Part4
忠告は、ほんの数分ほどで証明された。
「あっ」
小さな声を上げて優誠が周囲を見回す。
相手はどうやら殺気を隠す必要など無いと感じているのか、しっかりと四方八方から漂ってくる気配に八戒は苦笑を浮かべて優誠を見つめた。
「忠告を聞かなくてすいません」
「いいんですよー。初対面の相手の忠告を鵜呑みにして、うっかりミスを起こしたら大変ですし」
「そう言ってもらえるとありがたいですね」
のほほんと交わされる会話に、悟浄が思わず天に向けて煙草の煙を放つ。
違うだろ、と突っ込み所まんさいな会話だが、確かに二人の言葉は正当性のあるモノのために、何も言えないのが現状といったところだ。
同じように煙草を燻らせていた三蔵が、無造作にそれを地面に投げ捨てると懐に忍ばせていた小銃を手にする。
逃げ道を塞いでいつでも攻撃できる空気に、悟空や悟浄も同じように獲物を出現させるとそろって視線を少女達に向けた。
それにきょとんと眼を開いた優誠だが、一瞬にして意を汲んだのかコロコロと笑いながら手を振る。
「ご心配なく。人質、とかアホなことはなりませんし、自分の身くらい自分で守れますから」
「その言葉、信じていいんだろうな」
「さっき、あたしドジ踏みました?」
三蔵のドスのきいた声を鼻先で弾くような態度で優誠が答えると、いくらかムッとしながらも納得したのか三蔵は注意を周囲に戻した。
そんなやり取りに、感心したように八戒がサライに声をかける。
「すごいお嬢さんですね」
「性格だけは、折り紙付きで悪いぞ」
「そこ!なんか言った!」
ビシリ、とサライを指さす優誠の態度と同時に、三蔵の小銃が火を噴いた。
数本の白く長い髪が宙に舞い、ドサリという音と共に地に落ちる。
それに動じた様子もなく、わらわらと湧いて出てきた妖怪達に苦笑をこぼす少女の様子に、改めて彼女が場慣れしているのだと四人は感じ取った。
「お客さん登場、ってとこですかね」
「すいません。また巻き込んで」
「お気になさらず」
ニッコリ笑った優誠の存在に一瞬だけ妖怪達は驚いたようだが、子供一人増えたところでこの数をどうにか出来るものかと踏んだのだろう、雄叫びを上げて武器を振り上げた。
それを五月蠅そうに聞きながら、悟浄と悟空が妖怪達に向かって走り出す。
それを横目で見ながら、ふわぁ、と大きなあくびを優誠が漏らした。
どうせ決着は時計を見ずとも分かる。
何分持つのやら、とほとんど、どころではなく完全に人事のように考えながら、優誠は向かってきた妖怪の手首を掴み勢いを殺すことなく投げ飛ばした。
何人かを巻き添えにうめき声を上げる様を見ながら、再びあくびをかみ殺す。
よくよく考えれば、ここ数日寝ていなかったなぁ、等と考えつつも、周りの人数がだんだんと減っていくことに感心しながら、優誠は邪魔にならないよう気配を殺して、四人から離れた位置へと移動した。
その肩に、バサリと翼を納めるようにサライが乗っかってくると、優誠はふと遠い目をして溜息を一つつく。
「あー来たわ」
「のようだな」
完全に無防備になった優誠に向かって、三人の妖怪が太刀を振り上げた。
それを見ることなく、優誠は無造作に腰に手を伸ばしてそこから一振りの短刀を取り出すと振り下ろされた太刀を片手で難なく受け止める。
どこか小馬鹿にしたような笑みを口元に掃き、優誠は相手の一瞬の隙をついて太刀を薙ぎ払った。
ガギン、と嫌な音をたてて、折れた刃物の先が大地に突き刺さる。
「あたしを傷つけようなんざ、百億年早いっての」
驚きで固まっている男達を手早く気絶させると、優誠はゴキリと首を鳴らしてすでに決着のついた戦闘に苦笑をこぼした。
無論、三蔵達の圧勝、である。
「存外、早かったですねぇ」
「うるせぇぞ、ガキ」
ひきり、と、優誠の額に青筋が立つが、それでも何かを気にするように周囲に視線を巡らせながら困ったように溜息を吐き出した。
先程肩から離れたサライに目配せすれば、何かを考え込むように器用に首を傾けたサライが一言言葉を放つ。
「五分」
「短い」
