子どもたちのために立場を越えて区民の力を合わせよう
・・・ 区立中央中学校の南側に国家公務員宿舎を建設するのはやめてください ・・・
警察大学校等跡地開発がすすむと、中野区立中央中学校の南側の国有地に、高層の国家公務員宿舎がたってしまいます。中央中学校の教育環境への影響が心配されます。
そこで、このHPでは、区民が力を合わせることで、それを解決し、子どもたちが安心して勉強、クラブ活動ができる教育環境を確保しようと、心から呼びかけるものです。いかがでしょうか。
この問題解決を求める区民の陳情書が出されていましたが、2008年6月11日の中野区議会で賛成少数で不採択にされてしまいました。しかし、それであきらめたら、こどもたちはたまったものではありません。問題は何一つ解決しないわけですから、大人の責任で、努力していきましょう。
高層ビル建設をストップをかけるため、区民の運動で財務省に中止の決断を迫ろうではありませんか。
このHPでは、これまでは各頁に、この問題について、経過を追ってバラバラに取上げてきましたが、これまでの情報を整理して、これからの運動に役立つようにしていきたいと思います。区民共有の情報として、集約し、中央中学校の環境を守る区民運動に一助になればと思います。
みなさんのご意見もお寄せいただくとともに、ご支援もお願いします。
問題の第1は、財務省は都心の国家公務員宿舎の廃止をすすめていますが、こと警大跡地内の宿舎については「(警大跡地開発計画の)土地利用方針」にこだわっていることです。地主の財務省は、区民の強い要望である防災緑地としての活用を拒み14haの貴重な公有地を民間に売却する一方で、自分たちの宿舎については居座り続けるというのは理解しがたい対応です。区民から公有地、貴重な緑ばかりか、子どもたちの教育環境まで奪いかねない計画をすすめようというのですから驚きます。(注3-4)
第2は、子どもたちの守り手になるべき中野区が、地元自治体としてまちづくりの主体性に欠けることです。また、中野区はこの地区計画内の地権者であるわけですから、企画提案にたいする区の意向を無視してすすめることはできません。ところが、中野区も、財務省も、開発協議会のメンバーとして話し合っているはずなのに、区は傍観者的な対応しかしていません。まったくあきれた話です。(注3-11)
第3は、中野区、教育委員会などが、この高層ビル計画の教育環境に及ぼす影響について、調査、検証したりしていないということです。教育委員会も、この対策について検討をすすめていません。(注3-5)
中野区は、高層ビルを誘致する調査委託については大手コンサルに湯水のように税金を使うくせに、子どもたちの教育環境が問題になろうとしているのに何ら調査、検討も進めていないというのは、いったいどういうことでしょうか。以下、子どもたちの教育環境を犠牲にしてまで、すすめる警大跡地の開発について、より詳細に検証していきたいと思います。
もともとの計画=「中央中のグランドと中央防災公園を一体のものとして、緑地、避難場所として確保する」(中野駅周辺まちづくり計画)
従前の計画(右下図)と、変更後の計画(国有財産審議会の答申)での最大の違いは、現在、業務・商業施設として計画している民間開発部分が増大したことです。変更後の計画によって、民間には公有地の取得益が入り、財務省には売却益が入ることになりました。
2005年8月からの4者協議会の議事録を見ても、このゾーニングの変更について、異論が出ていることは明記されておりません。財務省をはじめとした4者が、子どもたちの教育環境を悪化させる民間開発最優先の「まちづくり」に、無頓着だったことがわかります。
いったいこんな「まちづくり」に変更したのは、だれの力によるものでしょうか。この開発のどこに、子どもたちを犠牲にしてまですすめる価値があるというのでしょうか。
もともと中野区は、住民に「中野区としては中央中のグランドと中央防災公園を一体のものとして、緑地、避難場所として確保する」と約束して、「中野駅周辺まちづくり計画」にも記載してきました。中学校の南側には高層ビル建築を許すような計画はありませんでした。
右図が、2007年8月から、財務省、東京都、杉並区、中野区の4者で土地の処分方針を検討するあたって提出された土地利用転換計画図の一部です。(注1-1)
また、右下図は、「中野駅周辺まちづくり計画」の一部に記載された、その考え方です。良好なオープンスペースを確保するために、統合新校=中央中学校と防災公園等が一体になるように整備を進めることが書かれています。
