| 〉〉Special Report |
祝! 50000名様ヒット記念スペシャルレポート
「イギリス文学に見る怪奇小説の誕生 #4 バスカヴィル家の犬」(BBC、1996年)
2001年6月1日、ミステリチャンネル(CS)にて放送されました上記番組、千三堂さんからの情報により見逃すことなく堪能することができました。その際、トップページにてもお知らせをしたのですが、ミステリチャンネルをご覧になれる環境(たとえばスカパー)をお持ちの方はまだまだ少ないということで、50000名様ヒット記念も兼ねまして内容をまとめてみようと考えました。なお、各タイトルは、おきた@管理人が独断でつけました。正典からの引用はすべて「シャーロック・ホームズ大全」(鮎川信夫 訳)によります。
それではどうぞ。
「イギリス文学に見る怪奇小説の誕生 #4 バスカヴィル家の犬」(BBC、1996年)
1. プロローグ
1887年12月の「ビートンのクリスマス年鑑」で「緋色の研究」が発表。紆余曲折を得て1890年には「四つの署名」、1891年には「ボヘミアの醜聞」、翌10月には初の短編集「シャーロック・ホームズの冒険」を出版。そしてそのまた翌年の例の1893年12月・・・、父チャールズ・ドイルが亡くなり、妻ルイーズが結核にかかったその年、われらがホームズにとっても、そして後のワトスンにとっても受難の年となったのでした。
| 当時の新聞より・・・
「シャーロック・ホームズ氏、死去か」 「悲劇 断崖より墜落」 |
ホームズは「最後の事件」でヨーロッパ一危険な大悪党、モリアーティ教授もろともライヘンバッハの滝へ消えていったのです。
![]() |
| シャーロック・ホームズの死 |
ワトスンの回想より・・・
「まったく、そこはものすごい場所だった。雪どけで水量を増した奔流が、恐ろしい深淵になだれ落ち、飛沫が燃える家の煙のようにもうもうと巻き上がっていた。川の流れの突入こうは、石炭のように黒光りする岩の巨大な割れ目で、狭められた水は、計り知れない深さの滝壷に落下し、あわ立ち、沸きかえり、そののこぎりの歯状のふちからあふれ出て、渦巻いていた……私たちは崖のはし近くにたって覗き込み、はるか足下の、黒岩に当たって砕ける水のきらめきを見つめ、水しぶきとともに深淵からとどろいてくる、なかば人間の叫び声のような音に耳を傾けた。」
ワトスンが最後に見たホームズは腕組みをして岩にもたれかかりながら、激しい水の流れをじっと見下ろしていました。
![]() |
| 激しい水の流れをじっと見下ろしていた |
その数時間後、世紀の名探偵ホームズはアルプスの滝に消えていったのです。
この事件が発表されたとたん、愛読者は正式な喪のしるしとして黒い腕章を身につけ、何千通もの抗議の手紙を出版社に送ったといわれています。これにはストランドの編集部もやきもきしました。このことについて、ドイルは後に「たとえ私が実在の人物を殺したのだとしても、これほどたくさんの悪意に満ちた手紙が届くことはなかっただろう」と述べています。
また彼は、それまで続いたホームズの連載に終止符を打ちたいと考えたのでしょうか、その当時の日記にこう記しています。
「ホームズを死なせる。もう何者も彼を呼び戻せはしない。」
こうしてホームズは姿を消します・・・が、8年後、シャーロック・ホームズは見事に復活します。ドイルに再び名探偵を復活させたものはある獰猛な犬の伝説でした。
(映画「バスカヴィル家の犬」。ヒューゴ・バスカヴィルの館。)
バスカヴィル家の犬より
「バスカヴィル家には伝説があるのです・・・」
物語の最初に語られる伝説では、一人の邪悪な領主が穢れなき娘をさらい、その報いを受けて巨大な黒い犬に殺されます。
2. 出会いと発端
