2001年の「転換計画案」からの変質について

 警察大学校等跡地の開発は、数々の問題を抱えてすすんでいます。このHPで、一貫して指摘してきた問題です。このコーナーでは、特に従前の計画(2001年6月「警察大学校等移転跡地土地利用転換計画案」(以下、「転換計画案」))からの変質について、下記のテーマ別にそれらの検証しています。

 これまでこのHPでは、2001年の東京都・杉並区・中野区が合意した「転換計画案」があるにもかかわらず、杉並区、東京都との相談もなく、一方的に2003年度に中野区が田中大輔区長のもとで見直しをおこなってきたことを問題にしてきました。しかし、検証を進めていて大変深刻だと思うのは、変質されてきたその内容そのものです。

 この変質は、これまで一緒に計画を検討してきた杉並区、東京都の行政担当者は、いち早く気がついたはずです。民主主義的な手続きがされてきたのであるならば、当然その過程で問題が公にされるべきはずです。されなければなりません。にもかかわらず、それが何故これまで問題にされてこなかったのかということです。読者のみなさんに、情報提供のご協力をお願いしたいと思います。

貴重な公有地の多くが少数の大手開発会社の民有地に変質

「賑わいの心」についての従来の考え方とその変質過程

「総合的防災拠点」の変質をすすめてきた過程

住民参加の変質

東京都の立場

変質の具体化

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住民参加を言わなくなった田中区長の「まちづくり」方針

 これまで、中野区は住民参加を強調してきましたが、今に至っては、財務省、東京都が「住民参加のまちづくり」とかばいつづける中野区でさえも住民参加は言わなくなっています。

 田中大輔区長は、公然と、「民間の活力を活用して、魅力とにぎわいのあるまちづくりを進める」「民間のノウハウや経験をまちづくりに反映していく仕組みが重要」(2006年7月中野区議会)など、2期目の彼の「まちづくり」の説明に「区民」「住民」という言葉は出てきません。財務省、東京都は、それでも「住民参加」と言い続けるつもりなのでしょうか。それは、住民を欺くことにしかなりません。

 東京都、財務省が自らの立場を正当化するために、「住民参加」と言っても、田中大輔区長が言うように、真実は、民間大手コンサル、開発業者と中野区(田中大輔区長)による住民不在の「まちづくり」であることは、はっきりしています。

区民との協働こそ、まちづくりの基本

 民間大手コンサル・開発業者との協働でめざす「まちづくり」なのか、区民との協働によるまちづくりなのか、警大跡地の開発は、その岐路にたっています。

 区民不在で、民間大手コンサル・開発業者との協働でめざす「まちづくり」で、どのようなまちづくりが進むのでしょうか。それは、こちらで紹介している各地の事例を見ればよく分かります。こうした「まちづくり」を、だれが一番まちのぞんで推進したがっているのかも、よく分かるのではないでしょうか。それを、国有地という国民の貴重な財産を使って、敢えて自治体、財務省が一緒になって進めようと言うのですから、驚かずにはいられません。

<資料>

2006年6月28日 中野区議会 区長所信表明
○区長(田中大輔) 中野駅周辺のまちづくりでは、まちづくりの理念や官民の役割などまちづくりの枠組みをつくります。警察大学校等跡地では、まちづくり法人の設立など、まちづくりを動かす基本的仕組みをつくり、みどりの防災公園や民間施設の整備などを動き出させます。

2006年7月3日 中野区議会
○区長(田中大輔) 
警察大学校跡地等の開発に当たりましては、魅力と活力あるまちづくりを着実に推進するとともに、複数の開発者や地権者など、これらを適切にコントロールしていくことが重要であります。そのためには民間と行政とが果たすべき、それぞれの役割や責務、まちづくりの方針やまちのあるべき姿など、まちづくりの方向性、またまちづくりやまちの管理運営のための組織のあり方などを示した、まちづくりのための条例の策定が必要であると考えているところであります。
 この条例については、今年度中を目途に策定をし、早い段階から区のまちづくりの考え方を開発者、地権者、区民等に提示をすることによりまして、関係者の理解と協力を得ながらまちづくりを進めていきたいと考えております。
 また、開発後の開発者等の相互協力についての御意見もありました。警察大学校等跡地等のまちづくりに当たりましては、
開発者や地権者とが十分協力をして、円滑に事業を進めるとともに、将来のまちを適正に維持発展させていくことが重要であります。そのため、国有地処分が予定をされております来年度以降には、地権者や関係者等から構成をされます、まちづくり協議会を設置をして、まちづくりにかかわる関係者間の意見交換や調整などを行っていきたいと考えているところであります。また、出来上がったまちをにぎわいと魅力のあるまちとして継続的に管理をしていくためには、地権者や開発者等によるまちの管理運営の組織、いわゆるTMO、タウン・マネジメント・オーガナイゼーションの設置について今後検討を進めていきたいと考えております。

2006年7月4日、中野区議会
○区長(田中大輔) 中野駅周辺は、民間の活力を活用して、魅力とにぎわいのあるまちづくりを進めることとしているわけであります。そのためには、民間のノウハウや経験をまちづくりに反映していく仕組みが重要であります。この企画勉強会は、民間の方々に参画をしていただき、当該地区のまちづくりに対する提案や市場における評価、施設事業等について広く意見交換を行う予定としているところであります。この勉強会で出された民間からの提案などについては、今後予定をしておりますまちづくりのルールやガイドラインの策定などの際に参考にしていきたいと考えているところであります。
 まちづくり法人についてどう考えているのかという御質問もありました。警察大学校等跡地のまちづくりに当たっては、
開発者や地権者が緊密に調整を図り、円滑に事業を進めるとともに、将来のまちの維持管理を発展的に行うため、まちづくり協議会やTMO等の設置が必要と考えているところであります。こうした組織の形態としては、NPO、中間法人や公益法人等さまざまに考えられるところでありますが、こうした法人の設置のあり方、果たすべき役割等を踏まえた上で、今後検討を進めていきたいというふうに考えております。


中野区の見直し計画について、東京都の見過ごすことのできない認識

 ここで示す東京都の認識は、見過ごすことのできないものです。

 東京都が仮に下記の認識について、その根拠となるものを示さずに、中野区の警大跡地開発計画についてのこのHPで指摘してきた様々な問題点を含めて、「是」としつづけるのでしょうか。東京都は、中野区の計画について「お墨付き」を与える役割を果たすことになります。また、住民から「中野区のすすめる警大跡地開発は、東京都の開発の『隠れ蓑』ではないか」と思われてもしかたありません。

 その1 対話集会など様々な住民参加によって取りまとめた「中野駅周辺まちづくり計画」との認識

 住民参加を強調する点は、財務省とも共通している。その論拠が崩れていることはすでにこちらで検証済である

 形態としては確かに「調査検討委員会」に東京都とともに公募された住民も「参加」したが、計画には住民の意見を反映しておらず、とても住民参加と言えるものではない。それでも、東京都が参加形態さえ整っていれば良い、手続き論として住民参加の形式が取られていればそれで良いというのであれば、その認識こそ問題である。

 中野区は、今では2006年3月の国有財産関東地方審議会について住民説明会さえも、頑なに拒否している。住民からの質問についての回答を見ても、この3年間に渡る検討が分かる。これで住民参加とは、東京都は一体何を根拠にしているのだろうか。

 その2 「開発の方向性は基本的に変わっていない」との認識

 東京都は「従来のまちづくりの目標としていた多様な機能の導入による複合的なまちづくりについては、新たに大学等を誘致するなど、開発の方向性は基本的に変わっていない」したがって、「都の立場としてこの考え方を是として臨んできた」との認識をもっている。

 「2001年の転換計画案」時点での整備課題の中心は、「総合的な防災拠点として位置づけていく」「核となる中央防災公園を整備する」である。それ以外には「生活・文化拠点としての機能の充実」「区民のスポーツ活動、健康保持や福祉のための施設」などでそれも、住民参加で整備計画を具体化するとの方針をとっていた。それは、東京都も参加して合意した「転換計画案」だった。

 現在すすめられているような超高層ビル、中高層ビルのまちづくりとは、質的に異なる。杉並区側には、巨大な建物は建つ計画はなかった。それでも、「開発の方向性は基本的に変わっていない」との認識は、一体に何を根拠とするものだろうか。

 開発の方向性は変質し、中野区の都市計画マスタープランとも矛盾する都市計画であることは、すでにこちらで論証してきた

 その3 従前計画の四ヘクタールに見合う空間を確実に確保できる自信があるというが

 避難場所としての機能は「三ないし四ヘクタール程度のまとまった緑地空間を確保することとしており、特段問題は生じない」「従前の計画案で確保していた四ヘクタールに見合う空間。確実にその空間が確保できていくという自信がある」としている。

 たとえば、4者協議に入る時点での中野区の計画は「区域3南側に中学校を配置し、グランドと公園等との連続性を考慮」としていた。しかし、2006年3月の財務省の跡地処分方針では当初予定していた中学校部分には、警察庁の建物がくることになり、従前計画よりも「まとまった緑地空間の確保」としていた方針は。それ1つ取ってみても困難になっているはずである。緑地空間の確保は後退するものである。