したがって、中学校の南側へ国家公務員宿舎を建てる計画というのは、区民の合意が得られていません。
田中区長は、開発計画をつくった当事者です。一方、中学校の南側に宿舎建設を進めているのは、国・財務省です。双方に、この事実を確認していただかなければなりません。
もう一つ、この「まちづくり」の深刻さを告発する材料を提供します。
例1 2007年4月に都市計画決定された「地区計画」の前提となる「中野4丁目地区地区計画企画提案書」では、中央中学校の南側には12階建て37メートル高の「合同宿舎」が建つ計画になっています。
この企画提案書は、中野区が2006年6月に、651万円もの税金を投入しながら、セントラルコンサルタントと委託契約して作成したものです。区民の多額の税金を投入して、どうして自らひどい企画をたてる必要があったのでしょうか。
この企画提案書に、財務省も同意しています。処分できさえすれば良いとする財務省の姿勢があるとすれば改めていただかなければなりません。中野区もこんな高層の宿舎建設を許すべきではありません。
例2 こちらで紹介しているように、開発者は2008年8月末より新たな地区計画企画提案書づくりをすすめています。
2008年3月12日、中野区議会建設委員会では、財務省より宿舎建設のための作業をすすめるとの報告があったことを報告しています。
中野区は今後、宿舎建設に係わる施設計画を財務省から求め、建築マスタープランの調整を行うとしています。
各開発者には、財務省は、売り主として、売却時に提示した「開発条件」の遵守を最後まで求め続けていただかなければなりません。隣接する中学校の教育環境への影響に無頓着であるという姿勢を改めていただかなければなりません。
中学校の南側に高層ビル建築が可能であることを承知で「周辺環境などに配慮した計画」(都)と認識
2006年11月、関係住民は、統廃合予定の中央中学校の用地が開発の犠牲にされ縮小、教育環境も悪化するという子どもを犠牲にする計画だという点について、東京都にたいして、抗議・要請書を提出しています。(質問状全体は、警大跡地開発全体にかかわるもので、こちらから参照してください)
その部分を引用すると「これまで住民に説明されてきた計画では『中央中学校のグランドとしての用地と、防災公園を一体のものとなるようにする』としてきました。ところが、そのグランドと防災公園の間は警察庁用地とされ、中学校予定用地が縮小されてしまいました。おまけにグランドの南に高層ビルがくるという、子どもの教育環境を犠牲に開発が行われることも、明らかになりました。このことについては、この間、住民に何の説明もありませんでした。東京都が、こんな無謀な計画をすすめることは社会的に許されません」というものです。(参照)
これに対する、回答が右上図です。
この回答を見ればわかるように、「周辺環境に配慮した計画」「法令等に基づき適切に対応」していると、開発計画にお墨付きを与えています。
この公開質問状は、2006年11月17日です。すでに、上記で示した中学校南側の37mの建物をたてる企画提案書が東京都には届いていて東京都は確認していた時期です。それでいて、このような回答をするのですから、驚かずにはいられません。
高度開発優先の「まちづくり」を改めることはできないのでしょうか。
もう一つ、例示しておきます。
上記の抗議・要請のより前、2006年9月19日に、住民が抗議・要請書を提出しています。(全体は、警大跡地開発にかかわるものです)
その中から、中央中学校の問題の関連した部分を引用すると、
避難場所としての機能は「3 ないし4 ヘクタール程度のまとまった緑地空間を確保することとしており、特段問題は生じない」「従前の計画案で確保していた4 ヘクタールに見合う空間。確実にその空間が確保できていくという自信がある」(2005 年10 月25日東京都議会都市整備委員会福島都市づくり政策部長)としている点についてです。
2005 年8 月からの4 者協議に入る時点での「中野駅周辺まちづくり計画」について、中野区は「区域3 南側に中学校を配置し、グランドと公園等との連続性を考慮」として住民に繰り返し説明をしていました。ところが、2006 年3 月の財務省の跡地処分方針では、当初予定していた中学校部分には、警察庁の建物がきます。これ1 つ取ってみても「まとまった緑地空間の確保」の実現性は後退しています。ところが東京都が参加した4 者協議で、こうした後退について何の問題にもせず合意しているのは、どういうことでしょうか。