ホームズを消してから、1901年に「バスカヴィル家の犬」で再び名探偵を復活させるまでの8年間、ドイルはさまざまな小説を執筆します。さらには戦争大好きドイルはボーア戦争に医療奉仕団として加わり南アフリカへ向かいます。ここで、ドイルは、ある出会いをします。「デイリー・エクスプレス」通信員、フレッチャー・ロビンソンとの出会いです。
当時、知識人の間で流行していたものの一つに心霊現象がありました。ドイルも一応(笑)知識人でしたから、例に漏れず心霊現象に関心を示します。この心霊現象と、医師としての合理的精神との融合が「バスカヴィル家の犬」なのです。
1901年、ドイルは、南アフリカでかかった軽い熱病が再発してクロウマーで療養していました。そこで、再びフレッチャー・ロビンソンと出会い、一緒にゴルフをします。その最中、風が強くなったためお茶にすることにし、話題はイギリスの民間伝承へと移っていきます。その中の一つに、ドイルの興味をそそる話がありました。幽霊犬の伝説です。幽霊犬の伝説はイギリスの民間伝承に数多く登場します。しかしそのほとんどは、たいてい危険を前もって教えてくれるというものです。しかし黒い犬にまつわる伝説は違います。ブラック・シャック(シャックとは古いことばで悪魔を意味します)と呼ばれる黒い犬の伝説です。子牛ほどの大きさで、目は真っ赤、火を吹く口をもつ犬が登場します。この犬を見ると夜明けまでに死ぬという言い伝えもあるのです。
話は前後しますが、1900年のストランド(←ホームズが掲載されていた雑誌)12月号に「追跡」という小説が掲載されました(↓挿絵。みっちょん様ご提供。)。これは、黒い巨大な生物(実は蛇だったのです)が娘を荒野に追い詰めていくという話でした。娘の靴には蛇をおびき寄せる薬が塗られており、最後、蛇は銃で殺されます。この「追跡」と黒い犬伝説が融合して怪奇的ムードにあふれた「バスカヴィル家の犬」ができたともいわれています。
![]() |
| 大音響が耳に響いた |
「バスカヴィル」の名前についての由来については諸説ありますが、ここでは二つ挙げてみましょう。ま、そんなにいっぱい説があるのも困ったものですが・・・。
後に「バスカヴィル家の犬」についての構成について聞かれた人物の一人に、ロビンソン家(ダートムア)の使用人でハリー・バスカヴィルという名前を持つものがいます。彼曰く、「物語の筋書きは主にロビンソンが考えた。そして名前は私(ハリー・バスカヴィル)のを用いたんだ。」だそうです。二人がビリヤードをしている最中、たまたまそばで靴を磨いていた彼の名が使われたとしたら、こんな偶然はありません。
二つ目は、いかにもという感じです。イングランドとウェールズの境にある旧家の名前です。その名もずばり!「バスカヴィル家」です。紋章には槍が刺さり、血が滴っている獣の姿が描かれています。その獣は一見、犬にもみえます。誰がこんな紋章をなんで考え出したかは謎になっています。この家に代々伝わる伝説があります。
「主人に危険を告げようとした忠実な犬がいたが、あまりに吼えるため、うるさく感じた主人は槍で刺して殺してしまった。するとその後狼が現れた。主人は自分の誤りに気づいた。それ以来、家の主人が死ぬと狼らしき獣が現れるようになった。」
うーん、こちらのほうはなんとも奇怪小説のような話になっていますね。実際はやはり使用人の名前に由来しているのでしょうか・・・。
3. ダートムア
ロビンソンがドイルに聞かせたイギリス伝承のうち、ダートムア地方(イングランド西南部デボン州にある縦45キロ、横30キロほどのひし形をした原野)の幽霊犬伝説がドイルをひきつけました。そこでドイルはロビンソンとともに実際にダートムアへ出かけることにします。彼らはプリンスタウンという町のローズ・ダッチ・ホテルという宿を取りました。ここは、現代でもまだ、アメリカの開拓時代を思わせるかのような町なのです。ダートムアの荒野の真っ只中にあるこの町は普段は近くにある刑務所の給食センターとして、夏の旅行シーズン中だけはかろうじて旅行者を受け入れているという場所です。
