教会通信AA

<礼拝宣教(メッセージ)を聞いて;信徒によるメモ>




このコーナーは礼拝宣教(説教)を聞いた信徒・参会者からの投稿文です。

※宣教の要約を意図したコーナーではありません。(牧師は原稿チェックしていません)
礼拝の宣教はご自分の耳でじかに(ライブで!)お聞きになることをお勧めします。
《ホームページ作業班代表より》



「 ついて行けない 」

2008年3月2日のメッセージを聞いて

  【ヨハネによる福音書 6章より】
シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」


  五つのパンと二匹の魚で満腹した人々はイエスに更なるものを求めて探し追いかけ始める。 しかしイエス自身が「私は天から下ってきた生きたパン、私の肉を食べ私の血を飲むものは、いつも私の中におり、私もまたいつもその人の内にいる」と教えるのを聞いて、多くの人々がイエスのもとを離れた。 真剣にイエスを求めないものはたぶんいなかった。 しかし同時に、イエスを受け入れイエスそのものを自分の生き方とする − そこまでのことを多くの人は求めていなかった。
  イエスが残された十二人の弟子に「あなたがたも離れて行きたいか」と聞いたのに対して、ペテロは「主よ、私たちは誰のところに行きましょうか。 あなたこそ神の聖者であると信じ、また知っています。」と応える。 しかしイエスはこのペテロの言葉をほめなかった。 信仰は自分の力で得たり、またやめたり出来るものではなく、人は自分の信仰を誇ることはできないからだ。 「父からの許しがなければ誰も私のもとに来ることはできない。」とイエスは言っている。 そうして許されまた招かれていた十二人の中にさえ、後に裏切るものがあることをイエスは知っていた。
  自分の力では信じ続けることもできない、いつ裏切るかも知れない、そんな弱い人間と分かったうえでイエスは私たちを招き続けている。

E. S.




「 パンはどこで買えばいい?」

2008年2月3日のメッセージを聞いて

  【ヨハネによる福音書 6章より】
大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。
イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。
フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」


  ヨハネ福音書にある「五千人の給食」と呼ばれる有名なエピソードが聖書箇所として与えられた。ここまでイエスの後を追って来た人たちは男だけ数えてもで五千人であったという。イエスは弟子に「この人たちに食べさせるパンをどこで買うか?」と聞いた。聞かれた弟子はほんの少しづつ食べるにしても皆に食べさせるには大変な金が必要だと答えた。
  イエスはこの質問で弟子を試したとある。問われた弟子は要するに「そんなことはとても無理ですよ。」と答えたのだった。さらに他の弟子はイエスに「パン五つと魚二匹を持っている少年がいますが・・・、まったく話になりません。」と言った。弟子たちは、この人たちの空腹を満たすなんて不可能・まったくお手上げだと認めざるを得なかった。
  しかしイエスの奇跡は誰もが不可能だと思うこの状況から開始される。それは天からパンを降らせるという奇跡ではなかった。イエスの奇跡は貧しい少年が自分の食料を差し出したことから始まったのだ。イエスはそれを祝して皆に分けた。そこに居た人々は皆満腹し、残ったパンくずを集めるとなん籠にもなったという。誰にも無理だと思われる状況にありながら、全員が有り余るほど満たされるという奇跡だった。
  教会には、すべてはイエス様がなして下さると信じてどんな小さなことも大切にして奉仕をしてきた歴史がある。世界の貧困やその他の問題の前で何もできないと立ちすくんではならない。私たちの小さな働きをはげまし、祝福してもちいて下さるのはイエス様ご自身なのだから。

E. S.




「 非常識人イエス」

2008年1月27日のメッセージを聞いて

  【ヨハネによる福音書 5章より】
この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。
イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。
病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」
イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」