「お前が手間取らなければいいだけじゃろうが」
「へぇへぇ」
どこか投げやりな口調でそう返した優誠が、すまなそうに八戒達に視線を向けた。
どう説明しようか迷っていたようだが、どう説明してもどうしようもないことに気が付いたのか、どこか諦めたように笑って口を開く。
「すいません、少し離れてもらえますか?」
「かまいませんが」
「ほんとすいません。
今度はあたしのお客ですんで」
言いながら、右手に黒い手袋をはめた優誠は感触を確かめるように右手を何度か握ったり開いたりを繰り返し、納得のいったかのような顔で一つ頷いた。
溜息のような吐息を微かに漏らしてかさりと足を踏み出した刹那、頭上から何かが落ちてくる。
ドサドサ、と派手な音をたてて落下してきたモノを一瞥するや、優誠の鼻の頭に皺が寄った。
「木偶、ね」
ほとほと呆れたような呟きが三蔵達の耳元に届いたかと思うと、少女を囲むように現れた数体ののっぺらぼうの人形のようなモノ達が、のったりとした動作で優誠へと腕に仕込まれている刃物を向けた。
それを確認し、優誠の右手に先程の短刀が握られる。
トン、と滑らかな動きで人形が優誠に向かって一斉に飛びかかる。が、それをいち早く察していた優誠がその場から舞うような動きで横に動き、何を考えたのか短刀を近くの木に向かって投げつけた。
「あの阿呆、何を」
苦々しげにそう吐き捨てたサライが、戦いとは思えないほど優雅な動きで木偶の攻撃をかわす優誠を見つめる。
確かに、何を考えているのかが分からない少女の行動に、三蔵達もその行動をただ目で追うしかない。
そして、その行動の意味が理解できたのは数秒後のことだ。
優誠の口元が微かに笑みの形を作り上げたかと思うと、ぴたりと人形達の動きが空中で止まる。
それを見たサライが、短く舌を打ち付けた。
「チェックメイト」
そう優誠の唇が動くや、リーン、と透き通るような音が周囲に響き渡った。
瞬間、人形の身体が見事なまでにバラバラに砕け散る。
それを一応確認してだろう、優誠は小さく呟いた。
「うっし」
「って、おまえはー!」
「五分以内にすませたんだから文句いわれる筋合い無いわよ」
「そんなモノを使うようじゃ三分以内じゃ!」
ギャアギャアと言い争いながらも、優誠はくん、と右手を引っ張ると、木に突き刺さっていた短刀を自分の元へと引き寄せた。
その際にきらりと光ったのは細い何か。
「糸、か」
「ご名答」
三蔵の言葉にニヤリと笑って優誠がそう答えた後、ヒュン、と小さく手首を動かしてそこに巻かれていた結い紐を解くと、簡単にそれで髪の毛を頭上にまとめてしまう。
そんな姿をジト眼で眺めていたサライが、ドスのきいた声で優誠に問いかけてきた。
「開発局の連中か?」
「当たり前じゃん。
あー、でもこれ失敗作だわ。糸が布地を破いちゃってる」
右手の手袋を外し、それを目線にあわせるように持ち上げた優誠の言葉通り、細い裂け目が黒い手袋に走っている。
納得のいかない、と言う顔つきでそれを見ていた優誠だが、考えても仕方ないと切り上げたのか無造作に手袋を上着に突っ込みひょいと視線を三蔵達にあわせた。
全く悪びれた様子もなく、それどころかどこか不思議そうに小首を傾けた少女に、悟浄が疲れたように声をかける。
「どういう手品か教えてくれるか?」
「どうもこうも、ダイヤモンド鋼鉄線で切り裂いただけですよ。あ、ちなみにさっきの手袋も同じ素材で作られてるんですけどね。でもこれ試作品なんで、あんまり期待はしてなかったんですよねー。まぁ思った以上に使えるんで、もうちょっと改良してもらおうとは思ってるんですけど」
ニッコニッコと笑いながらいっそ清々しいまでな説明を優誠は口にするが、聞いている方は笑うどころではない思いを抱いてしまう。
それは、彼女のツレが一番強く感じているのだろう。
ブルブルと身体を震わせていたかと思うや、グワッと大き嘴を開き鼓膜が破れるような声を上げた。
「こんの、アホたれがー!」
「誰がアホよ!誰が!」
「お前以外におるか、この阿呆!