二人はそのホテルを基点として毎日のようにダートムアを見て回りました。そのときの印象があまりに強かったため、ドイルはワトスンに実際以上の迫力をダートムアの景色に植付けさせました。ホームズに命を受けたワトスン、モーティマー、そしてサー・ヘンリー・バスカヴィルの三人がロンドンからダートムアに下っていくところの描写にそれが現れています。
![]() |
| 「バスカヴィル邸です」と彼は言った |
「四角い緑の原野と低く曲線を描く森のはるかかなたに、灰色の陰気な丘がそびえていた。遠くにぼんやりかすんで見える、その異様なぎざぎざのついた頂上は、何か夢の中の奇怪な風景のようであった。・・・・・・私たちの馬車が丘を登りきると、目の前に、ごつごつしたこぶだらけの石や岩でまだらになった荒野が、一面に広がっていた。吹き降ろしてくる冷たい風に、私たちは身震いした。・・・・・・・突然、私たちは椀状の窪地の上に出た。そこには、長年にわたる嵐のためにねじまがった、いじけた樫やもみがまばらに生えていた。」
物語では例の沼地、そうです、グリンペンの底なし沼がいっそうの恐怖を植え付けていますが、実際のダートムアにはあのような底なし沼はなく、ただ普通の泥炭地のみが存在します。しかしながら、その雰囲気は現在でさえさまざまな謎を喚起させずに入られないままのものなのです。人がすみ始めたのは最近のことであり、ところどころにはスズの採掘のための煙突があります。
ロビンソンとともにダート無を見て回ったドイルは、書簡の中で次のように述べています。
「プリンスタウンでは沼地を念入りに探検しました。劇的な、世にも恐ろしい物語になる予定です。」
ドイルは実地検分のみならず、その土地に伝わる文献も調べました。ダートムアの牧師、グールド(例のグールドじゃないですよー)の著書“A Book of Dartmoor”のなかには、「囚人の脱走、沼で足をとられる馬、犬の遠吠えに似た音」などが紹介されています。ドイルがこの本を読んだことは間違いないといわれています。強烈な印象を受けたことがステイプルトンの台詞に出てきます。
![]() |
| あれがグリンペンの沼地です |
「あれがグリンペンの底なし沼です。あそこでは、人にとっても獣にとっても、一歩踏み違えると死につながるのです。つい昨日も野生の子馬が、迷い込むのを見ました。それっきり出てきませんでした。しばらくの間、首だけ泥沼の中から突き出しているのが見えましたが、とうとう吸い込まれてしまいました。・・・」
そしてダートムアに伝わる民間伝承が決定的なものとなりました。
1672年、ダートムアの大地主、リチャード・カベルが埋葬されます。
彼は粗暴な人柄で土地の人々から恐れられていました。ある日、彼は妻を殺すために、危険な沼地へわざとおいやり殺してしまいます。最後に報いを受け火を吹く犬に襲われて死亡しました。死んだ後も彼に対する人々の恐怖は収まらず、吸血鬼だったのではないかといううわさも広まります。彼の墓には小屋が建てられ柵が四方に施されており、彼が二度と生き返らないように、また土地の者が近づかないようにされました。冒険したい人は、その柵を反時計回りに13階回り、小指を鍵穴に入れると食いちぎられるという言い伝えに挑戦してみては。小屋の中の窓には鉄格子がはめてあります。第1次大戦中、鉄は貴重な金属でしたが村人たちは断固、この柵をはずすのを拒否したそうです。彼の棺には「RICVS(意味不明)」が刻まれており、心臓には鉄の釘が打たれているとも言われています。
こうして、ドイルとロビンソンはダートムアを舞台とした物語のプロットを考えていきますが、奇怪で恐怖に満ちたストーリー、謎を解決するのはこの世に一人しかいませんでした・・・・・・。
4. シャーロック・ホームズ、復活!
