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3.ティーブレイク ・困った奥様方
 
 以前、サラリーマン時代の話です。「自分が契約した顧客の奥方は営業にとってどんな存在か?」という、たわい無い話で盛り上がった事がありました。
 話の口火をきった先輩社員は、それは将来自分が結婚する相手のタイプだと言い張っていたのですが、その担当は比較的奥さんが奇麗で、おしとやかな人が多く、うまくこじつけた感じでした。一方私の様に気が強く、中には瞬間湯沸かし機の如くカッと怒る奥さんが多い者にとっては、なんとも気分が悪い。でもこの結論、心のどこかでは納得していました。信じたくはなかったですけど。

 当時の営業は皆20代で経験も3〜5年位が多かったので、どうしても契約できる顧客のタイプが各々限られていように思います。実際モデルハウスで接客していても顧客の雰囲気で担当が誰だかおおよその見当がついたし、他の営業担当も同じだった様で、よく先輩社員から「吉仲の客は・・・」と苦笑いされたのを覚えています。だから、営業と奥さんとの相性も、結婚する相手のタイプかどうかは別にして、こんなところからも、正直、因果関係はあったと思います。
 実際、私の担当した顧客の奥方のタイプは、失礼ながら気の強い人が多かった。でも見方を変えると、職業を持っていた人も多かったので、その分発言力が強かったのかもしれません。今考えても、よく契約してくれたなあ〜思うし、もしあの時逆の結果だったらと考えるとゾッとします。もちろん会社の看板が大きいのはわかっていますが。
 
 当時の様子を振り返ってみると、各担当程度の差はあっても奥様方には振り回されていました。朝になると同じ時間に電話がかかってくる人、人前で必ず亭主の悪口を言う人、二世帯住宅の設計打合せの時には発言しないで、終わった後に必ず「変更する様に義理の両親を説得して下さい」と、営業にせがむお嫁さん等様々でした。当時はみんな若かったし、何も言えずに苦笑いでしたが、今となっては良い思い出です。いいえ財産と言っても言い過ぎではないです。

 そんな中で少しインパクトのある方を話せる範囲で紹介します。





 その方の自宅は山の上の超高級住宅地内で、その場所には他にも某有名俳優や作家・芸術家の邸宅があり、私の様な住宅営業には縁遠い所でした。行ってみると、その方の家も山の中腹にある大きな構えで、材料の搬入だけでも、高級車1、2台分かかるんじゃないかと思う位の大きな家でした。(お金のかけるところが違う。)その方の計画はというと、今住んでいる所は生活の便が悪いので、もっと便の良い所に、新たに土地を購入して、 家を建てたいというものでした。(やっぱり違う。だって浦安が不便だから葛西に家を建てる位の距離なのです。)

 契約まで少し時間がかかったけど、その後は順調だった。そんなある日、すごい見幕で電話があった。要は「顔を潰されたので契約をキャンセルしたい。」との事だった。理由を聞いてみると打合せした出入の業者が余計な事を言ったらしい。営業にとってキャンセルは一番厳しい言葉だ。とにかく行って謝ろうと思い、車を走らせた。

 車中でも気が重かった。一度言ったら聞かないのは明白だった。ちなみにここまでの打合せは全て奥方との交渉で、ご主人とは一度顔を見かけただけで話すこともなかった。これも通常とは違かっていた。普通だと家を引き渡すまでに、大抵の事は聞いて知っているのだけれど、今回は相手の職業すらわからずにおわってしまったのだ。そんなこんなしている内に、家に着いてインターホンを鳴らした。一瞬背筋ピント張り、体が硬くなった。

 そしてご本人登場。しかも洗い髪。お風呂の後みたい。また怒られるかなと思い恐縮していると、ご本人どこ吹く風。そして急に廊下に跪き「いっらいしゃいませ!」と三つ指をついた。私もつられて一礼。すると、奥さんノー〇ラだ。何か見てはいけない物を見てしまった。結局その日は何事もなく無事退出。車のエンジンをかけ、大きなため息をついた。「アー疲れた。」

 その後は着工、引渡しと順調だった。でも出来上がった家を見てビックリ、契約時と全然違っていた。(やっぱりお金持ちだったのね。)そして数ヵ月後、今度は顧客満足度アンケートが回ってきた。そこに今回の邸名があった。内容は信じられない位うれしい事が書いてあって、幼稚園児がもらう花マルがいっぱい書いてあった。(感謝)普段私と目も合わせないバカ上司も、この時ばかりは一生懸命おべんちゃらを言っていた。