また、中野区は、2006 年6 月22 日住民説明会で「まとまった3 〜 4ha の緑地空間」について、バラバラの空間を「面積の合算」で確保するという認識です。「防災公園」にいたっては、「避難場所として狭い」と認めながら、避難に必要な場所の確保は「頭をひねっている段階」としか、説明できません。これが、中野区の3 年間の検討状況です。
ところが、東京都がこのような問題ある中野区の計画について、あたかも2001 年転換計画案の「4 ヘクタールの中央防災公園構想」と同等のものであるかのように公言し、容認することは、住民をあざむくものです。・・・以上、抗議・要請文から2008年9月、住民に公表された建築計画案では、オープンスペースは最大で3haしかないことが確認できます。(右下図参照)
この間、東京都の民間開発優先の立場が、果たしてきた役割が、形となって現れてきています。東京都には、これまでの姿勢を改めて、住民が安心できるまちづくりをすすめていただきたいと思います。
都は、2008年9月から進められている開発の具体化にあたってチェック機能の発揮を
なお、現在(2008年9月末)、警大跡地の開発者からは、右図のようなプランが提案されています。
詳細は、こちらに記載していますが、このプランは、今後開発者の企画提案書としてさらに具体化され、中野区を経由して、東京都に提出されます。
東京都は、この間、東京都が住民に説明してきたことが、どうなっているのかを見ることができるわけですから、チェック機能を発揮し、具体的な問題点を指摘し、修正させべき点は修正させるなどしていただきたいと思います。
なお、この間の住民からの抗議・要望・質問については、東京都は回答不能状態になって地区計画の都市計画決定手続きを強行しましたが、その間に都が示した見解については、こちらから参照してください。
また、警大跡地開発全体に係わる東京都の問題は、こちらでまとめてありますので、参照してください。
このまちづくりは、地元自治体の意向を無視してすすめることは許されませんし、中野区は地区計画内の地権者でもありますので、中野区がその主体性を発揮すれば、いまからでもこのまちづくりに、大きな発言権を発揮することができます。特に、以下の3点について、その責任を果たすことが求められます。
中央中学校の南側を国(警察庁)が取得するのは、どこでどう確認されたのでしょうか。その時の田中区長はどう対応したのでしょうか。まず、この点をはっきりしていただかなければなりません。
@2005年5月「中野駅周辺まちづくり計画」を元にした土地利用方針
中野区は2005年5月に「中野駅周辺まちづくり計画」を策定、財務省へあげた見直し計画を、中野区はこちらで公表しています。
その中にある土地利用方針の図面を、統合中学校の位置がわかるように、引用しました。(右図参照)
もともとは、このように中央中学校は、防災公園と一体となるように計画され、区民合意されました。それにもとづいて、2005年8月から財務省、東京都、杉並区、中野区の4者(以下4者協議会)で計画の実現に向けすすんでいきました。
A4者協議会の第4回作業部会(06年2月10日)での結果
ところが、この4者協議会が終わり出てきた財務省の売却答申(右下図)は、この計画とは異なるものでした。
第4作業部会の議事録であきらかになっていることは
- 中野区から、開発者負担を前提に都市計画道路と防災公園について、区が取得・整備することで進めたいと提案があった。
- ゾーニングについては、中野区及び杉並区からの要望にそって、両区の公用公共施設を配置
- 区画道路を跡地の南及び西側区域境に配置
です。(参照)
この第4回作業部会に中野区から出席したのは、川崎亨政策計画担当課長の代理(氏名記載無し)、豊川士郎警大等跡地整備担当課長代理(氏名記載無し)となっています。
問題は、ゾーニングは「区からの要望にそって」となっている点です。では、出席した2名の方々が、ゾーニングについてどこでどのように中野区の要望として確認して、どのような意見を主張し、その結果について、中野区にどのように報告したのかということです。
その際、区長は最高責任者として、そのゾーニング変更にどう係わったのでしょうか。
B2006年2月16日の第2回4者協議会など
その後、上記のような事務レベルの話し合いをへて開催されたのが第2回4者協議会です。そこでは、以下のことが確認されています。
- 最初に、作業部会から報告がされた。その際に、作業部会の検討経過と合わせて、部会長からゾーニング案に基づき検討結果が報告された。
- その後の意見交換で、財務局から、ゾーニング(案)を策定したので、地区計画の都市計画手続きを早急に進めていただきたいとの意見がだされ、中野区が異議をだしたとの報告はない。