 目の前で、「三ないし四ヘクタール程度のまとまった緑地空間を確保」へ後退する事態が起きたにもかかわらず、都として合意しているというのは、どういうことなのだろうか。

<資料>

2005年第三回都議会定例会 植木こうじ議員の文書質問に対する答弁書
 「警察大学校等移転跡地土地利用転換計画案」の見直し案は、中野区が対話集会など様々な住民参加によって取りまとめた「中野駅周辺まちづくり計画」を基本に、杉並区の土地利用方針を加え、両区及び東京都が平成17年5月に策定したものです。

二〇〇五年十月二十五日 東京都議会都市整備委員会速記録
〇福島都市づくり政策部長
 ただいまのご質問は、二度と得がたい貴重な土地であるので、公園といいますか、大規模な公園として整備していく……(植木委員「そういうふうにはいってないんです。広域行政の立場からどう活用するか」と呼ぶ)この中野警大跡地につきましては、十三年の時点で、道路とか公園、また清掃工場や住宅、福祉、文化施設など多様な機能を導入し、複合的なまちづくりを行うことで潤いや住民生活の質の向上を目指していたわけでございます。
 今回の見直し案におきましても、警察病院の設置のほか、清掃工場の建設撤回といった状況を踏まえながらも、
従来のまちづくりの目標としていました多様な機能の導入による複合的なまちづくりにつきましては、新たに大学等を誘致するなど、開発の方向性は基本的に変わってございません。そうした意味で、東京都は、当初からの計画にもかかわりを持ちまして、見直した計画におきましても、都の立場としてこの考え方を是として臨んできたものでございます。

〇植木委員 今後も十万人の避難面積を確保する、こういう立場だという今お話でした。
 第三点目ですけれども、一部、今お話の中にもあったんですが、避難場所の中核になる防災機能を備えた防災公園の確保の問題でも、住民の命と安全にかかわる公園だからこそ、どこが主体になるかというのは、まだ今論議の最中でありますから、それは別としても、従来の論議の中で一度は決めた四ヘクタール以上の防災公園を確保するという立場で臨むべきだというふうに私は思うんですが、この点はいかがでしょうか。
〇福島都市づくり政策部長 本年五月の見直しにおきましても、避難広場の機能を引き続き確保することを主眼といたしまして、一・五ヘクタールの公園を整備するほか、民間企業など土地の購入者の開発や整備など具体的な土地利用に際しまして、オープンスペースを確保していただくなどいたしまして、三ないし四ヘクタール程度のまとまった緑地空間を確保することとしてございまして、特段問題は生じない、このように考えてございます。
〇植木委員 今、緑地空間というお言葉を使ったんですが、これは防災公園とは性格は違いますね。どうですか。
〇福島都市づくり政策部長 基本的には同じものだと考えてございます。
〇植木委員 性格というのは、平たい考えじゃなくて、きちっと東京都の位置づけとしてどうなのかということを聞いているんです。緑地空間というのが、防災公園とイコールといえるのかです。
〇福島都市づくり政策部長 従前の計画案で確保しておりました四ヘクタールに見合う空間として確保するというものでございます。

〇福島都市づくり政策部長 (略) なお、このままで心配が高じるといけませんので、改めて申し上げますが、四ヘクタールに及ばんとする空間といいますのは既に事例がございまして、私どもといたしましては、地区計画などを使いまして、確実にその空間が確保できていくという自信がございます。(略)


田中大輔区長!土地は61%が民間へ売却されますが、あなたの「構想」は何によって裏付けられるというのですか?

  2001年転換計画では全体が公有地 → 新計画では61%が民有地

 従前の計画との違いについて、田中区長の説明は、「将来の中野のまちの活力を生み出す」「緑あふれる環境と都市の暮らしが調和したまちづくり」「交流とにぎわいを生む機能を導入すること。環境、共生に配慮した緑あふれるまちを形成」など、これまで強調してきました。

 それだけを取ってみれば、ごく当たり前の計画・構想で、ここの頁でいう2001年転換計画との違いもさほどないようにも思えます。

 では問題、違いはどこにあるのでしょうか。計画の検討から3年経過し、具体的な進展の中で、住民にも事実として分かりやすく目にみえるようになってきています。

@田中大輔区長が、上記のコンセプト=基本的な考え方をさかんに強調しますが、その物質的基盤となる土地はどうなっているでしょうか。従前の計画では、ほぼ全域が公有地のままであったのが、2006年3月の国有財産関東地方審議会答申では61%が民間へ売却されてしまいます。従前のように100%公有地ならいざ知らず、半分以上が民有地にも係わらず、どうして田中区長がその土地利用の基本的な考え方を保証、約束できるのでしょうか。今回の一連の警大跡地の処分によって、実質土地の権利の約3/4が、少数の大地主=民間大手会社ということになります。

Aおまけに、まちづくりの理念的基盤となる都市計画については、今回の土地売却のために、まちづくりの基本方針となる「都市計画マスタープラン」と矛盾する警大跡地の開発であり、なし崩しにされようとしています。開発者負担の問題だって、指摘されている問題は山積しています。

B田中大輔区長の言う所の基本的な考え方の出所は、2003年6月から警大跡地等の委託調査契約を繰り返してきた民間大手コンサルの調査報告です。そのために調査をしてきました。2003〜04年度=(財)新都市建設公社(日建設計へ下請け)、05年度=三菱総研、06年度=セントラルコンサルタントです。その成果だって、核心が崩れてきているではありませんか。会計監査で問題が指摘されたり、従前の報告書と酷似したものが出されたり、成果が充分確認されないまま同様の調査がされたりしていませんか。しかも、それはあくまでも調査であって、民間に売却された土地利用の方向を左右するのは、大手開発会社の投資方針ではありませんか。

C学校法人へ売却される土地については、用途指定期間は10年間です。6月22日の住民説明会でも、秋元参事はその後の売却は可能と説明しました。区長の任期、土地の用途指定期間以上に、そこに住み続けるのはそれぞれの命、心、人生をもった一人一人の人間です。住民説明会さえもまともに開催できずに、住民の質問にまともに回答できずに、どうして「まちづくり」を語れるのでしょうか。

 これでも、「構想」が実現する、計画を着実にすすめるというなら、その根拠を示すべきではありませんか。残念ながら、これまでの記録を見ると、「構想」は語っても、その根拠は語られていないではありませんか。この点に関する住民からの質問についても、回答できていないではありませんか。

<資料>

2003年9月19日 中野区議会
区長(田中大輔) 清掃工場の計画の中止、またサンプラザの取得、こうしたことが大きな要因となりまして、中野駅周辺を取り巻く、まちづくりの情勢は大きく変化をしているわけであります。この変化をきっかけに、中野駅周辺全体を視野に入れた新しいまちづくり計画をつくっていくということが、現実の課題となったわけでもありますし、必要なことだと考えているわけであります。

2004年2月19日 中野区議会
区長(田中大輔) 将来の中野のまちの活力を生み出すよう、中野駅周辺まちづくり計画の策定を進めてまいりたいと考えています。

2004年6月3日 中野区議会
区長(田中大輔) 緑あふれる環境と都市の暮らしが調和した、そうしたまちづくりをしていきたいということであります。

2004年6月4日 中野区議会
区長(田中大輔) 警察大学校等跡地については、交流とにぎわいを生む機能を導入すること。環境、共生に配慮した緑あふれるまちを形成すること。そうしたことを通じて、中野の新たな顔となる拠点をつくることを目指しております。こうしたことが必要だというふうに判断をしているところであります。このようなまちの姿は、中野駅周辺だけではなく、中野のまち全体にとっての必要性というところからの考え方であります。

2005年2月17日 中野区議会
区長(田中大輔) 私は、中野区が今後、持続可能な都市としてその魅力を内外に発信し、区民の経済活動と地域生活において新しい豊かさと活気を生み出していくためには、警察大学校等跡地を含む中野駅周辺まちづくりは極めて重要な事業であると認識しています。・・・・・中野駅周辺は重要な交通結節点であること、商業・業務や文化・医療・教育などの多様な機能の集積により、都市としての魅力や集客力が期待されていますので、これらの機能をさらに発展・複合化させて将来の中野のまちの活力を大きく生み出すような計画づくりに引き続き取り組んでいきます。

2005年2月21日 中野区議会
区長(田中大輔) 警察大学校等移転跡地には、交流とにぎわいを生む機能を導入するということ、それから、環境との共生に配慮した緑あふれるまちの形成に努めるということ、中野の新たな顔となる拠点をつくることを目指しているわけであります。こうした中野のまちの姿というものは、中野駅周辺ということだけではなく、中野のまち全体にとっても必要なことと考えているところであります。

2005年6月2日 中野区議会
区長(田中大輔) 中野駅周辺のまちづくりについては、都市における緑の必要性を十分に認識し、あわせて、災害時の避難場所としての防災公園等の防災空間を確保し、中野の町の活力をより高めるための都市機能を導入すること、そうしたことを基本に中野駅周辺まちづくり計画として策定をしてきたものであります。

警察大学校跡地の処分先

警察病院への売却前で比較すると 9.9ha/14.9ha=2/3が民有地にされたことになる。
さらに、区道となる部分を除き、実質利用できる面積で見ると、9.9ha/13.3ha≒3/4が民有地にされてしまう。
片方で民間でできることは民間でと叫び、もう一方では公でやることを放棄して貴重な公有地は民間へ大放出。どうなっているの?