ダートムアのグリンペン村の医師、ジェームズ・モーティマーがベーカー街に持ち込んだ事件はなんとも奇怪で現実離れしたものでした。ダートムアの旧家バスカヴィル家の当主であるチャールズ卿が荒野に通じる門近くで急死します。心臓疾患が原因でした。しかしモーティマー医師がベーカー街に来たことにはわけがあったのです。
「確かに外傷はまったくありませんでした。ただ、バリモアは検死の時、一つだけ間違ったことを言っています。彼は死体の辺りには何の痕跡もなかったといいました。目に付かなかったのです。でも、私は見ました―少し離れたところにですが、生々しくはっきりと」
「足跡が?」
「足跡です」
「男のですか、女のですか?」
モーティマー医師は一瞬、けげんな顔をして私たちを見たが、答えるとき、その声は沈んでほとんど囁きになった。
「ホームズさん、巨大な犬の足跡です!」
これにはワトスンもたじたじとなります。チャールズ卿は本当に呪いによって殺されたのでしょうか。物語は出だしから異様な雰囲気の中、始まるのです。
チャールズ卿の後を継ぐべく、カナダからサー・ヘンリー・バスカヴィルがロンドンにやってきます。ホームズはサー・ヘンリー一人では危険と判断し、ワトスンをその代理としてダートムアに同行するようにするのです。ホームズはこの時仕事の関係でロンドンを離れることが出来なかったのです。ホームズはサー・ヘンリーをつけまわす不審な人物のことを思い、ワトスンにこう告げます。
「君は笑うかもしれないが、正直言って、君が安全無事にベーカー街に再び帰ってくれたら、本当に嬉しいよ」
ワトスン、モーティマー、そしてサー・ヘンリーは不気味な荒野を通ってバスカヴィル邸に到着します。この屋敷のモデルとなるものがあったとすればそれは前述のグールド牧師の屋敷です。彼の屋敷内は物語の中の描写によく似ているからです。
ワトスンはホームズの命どおり、サー・ヘンリーの周辺の調査を開始します。日に日に、彼らの周りには怪しい行動が目立つようになります。実に怪しい雰囲気をもつバスカヴィル家の執事とその妻、風変わりな隣人たち。荒野の怪しい二つの人影。
物語が進むにつれ、少しずつそれらの謎が解けていきます。荒野に現れる二つの人影のうち、ひとつは、プリンスタウンの監獄から脱獄した囚人、バリモア夫人の弟であるセルデンでした。しかしもう一つの人影の正体はなかなかつかめません。ワトスンは調査に行き詰まり、読者も今か今かと待ちわびます。
ついにワトスンはそのもう一人が住んでいるといわれる岩山へ勇気を出して向かいます。しかしそこはもぬけの殻でした。彼は忍耐強く、謎の男が帰ってくるのを待ちました。
・・・ついに男の足音が聞こえた。それは一つまた一つと続き、次第に近づいてきた。・・・一番くらい隅に身を縮めて、ポケットの中で拳銃の撃鉄を起こした。相手は立ち止まったらしく、長い沈黙があった。やがて、足音が近づくと、小屋の入り口に影がさした。
![]() |
| 入り口に影がさした |
「きれいな夕方だね、ワトスン」と聞きなれた声が言った。「中よりは外のほうがずっと気持ちがいいのじゃないかね」
「ホームズ!」私は叫んだ「ホームズか!」
出入り口の荒削りな石梁の下からくぐりと出ると、彼は表の石の上に坐っていた。・・・
![]() |
| 彼は表の石の上に坐っていた |
なんと、岩山の謎の男の正体はホームズだったのです。ここがストーリーの転換点であり、残り3分の1を残して謎解きが急展開します。
(ここからさまざまなホームズシリーズの映像を交えて展開します。ジェレミー・ホームズはもちろん、ピーター・カッシングのホームズなど)
ホームズとワトスンが荒野を歩いていると突然犬の遠吠えが聴こえます。そして誰かが崖から墜落・・・・・・サー・ヘンリー!?・・・・・・囚人のセルデンでした。
ホームズはこの時すでに犯人のめぼしがついていましたが、犯人は非常にずるがしこく、なかなか尻尾を表しません。そこで彼は大胆にもサー・ヘンリーを荒野で一人にして犯人をおびき出そうと考えたのでした。
霧の中をさまざまなサー・ヘンリーが絶えず両方の肩越しに後を振り返りながら進んでいきます。そしてその背後には・・・・・・
「しッ!」ホームズが叫ぶと、拳銃の撃鉄を上げる音が聞こえた。「注意しろ! やってくるぞ!」
それは猟犬、巨大な真っ黒な猟犬だったが、かつて人目に触れた、いかなる猟犬とも違っていた。その開いた口は、火をはき、目は煙を立てながら燃えて輝き、鼻づらと首とのどとが、揺らめく焔の中にくっきりと浮かび上がった。
![]() |
| かつて人目に触れた、いかなる猟犬とも違っていた |
危うし、サー・ヘンリー! ホームズとワトスンは同時に発砲するも、ひるむことなくその巨大な犬はサー・ヘンリーに襲い掛かります。
・・・獣が獲物に襲い掛かり、彼を地面に押し倒し、のど元に噛み付くのが見えた。しかし次の瞬間、ホームズは5発あった銃弾を、猟犬のわき腹に全部打ち込んでいた。・・・
![]() |
| ホームズは5発あった銃弾を、猟犬のわき腹に全部打ち込んでいた |
あらゆる時代のホームズが一斉射撃します。あわせて20発はいったことでしょう・・・(笑)。
犬はロンドンで買い付け、ダートムアの荒野で買っていたのでした。犬が光って見えたのも体に塗られたリンのせいだったのです。怪奇と謎に満ちた事件も、実は現実の犯罪だったのです。さて、バスカヴィル家の犬の伝説を利用した犯人は誰だったのでしょうか。そしてその動機は・・・。
5. エピローグ―――――現実は悪夢を超えた
小説「バスカヴィル家の犬」は1901年8月から翌年にかけてストランドに掲載されました。彼はこの原稿に対して、普段は1000文字50ポンドだったのに対して倍の額を要求しました。ホームズが復活したのだからということでしょうか。彼の自信作であることの現われでもあります。
そしてこの作品には、内容以外にも注目しておかなくてはいけない部分があります。「バスカヴィル家の犬」がお手元にあるなら1ページ目をごらんください。
DEDICATION
THE HOUND OF THE BASKERVILLES
MY DEAR ROBINSON: It was your account of a west country legend which first suggested the idea of this little tale to my mind. For this, and for the help which you gave me in its evolution, all thanks.