- 今後のスケジュールとして示されたものによると、第2回4者協議会(2月16日を開催)では「ゾーニングについて合意」とされている。
なお、中野区からの出席者は、寺部守芳区長室長が欠席、石橋隆拠点まちづくり推進室長だけとなっています。(注1-3)
石橋室長(当時)は、このゾーニング案について、どのようにして区長決裁をとったのでしょうか。
C2月16日の拠点まちづくり推進室打ち合わせの怪
2月16日午後に開催された4者協議会にあたって、区としての対応を協議する場としては、2月14日の庁議、2月16日午前の区長との打ち合わせです。
2008年2月16日午前中、区長も入った「拠点まちづくり推進室打ち合わせ」が行われたことは、中野区が公表しています。(参照)
しかし、情報公開請求すると「該当資料が存在しない」との回答です。
2月14日の庁議では4者協議のことは議題になっていないわけですから、この16日の「打ち合わせ」で中野区としての立場を決めない限り、機関としての決定せずに、第2回4者協議に臨んだことになってしまいます。
「該当資料が存在しない」ということは、この第2回4者協議に臨むにあたっての中野区としての機関決定はどこで行われたことになるのでしょうか。
まさか、「記録にも残らない区長の一声」で決まったとでも言うのでしょうか。「区長の動き」で公表されている各種の「打ち合わせ」とは、記録にも残らない程度のものだということでしょうか。
区長にはっきり説明していただかなければなりません。
D区長は、子どもたち、区民への説明責任を果たしてほしい
したがって、中央中学校の南に高層ビル建築が可能な土地処分案になったことについて、田中区長がどう対応したのかという点をはっきり説明しただく必要な点は、以下のことです。
- 部会長の示した検討結果報告となるゾーニング案は、2月10日の第4回作業部会へ出席した2名が中野区へ報告した内容と一致しているのか。2名の方々が、ゾーニングについてどこまで確認して、どのような意見を主張し、中野区にどのように報告したのか。
- 第2回4者協議会に出席し石橋室長はゾーニング案に合意したわけですが、区として第4回作業部会の内容をどのように吟味して協議会に臨み合意したのか。
- その間に区長が出席した打ち合わせは2月14日に庁議、2月16日午前中の拠点まちづくり推進室打ち合わせです。前者については、議題にすらなっていません。2月16日の区長が出席した拠点まちづくり推進室打ち合わせでは、何が話し合われたのか。
2006年2月16日には、跡地の処分の諮問案を検討する4者協議会(中野区も構成団体)が、開かれました。すでに、この時には、諮問する処分方針案が合意されています。したがって中野区は、中央中の南側の用地をどうするのか、中野区の意思を、他の3者(財務省、東京都、杉並区)へ明らかにしています。ということは、中野区としての意思を、それ以前に区として協議し確認していなければなりません。しかし、その経過が区民には、まったく報告されていません。(注3-7)
区長は、この経過を明らかにしていただけないでしょうか。
その2 中学校の南側に高層ビル建築を容認する姿勢を改めること
田中区長は、問題軽視の姿勢を改めてほしい
@2006年2月22日の区議会の答弁
2006年2月22日の区議会本会議では、田中区長が「(区の要望については)中野区が策定をした土地利用転換計画案の見直しにおおむね沿ったものであります。また、その後、区議会への陳情の採択を受けて要望しました警察庁宿舎の移転も含めて、区の要望が受け入れられた」と答弁しました。(議事録全文)
2月16日の4者協議会が区議会前に開催され、2005年5月「中野駅周辺まちづくり計画」と異なった跡地の処分の答申になるということが決まってしまったというのに、区議会へは「おおむね沿ったもの」だとして、変更になったことを報告しようともしない、非常に不誠実な対応です。
A区報でも一言の説明もない
中野区が、区民に跡地処分内容を周知したのは、2006年4月2日の区報です。中学校用地が、区民からパブリックコメントを得て確認した案と変更になったことは一言もふれられていません。
B教育委員会にも、学校関係者へも報告されていない
2006年4月の教育委員会第11回協議会(2006年4月14日)では、充分議論がされたとは思えない手続き、本来であればもう少し教育委員会で議論できなければまずかったなど、教育長としても不本意な経過であったことが報告されました。(当日の議事録全文)