「中野駅周辺まちづくり計画」で住民参加を強調するが

「中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」は自らまとめた意見・提案を反映させていない

  中野区は、「中野駅周辺まちづくり」を住民参加でやってきたという自負があるようです。しかし、本当に住民参加といえるのでしょうか。住民と行政との間に大きなギャップがあります。事実はどっちなのでしょうか。

 中野区が住民参加でやってきたという根拠は、2003年9月からの「中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」をさしているのでしょうか。委員会には確かに、公募区民、団体推薦区民、学識経験者、行政関係者などが参加しました。では、意見は反映されたといえるのでしょうか。

 「中野駅周辺まちづくりの中間まとめ」について、こちらで整理しましたが、全体で寄せられた92件のうち、54件は、民間売却反対したリ、防災公園、緑地公園を要望しています。また、10件は住民参加、意見の反映させるなど手続き的に問題あることを指摘しています。したがって、92件の意見のうち、64件=70%は、現行計画の見直しを求めていることになります。こうした意見は、反映されていないことになります。

これでも住民参加ですか

 その他にも、区民対話集会、住民説明会、パブリックコメントなどではどうだったでしょうか。

  1. 区長対話集会での意見では、2003年8月6日から「中野駅周辺まちづくり計画」が決まるまでの、対話集会における警大跡地関連の質問ができた全記録を議事録では、78%が中野区とことなる意見表明をされている。(詳細はこちら
  2. 杉並区住民を対象にした住民説明会の報告、住民の意向、さらには杉並区の対応についてさえも、不誠実な対応を繰り返してきた。勉強会など開催し、「意向を反映させたい」などの言葉はあるが、囲町、ブロードウェイ・サンモールで開催を呼びかける文書はわずかに一部あるものの、開催日、開催内容を示す文書すら残っていません。(詳細はこちらこちら
  3. 区の意向とは異なる故の、350人近い方々からのパブリックコメント、100件を超える区議会への陳情など。(詳細は、こちら
  4. 警大跡地に「緑とオープンスペースの拠点」「中部防災公園は、警大跡地内に整備」とした、区民参加で作成した「都市計画マスタープラン」と相容れない、警大跡地内への「業務、商業・住宅、大学、産学公連携施設」など導入が計画。(詳細はこちら
  5. 従前の2001年転換計画とあまりにも内容が違いすぎます(詳細はこちらこちらも

 以上を見ると、住民参加形態はあっても、内容としての住民参加はほとんどないということにならないでしょうか。

区長就任当初にかかげた区政運営の基本姿勢とした区民参加だったが

 なぜ、そんなことになっているのでしょうか。

 住民参加というのは、実は2002年6月25日田中大輔区長が就任後初めての区議会の施政方針説明で区政運営の基本姿勢の一つの柱として、議場で公約した内容でした。しかし、この施政方針説明には、翌日、翌々日と複数の議会構成会派から激しい追及を受けることになりました。

 特に区民参加というが区長のリーダーシップこそもとめられるのではないかという追及でした。結局、その中で、区長は区民参加は行政運営の手続き論として必要だという姿勢に後退してしまいました。もっとも、区民参加を言うなら、区長就任前の中野区の行政職時代の姿勢の反省こそ求められるという意見もあったように、彼の「区民参加」論は眉唾物だったようです。

 こうして見てくると、「検討開始から策定まで区民参加で進めた『中野駅周辺まちづくり計画』」というのは、実は形式としての手続き論での話のようです。内容も含めて、区民参加で建設的に進めてきたということまでを示すものではないようです。逆に、内容での問題を云々されることの防御策として、住民参加の手続きはとってきたことを強調するため「中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」は必要だったのかもしれません。

<資料>

2002年6月25日 区長施政方針説明 私の基本姿勢の3つの柱の第二で区民参加を訴えた
私は区長選挙にあたって、区民の皆さんに、私の考える区政運営の理念と政策の柱を明らかにし、訴えてまいりました。これらに沿って、これからの区政を進めていくことにいたします。まず、区政運営の理念について、申し上げます。
・・・(第1、第3は略)・・・・ 第二は、「形だけでない手応えのある区民参加」です。
 自治の原点は住民参加にあります。そのためには、区民と区が情報を共有し、十分に話し合うこと、そして行政が説明責任を果たすことが不可欠です。施策の検討や決定にあたって、地域全体のために区民が議論できるよう、情報の提供を徹底します。また、話し合いの場を保障するとともに、区の判断の根拠を常に明確に示すようにしてまいります。

翌日(6月27日)翌々日(6月28日)の議会の様子
「住民参加」についての最初の頃の答弁、再質問を受けての答弁は、しどろもどろでわかりにくいのですが、後半になると行政運営上での手続き論として落ち着いてくる。


財務省! 国有地の61%を民間に払下げ、大規模開発へ道

「警察大学校等の移転は東京の過密を解消するため」(2003年9月財務省・・・調査検討委員会)

→   2004年5月〜  財務省・中野区・日建設計で打ち合わせ
    2005年8月〜  「都市再生や経済活性化等の観点からも利用を促進」

今からでも間に合う! 中野区は計画の見直しを! 関係機関も大規模開発の見直しを!

  財務省の立場は大規模開発へ変化

 警大跡地は、もともとは地主の財務省自身がつい最近まで、「警察大学校等の移転は東京の過密を解消するため、都心部から国の施設を移転させる事業の一環であることを皆様に再度御理解願いたい」(2003年9月3日「第1回中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」)と言っていた所だ。それが、2004年5月からは、日建設計も同席させた打ち合わせをおこなう。2005年8月の4者協議では「都市再生や経済活性化等の観点からも利用を促進する必要があると考えている」(2005年8月関係行政機関四者による協議会)と立場を変化させている。

 とはいえ、まちづくりをすすめるのは地元である。いくら地主とはいえ財務省の大規模開発への変化に左右される必要はない。

 財務省の変化の背景に、国民の声を無視して不要不急の公共事業に莫大な投資をして、国の財政を悪化させてきた無責任な行政運営のツケを、地方自治体、住民に押しつけ、今度は国有地を高く売るために住民合意のまちづくりを犠牲にしようとすることがあるとしたら、とんでもない。

 もともと、「まちづくりは長い時間を要するものであり、継続的で安定した基本的方針のもとですすめられることが望ましい」(中野区都市計画マスタープラン)というのが、常識的な考え方である。

 もう一度、この間、2003年の計画見直し以来、拙速にすすめすぎてこなかったのか、関係機関は総括する必要があるのではないか。

  まちづくりは、民間大手コンサルよりも関係住民との合意を基礎にすすめるべきだ 

 一方、中野区は、警察大学校等跡地の開発計画で、「にぎわい」を実現するため、大学誘致を一つの「売り」にしてきた。それは、2004年9月に公にされ、その後の「中野駅周辺まちづくり計画」に書き込まれた。

 区長選当選後の「都政新報」のインタビュー(2006/6/27)でも、警大跡地の構想を聞かれ、大学誘致を真っ先に回答した。

 こちらでも紹介したように、大規模跡地への大学の誘致は、最近ではあちこちで出されている。どこもかしこも民間大手コンサルへ調査委託するから、金太郎飴のような計画が出てくるのはやむを得ないとしても、一体そんなふうにつくられた計画が、まちづくりとして成功するのだろうか。

 将来のことだから、だれも確証的な事は言えない。しかし、心配の種はつきないということも事実だ。

 第1に、大手コンサルは、調査が目的で、その結果に責任を負うものではない。その調査もかならずしも、住民の生活向上を目的にはしていない。調査報告をどう解釈し、判断するかは当事者の責任である。第2に、誘致される学校法人にしても、経営が成り立つかどうかが最優先で、まちづくりのために経営を犠牲にしてまで誘致に応じたり、存続するものではない。第3に、地主の財務省にとっては、計画内容のことよりも「最も有利な者を売却の相手方として決定」すると公言している。第4に、中野区は民間大手コンサルへの調査委託を繰り返しているが、区議会の議論をみると、どうもその成果がはっきりしなくなったようだ

 まちづくりは、民間大手コンサルを中心にすするめるのではなく、関係住民との合意こそ中心にすすめるべきではないのか。地元自治体を隠れ蓑にして、大規模開発をしようとする狙いがあるとすればべつだが、そうでなければ、地元自治体がかかわる意味も薄れてしまう。また、関係住民との合意を重視すると、大学誘致、大規模開発とならないという心配があるとしたら、それこそ問題ではないか。

 この点から言っても、計画を拙速にすすめすぎてこなかったのか、再検討をする必要があるのではないか。

  関係住民の要望=防災緑地の確保は、尊重されるべきだ

 住民の要望は、大規模開発よりも、防災緑地の確保だ。それは、住民エゴはない。

 超過密都市東京という性格から、地震予知連絡会などは、防災空間の重要性を指摘し「近年へりつつある都心部の公共有地を早急に確保すべきである」という提言をだした。ところが、最近では、「都心居住」、「民活」、「都市再生」など、いろんな言われ方がされながら、結果として都心部の国公有地が民間に払下げられている。これが、首都東京の長期的防災対策として、問題ないのか、関係学者の力も借りて、まちづくりに活かしていくべきだと考える。

 ましてや、警大跡地は、従前からの計画では、「総合防災拠点」をめざしていたではないか。

 さらに、緑の機能、ヒートアイランド・地球温暖化対策など都市環境対策、人口減少社会など、幅広い視点から公有地ならでは活用方法を検討すれば、防災緑地の確保は全国民的な課題としても納得されるものではないか。

