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アンゴラ内戦

長引いた内戦の歴史と、漸く果たした停戦
アンゴラへの緊急援助募金
 <ワールド・ビジョン・ジャパンの呼びかけ>

 1975年、ポルトガルからの独立以来、長期に渡り続いてきた紛争。世界のどの紛争に比べても、一番死者を出してきた悲劇の紛争です。今年2002年3月30日、漸く停戦になりました。
 アンゴラには石油、ダイヤモンド、金など豊かな天然資源があり、民族的、経済的利害を巡って争いが繰り広げられてきました。これまでに、何度か停戦協定が結ばれ、戦争が収拾するかのように見えても、再び戦争が始まるという繰り返しでした。しかし、今回の停戦で永久平和が訪れることを、アンゴラの人々も、世界中の人々も祈っています。


■歴史
◆ポルトガル植民地時代
アンゴラはポルトガルの攻撃を受け、1576年に植民地になりました。ポルトガル支配の間は、何千というアンゴラの人々がポルトガルの他の植民地、ブラジルに奴隷として送られ、それは1800年代まで続きました。

◆独立戦争
第2次大戦後、ヨーロッパ諸国が植民国の独立を認めていく中、ポルトガルはアンゴラの独立に前向きでなかったため、1961年アンゴラで独立戦争が勃発し、下記の3勢力が協力して戦いました。


◆ポルトガルからの独立へ
アンゴラ現地での独立戦争と平行して、ポルトガル軍の一部が1974年、リスボンでクーデターを企て、アフリカ植民地戦争に抗議するリスボン政府を倒しました。

この事態に後押しされ、1974年4月アンゴラはポルトガル植民地政府の追放に成功しました。



◆独立への協力から、権力争いへ
ポルトガル政府は、1974年、Albor協定を定め、アンゴラ暫定政権がMPLA、FNLA、UNITAの3つの独立運動勢力を包含すること、そして1974年中に独立に向けて選挙することを求めていました。

ところが、1975年ポルトガルからの独立を果たしたものの、同年夏までに暫定政権が崩壊。

そして、権力を巡る血にまみれた戦争が3勢力の間で始まったのです。

◆3勢力争いから、MPLA vs UNITAへ
MPLAは1980年代半ばまでにアンゴラのほとんどのエリアを支配して、みずから合法的な政府であると宣言しました。

FNLAは、もはや十分な兵力を持っておらず、残ったMPLAとUNITAの間で、主導権を巡る戦闘が繰り広げられました。



◆冷戦の影響
【MPLA】-旧ソ連、キューバ
【UNITA】-アメリカ、
       白人政権時の南アフリカ
それぞれの支援を受け、戦闘は冷戦の大きな影響を受けました。

◆冷戦後
冷戦後、後ろ盾を失った双方は、豊かなアンゴラの天然資源から戦争資金を作り、内戦を続けました。
【MPLA】-油産地を支配
【UNITA】-ダイヤモンド産地を支配


長引いた内戦の歴史と、漸く果たした停戦