  聖書にはイエスの癒しの物語が多く描かれている。その癒しのわざを安息日に行ったとき、伝統的な規則にがんじがらめになっていた当時のユダヤ人たちはイエスを殺す相談を始めた。たとえ病人を癒すことであっても安息日に働くということは厳禁されていたからである。イエスのとった行動はあまりにも非常識だった。 
  しかし、実はこのストーリーにはもっと非常識な部分がある。それはイエスが38年間も病気で苦しみ、自分で動くこともできない人に向かって、「良くなりたいか」と聞いたということだ。考えてみよう。難病で何年も寝たきりの人を見舞って「良くなりたいですか?」と聞く人がいるだろうか。そんな人がいたらあまりに無神経だと非難されるかもしれない。
  ではイエスに声をかけられた病人はなんと答えたか。彼は「誰も私を癒しの泉に運んでくれない」とぼやきのようなことを口にする。これはイエスに「私を運んでくれ」と言っているようにも聞こえる。これを聞いてイエスは「起き上がれ」と命じる。
  視点を変えよう。この癒しの泉の周りには多くの病人や障害者がいたのに、イエスはなぜこの人を選んで声をかけたのだろう。一番近いところにいたのか、それとも一番障害が重そうだったのか。その答えは彼の言葉、「誰も私を癒しの泉に運んでくれない」にある。 彼はぼやき半分に「私を運んで下さい」と言っていたのではなかったのだ。「自分はずっとここにいる。でももう直る見込みもないんです。自分で泉まで降りて行くこともできない。ここで死ぬほかないんです。」 そういうあきらめの言葉がこれであった。
  イエスはそのあきらめ・絶望を見抜いた。 そしてその人に「良くなりたいか」と声をかけた。貴方はいま絶望しているが、最初からそうだったのではではない。良くなりたいと思っていた。救われたいと望んでいた。そのことを思い出しなさい。その希望を取り戻しなさい。私がその希望を約束しよう。その言葉が聖書にはこう記されている。
   『起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。』

E. S.




「 ギデオンの信仰 」

2007年10月21日のメッセージを聞いて

  【士師記 7章より】
主はギデオンに言われた。「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。 それゆえ今、民にこう呼びかけて聞かせよ。恐れおののいている者は皆帰り、ギレアドの山を去れ、と。」こうして民の中から二万二千人が帰り、一万人が残った。
主はギデオンに言われた。「民はまだ多すぎる。彼らを連れて水辺に下れ。そこで、あなたのために彼らをえり分けることにする。あなたと共に行くべきだとわたしが告げる者はあなたと共に行き、あなたと共に行くべきではないと告げる者は行かせてはならない。」 彼は民を連れて水辺に下った。主はギデオンに言われた。「犬のように舌で水をなめる者、すなわち膝をついてかがんで水を飲む者はすべて別にしなさい。」
水を手にすくってすすった者の数は三百人であった。他の民は皆膝をついてかがんで水を飲んだ。 主はギデオンに言われた。「手から水をすすった三百人をもって、わたしはあなたたちを救い、ミディアン人をあなたの手に渡そう。他の民はそれぞれ自分の所に帰しなさい。」


  旧約の士師とは裁き司(さばきつかさ)のこと。まだ王がいない時代、ユダヤの人が周辺の他民族に苦しめられることの多かった時代に強い指導者を求めて神様に祈り、与えられたのが裁き司、それを中国で士師と漢字に訳したのでそれが日本の聖書に入っている。
  聖書の中でそうした士師は13人数えられている。ギデオンはその中でも取り分け臆病で、よく言えば非常に慎重な人として描かれている。当時、収穫の時期になるとユダヤ人を襲って食料を奪っていたミディアン人を恐れて、酒船に隠れて麦打ちの仕事をしていたと言われている。また神様の召しを受けた時も、何度も神様の意志を確かめるようなことをしつこく要求した。 神様はその要求に一つひとつ応えられたが、ギデオン率いるユダヤ人とミディアン人との対決の時は、ユダヤの兵士の数をぎりぎりまで減らすよう命令された。 人の計らいを超えた神の力のあることを皆に分からせるためだと言われる。
  ところで平良牧師はここであることに思い至ったとのこと。ギデオンが何度も神様の意志を確かめることをしたのは、一つの決断のために十分な時間をかけたということではないか。神様の意志を確認し、それを信じるに至るまでの時間を惜しまないということ。私たちにはそんな悠長なことを言っている時間はないと思われることも多い。 “いま”何かを変えなければ実際に人が傷つき倒れてゆく、そんなことはよくあるように思われる。 しかし今日のもうひとつの聖書箇所、ヘブライ人への手紙には、苦難の中にあって、なお神様の約束を信じ、いっこうに見えてこない未来の成果のためにひたすら忍耐し、その生涯を終えていった信仰の先人たちが描かれている。アブラハムのモーセもその例外ではなかった。それは「結果のでない」ことに耐える生き方であり、それが信仰と呼ばれた。
  私たちは神様の祝福を求めつつ、何が神のみ旨であるかをあせらずじっくりと祈り問うていかねばならない。それはつらい生き方かもしれない。 何時まで待たされるのか? 私はもう忘れられてしまったのか? そう思えてしまうこともある。 しかしそんな時こそ神様の御使いが最初にギデオンに話しかけられた言葉を思い出す。 「主はあなたと共におられます。」  この言葉を覚え神様の導きを信じて私たちはあわてずに生きていくことができる。