学校関係者に報告されていないことは、2007年1月15日の住民説明会でのPTA会長、校長先生の発言を参照してもわかります。また、このときには、2006年12月の都市計画決定手続きの際に、「16条縦覧で中央中は地権者だが、校長、PTA・保護者に話がなかったのはなぜか」との質問がだされましたが、回答できませんでした。
C住民説明会も開かず
中野区は、とうとう財務省の処分答申については、関係住民への説明会もおこないませんでした。、
以上の結論として、中学校の南側の用地がどうなるかについては、田中区長自身の中に、たいした問題ではないという認識があるのでしょうか。(注3-8)
責任転嫁はやめてほしい
@囲町町会に責任転嫁はやめてください
中学校の南側に国の宿舎をもってきたのは、囲町町会の陳情によるものだという説明があります。区長も、2006年2月22日の区議会本会議答弁で「区議会への陳情の採択を受けて要望しました警察庁宿舎の移転も含めて、区の要望が受け入れられた」と答弁しています。
これは、2008年9月の住民説明会の場で、みごとな形で決着をつけることができました。
2008年9月12日の住民説明会で、住民の質問への回答ということで、中野区拠点まちづくり推進室課長が「平成17年2月に囲町町会からの区議会の陳情を受けて、国の宿舎が中央中学校の南側に移転することになった」と説明。それを受けて、住民からの「犯人を囲町のみなさんにするのか」との批判に「区議会として陳情を採択したもの」と、今度は区議会にすり替えました。
しかし、9月26日の住民説明会で、陳情を提出した囲町町会の責任者が出席して「私たちはそのような陳情をしたことはない。課長の発言は撤回していただきたい」ときっぱり言い切りました。
A教育委員会に責任があるのですか
2008年9月19日、26日の住民説明会でも拠点まちづくり推進室は、「区の意志決定には教育委員会も入った」「十分調整して決めた」「話がいっているはず」などと説明しました。
ところが、教育委員会は、処分決定後の最初に、当日の議事録をみると、最初の段階で、「中野区の施設を優先的に考えてやってほしい」ということは伝えたが、土地処分のあり方が「事前に協議」がなかった、「充分議論がされた」とは思えない手続きで、「本来であれば、もう少し教育委員会で議論できる、本当はそういう場がなきゃまずかったのかなと思っている」など、教育長を含めて不本意の結果になってしまったことについて、心を痛めているということがわかります。(教育委員会第11回協議会会議録)
これでは、上記のような説明がなりたたないことが分かります。
@打開のチャンスに手を打とうとしない姿勢を改めてほしい
田中区長に求められるのは、問題解決に向けて、区長として何をする必要があるかを、真剣に考え、解決に動いていただけないでしょうか。
この間の姿勢を見ると、打開のチャンスが何回かあったにもかかわらず、そのチャンスを逃しているように思えてなりません。
たとえば、2006年3月6日の国有財産関東地方審議会では、中央中学校の南側の跡地の利用については、国(警察庁)とすると決めました。しかし、その後の使い方については、有識者会議の結論が出てからとしました。有識者会議の結論が出るまえに、中野区としての考えを示すチャンスがあったわけです。(注3-12)
その後中野区の説明によると、2007年6月「国家公務員跡地利活用方針について」で、警察庁宿舎して利用することが発表され、 6月末には中野区も入った連絡調整会議が開催されています。この場でも、中野区としては地元の自治体としての要望を上げるチャンスがありました。(注3-10)
このように、跡地処分が決まってからでも、打開のためのチャンスは、何回もありました。ところが、そのチャンスに、どのような対応をしたのかよくわかりません。
2007年9月25日の本会議では、議員が「教育環境と公園と一体となった学校整備」を求めたのにたいして、田中区長は、「(問題の用地は)国の活用計画や処分計画等、全く未定であると聞いている」、処分されると決まった時に「(どう活用できるかを)検討する」と答弁しています。(注3-14)
大変、おかしな話です。
なぜなら、「東京23区内に所在する宿舎の移転・再配置等を着実に実行していくために」開催された「国有財産の有効活用に関する検討・フォローアップ有識者会議」が、2007年6月15日には、合同宿舎として2009年度建設という方針を提言しています。そして、その提言を受けた尾身財務大臣は「財務省といたしましては、この報告書で提言されている移転・再配置を民間の知見を活用しながら着実に実行してまいりたいと考えております」と明言しているからです。(注3-13)
