平安宮豊楽殿跡(天皇の饗宴の建物・迎賓館)と酒造司
| 平安宮豊楽殿(ぶらくでん)跡 豊楽殿は主の天皇の饗宴を行うことを目的に造営されたものですが、平城京・長岡京には造営されていません。延暦13年(794)に平安京に遷都され、翌年、朝堂院の大極殿が完成しました。その西に豊楽院が完成したのは18年です。 昭和62年10月から翌年にかけて行った発掘調査によって、豊楽殿(豊楽院の正殿)の基壇の西北隅と北側建物の渡り廊下の一部を発見することが出来ました。豊楽殿跡は、仮整備され平成2年2月22日に国の史跡に指定されました。 豊楽殿は、東西46メートル、南北23メートルです、階段の取り付け位置もわかり、かわらや飾り金具などが出土しました。唐風の大建造物で、屋根の大棟の両端には緑釉の鴟尾(りょくゆうのしび)が載せられていました。 代極殿も形状は似ており、両方とも重層であったのではと考えられます。 |
||
![]() ![]() |
|
![]() |
| 跡は金網に囲まれて保存されている | 石碑 | 説明プレート |
![]() |
![]() |
|
| 説明板から(調査現場全景) | 説明板から(豊楽殿「正殿」推定復元原図) | |
| 京都アスニー(京都市生涯学習総合センター)のホームページから引用 平安京歴史ゾーン −京都は平安京を母胎として発展し,今日に及んでいる都市です 「千年の都」京都は,幾多の歴史の舞台となりました。 千二百年前のこの都市に想像を馳せるのは困難ですが,「平安京」を学ぶに当たり,大内裏(平安京)の遺跡「造酒司(みきのつかさ)」跡地の京都アスニーにおいて,今歴史をこえ,平安京の全貌を復元しました。 平安建都1200年を記念して製作された全国唯一,最大規模の「平安京復元模型」,NHK大河ドラマ「義経」が活躍した平安京のまちの姿を鳥瞰することができます。 《展示品》 ■平安京■ ◇平安京復元模型 ◇豊楽殿(ぶらくでん)復元模型◇豊楽殿鴟尾(しび)復元模型 ■国宝北野天神縁起絵巻(レプリカ)■ ■洛中洛外図屏風(上杉本)陶板壁画■ ■発掘調査出土品■25点 京都アスニー(京都市生涯学習総合センター)のホームページから引用 国宝北野天神縁起絵巻(レプリカ) 平安京復元模型 豊楽殿の一部 平成6年、京都市は平安建都1200年を記念して「蘇る平安京」展を美術館で盛大の開催しました。その時展示した平安京復元模型、豊楽殿と鴟尾をロビーの「平安京ゾーン」で展示しています。 また、京都市考古資料館には平安京の発掘調査から出た土器その他、貴重なものが展示されています。平安京遺跡めぐりの折に、ぜひとも訪れていただきたいところです。 |
||
![]() |
豊楽殿の鴟尾復元模型 豊楽殿の鴟尾(大棟両端の飾り)右の写真は実物大で展示されています。後方に豊楽殿の20分の1の模型が見えます。 鴟尾の規模としては中くらいですが、緑釉が施されたその巨大さは圧巻です。 鴟尾は仏教伝来とともにわが国に伝えられた棟飾です。瓦製が一般的ですが、石製もあります。なお、鴟尾は後世において、鯱や鬼瓦などにその座を譲ります。 |
|
![]() |
![]() |
|
| 説明プレート | 平安京跡推定復元図 | |
![]() |
平安宮酒造司跡 昭和53年に京都市社会教育総合センター(現、京都アスニー・中央図書館)画建設されることになり発掘中佐が行われました。 調査の結果、平安時代の倉庫跡と思われる掘立柱建物が見つかりました。現在この建物は地下に保存され、地面にはタイルで建物跡がしるされています。アスニーのホールには出土した瓦や土器が展示されています。 左の写真は跡を示すタイル。デザイン模様ではありません。 |
|
|
平安京 検非違使庁址 |
||
![]() |
【平安京 検非違使庁址石碑の説明板】 財團法人 古代學協會 建之 |
|