 まだ、今からでも見直せば、民間に渡ってしまうことを防げるはずだ。

<資料>

2003年9月3日「第1回中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」
関係行政機関 ご案内のように、国の機関が東京都心部にあって、その都心部の過密を解消しましょうということからはじまった事業が機関移転事業です。・・・・(略)・・・・・この事業はそういう目的をもって、国の機関が東京都心部から郊外に移転した、その跡地処理と言うことを考慮すると、・・・・・・

2004年9月21日 第3回定例会1日目
○区長(田中大輔) 跡地に、水、緑、土に親しめる自然環境、また、魅力ある都市施設を共存して、新しい中野らしさをつくる大学、大学院などの施設を誘致という質問でありました。
産学連携や国際交流の活発化を促し、中野区全体の産業振興に資するために、警大跡地への大学等の誘致について検討をしているところです。また、跡地の整備に当たっては、自然環境についても配慮をしながら、開放的な空間となるように検討を進めていきたい、そう考えています。

2005年5月 「中野駅周辺まちづくり計画」
 「特に、アニメ、コンテンツ、IT などの将来的に発展の見込まれる産業直結型の分野、あるいは福祉、保健・医療といった時代のニーズに即した地域社会密着型の分野を学ぶ学生・教員が中野のまちに集まることにより、人材の交流と育成が促進され、新たな融合分野の産業振興にもつながる可能性がある。さらに、社会人を対象としたリカレント教育等が実施されれば、まちの文化的なにぎわいももたらされることとなる。人が人にサービスを提供する保健福祉系サービスや育児サービスなどのヒューマンサービスは、地域社会の高齢化、核家族化が進んでいる現在、市場としての成長が見込まれる。更に、中野区内は警察病院や江古田の森等、一連の保健福祉施設など、実習環境や働く場等のキャパシティも備えている。情報通信産業やヒューマンサービス産業の発展・育成には、人口重心が西に移動しつづける中で昼間人口の重心が中野付近にあることなどから、人材の育成と供給、産と学との連携や研究ができる施設の立地が期待される。アニメ等のコンテンツ産業についても、最新技術との連携が必要となっている。従って、区は複数校の大学等教育・研究機関の立地を図るものである。」

2005年11月28日 第4定例会3日
○区長(田中大輔) 中野駅周辺につきましては、活力とにぎわいのある町を実現するために、産業や大学などの多様な機能を導入していきたいと考えております。
大学につきましては、ITでありますとか、保健福祉など、新しい中野区にこれまでなかった機能、そうしたものを発信したり、あるいは他の地域と交流できるといったような機能を持った教育研究機関、そうしたものの立地を誘導して、産学連携などを通じて、地域の活性化にもつなげていきたいといったようなことを考えているところであります。区といたしましては、こうした基本的な考え方を踏まえて、財務省等と大学などの誘致の仕方や、それに関連して都市計画の手続等をどうしていくかといったようなことについて、協議を行っているところであります。

2006年3月 国有財産関東地方審議会で財務省の説明から
「6大学の取得要望の内容は、いずれも適当と認められます」「国にとって最も有利な者を売却の相手方として決定することとしたい」「本日、御答申をいただければ、各大学に対し、競合の状況、売却の手続等を説明し、所要の調整を開始したいと考えております」

2006年5月11日中野区議会中野駅周辺整備・交通対策特別委員会
(三菱総研に1300万円で委託調査した結果の報告文書についての質疑で)
かせ委員
 つまり、単なるデザインということで、実現性であるとかそういったものはそっちへ置いておいて、とにかくこういうものを描いたという、そういうふうにとってよろしいんですか。
秋元拠点まちづくり担当参事 現在の段階では、導入される機能は大学そういったものがまだ明白ではございませんので、そういったことが言えるであろうというふうに思います。

「考え直そう、地震防災」 岩波ブックレット 茂木清夫 1999年8月刊
1.都市の住空間を点検する/2.情報が地震被害を軽減する/3.いま、なすべきこと
著者紹介欄から:東京大学理学卒業。東京大学地震研究所所長を経て、現在日本大学教授・地震予知連絡会会長。
47頁・・・・「都市に防災空間をつくる」参照

阪神大震災後の朝日新聞の「論壇」から
95年1月25日 防災都市づくりは緑地を基盤に 東京工業大学講師・緑地学 石川幹子
・・・・・
関東大震災で、市民の生命を猛火から守り、市街地の延焼を阻止したものは公園と緑地だった。上野公園(50万人)、皇居外苑(30万人)、芝公園(20万人)、日比谷公園(15万人)、浅草公園(10万人)、小石川植物園(8万人)、清水谷・虎ノ門・麹町公園(3万人)、公園への避難民総数は157万人に及んだ。・・・・火災は、上野公園、不忍池、東京大学、小石川植物園、日比谷公園、芝公園を結ぶ線で止まっている。・・・・・・・アメリカでは、1871年のシカゴ大火を教訓とし、公園と広幅員の並木路(通常50〜100m)のネットワークを都市構造の基本に据え、緑地により、市街地を分節し、防災都市を建設した。・・・・・・・こうした防災都市づくりは戦前、日本でも各地でおこなわれた。阪神地域においても緑地を重視した戦災復興計画が策定されたが、財源不足から大幅に縮小された経緯がある。・・・・・・
95年2月16日 常緑広葉樹生かした避難緑地を 東京農工大教授・植生管理学 福嶋司
・・・・・関東大震災時、周囲と内部に多くの樹木のあった約5ヘクタールの岩崎邸に避難した約2万人は無事だった。これは樹木が周囲からの熱風を遮断し、飛来物を防いだ結果であり、「みどり」が防火に有効であることを示すものである。・・・・・古くから、関東ではスタジイやアカガシ、東海地方ではサンゴジュ、東北地方ではヒバなど常緑樹を屋敷の周りに植え、防火に活用していた。
植物の防火機能を科学的に実証したのは関東大震災直後の山林局(現・林野庁)の研究者による調査であった。・・・・・・(その具体的な成果をまとめ)・・・・・安全な避難緑地としては広い空間とそれに占める緑の量、そして、それを構成する緑の質が重要なポイントとなる。そして、避難場所の多くが公園であることから、景観も意識しながら効果を発揮できるように工夫する必要もある。しかし、現在の防災対策は避難空間の確保と人口構造物の配置のみに重点が置かれ、これら先人の示した貴重な情報は忘れられているかに見える。・・・・・


「防災公園」構想を破棄、避難場所を大手開発会社に売却する構想をつくった中野区の責任は重大

いまからでも遅くはない

大切な避難場所が大手開発会社に売却されてしまう前に、中野区は計画を見直すべきだ!
中野区は大手開発会社の利益より、住民の利益を優先せよ!

 2001年の「土地利用転換計画案」では、もともと警大跡地は、「総合的防災拠点を形成」が目標となっていた。ところが、中野サンプラザ売却、清掃工場建設中止となる中、中野区では2003年6月から「中野駅周辺まちづくり」調査委託がはじまり、「防災公園」構想破棄の動きが始まった。

 2006年6月22日の住民説明会では、住民が知りたい点について中野区は明確な説明ができなかった。「説明できる段階になったら説明する」、避難に必要な場所の確保は「頭をひねっている段階」と回答。跡地利用について、どう高円寺側の環境に配慮するのか、オープンスペースの確保と高度利用との関係など、「考え方もしっかりしたものができていない」「計画が決まっていないので、説明できない」「都市計画で誘導する」と繰り返された。多くの住民は、これが3年間検討を進めてきた中野区の姿なのかと、驚いた。

 周辺住民にとって、生命と生活の根幹にかかわる問題、自治体の使命ともいうべき問題が、なぜこうもないがしろにされてしまっているのか。

 以下、これまでの経過を、今の時点で振り返る。当時では見えなかったものが見えてきた。

  「中野駅周辺まちづくり」調査委託開始で破棄された「防災公園」構想

 中野区は、「中野駅周辺まちづくり」調査委託をはじめてから、「防災公園」という言葉を使わなくなった。区議会でも、「(清掃工場と防災公園)そういったものについては、すべて見直しをしたい」(2003年10月20日 那須井まちづくり調整担当部長)と明言してきた。明らかに、2003年度の調査委託を機会に、「防災公園」の見直しがおこなわれた。

 事実、この調査委託後に発表された文書、4月の「中野駅周辺まちづくり計画検討素案」、5月の「中野駅周辺まちづくり考え方」などには「防災公園」の単語はない。2004年6月3日、区長は「警察大学校等の跡地についても、既存の公園に加えて開発者が提供する公開空地、公園などによって、3から4ヘクタールのオープンスペースを確保していきたい」との方針を明らかにした。

 中野区は警大跡地内での「防災公園」構想を「オープンスペース」構想へと転換宣言した。

 中央防災公園を中心にした防災拠点の構想から、オープンスペースを基本に避難場所を確保する構想への変質である。「防災公園」をなくして大規模開発するとしても、警大跡地は広域避難場所で、その機能は確保しなければならない、中野区がその矛盾を解決する策としたのが「オープンスペース」構想である。

 一方、「防災公園」確保への手法についての議論もされていたが、すでに中野区は、この方針転換をすすめる必要があるため、開発者負担方式に頑なだった。なぜなら、中野区には、すでに「防災公園」確保の方針はなく、「防災公園」の財政負担比較を含めた整備手法の検討などする必要もなく、論外だったからだ。