開発局とつるんで何をやってるかと思えば、またぞろ武器の開発か!」
「っるさいなぁ。いいでしょ。
ってか、みんなして作ったモン押しつけてくるんだから断れないじゃん」
「断れぇぇぇー!」
ゼェゼェと息を切らせるサライとは対照的に、心底迷惑そうな表情でサライの言葉を聞き流しつつ、面倒くさそうに耳の穴に指を突っ込んだ優誠の姿に、ブツリ、とサライの血管の切れる音が聞こえる。
眦をつり上げ、バサリと翼を広げたサライが優誠の肩に止まったかと思うや、勢いよくその翼でその頭をひっぱたいた。
「ってぇな!何すんねん!」
「喧しい!少しは反省という言葉を知らんのかぁ!」
呆気にとられてその漫才じみた会話を見ていたが、やがて三蔵が苦々しげなと息を一つつく。
どうにもつかみ所無い人間だという認識が、改めて心の中で生まれてしまう。クルクルと表情を変える明るさを見せていたかと思いきや、先程の戦闘で見せた冷淡とも取れる微笑。
どちらが本物の性質か、等という馬鹿げた疑問を抱くだけ無駄だが、それでもお前はいくつだと苦虫を噛み潰しつつ三蔵は煙草に火をつけた。
ひとしきり怒鳴りあって気が済んだのか、一匹と一人は肩で息をしつつふん、と同時に視線を反らせる。
と、突然何かに気が付いたように、優誠が視線を頭上に向けた。
何気なく全員の視線がそちらに移動すると同時に、ミー、という甲高い声を上げて何かが優誠の顔面めがけて突撃してくる。
ぐげっ、と、些か女の子らしくない声を上げて、顔に降ってきた『それ』を優誠は震える手で持ち上げた。
大きさはハンドボールほどもあろうか。黄色の毛並みに白いたてがみのようなモノがその身体を覆い、クルリと丸い目と小さな手らしきモノとその身体を支えるための大きな足とが奇妙なバランスで配置されている。動物、と言うには些か奇妙な生物に、優誠の顔面が引きつったモノに変わった。
「おい」
ドスのききすぎた声が、サライの口から放たれる。
それを聞き流し、バッと優誠が違う方向へと目線を向けると、ピョンピョンと跳ねるように同じ形状の、だが、たてがみの色が水色の生き物が優誠の手前まで飛んできた。
「おい、何故そいつらがおる」
「……一緒に飛ばされた、としか言いようが」
「飛ばされた、ですむと思うなー!この阿呆がー!」
「しょうがないでしょ!確認するヒマ無かったんだから!