6月の連絡調整会議では手を打とうともしない、そのうち国の方針が固まってしまうではありませんか。
すでに着実に実行していくことが分かっているのに、「決まってから」というのは認識不足も甚だしいというものです。
さらに、処分が決まった時に、どう活用できるかを検討するというのもおかしな話です。「中野駅周辺まちづくり計画」の住民説明会では、中野区としては中央中のグランドと中央防災公園を一体のものとして、緑地、避難場所として確保するという見解をしめしてきたではないですか。どう活用するかは、「中野駅周辺まちづくり計画」では明らかだったはずです。そんな事も、区長はご存知ないのでしょうか。(注3-15)
いずれにしても、打開のチャンスにどのような手を打とうとしているのかが区民には見えません。
Aその一方で、いいわけを繰り返す
さらに問題なのは、手を打っていないにもかかわらず、議会などであたかも手を打ったかのような説明をおこなっていることです。
2008年3月12日の中野区議会・建設委員会で、中央中南側の国の宿舎予定地について、財務省より「宿舎建設のための作業をすすめる」との報告があったことを明らかにしましたが、区議会議員からの質問に、中央中学校の南側の宿舎建設計画予定地について、中野区として活用できないかということについて、「そういった要請をかなり強くした」と、根拠のない説明をするのも困ったものです。(右下図参照)
区議会の場でこのようなことが許されるのでしょうか。
区の考え方を正々堂々と述べて、あらためるべきは改めるという姿勢にたってほしいと思います。
Bどんな問題を引き起こすのか検証してほしい
右図を見ると分かるように、この問題が、中央中の教育環境にどんな影響を与えるかも調査・研究をしていません。
今後の対策についても、検討作業に入っていません。
また、教育員会としても、経過について関係者との意見交換もしていません。
中野区の関係者の方々には、「子どもたちの教育環境確保は、立場を越えて最優先課題にしてほしい」という声に、真摯に耳を傾けていただきたいと思います。
このHPですでに明らかにしてきたように、文部科学省では、「中学校整備指針」を定めています。田中区長はもちろんのこと、中野区の関係者は、こうした国のガイドラインを遵守して、まちづくりをすすめるべきです。
いかがでしょうか。
Cせめて、丸井が閉店すると発表した時のような対応ぐらいはしていただけないものでしょうか
子どもたちへの教育環境への影響にたいする対応ぶりを、丸井の閉店の知らせが入った際の、中野区のとった対応ぶりと比較するとどうでしょうか。
丸井の閉店の報は、2006年10月18日区議会特別委員会での報告事項となりました。その後、区議会では「中野駅南口の商業への影響は大きなものが想定される」と取上げられ、区民部長も「建てかえによる周辺商店街などへの影響につきましては、現在調査を行っているところであります」と答弁。
田中区長も「本店の閉鎖というようなことでありましたので、直ちに私が丸井本社に赴いて」話をしたという対応をしています。2007年2月16日には、区としても要望まで行っています。「その後も適宜情報交換を行い、折々区の考え方を説明をしてきている」と区長は説明している。(注3-6)
丸井閉店に伴う区長らのとってきた対応と比較すると、中野区立中央中学校の南側に高層ビルが建つことを許すのかどうかの対応については、あまりにも違いがあります。何とか、区を上げて、子どもたちの教育環境を確保するために力を合わせることはできないものでしょうか。心が痛む方は少なくないはずです。
中央中学校の南側に高層ビルを建築しようとする計画にたいして、区民は、2007年10月10日@その中央中の南側用地を公的に取得すること、A高層ビルで公園と中学校を分断しないことなどを求める陳情を提出しました。多くの署名も寄せられました。(注3-1)結果は、不採択になりました。
陳情が不採択になったとはいえ、区民にとって、中学校の南側用地の公的取得、国家公務員の宿舎建設の影響調査などについての要望を捨てるわけにはいきません。
【補足】他にも・・・・・真実と信じるにたる根拠のない発言
2008年9月12日、住民説明会で担当課長が、中央中と国家公務員宿舎予定地について、位置変更を検討した経緯があると説明したが、その根拠となるものは存在しない。
「中野駅周辺まちづくり計画」として発表した内容と、2006年3月6日の国有財産関東地方審議会の処分答申との違い
警察庁舎として留保した部分・・・売 却方針なら、関係者が力を合わせ公園として取得を!