 中野区は、「中野駅周辺まちづくり計画」などを通して、「都市型産業を集積・育成し、文化・教育、交流等の機能とともに、都心定住化をすすめる」などと言い、避難場所はその開発によるオープンスペースでまかなうと、住民に説明した。国有財産関東地方審議会の答申が出た今となっては、その現実の姿がよく見える。跡地を大規模開発する大手開発業者に売却し利益を還元することだった。

 「防災公園」をつくったのでは、大手開発業者に売却する面積は減少してしまう。高度利用もできなくなる。大手開発業者が得る利益が減少してしまう。中野区としては、「公開空地によるオープンスペース」、「開発者負担」でなければならなかった。

 自治体として驚くべき姿勢があらわになったが、なぜこうまでゆがめられてきたのだろうか。それは、また時期がくれば明らかになってくることだ。

  「防災公園」をよみがえらせた住民運動・・・その中心に警察大学校等跡地・陳情者の会

 しかし、その後、「防災公園」を中心にした跡地利用で検討するのか、それとも大手開発業者の利益になる大規模開発に見直すのか、この選択が厳しく問われることになった。住民が立ち上がったからだ。

 中野区の見直しについて、杉並区民への住民説明会は、2004年5月から始まった。

 住民の反発予想外の杉並区の対応で、「中野区の見直し」の見直しを迫られた中野区だった。議会の中での説明は、住民説明会の報告、杉並区の報告について、虚偽のものがくりかえされた。しかし、長くはつづかず、「素案」「考え方」から「たたき台」として検討をかさねる中で、2004年11月の議会ではとうとう「防災活動の拠点として機能する空間も確保」と言わざるを得ないところまで追い込まれた。

 住民の怒りはおさまらず、陳情提出の動きは、止まらなかった。2005年1月には、陳情者が連帯して、警察大学校等跡地・陳情者の会が結成され、区長要請、区議会要請、イベントへのとりくみを含めた様々な宣伝行動が繰り返された。

 2005年2月17日、議会開催初日の区長の施政方針説明で「緑豊かな防災公園とそれに連なるオープンスペースを確保するとともに、自然と環境が調和した都市空間をつくり、安全で人に優しいまちを目指していきます」と言った。住民運動が区長を追いつめた。中野区の当初の方針の破綻だ。2005年4月からは、中野区と杉並区のトップ会談が始まり、8月には「防災公園と周辺のオープンスペース等により、3ヘクタールから4ヘクタールのまとまった緑地空間を確保する」との杉並区と中野区の覚書ができた。

 いまでこそ、田中大輔区長も「防災公園」(わずか、1.5haだが)を口にするが、それは、住民運動が区政を追いつめた結果によるものだった。

 中野区政が動かされた背景に、「中野駅周辺まちづくり計画」関連だけで100を超えた陳情、「計画素案」に350人近いパブリックコメントなど、住民運動の高揚があった。その中心には、中野区、杉並区の陳情者がつくった警察大学校等跡地・陳情者の会があった。住民運動は、重要な到達点を築き上げてきたことになる。

 これからさらに、警察大学校等跡地計画の変質の企てをストップさせる必要がある。そうしなければ、「避難場所は安全だろうか」「住まいに日は当たるのだろうか」「自動車による大気汚染、騒音は大丈夫か」「緑はどうなってしまうのだろうか」など、関係住民の生活と生命に係わる不安は解消されない。

 「防災公園」構想を破棄し、大切な避難場所を大手開発会社に売却する中野区の責任は極めて重大であるということを警告しておきたい。

 声を大にして中野区に言いたい。「大手開発会社の利益より、住民の利益を優先せよ!」「大切な避難場所が大手開発会社に売却されてしまう前に、中野区は民間売却計画を見直せ!

     <資料@>

2003年6月30日 中野区議会本会議
○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) 3点目でございますけれども、中野駅周辺まちづくりについてでございます。
 既に着手しております調査検討の中で、区民参加を図らせていただきながら、具体的なビジョンを描いていく予定でございますが、中野駅周辺は、都市計画マスタープランで描く「にぎわいの心(しん)」として、また30万都市中野の顔として、住機能に加えまして、働き、学び、楽しむなど、多くの機能を備えた活力と魅力ある町の形成を目指していきたいと考えております。このうち、サンプラザを含む警察大学校跡地、区役所及び北口広場等の地域につきましては、
防災公園などの公共施設だけでなく、商業業務施設や住宅などの導入も検討してまいりたいと考えております。また、道路、公園等の都市基盤施設につきましては、開発者負担による整備の手法を追求していきたいと考えているところでございます。

2003年9月22日 中野区本会議・・・・・「中野駅周辺まちづくり」の説明で、防災公園の言葉がでなくなった

○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) 私からは中野駅周辺のまちづくりについての御質問にお答えをさせていただきます。まず、オープンスペースを確保した、また持続可能なまちづくりを進めていくべきとのお尋ねでございます。中野駅周辺のまちづくりにつきましては、幅広く駅周辺を視野に入れ、区民の快適な生活、都市活動、産業の振興に向けた検討を行っているところでございます。良好な都市景観の形成、安全、憩いや安らぎのための公園など、オープンスペースの確保につきましても配慮いたしまして、中野駅周辺のまちづくりが東京の再生に貢献でき、しかも持続的発展も可能なまちづくりとなるよう努めてまいります。

2003年10月20日 中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会・・・・清掃工場、防災公園、すべて見直したい

那須井まちづくり調整担当部長 今の警察病院と現在計画決定されました区画街路以外、特に南側はずっと清掃工場と防災公園ということで位置付けていたわけでございますけれども、そういったものについては、すべて見直しをしたい

2004年2月25日・・・もともと4ヘクタールの公園を整備する計画ではなかったのかとの追及に区長として「防災公園の見直し」を言及

○区長(田中大輔) 警察大学校等跡地土地利用転換計画案についてですけれども、これについては、清掃工場がそこに存在するということを前提につくられているものということもありまして、当然これの見直しが必要ということについては、東京都、国、それから、杉並区の了解も受けまして、現在、警察病院、それから、区画道路の第1号、2号、これ以外のもの、防災公園も含めた見直しを行っているというところであります。

2004年6月議会・・・「防災公園」構想から「オープンスペース」構想への転換宣言

2004年6月2日 中野区議会
○区長(田中大輔) 警察大学校等跡地については、交流とにぎわいを生む機能の導入による中野の新たな顔となる拠点づくり、また公園と空地からなるオープンスペースの確保などを想定しております。

2004年6月3日 中野区議会
○区長(田中大輔)警察大学校等の跡地についても、既存の公園に加えて開発者が提供する公開空地、公園などによって、3から4ヘクタールのオープンスペースを確保していきたいということです。

○都市整備部長(石井正行) 広域避難場所の機能確保の点でございますが、現在、避難場所の指定につきましては、東京都が平成14年12月に見直しを行ったものでございます。中野区役所一帯の避難場所といたしまして、避難有効面積が約9.8ヘクタールとなっております。この警大跡地を地区計画等によりまして土地の高度利用を図りながら、公園及び公開空地、また、通路等を確保する規制を導入いたしまして、広域避難場所の機能を確保するという考えでございます。

2004年11月24日・・・・「防災活動の拠点として機能する空間を確保」・・・中野区を追いつめ始めた住民運動

○都市整備部長(石井正行) 私からは、警大跡地に防災公園をという御質問でございますが、警大跡地を含む中野区役所一帯は広域避難場所に指定をされております。そういうことから災害時の避難場所としての空間や防災活動の拠点として機能する空間を確保してまいりたいと考えております。

2005年2月17日・・・・・区長に「緑豊かな防災公園」の確保を言わせた

○区長(田中大輔) この地域は広域避難場所として現在も指定されていることから、周辺建物の不燃化などを進めて防災性を高め、緑豊かな防災公園とそれに連なるオープンスペースを確保するとともに、自然と環境が調和した都市空間をつくり、安全で人に優しいまちを目指していきます。

「防災公園」については極めて慎重な使い分け・・・中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会議事録より

2004年1月26日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
久保田まちづくり課長 公園そのものを厳密な意味での防災公園にするのか、それとも防災的な機能を果たすのか、それについては整備の中で具体的に検討しなければなりませんけれども・・・・

2004年8月4日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
豊川中野駅周辺整備担当課長 この地区は中野区役所周辺地区という広域避難場所に指定されております。そういった機能は十分確保できるような土地利用計画としてまとめたいというふうに考えております。

2004年9月8日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
豊川中野駅周辺整備担当課長 この間、杉並区の担当とは数回打ち合わせの場を持っております。その中で、口頭で杉並区側から例えば先ほどの防災公園といったような御要望が杉並区民の方々から出ている。それを杉並区としても中野区にお伝えするということで、何回かやりとりをしているという状況でございます。

2004年11月9日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
田辺区長室長 防災公園ということを設置するかどうかということについては、駅周辺の計画と整合をとりながら行っているということですので、現在るるまちづくり調整担当部長がお答えいたしました考え方に基づいて10か年計画も検討しているということでございます。

2004年11月9日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
那須井まちづくり総合調整担当部長 私どもとしては、今、防災公園にするのかどうかについては検討中でございますけれども、要するに防災機能を持った中心に公園、底地が区、あるいは財務省ということも、先ほど申し上げましたけれども、考えられますけれども、そういった核とした防災機能を持った、公園と言い切れないかもしれません、公園も含まれますけれども、防災広場というものをきちんと確保していきたい。そういったものを今後まちづくり計画素案等でお示しをしていくと。