E. S.




「 神と富 」

2007年9月23日のメッセージを聞いて

  【ルカによる福音書 16章より】
そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。 『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』 また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』 主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。 そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。


  今日の聖書箇所は、新共同訳聖書で『「不正な管理人」のたとえ』という見出しの与えられたところ。 主人の財産を預かっていたが、無駄遣いを主人に告げ口され追い出されそうになった管理人が、主人に負債のあるものを呼び、その負債が軽くなるように証文を書き直させる。 そうして友を作り、後の生活を助けてもらうよう段取りをつける。 主人はその抜け目ないやりかたを褒めた、という話。 自分はサラリーマンの実感として主人の債権を勝手に減額するような人は、人間としてまず信用できないと思うのだが・・。 『不正にまみれた富で友達を作りなさい。』(新共同訳)という御言葉?も、本当にイエス様はこんなことを言ったのか首をかしげたくなる。
  最近の聖書学の研究では、その管理人が減額した負債は、利子の部分であったとか、管理人報酬として自分がもらう部分を減額したのだという解釈もあるという。 またここで『不正な』と訳されたに言葉は、同時に「この世的な」というで用いられる言葉でもあり、必ずしも悪事を意味していないという考え方もあるということだが、平良牧師は、ここにルカ書のもっと深いメッセージをここに読み取ろうとした。 
  ルカ書の特徴は、キリスト者となることで精神的な満足に終わることなく、互いに生きて行くことができるように、“実生活”の不足を補い合うことを勧めていることだ。 この視点に立つと、管理人でも主人でもなく、金持ちから借りなければ生きて行かれなかった人々のことが視野に入ってくる。 負債を軽くしてもらって本当に助かり、心から管理人に感謝した人々。 今日の平良牧師のメッセージを聞くと、この世の金銭・財産を賢く用いて、貧しい人々も、自分も共に生きて行けるように考えたこの管理人を主人は褒めた、ということらしい。
  汚れた世俗から離れて聖潔に暮らし、人から「光の子」と賞賛されるのが正しい道ではない。 世の人と同じように生活する者としてやりくりをし、その中で友達を助け、互いに生かしあうことが、神の永遠の住まいに招かれる道として、ここでは強く勧められている。

E. S.




「 弟子の条件? 」

2007年9月9日のメッセージを聞いて

  【ルカによる福音書 14章より】
大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。 「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。 自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。  ・・・・ だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」
  【ガラテアの信徒への手紙 6章より】
しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。


  ルカ書にある、親兄弟も、自分の命さえも捨てる覚悟をしなさいとは、キリスト教も最初は新興宗教だった、そんななごりかなと自分的には思っていました。でもそれは間違いでした。イエスがこの話をされたのは一緒について来た群衆に対して。その中には何か面白いことが、と浅ましい心持で従っていた人もいただろう。どこか人の目とか、この世的な拠り所を捨てきれない人々。イエスに従うということは自分の全時間、すべての思いをかけて従うということだと、どれだけの人が分かっていただろうか。
  今を生きる私たちがイエスに従うために、世間の評判とか財産とかが役に立つと思われることがある。本当だろうか。ガラテア書6章にその答えがある。人から良く思われて悪いことはないということでキリスト者に"割礼"を勧める人たちがいた。しかしそれはイエスの十字架を軽んじることだとパウロに厳しく非難されている。日本でも多くの人がイエスの十字架を守るためと考えた日本のキリスト教と天皇制との迎合によって、結果的に私たちはイエスの十字架から逃げていた。イエスの十字架を軽くしてしまっていた、そういう歴史がある。最後まで頼るべきはイエスの十字架のみであったのに。
  私は自分の十字架にはりつけにされている。人からうるさい、うざったいと思われようと私は自分の十字架から逃げない、そんな歩みを続けたい。そのように今日の平良牧師の宣教は締めくくられた。

E. S.




「 ギブ あんど テイク 」

2007年9月2日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 14章より】
イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。 ・・・ だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。 ・・・ 宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。 そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。


