雑記帳
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このページはモケーネタ中心に書いていく予定ですので、シロウトさんには
多少不親切な部分がある事をご了承クダサイマセ。
(どーしても意味が知りたいヒトはメールください)
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その1 超音波洗浄器(03/06某日 記)
某所で話題になっている(注1)「超音波洗浄器」ですが、ハッキリ言ってコレ使えます。
手流し品のシリコンスプレー程度なら、2〜3回(1回5分程度)の洗浄で、爪で引っ掻いても剥がれないぐらいにサフが定着しました。
「どうやって塗装すべぇ(涙)」と思っていた寿なメーカーのキットも、爪でカリカリやっても全く剥がれる気配がありません。
・・・この寿なキット、シンナードブ漬けしても波な洗浄剤に漬けても一向にサフが定着しない悪夢の様な状態だったので、自分でも信じられません。
(ちなみに、私の使っているサフはクレオスのレジン用プラサフです。SOFT99のプラサフも試してみましたが、どうも私と相性が悪い(>ここ重要!)らしく、爪攻撃には一部耐えられませんでした・・・)

と、ベタ褒め状態ではありますが、万能ではありません。やはりもっと強者は居る様で、何回洗浄しても全くサフが定着せず、爪攻撃で簡単に剥がれてしまうキットも存在しています。やっぱり結果は自己責任って事で(笑)

私の場合、離型剤落としのみでなく、制作途中のパーツの洗浄にも便利に使っています。
空研ぎ、水研ぎした後に超音波洗浄器で濯いでやると、研ぎカスがかなり良く落ちます。

私の使っている機種はシチズン製のものですが、現在、ツインバードというメーカーのものが、ジャスコにて父の日セールで3980円(定価は1万円だったと思います)で売っています。
モノは試し、買ってみてはいかがでしょうか?(って誰に言ってるんでしょう?(苦笑))


*(注1) 珍しモノ好きなので、某所で話題が出た時点で注文してました(苦笑)


その2 急な変化は・・・(03/06某日 記)
開設したばかりでまだまだ知名度の低い我がサイト。今から先々の事を心配するのも思い過ごしというか心配性とゆーか・・・
ただ、前もっていろいろと考えておくのは悪い事ではないと思います。

「ヒット数が妙に増えだした」時には、「コンテンツ拡充の効果が出た」と前向きに考えるものです。
が、「それ(拡充)」は訪れて初めて判る事。「拡充」即「増加」とはなりません。
拡充「する」期待感からリピーターさんは来るのであって、拡充「した」から来るのではありません。
(どこかで告知していればハナシは別ですが)

ヒット数が急に増えだした時・・・ 良い意味で「噂が噂を呼んで」ならいいのですけど、「晒されて」とか「ネタにされて」だったら・・・
無制限に閲覧出来る場所に設置している以上、自分に落ち度があればそうされても致し方ないとは思っていますが、自分的に勘違いだけはしたくないなぁ・・・と思っています。


その3 某所の思い出(03/08/12記)   
私がパソコン通信時代に主な棲み家としていた2つのフォーラムがありまして、ひとつは「模型フォーラム」、もうひとつは、私の住んでいる田舎が属する地域系フォーラムでした。

この地域系フォーラム、一時は「フォーラムコロッセオ」という発言数ランキングで常に上位に位置していた事もある程に活発な所で、そこで出逢った仲間とは、フォーラムから遠ざかってしまった今でもお付き合いのある方が多数いらっしゃいます。

今振り返ってみると、最盛期は本当に面白い様に皆の歯車(発言)が噛み合い、三日前のネタが完全に過去のモノ、といった有様でした。発言の風圧が異様にもの凄く、またそれが参加者の意欲を掻き立て、更なる発言へと結びつく・・・といった具合で、3日でサイクリック(999発言オーバー)する事もありました。
たった数年前の話ですが、今よりインターネットの敷居が高く、パソコン通信はしていてもインターネットはまだ、という人が多数だった頃です。今の様に、検索すれば望むサイトが見つかり、同好の士を探す事も容易、といった状況ではなく、誰かと何かを語り合いたいが適当な場所が見つからない人にとって、公序良俗に反しない限りはおおよそ何を書いても構わない、しかもそれなりにレスポンスのある場所、というのは本当に希有な存在でした。「そこしかない」という制限が、却って良い結果をもたらす事になった、「パソコン通信」にとって本当に幸せな時期だった様に思います。

順風満帆、この栄華が永遠に続くかの様に(その当時は)思われていても、やがてその勢いが衰える時がやってきます。今の「パソコン通信」全般の凋落は、やはりインターネットの普及による所が大きいと感じます。が、しかしその某地域系フォーラムはそれを待たずして瓦解の方向に向かう事になります。

歯車が上手く噛み合っている時期には、トラブルも自然に解決の方向に向かう事が多く、「雨降って地固まる」の如くに互いの理解も深まったりしたものでしたが、一旦歯車が狂い出すと徐々に自浄効果は期待出来なくなり、以前は「些細な問題」で済んでいた事がそれでは収まらなくなり、それが発端となって亀裂が生じ、深まり、険悪な雰囲気に陥る事が多くなって来る事になります。
「自治」を装った「放置」で済んでいた状況が、それでは保たなくなってきたのです。
その頃から(実際はそれ以前から兆候はあったのですが)、会員側からフォーラムの「運営」についての意見が出る事が多くなってきます。