2004年12月3日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
豊川中野駅周辺整備担当課長 防災公園、防災機能を持った公園、このあたりの区別といいますか、それは特に今この場で具体的に私ども明確な定義を持っているというわけではございません。ただ、それも含めてこの警大跡地の中に関してはそういった公園、その他空地など含めて、一定の防災機能を持たせたいと。そういった意味から、防災機能のある公園と、そういった言葉を使っているわけでございます。

石井都市整備部長 防災公園につきましては、災害対策基本法に基づく地域防災計画といったようなものに位置付けられるということですね。通常の都市公園の分類の範疇ではないと。したがって、今お尋ねの防災機能を持った公園ということ、それそのものが防災公園という形になろうというふうに考えています。

那須井まちづくり総合調整担当部長 ただいまの防災公園の件でございますけれども、私ども、中野駅周辺で防災機能を持った公園を核とした広場というものを考えているわけです。公園のつくり方については、事業の実現性とかいろいろな中から、これまで申し上げてきましたように開発者負担ということも考えながらいきますと、底地が区、または国のものになる公園の部分、それからそれを核とした周辺に広場機能、これは民地ということもあり得るわけですけれども、そういったものを含めて一定の防災機能を持たせようとしているわけでございまして、そういう意味で現在防災公園と明確に位置付けているわけではございませんで、防災機能を持った公園を核とした広場をつくっていきたいと今申し上げているところでございます。

<資料A>

「防災公園」取得の財政負担の比較検討を論外とした中野区

 開発者負担の原則から、住民運動高揚の中で「防災活動の拠点として機能」「防災公園」の検討へと揺れる中、他の手法も選択肢の一つとするが、再び開発者負担の原則に戻る

  1. 無償貸与の都の方針について
  2. 都内23区の各自治体が進めている公園取得の方法

2004年3月30日 第4回調査検討委員会
事務局の計画説明後の最初の議論が、区民代表委員との公園取得の財源論争が展開される。
事務局・・・・・今までの計画については跡地における公共施設中心ということでしたが、今回の計画の中では全く考え方を変え民間の活用というようなことで、できるだけ区の負担を少なくしたい、開発者負担でいきたいということを検討してきた。
*事務局というのは、調査委託された(財)新都市建設公社の職員

2003年6月30日
○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) 道路、公園等の都市基盤施設につきましては、開発者負担による整備の手法を追求していきたいと考えているところでございます。

2003年9月19日
○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) まちづくりの財源といたしまして、国、都などの補助金、それから開発者負担金、起債などございますが、選択する事業手法によりまして、さまざま考えられるわけでございます。今回の中野駅周辺のまちづくりにおきましても、道路ですとか、公園といった都市基盤施設の整備が不可欠でございます。これらの整備につきましては、開発者による負担を追求していきたいというふうに考えておりまして、できる限り区も財政負担を軽減できる方向での検討をいたしてまいります。

2003年)11月28日
○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) 警大跡地の開発手法、区の負担というようなことでの御質問でございましたが、警察大学校跡地の整備手法や事業内容は、現在、検討中でございます。現時点で具体的なことを言える状況にはないわけでございますけれども、開発者負担の原則を追求し、区が大きな投資をしない整備手法を追求していく考えでございます。

2004年6月4日
区長(田中大輔) 前の構想の中での中央防災公園にかわって、民間開発でオープンスペースをつくるということで、防災機能は確保できるのかということであります。都市計画法による地区計画等の導入によって、土地の高度利用を図りながら、必要な道路、通路、それから公園及び公開空地などを確保することによりまして、広域避難場所としての機能を確保することは、十分可能だろうというふうに考えているところです。それから、財源の問題であります。何の努力もしていないということでありますが、跡地については原則として開発者の応分の負担によって、道路や公園などを整備をしていくという方針であります。区として直接事業をする必要があるというものについて、直接事業をすることになった場合、これは当然可能な限り、あらゆる財源確保策を講じていくというのが、当然のことだということであります。

2004年9月21日
○都市整備部長(石井正行) 次に、防災公園街区整備事業の導入という御提案がございました。中野区が警察大学校等跡地内に土地を取得をして公園を整備するという、この整備することに当たって、事業手法の一つとして、防災公園街区整備事業があるというふうに認識をしております。そこで、現在検討を行っているところでございまして、スケジュールを変更する予定はございません。
 その次に、どのような手法が区にとって有利なのか、シミュレーションで明らかにして、その結果を議会と区民に公開すべきであるというお考えでございますが、事業手法などにつきましては、現在検討を行っている段階でございます。検討結果につきましては、公開をしてまいりたいというふうに考えております。

2004年)11月24日
○都市整備部長(石井正行) それから防災街区整備事業についてでございますが、警大跡地におきますまちづくりにつきましては、公園等の整備でございます。これはこれまでも申し上げてきておりますように、開発者負担と区が行う公園の整備、これらを原則としておるところでございますが、防災公園街区整備事業についても、検討における一つの選択肢ととらえておるところでございます。

2005年2月21日
区長(田中大輔) 警察大学校等移転跡地を整備する事業手法としては、道路や公園など基盤施設の整備を土地区画整理事業等開発者負担によって行う方法を考えているところです。御提案の趣旨にもありましたように、区の財政負担をできるだけ少なくするということ、それから中野区が必要だと考えるまちづくり、これがきちんと進んでいくということ、環境や安全と調和をした空間がきちっと確保できるということ、そうしたことをさまざま勘案しての整備の手法という検討でなければならないと考えているところであります。独立行政法人であります都市機構が事業主体となります防災公園街区整備事業に関しましては、防災公園に接続する避難路に相当する道路の用地費や整備費を区が負担しなければならないということがあります。また、さまざまな土地を都市機構が取得をして保有する間の利子負担が生じるといったようなこともあります。また、事業完了までの事務費も毎年区が負担しなければならないといったようなところから、現時点では適当な事業手法ではないと考えているところであります。今後、財務省の意向でありますとか、事業の採算性などによって、他の事業手法などとともに検討する可能性はあると考えているところであります。

2005年2月22日
区長(田中大輔) 国有地の無償貸し付け等について、国や都に働きかけを行ってきたのかということですけれども、これまでも区としましては、区が用地を取得する場合の減額措置でありますとか、無償貸し付けなどについて、たびたび要望をしているところであります。今後とも区が公共施設として利用する土地等に関連しまして、引き続き財務省にはこのことを強く求めていくということでございます。

2005年6月2日
区長(田中大輔) 警察大学校等移転跡地の新たな土地利用に当たっては、道路や公園など都市基盤施設について、区がすべて負担をして整備するのではなく、開発者の負担による整備を原則とすることが最も適した手法であると考えているわけであります。区がみずから整備する施設については、その整備費用及び開発者の一員としての費用負担が必要でありまして、これらについて、今後どういった施設をどのように整備していくかといったようなこととあわせて検討を進め、明らかにしていきたい、このように考えております。

2005年11月24日
○拠点まちづくり推進室長(石橋隆) 警察大学校等跡地の開発負担のお尋ねでございますけれども、この跡地の開発に当たりましては開発者負担の原則で行うこととなっております。このため、10か年計画の財政フレームでは、区が一定の用地を取得することを見込みながら、開発者の負担の原則によりまして道路、公園等の整備を想定いたしております。
 警察病院も含めました開発者負担のあり方につきましては、今後、計画の具体化に向けまして、地区計画等の都市計画や整備手法などの検討を進める中で明確にしてまいりたいというふうに考えております。


「賑わいの心」を錦の御旗に、警察大学校等跡地計画の変質が進行

・・・・・・・「都市計画マスタープラン」=まちづくり計画を無視し、変更しようとしてまで、すすめる警大跡地の大規模開発

なぜ、だれが、だれとともに執着して進めているのか

職員、区内の関係者がつってきた「都市計画マスタープラン」を、大手開発業者のために犠牲するのは間違いだ

 警察大学校跡地の開発計画は、「賑わいの心」を理屈のひとつにして、中野区のまちづくりの基本方針である「都市計画マスタープラン」を無視して進められている。なぜそうまでして、警大跡地の大規模開発はすすめられるのだろうか。

 以下、検証する上での資料は、下記に掲載しているので、参照してください。

 2001年6月の「警察大学校等移転跡地土地利用転換計画」(以下「転換計画」)での「賑わいの心」は、計画の対象区域として、中野駅北口広場を含んでいるので「賑わいの心」づくりに向けた整備課題を検討することができるという程度のものだった。なぜ、このような限定的な使い方をしているかと言えば、中野区がいう「賑わいの心」の定義は、都市計画マスタープランに位置づけられたものだからである。

 中野区が作成している「都市計画マスタープラン」では、「賑わいの心」とは、警大跡地は含まれず、中野通り、サンモールを中心としたものであることがわかる。

 この考え方が、「2003年度の中野駅周辺まちづくり調査」「中野駅周辺まちづくり計画」と進む中で、どのように変質していったであろうか。

 最初の動きは、2003年度に予算計上された「中野駅周辺まちづくり調査」についてで明らかにされた。田中大輔区長は、2003年2月19日の施政方針説明で、サンプラザ売却問題を理由に、「警察大学校等跡地利用や中野駅北口広場整備などと合わせた幅広い視点で考えなければならない」とした。しかし、この時点では、区議会での石井都市整備部長の「賑わいの心」の使い方は、中野区都市計画マスタープランを前提にした、慎重な使い方をした。

