梅仮説が、よりアカデミックに展開されていた。


2004年10月20日(水)
 奥和弘「アメリカン・ルーツ・ミュージック 楽器と音楽の旅」(音楽之友社)を読む。ルーツ・ミュージックの来歴を使われている楽器から見るという視点がおもしろい。まめにチェックしているわけではないが、こういう本は英語でも出てなかったんではないだろうか。



 一般的にいかにもアメリカの音楽と思われている音楽で使われている楽器の多くがヨーロッパやアフリカからの借り物からはじまったことは、日本の音楽について考えるときも参考になる。
 労作に敬意を。


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