ふるさと
ほとんど雪を経験したことのない千葉で育った
マンションを買って半年で
雪国への転勤が決まった時は泣いた
関東でパートをしていた友達には新潟には海女さんとか
カンズメ工場とかの仕事しかないんじゃないの?とか
言われたし。実際私もそう思っていた
初めての関東以外の転勤で実家ともかなり離れるし
そうそう帰ってこれないし・・・ってそれだけでショックを受けてた
小さい頃から父や母の田舎へ行くと虫が多くて
食事も喉を通らない
そんな変なところで神経質な私が田舎でやっていけるのだろうか?
初めて行った新潟は5月近くというのにまだ雪がちらついていた
テレビに流れるコマーシャル、番組のチャンネル全てが今までの関東のものと
勝手が違ってて余計不安になった 戸惑った
新潟の人は閉鎖的でなかなか心を開いてくれないと聞いた。
転勤族でどこの誰かともわからない私なんて余計に誰も心を
開いてくれないだろうなぁって思ってた
1年間、色んな職場を経験して、やっと自分の居場所を見つけてからか
新潟のよさを知った様な気がする
水の美味しいこと
お米の美味しいこと
漬物のおいしこと
初めて飲んだ日本酒の美味しいこと
お酒を飲んでお店の暖簾の外へ出たら雪が降っている
その光景がとても好きだった。
夏は毎日のように家から歩いてすぐの浜辺に通った
アパートの2階からは晴れると佐渡ヶ島が見えた
海の色が今まで見た色とも全然違う色だった
冬には雪起しの雷が鳴る
朝方には雪をどかす除雪車の音で目覚めた
越後線からは地図で見たことしかない信濃川が見えた
遠くには雪山も見える。
何もかも初めての体験でどんどん新潟が好きになっていた
新潟の人はなかなか心を開いてくれないけれど
一度心を開いてくれるととても暖かいって事も知った
そして新潟が大好きになったときに転勤が決まった
転勤の日の新潟空港までの道のことを今も覚えてる
一言も話さなかったけれど色んなことが走馬灯のように
流れていた
新潟に転勤が決まった時よりも新潟から転勤する方が悲しかった
関西で凹んだりつらかったりしたとき
子供がいなかった私は
すぐ伊丹空港から一人飛行機に飛び乗って新潟へ行った
新潟で暖かく迎えてくれる人がいる
それだけでそう思うだけで新しい関西で息を吸えていたのかもしれない
だから私のふるさとは関東でも関西でもなく 新潟なんだろう

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