 その後、7月には、清掃工場建設の中止が決まり、上記の動きは加速され、変質も顕在化された。「中野駅周辺まちづくり調査」は、実質的に日建設計に委託されたが、関係行政機関、学識経験者や区民の代表で構成される「中野駅周辺まちづくり調査検討委員会」も9月に立ち上げた。

 その設置目的について、区議会で「都市計画マスタープランで位置付けておりますが、賑わいの心の育成・整備を目指」すと説明された。「中野駅周辺まちづくり」には範囲としては、警大跡地だけではなく、駅周辺を含み、中野通り、サンモール等も入るので、問題ないようにも思える。

 しかし、その後に発表される「中野駅周辺まちづくり計画」で、警大跡地内に「業務、商業・住宅、大学、産学公連携施設」など導入が計画されたことを見ると、「都市計画マスタープラン」の「賑わいの心」から外れている警大跡地について、この時点で提案者の側には、彼らなりの「賑わいの心」のイメージがあったことがわかる。さらに、財務省の国有財産関東地方審議会の答申を経ることになるが、「都市計画マスタープラン」の「賑わいの心」は、なし崩しにされることになった。

 それは、「都市計画マスタープラン」と矛盾する「賑わいの心」である。「都市計画マスタープラン」と矛盾するということは、何を意味することになるのか。

 第1に、中野通り、サンモールを中心に商業施設が集積していながら、警大跡地内まで「賑わいの心」を広げようとすることが、それらの既存商業施設の売上げを犠牲にしかねず、既存商店街の存立基盤と競合しかねないということである。消費者の限られた財布の中味を、既存の商店街と、奪い合いになりかねない「賑わい」を敢えて導入しようとするということである。

 第2には、「都市計画マスタープラン」では、警大跡地は「みどりとオープンスペースの拠点」との位置づけである。「中部防災公園は、警大跡地内に整備」ともなっている。ここに、「業務、商業・住宅、大学、産学公連携施設」では、「都市計画マスタープラン」で位置づけられた「みどり」「防災公園」が破壊されてしまうという矛盾が起きる。

 矛盾するなら、まちづくりの基本としてきた「都市計画マスタープラン」を、見直そうという動きまであるが、主客転倒である。

 なぜ、職員、区内の関係者と総力をあげてつってきた「都市計画マスタープラン」を、大手巨大開発業者のために犠牲にしなければならないのだろうか。そうまでする価値は区民の目からは何もないはずなのに、なぜ、だれが、だれとともにこだわっているのだろうか。

 読者の方々の力を借りて、総力を上げてこれを解明するとともに、計画の見直しをさせていかないと、大変なことになると心配する。大手開発業者に利益は行くだろうが、困るのは、区民であり、周辺住民である。

   <資料>
  
「都市計画マスタープラン」とは

 区は、1992(平成4)年の都市計画法の改正により、住民参加による「都市計画に関する基本的な方針(以下「都市計画マスタープラン」という。)」を策定する役割を得た。
 このような状況のもとで、区は、区民と区の協働のまちづくりを推進するため、「中野区まちづくり推進計画」を引き継ぎつつ発展させ、これにかわる「中野区都市計画マスタープラン」を策定することとした。中野区都市計画マスタープランは、「市街化区域及び市街化調整区域の整備、開発または保全の方針」を踏まえつつ、東京都や区の諸計画との整合を図り、のぞましい都市像や地域の将来像を描くとともに、まちづくりの目標、目標実現に向けた基本的な施策の方向の体系を示す区の計画であると同時に、区民と区の協働のまちづくりの指針となるものである。

・・・・・・以上、区の資料から

  2001年の「転換計画」の記述

「E中野駅北口広場を含み、中野の「賑わいの心」づくりに向けた整備課題を検討することができる。」

  2003年度の「中野駅周辺まちづくり調査」についての予算説明

2003年2月19日 区長施政方針説明
区長(田中大輔) サンプラザ売却の問題は、警察大学校等跡地利用や中野駅北口広場整備などと合わせた幅広い視点で考えなければならないまちづくりの課題を浮き彫りにすることにもなりました。現在、将来の展望や総合的な計画を描くことのできていない中野駅周辺のまちづくりについて、この際、改めて調査・研究を行うことにしました。

2003年2月20日、中野区議会本会議
○都市整備部長(石井正行) 私からは、平成15年度予算についてのうち、まず中野駅周辺まちづくり調査についての御質問にお答えをさせていただきます。平成15年度に予定をしております中野駅周辺まちづくり調査につきましては、既存の構想や計画の課題、成果等を整理した上で、中野区都市計画マスタープランで目指しております賑わいの心を構成する中野駅周辺の今後のまちづくりの方向性、また課題、それから実現可能性のある整備手法、都市計画のあり方といったようなことなどにつきまして検討をしたいというふうに考えております。それから調査の範囲でございますが、北口広場から中野サンプラザ、区役所、警察大学校等移転跡地を中心とした北口周辺及び南口の住宅供給公社住宅、これらを含む中野駅周辺一体を対象と考えております。

「中野駅周辺まちづくり調査」は、2003年6月13日に(財)東京都新都市建設公社と、14,700,000円と契約した。そして、その新都市建設公社は、2003年7月28日に日建設計と契約した。(詳細は、こちらを見てほしい。

  2003年度の中野駅周辺まちづくり計画調査検討委員会の設置目的の説明

2003年9月12日中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
久保田まちづくり課長 「調査検討委員会の設置目的」でございますけれども、区としては中野駅周辺を対象に、賑わいの心の育成・整備、これは都市計画マスタープランで位置付けておりますが、賑わいの心の育成・整備を目指し、また、まちの活性化ですとか、産業振興の視点も踏まえて、改めてまちづくりの調査検討に着手したということでございます。この調査委託の一環として、中野駅周辺まちづくり調査検討委員会を設置するといったものでございます。

那須井まちづくり調整担当部長 この調査委員会は個別のプロジェクトでございますので、基本構想と少し視野が、視点が違っている、もうちょっと基本構想は全体の大きいところ、それからこの調査委員会は個別のプロジェクトという違いがございますけれども、きちんと調整し、それから産業まちづくり調査会の方につきましても、賑わいの心を育成していくんだということで産業振興という重要な観点も踏まえてこのまちづくりを計画していかなければいけませんので、産業まちづくり調査会でも、示した資料はいろいろ御指摘のとおりの不備もございますけれども、そういったことできちんと三位一体となって対応していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

  みどりの保全と賑わいの心の現実の矛盾を指摘されて

2003年11月27日、中野区議会本会議
○まちづくり調整担当部長(那須井幸一) 警察大学校跡地の緑の保全についての御質問にお答えさせていただきます。
 
警察大学校跡地等中野駅周辺のまちづくりにおきましては、「賑わいの心」としての整備にあわせまして、公園やオープンスペースの創出をいたしまして、魅力ある都市を形成していく視点も重要であると考えておりまして、緑につきましては、可能なものは保全しつつ、公園やオープンスペースを中心に新たな緑の創出にも努め、環境に配慮したまちづくりを目指してまいります。

  中野駅周辺まちづくりについての区長の施政方針演説

2004年2月19日、中野区議会本会議
区長(田中大輔) 次に、今後の中野区のまちづくりにとって極めて大きな意味を持つ中野駅周辺のまちづくりについて申し上げます。産業やライフスタイルの変化に伴って、東京の都市構造にも大きな変化が生じてきています。都市は知識・情報を生み出すとともに、多様なスタイルの暮らし方が可能な場でもあり、働く場や娯楽の場の近くで住まうことを考える人々がふえてきています。これまで区は中野を「都心に近い住宅都市」として位置付けてきました。これからのコンセプトは「働き、学び、楽しむ」という都市の機能と暮らしが地域において密接に結びつくことが求められてきています。業務商業機能や都市の魅力を生む機能を重視し、それらが防災・環境や居住機能と調和した姿で、中野のまちにおいて実現されることが不可欠と考えます。とりわけ、中野の中心である中野駅周辺のまちづくりは、区民の経済活動や地域生活における新しい豊かさと活気を生み出すことにつながります。この地域は、都市計画マスタープランでも「賑わいの心」として期待される地域であり、多様な都市機能が集積・複合し、都市としての魅力や集客力の向上につながることが望まれます。商業、ソフト産業、文化、教育、学術の発信機能などを持つ活気やにぎわいと環境が調和したまちづくりを目指していくべきと考えています。

 区長自らが、「都市計画マスタープラン」=「まちづくりの指針」との関係を、初めて区議会で言及したが、支離滅裂である。

  都市計画審議会での事務局説明 2004年7月23日

「中野駅周辺まちづくり計画」についての報告と質疑のなかで

豊川中野駅周辺整備担当課長 ・・・(略)・・・・ここでこの中野駅周辺のまちづくりの基本的な考え方といたしましては、賑わいの心というふうなことで基本的には考えたい。・・・(略)・・・・

事務局(服部都市整備部都市計画担当参事) 先ほど来、御答弁してございますように、この都市計画マスタープランもそういった社会経済状況の変化とか、あるいはまちづくりの進捗状況を踏まえながら、当然、必要に応じまして、的確に見直しを行うということを表明してございますので、それはそれでまた、そういった時点がまいりました段階では、見直しを行っていきたい、そういうつもりで区は考えてございます。