トラブルが起こった際、解決に導く為の参考となる判例、といったものが全く存在しない状況を作り出し、常にケースバイケースを装い「静観」という名のウォッチを愉しむ運営陣に対し、主にフォーラムの行く末を憂う人から「運営の方針を明確にしてはどうか」といった意見が出されるのですが、毎度運営陣は全く対応せず、替わりに親運営派の人間が否定的な返答をつける、という事が繰り返される事になります。

渦中にいる立場では判り難かった事ですが、今になって状況を俯瞰して見ると「「ルール無用」な人間ほど「親運営」を謳い、「ルールが必要」と説いた人間は「反運営」とされ、表向きの「悪役」とされてしまった」感があります。
「運営に関する意見を言う→運営に仇成す→フォーラムの敵」といった具合です。

先にも述べた通り「ルールがないのがルール」といった状況で、それでも場を維持していく為に皆がどうしたか?というと、「ローカルルールの生成と維持」でした。そしてそれこそが後の瓦解を招く原因ともなりました。
「フォーラム」の下に連なる「県別会議室」毎にそれ(ローカルルール)は存在していました。フォーラム自体が活発で、会議室が固有のメンバーで運営されている間はそれが作用し上手く運営されていたのですが、発言の勢いがある程度落ち着き、「フォーラム」の会員として全体を見る余裕が皆に生まれた時、「互いのローカルルールの差異」「価値観、マナーの違い」が露呈する事になります。
「以前と同じ様な発言をしても、返ってくる反応が全く違う」「以前は問題なかった発言が殊更問題視される」という状況が生まれました。更に、運営に近い立場の人ほど「フォーラム」単位での帰属心が強い様で、彼等が「フォーラムの価値観」に依る発言(会議室の価値観とは相容れない発言)を繰り返し場を壊していく、という状況も生まれました。
そしてやがて「会議室毎のローカルルール」は軋轢によって崩壊する事となります。

ルールという「足場」のない状態で互いの認識の違いを論じても、互いの納得し得る結論が得られるわけはなく、また、納得に到らずとも拠り所となり得る「指針」さえあれば遵守するつもりはあってもそれも叶わず・・・ 
更に、殆どの当事者は気付いていないのですが、運営側による無通告の「発言保留(実質的に削除)」も横行していました。完全なマイルール判断です。

実質、ルールはあったのです。「運営側のその場の気分次第」というルールが。

保留にした事実を公表しない限り、同様の問題はその後も問題として認識される事はなく、抑止には繋がりません。判例とする気のない「気分次第」らしいやり方です。
そういった「表だって何もしないのに実際は恣意的な運営」により、「発言場所」としての魅力を急速に失っていき、発言は激減、顔を見せる会員の数も減少の一途を辿ります。

そうした中、とうとう「感情論に依らない「運営会議室設置要望」」の発言が挙がる事になります。
それまでは、運営に対する意見には決まって取り巻きの方々が「もっと運営を信頼しろ」「場を荒らすな」といったおおよそ本末転倒な意見を集中砲火的に浴びせ続け、その後勢いが弱まった頃に別の話題で押し流し「なかった事」にしてしまうパターンでしたが、その時限りはそれでは収まらずに運営陣自らが対応する事になります。

・・・今思い出しても酷い様相でした。
「運営支持派」を自認する方々の下品極まりない論法と態度はともかくとして、運営陣側のその場での対応は、ばっさりと要約すれば「何もする気無し」としか読めない事を、延々と揚げ足を取りながら書き連ねただけでした。

当時、今でいうところの「2ちゃんねる」的に一方で忌み嫌われ、一方で密かに愉しまれていた「バトルウォッチャーパティオ」で、その様相が紹介されました。そしてあろう事か、運営陣自らがその場に出現し、恣意的に、自分の都合の良い様に状況説明を行ったのです。
当時そのパティオで晒される、という事は、今の2ちゃんねるでスレッドを立てられ叩かれる事に相当するといっても過言ではないと思います。そんな状態で、フォーラム内での出来事を、フォーラム外でその当事者自ら(しかも管理者)が晒し、叩く。それはつまり、発言の権利が保障された「ニフティ」の中にあって「(その)フォーラムでの発言は、誰も(管理者ですら)守ってはくれない」事を意味します。更に「フォーラム内でのもめ事を、運営陣は「愉しんで」いた」という事も意味します。
2ちゃんねるで、自分のハンドル、IPを晒して自サイトの掲示板の常連を晒して叩くサイト管理者、というのを想像していただければ、当時私が感じた気分が判っていただけると思います。(実際の責任と権限はそんなものではないのですが)

その後、やはり通例に従いその話題は立ち消えになり、運営側は毛ほども方針を変える事無く運営を続ける事となり、見た目運営側「完全勝利」となったのですが、運営に多少なりとも疑問を抱いていた人達はそれ以降ほとんど顔を見せなくなります。私自身、運営側を「組織の長」とは毛ほども認識しなくなりました。「せっかくみんなが集った場所だから、いつまでも残っていてほしい。また皆と楽しく語りたい」といった感傷的な気分も、完全に消し飛びました。ただただ「この場にはもう何も期待出来ないししてはいけない」思いだけが残っています。

(続きは気が向いたら書くかもしれません)
        


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