Yours most truly,
A. CONAN DOYLE.
ドイルは、自分に幽霊犬の伝説を教えてくれたロビンソンへの配慮を忘れることなく、珍しく謝辞をつけています。実際、原稿料の30%はロビンソンへ支払われました。
この物語が出版されたとき、ストランドを販売する店の前には行列が出来、あまりの人気ぶりに7回も版を重ねる結果となりました。
ロビンソン家の使用人であったハリー・バスカヴィルは自分の名前が主人公に用いられていたことを生涯信じ続けていたようです。彼が主人からもらった初版本の表紙には「あの名前を使わせてもらった」というロビンソンの記述があります。「あなたの」ではなく「あの」名前というところが、現在も由来を確定させていない原因の一つになっています。
この物語の成功の要因はなんだったのでしょうか。それはもちろん、ホームズの復活がまず第一にあります。そしてもう一つには、文明を寄せ付けない岩だらけの荒野や沼地が、20世紀を迎えた人々に超自然的なものへの畏れを再認識させたこともあるのでしょう。
この作品以後、ドイルは4作のホームズもの(短・長編ふくむ)を出版しますが、今までのようなホームズの個性に面白みがかけていきます。ドイルも熱中できなくなってきたのでしょうか。
1914年、あるとき名探偵は「最後の挨拶」で、それまでに経験したことのない恐ろしいものを予感します。
ホームズは、振り返って月光に映える海を指差し、感慨を込めて頭を振った。
「東の風が吹いてくるよ、ワトスン・・・・・・今まで英国に吹き付けたことのないような風が吹いて来るんだ。凍りつくような冷たい風だよ、ワトスン。その寒風に撃たれて、わが国の多くの同胞が、滅びるかもしれない。しかし、それは神の思し召しによる、きびしい試練に他ならない。嵐の去った後には、太陽の輝きに照らし出されて、もっと汚れのない、もっと良質の、さらに力強い国家が現れるだろう。エンジンをかけてくれ、ワトスン。もう出かける時間だ。」
それから2年後、ソンムの谷では第1次大戦の影響で一度の戦いに50万人が死亡します。われわれ読者を恐怖と謎に包み込んだバスカヴィル家の犬は、20世紀の現実の前ではもはやかわいいおとぎ話になってしまいました。現実が悪夢を超えたのです。
19世紀末から20世紀初頭にかけての怪奇小説は人の心に生じた悪夢、超自然への畏れを描き、その中でも「バスカヴィル家の犬」は今世紀に特に貢献してきました。ひるがえってわれわれは次の世紀に何を残せるのか? 大量生産は大量破壊を生むということを忘れてはいけません。
The End
実際の番組では映画やドラマの映像、そしてダートムアの景色、ベーカー街221Bの部屋などさまざまな視覚的効果があったので、もっと楽しむことができました。それをお伝えできないのが残念です。
「バスカヴィル家の犬」は今でも人気が高く、当HPのアンケートでも上位にランクインしています。私はこの長編の特徴を「回想がない」ことを一番に挙げたいです。他の長編では必ず後半に物語の回想が始まり、少しばかり私をテンションダウンさせてくれましたが、この「バスカ」は最後まで一気に読み進めることが出来ました。そういう意味でも、今回、番組のレポートということで改めて追って読めたことは大変嬉しいことでした。
さて、今回50000名様ヒット記念としてお届けしましたが、いかがだったでしょうか。これを気にしばらくまた更新の停滞が続くかもしれませんが(笑)今後とも、よろしくお願いいたします。