2007年1月15日の住民説明会では、PTA会長、学校長からも発言がありました。
2005年9月15日の中野区議会建設委員会で明らかにされた2005年5月の警大跡地の2001年転換計画の見直し文書
2007年請願・陳情一覧 署名つきの陳情書はこちらからみることができます。
国家公務員宿舎跡地利用活用方針 3のH、Iを参照してください
- 2006年11月28日、中野区議会本会議
- 2007年6月21日 中野区議会本会議
- 丸井閉店に係わる区の対応(2007年3月13日 中野区議会特別委員会報告資料)
第222回 国有財産関東地方審議会議事録(2006年3月6日開催)
○中村管財第2部長
・・・・・・ 略 ・・・・・
なお、中学校予定地の南側の区域、白抜きにしてございますが、そこの区域につきましては、警察庁において、本跡地内の宿舎を廃止することに伴いまして、代替宿舎を手当てする際の用地として活用することも考慮して、今回、売却対象から外し、国が使用する予定の土地として留保しております。
後程、管財1部長から御説明いたしますが、財務省では、23区内の公務員宿舎について、有識者による会議を開催し、民間の視点から、都心部からの移転、跡地売却に係るグランドデザインを策定することとしております。このため23区内の宿舎につきましては、同会議での検討結果を踏まえ、その取扱いが決定されることになっております。
国有財産の有効活用に関する検討・フォローアップ有識者会議とは・・・第1回議事録参照
赤羽財務副大臣 財務大臣主催に改組した本日の本会議におきまして、6月の報告書を踏まえ、東京23区内に所在する宿舎の移転・再配置等を着実に実行していくために、民間の視点から東京23区内に所在する宿舎の移転・再配置等についてモニタリングをいただくとともに、庁舎を含めた国有財産全般の売却、有効活用についてご検討いただくことをお願いした次第でございます。
2007年6月27日中野区議会建設委員会の配付資料の元となっている、有識者会議の資料
有識者会議の報告を受けた財務大臣の考え方について・・・・第20回有識者会議の議事録参照
尾身財務大臣 財務省といたしましては、この報告書で提言されている移転・再配置を民間の知見を活用しながら着実に実行してまいりたいと考えております。
2007年9月25日 中野区議会本会議
田中区長 それから、統合新校敷地南側の国の宿舎用地についての御質問もありました。警察大学校等跡地のうち、今回処分されないことになっております統合新中学校予定地の南側の国有地に関しましては、現在のところ、国の活用計画や処分計画等、全く未定であると聞いているところです。処分されるといった場合には、区としてもどのような活用が図れるのか、検討していきたいと思っております。
「中野駅周辺まちづくり計画」の11頁、12頁を参照
議員 区は打診をしてくれたということなんですけれども、もともとは区のほうがあそこにどうですかという提案をなさった建前上、なかなか打診をするというのもすごくしにくい部分もあるのかなというふうには想像するんですけれども、想像した上でもやはりさらにこういう陳情も出ていて、これができれば、区にとってもよりよい方向だというふうに思っていらっしゃるというお考えが今、伺えたわけですけれども、そうなるとちょっと単なる打診だけではなくて「粘ってみた」みたいなことはあるんでしょうか。
秋元拠点まちづくり担当参事 今、申し上げましたように、私どもといたしましても、区といたしましても、当然ここのところが空間として残ることが望ましいわけでございますので、そういった要請をかなり強くしたという状況がございます。ただ、財務省といたしましては、過去の経緯、こういったものを中野区さんは十分踏まえてそういう発言をされているのかというような、やはり強い主張もございまして、なかなか区が言っているようなことにはならないということでございます。当初の計画どおり、財務省としては作業を進めていきたいということでございます。担当参事の説明の根拠となる資料にたいする情報公開請求結果
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