 一方こんな奥方もいました。その月はノルマ達成が厳しく(いつも厳しかった)、その顧客とも月末一週間前に接客したばかりだった。なんとか月内に契約してもらおうと、急いでプランニング、見積りと、いつにも増して慌ただしかった。競合も何社かあったと思う。(競合の定義にについては「正しい競合の仕方」を見て下さい。)私は何とか契約まで漕ぎ着けなければと日参したのですが、そんな時に言われた奥方の一言。「毎日色々な人がスポーツカーに乗って来ては、お願いします、お願いしますと言われ、求愛されているみたいでうれしいです。」
   
 解説すると’スポーツカーに乗って’は、とても給料の良い住宅メーカーがあって、信じられない様な車に乗って営業に来るのです。また、’お願いします’は契約のお願い。奥方にとってはその光景が求愛行動に見えたのでしょう。これにはチョッと参りましたが、それ位必死で働いていたのかもしれません。別の日にはこんな一言もありました。「家の主人は高校は男子校、大学は理系で女日照りが続いていたんです。」 自分の亭主に女日照りもないもんだ。何とも憎めないこの奥方。結局引渡しするまで担当できなかったのですが、その後無事完成したの事。ただ私が後任の担当に引き継ぐ時にお子さんの具合が悪いと、いつも明るかった奥方の顔が曇っていたのが対照的だった。

  
 また昔はよくこんな質問をされました。「契約した顧客の奥さんとどうにかならないの?」 「どうにかって?」 ちなみにそんな話は聞いた事がありません。まずあり得ないと思いますが、こんな事を言う営業はいました。「僕が電話してから宅訪する時と、突然宅訪する時では、奥方の服装が違うんだよ・・・」 (意味深) ただこの営業、色々な意味で別格なので参考にはなりません。一応この方、私の尊敬する上司だったのですが、話も行動もおもしろく、この方をネタにすれば、2,3回はこのコーナーが持ちそうな、そんな方です。まあ私のはせいぜいこの程度です。
 
 それは





 私が営業所で仕事をしていると、ある奥方から電話があり、「今営業所近くの喫茶店にいるから来てほしい。」との事だった。私は「仕事の話なら営業所で」と申し出たのですが、「とにかく来てほしい」の一点張りだったので、指定された喫茶店に行きました。その頃私は会社を退職する事が決まっており、その数日前にもこの奥方には自宅で送別会をしてもらったりと、色々お世話になっていました。

 指定された喫茶店に着くと、奥方が一人で待っており、私は何事かと恐る恐るテーブルにつきました。すると奥方が袋から何やら長細い箱を出して、続けてこう言ったのです。
 「先日は自宅に招待したけれど盛り上がらなくてごめんなさい。これはそのお詫びです。」 
 私の方は招待されただけでも感謝しているのにその上プレゼントまで貰えないと断ったのですが、さらに奥方が「本当は娘と結婚して欲しいと思っていた」と冗談まじりに打ち明けたのです。 「でも二人ともその気がないようで」と笑っていました。たしか奥方には20歳になる娘さんがいた。それに彼氏もいて、そういえば私が招待された日も、心配して様子をうかがいに来ていたようだった。思ってもみない展開に、私もおかしくなって、つい吹き出してしまいました。親はありがたいもんだと改めて思った瞬間だった。結局ネクタイもせっかくの好意なのでいただきました。もちろん現在も使わせていただいています。
 
 まだ話は続きます。このネクタイの色ですが、箱を開ける前からわかっていました。そう紫なのです。この奥方、紫がとても好きで、家の外壁まで紫にしてしまったのです。またその決め方がおもしろく、既定色にはないので、贈答用のお茶の葉が入った円筒形の容器を持ってきて、この色にと決めたのです。この様なケースは当時まれでしたが、出来映えもよく満足いただいた様でした。まあこんな感じで、昼下がりの城下町。営業と奥方編は笑いと共に暮れていったのでした。

 さらにさらに後日談があり、この奥方の娘さんがあの時付合っていた彼と結婚し、子供も産まれたとの事。そしてつい最近、この娘さん夫婦が家を新築する事となり、その設計が自宅と同じ太楽さんになったのです。その辺詳しく説明すると、奥方の自宅は住宅メーカ−だから、設計を担当した太楽さんとはたまたま出合った形ですが、娘さんの方はその住宅メーカーとは無関係に直接太楽さんにという事で設計士冥利につきる話なのです。実際太楽さんは、現在住宅メーカーの仕事をしておらず、設計してもらうには直接お願いする以外ないのですが、この話を聞いて私も当時を思い出し嬉しくなりました。  (終)

 ※ 太楽さんの話は長くなるので簡単に説明すると、当時私の所属していた住宅メーカーで設計を担当していた設計事務所のオーナーで実力人柄とも申し分なく、何度となくピンチを救ってもらいました。退職後も公私共にお世話になり、この方がいなければ、建築士の免許をとる事も無かったでしょう。