 ここまでくると、「賑わいの心」が「基本的な考え方」とまで明言している。警大跡地の開発に合わせ、上位計画である「都市計画マスタープラン」さえも変えようとする主客転倒の姿勢もあからさまにでてている。 

  中野駅周辺まちづくり計画素案(たたき台NO.2)の説明

2004年10月20日中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
豊川中野駅周辺整備担当課長 中野駅周辺まちづくり計画素案(たたき台NO.2)の説明・・・「賑わいの心」の育成でございます。「賑わいの心」を育成整備するためには、情報・ITなどの都市型産業の創出や新規創業、また既存産業の経営革新を促進し、新たな産業集積を図ることが必要である。警察大学校跡地にさまざまな企業・業態の企業進出が行われ、情報と知識の共有や産学官連携によって個別企業の力を伸ばし、中野区の産業の活性化を推進するという内容でございます。


見直し以前の2001年の「転換計画案」までは、「防災拠点」との位置づけは明確だった

1.「避難地等の整備方針」から見た従前の考え方

以下、2001年の「転換計画案」から引用した。

さらに、整備方針には、避難地へのヘリポートの設置、防災要員確保のための住宅の整備まで書かれている。

2.「都市づくりビジョン」でも、その位置づけ、整備方針は明確に打ち出された

「転換計画案」は、2001年6月にできた。2001年の10月の「都市づくりビジョン」には、それが明確に関連づけられている。

 3.上記の「都市づくりビジョン」と警察大学校等跡地との関連を以下、検証する。

 この「都市づくりビジョン」で引用した説明文のキーワードである、「環七」「救援、復興活動拠点」「大規模公園」「大学移転跡地」「国有地」など、いずれも当てはまるのが警察大学校等跡地である。

 読者のみなさんも、地図を広げて、たとえば環七道路沿い左右1kmをずっと追っていただきたい。国有地をもつ移転予定の大学、大学跡地があったら教えて頂きたい。

 上記のものが見つかるぐらいではないだろうか。

 東京都が、何故に「都市づくりビジョン」でこれだけ明確にしながら、この警大跡地について立場を明確にしないのか大変不可解である。また、中野区にしても自分の「都市計画マスタープラン」にそったまちづくりすすめることは、この「都市づくりビジョン」の方針を有効に活用できるのに、何故にそろいもそろって、不可解な立場をとるのか。そんなにまでして、民間開発業者に土地を提供しようとする動機は、どこにあるのだろうか。

 このように、防災公園の整備についても、中野区によって、あきらかに変質と言える計画変更が、なされたわけである。


従来計画と賑わいの心はもともとは矛盾しなかった、変質は2003年度の委託調査提案で公になった

1.従来の計画(防災公園、清掃関連施設の整備)でも「賑わいの心」の位置づけだった

2001年転換計画を見ると、計画対象区域について「中野駅北口広場を含み、中野の『賑わいの心』づくりに向けた整備課題を検討することができる」との特徴も列記していた。

土地利用転換の目標と基本方針では

  1. 緑豊かな公園や道路を広く確保し、広域避難場所としての防災機能の充実を図るとともに、中野駅周辺の潤いをもたせる。
  2. 都市生活を支える基盤施設である清掃工場等を、オープンスペースの確保、生活・文化拠点としての機能の充実、中野駅周辺にふさわしい都市景観の創出等に配慮して導入する。
  3. 区民のスポーツ活動、健康保持や福祉のための施設など、区民生活の質的向上に資する施設を整備する。
  4. 都心居住を実現する定住型住宅、今後のまちづくりを円滑に進めるため再開発住宅等を整備する。
  5. 地域の活性化に資する文化・交流施設等を整備する。
  6. 基盤施設等については、循環型社会の形成に寄与するよう整備する。

 ちなみに、「賑わいの心」は、1999年3月の「中間まとめ」で提案された。それ以前は、「中野の”顔”」となっていた。

 したがって、従前の防災公園、清掃工場などを中心とした計画が、中野の「賑わい」と矛盾するかのような議論は、まったく論拠がなく、従前の計画づくりを無視するものであるといわなければならない。

 この従前の「賑わいの心」とは、防災公園に来る人、スポーツ・文化の公共施設に多くの区民が訪れることによる「賑わい」である。

2.「賑わいの心」を論拠に2003年度の「中野駅周辺まちづくりの調査検討」調査を提案

 現在の盛んに使う「賑わいの心」という考え方は、下記に示すように、2001年の東京都・杉並区・中野区が合意した「転換計画案」があるにもかかわらず、杉並区、東京都との相談もなく、一方的に二〇〇三年、中野区は千五百万円の税金を使って新たな「まちづくり計画」を提案するなかで、初めて公にされたものである。

 ということは、「賑わいの心」とは何か、すでにこの時点で、提案者の側にはイメージをもっており、それをあたかも調査検討によって、客観性を持たせようとした意図があったということになる。すなわち、先に「賑わいの心」ありきである。

 しかも、ここでいう「賑わい」とは従前の「賑わい」と変質している。従前の賑わいは、防災公園を中心にした、スポーツ・文化施設にくる多くの区民がレクレーション的にあつまる文化・スポーツ、余暇を楽しむ「賑わい」だった。それが、変質した「賑わい」とは、大規模な商業施設、業務ビル、高層マンションを中心にした賑わいである。

 その背景に何があったかは、このHP全体を読んでいただき、読者に判断していただくしかない。

 補足するならば、「事業手法」の提案もこの調査に入っている。かつ、調査の契約先は、その「事業手法」先にありきを逆手に、随意契約で(財)新都市建設公社(公社は日建設計に下請契約)と契約した。

 さらに、こうした変質は、このHPで検証するまでもなく、これまで一緒に計画を検討してきた杉並区、東京都の行政担当者は、いち早く気がついたはずである。民主主義的な手続きがされてきたのであるならば、当然その過程で問題が公にされたはずである。されなければならない。にもかかわらず、それが何故これまで問題にされてこなかったのかということである。

2003年7月8日 中野区議会中野駅周辺・警察大学校等跡地整備特別委員会
久保田まちづくり課長 それでは、中野駅周辺まちづくりの調査検討について御申し上げます。(資料6)
 ペーパー裏表でございます。
 まず1の調査検討の内容でございますが、調査対象につきましては、後ほど裏面で説明したいと思います。中野駅周辺、具体的には警察大学校等跡地、北口広場、サンプラザ、区役所周辺、それから、南口の市街地、こういったものを対象として中野駅の周辺地区整備構想、それから、警察大学校等移転跡地土地利用計画案、中野二丁目地区市街地整備計画案などを踏まえつつ、
まちの活性化や産業振興も視野に入れながら、中野区の都市計画マスタープランにあります「賑わいの心」としてのまちづくりや土地利用の方向性について調査検討するとともに、実現可能な都市計画制度や事業手法を含めた中野周辺まちづくり計画素案を作成するといったものでございます。


従前の検討計画への評価・・・「大変すばらしいもの」・・・・・・・樋口俊一(都議会での質疑より)

「地域住民のためにその地域の顔にふさわしい計画を住民みずからの立案によってなし遂げつつある」

1994.03.04 都議会 第1回定例会
樋口俊一議員(都議会日本新党) (略)・・・JR中野駅前周辺地区は、警察大学校が平成十一年度、調布に移転することを契機として、その跡地利用を中心としたまちづくり計画ができつつあります。中野の森広場等を中心としたその計画は、公共性の高い土地の利用として、地域住民のためにその地域の顔にふさわしい計画を住民みずからの立案によってなし遂げつつあるという意味で、大変すばらしいものであるといえるでしょう。それは住民自治であり、まさに知事も推進しておられる地方主権の一つの姿だからです。
 しかし、中野区が住民のための計画案を立てても、その決定、実行は必ずしもスムーズではありません。地域再開発の仕方は、その地域に生活している住民の視点で考えるのが最も大切なことではないでしょうか。中野区のまちづくり計画によりますと、JR中野駅前の警察大学校跡地には、都市型清掃工場、いわゆるクリーンセンターが建設予定となっています。これは、工場を地下式、もしくは半地下式として、上部を含む周辺一帯を防災広場、中野の森広場として区民に開放することを意図しているものであります。
 都の地震に関する地域危険度調査によりますと、区部西部地域では、中野区は危険度が最も高い地域になっております。例えば、建物や火災の物的危険度五の地域は、この都庁舎がある新宿区が一に対して、中野区では十地域、人的危険度五は、新宿区三地域に対し、中野区は七地域です。中野区の震災危険度が高いのは、第一に、古い木造住宅が密集していること、第二に、人口密度が二十三区で一番高く、区内に避難場所確保が難しいことが挙げられます。
 そこでお伺いいたします。
 私は、中野区の震災危険度の高さに対応するため、震災時における避難場所の確保等を積極的に考えた跡地利用計画にすべきと思いますが、ご所見をお伺いします。
・・・・・・(略)・・・・・・・

都市計画局長 警察大学校移転後の跡地利用計画についてのお尋ねでございますが、都では、平成四年度にこの地区の課題、将来像等について調査を行ったところでございます。
 また中野区では、平成五年四月、中野駅周辺地区土地利用計画案を発表してございます。この地区は、地域防災計画上の避難場所に指定されているところでもございまして、その確保は重要な課題であると認識してございます。
 今後、跡地の利用計画を策定するに当たりまして、この点に十分配慮しながら、中野区の中心核として、災害に強い快適なまちづくりを目指し、地元区を初め関係機関と協議をしてまいります。

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