だいたい、アルファとシータがここにいる事時点でこっちの予測不可能自体だよ!」
自分のせいじゃないと必死になってる優誠にかまわず、アルファとシータと呼ばれた生物は、主にじゃれつく猫のようにグリグリとその身体を優誠の身体に押しつける。
傍目から見れば、何とも微笑ましい光景なのだろうが、本人達にとってはそれどころではないのだろう。
あうう、とうめき声を上げて天を仰いだ優誠に、ほとほと疲れ切ったような溜息を吐き出したサライが、苦々しげな視線で優誠を見つめた。
ミーミーと子猫のような鳴き声を上げる見た事もない生物に、悟空は興味津々の様子で優誠にじゃれつくそれらに視線を釘付けにする。
それに気が付いたのか、優誠が些か疲れたような笑みで両手に二匹を抱えて、ずいっと三蔵達の前に手を差し出した。
「こっちの白いたてがみのが、シータ。で、こっちの青いのがアルファ。
両方ともあたしのペットです」
いとも簡単に不思議生物をペットと言い切る精神に、またしても苦々しげな視線がサライから優誠へと送られる。
その様子に、クスクスと笑いながら八戒が今気が付いたと言わんばかりの口調で優誠に声をかけてきた。
「そう言えば、先程はお見事でしたね」
「いやぁ、それ程でも」
少しばかり照れくさそうに笑った優誠ではあっだが、ふっと表情を改めて四人に視線をあわせる。
居住まいを正しての動作に悟浄は少しばかり身構えるが、それをあっさりとかわすように優誠は口を開いた。
「すいませんが、これ以上ここにいても埒があかないんで、移動します。短い時間でしたが、ありがとうございました」
「礼を言われるようなことはしてませんよ」
「いやぁ、いろんな意味でこっちが邪魔しちゃったみたいですし、こっちの事情も聞かずに黙ってさっきの件を見逃してくれましたし」
ってか、黙ってる以外になんか手があったんか、とは、悟浄の心の中の意見である。
そんな葛藤に気が付いているにも関わらず、朗らかなまでの表情で八戒が優誠の言葉に緩やかに頭を振った。
「お互い様ですよ」
「そう言ってもらえると助かります。それじゃぁ」
そう言ってぺこんと頭を下げた優誠が、クルリと踵を返して歩き出す。
頭上に先程アルファと紹介された生物を乗せ、まるでそこらを散歩するかのように軽やかな足取りで立ち去る少女の背中は、声をかけられるとは露ほども思っていない事は明らかな事だ。
それを些か呆然と見送っていた悟空だが、はたと気が付いたように三蔵へと視線を向けた。
「三蔵、いいの?」
「いいも減ったくれもねぇ。関係のねぇ奴にこれ以上邪魔されてたまるか」
「でもさぁ」
優誠の背中が消えた方向を見つめ、悟空はむぅっと頬をふくらませる。
まだ何かを言いたそうな悟空の口を一睨みで黙らせた三蔵に、幾分か苦笑じみた表情で八戒は三蔵に語りかけてきた。
「どちらにしろ、ここからジープでの走行は無理ですし、あのお嬢さんを追いかけてもいいんじゃないですか?」
「テメェ、マジで言ってんのか」
「落ち付けって、三蔵」
不機嫌度が一気にアップした三蔵を眺めつつ、どこか他人事のように煙を吐き出した悟浄が、人の悪い笑みを口の端に刻みつける。
直感的に、ろくでもないことを口にすると分かっていた三蔵が、小銃を抜くよりも早く悟浄は肩をすくめつつ提案するようにそれを口にした。
「あのお嬢ちゃんを追っかけたる訳じゃねぇんだ。たまたま俺らの行く道とあのお嬢ちゃんが行く道が同じってだけの話しでよ」
確かに、この森を抜けるには少女と同じような道筋を通らねばならないだろう。
だが、それを素直に認めるのは三蔵としてはシャク以外のないモノでもない。
苦虫を数十匹噛み潰したような三蔵の様子に、僅かに苦笑を口の端に刻んだ八戒が、肩に止まったジープの首筋を撫でた。
「さて、どうします?」
答えは、最初から分かっていると言わんばかりの口調に、三蔵は勝手にしろと些かやけになって答えを返した。
思ったよりもバトルシーンが少なくなってしまいました。その代わりに主従関係おいといての激しい漫才(滝汗)まぁ、この二人の関係は主従と言うよりも、良き友達関係的なモノが多いんで、こうなるんですが、何でだろ、シリアスから段々遠ざかって来ているような。