  ルカによる福音書、新共同訳聖書では「客と招待する者への教訓 」という小見出しがついている。 このたとえ話は前半が「招かれる側」、後半は「招く側」に対する教訓のようになっている。 宴席に招かれた時は下座に座れば、主人が上座を勧めてくれる、という話になっているが、これは上座に行きたい人はひとまず下座に座って様子を見なさいということだろうか? 聖書が言っているのは、私たちが打ちひしがれ、自分の無力さにおののいて自らへりくだる時に神様の力が私たちを引き上げてくださるのだ、という信仰と希望とである。 ここで言われている「へりくだる」とは卑下することではない。 卑下は自らを意味のないつまらないものと考えること、一方「へりくだる」とは小さく無力な自分がそのまま神様に引き上げて頂けると信じることだ。
  後半では、お返しができない人を招きなさいと勧められているが、これも神様からの報酬を期待してそうするのではない。 順番が逆なのである。 私自身すでに多くの恵みを受けてしまっていることに気づいたとき、それにふさわしいお返しを神様に返すことのできる人がいるだろうかということ。 お返しのできない客とは私たち自身のことだ。 そんな私たちが招かれているなら、こんどは私たちが招くことができる。 そして神様の恵みを分かち合うことができる。 祈りと感謝を込めてそうしようということではないか。

E. S.




「クリスチャンは立派じゃない」

2007年7月23日のメッセージを聞いて

   【ヨハネによる福音書 10章より】
「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。  (中略)
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。


  教会に来ている人でも教会以外の人間関係の中で、自分が教会に行っていることを言いにくいこともある。「さすがクリスチャンだね」と言われるのも、「クリスチャンのくせに」と言われるのも何か違うと感じるからだ。 「クリスチャンは立派じゃない」 立派なクリスチャンもそりゃあいるだろうけど多くの人は立派だからとか、立派になろうとして教会に来るわけじゃないのです。
  今日の聖書箇所は、イエスさまというブドウの木につながっていないと焼き捨てられてしまうという、ちょっと脅迫っぽい表現があってひっかかる人もいる。でも、イエスさまにつながってさえいれば、ちゃんと神さまが手入れをしてくださると書いてある場所でもある。
  誰も自分の努力とか才能で良いブドウの実になるんじゃない。イエスさまにつながっていれば神さまがそうしてくださるのです。では神さまの求める良いブドウの実とは? それは神さまに愛されていることを信じ、その愛にとどまり、その愛の中でこそ自分がいきいきと自由に生きられることを知っている私たちのこと。
  キリスト教の歴史は、律法主義の時代とキリスト者の自由を尊ぶ時代を繰り返し行き来している。同じ時代でも場所や教会によってどちらかに偏っていることもある。どちらが間違っているのではない。大切なのは、ただイエスさまにしっかりとつながっているかどうか、その一点だ。

E. S.




「イエスには会えなかったけど」

2007年5月13日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 7章より】
ところで、ある百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた。
イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、部下を助けに来てくださるように頼んだ。 長老たちはイエスのもとに来て、熱心に願った。「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。 わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」
そこで、イエスは一緒に出かけられた。ところが、その家からほど遠からぬ所まで来たとき、百人隊長は友達を使いにやって言わせた。「主よ、御足労には及びません。わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。 ですから、わたしの方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください。


  聖書にある有名なエピソードも丁寧に読み直すとびっくりするような発見をすることがあるが、今日のルカ伝 7章の百人隊長の信仰もそうだった。 百人隊長とは当時ユダヤを支配していたローマ軍隊で100人の兵隊を束ねる隊長のこと。 新約聖書の書簡等を読むと使徒達がユダヤ人以外の異邦人たちにイエスのことを述べ伝えるとき、具体的にいろいろな条件を検討したことが伺えるが、そんな議論とは関係なくイエスは既に救い・助けを求める異邦人たちとの豊かな交流を持っていたことが、この百人隊長の話からも分かる。

  ルカ伝で描かれる百人隊長は、自分の部下を助けるためにイエスに寄り頼もうとする。 しかし不思議なのは百人隊長は自らは一度もイエスに会おうとしていないことだ。 彼は見ることなくイエスを信じ、部下の救いをイエスに託した。 そして、百人隊長の気持ちをくみ取り、イエスを呼びに行ったユダヤの長老たちがいた。 病にあった部下は百人隊長、ユダヤの長老たちの屈力によって救われたのである。 友のために祈り、その祈りに動かされ、皆共に救われていく人々の姿がそこにある。 私たちも、今この目でイエスの姿を見ることは出来ないが、イエスの救いの業に共に参与するものでありたい。またそうすることが出来ると確信するのである。

E. S.




「一緒にお泊まりください」

2007年4月15日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 24章より】
ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。   ・・・・ (略) ・・・・  一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。 二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。
一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。 二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。


  イエスの復活の物語の中で、このエマオに向かう弟子たちが報告しているエピソードは自分にとって特に印象深いものだが、今日の平良牧師の説教を聞いてまたその思いを深めることができた。 弟子たちは熱心に道中語り合った人がイエスだと気が付かないこと。その人がイエスと分かったとき、その姿は見えなくなったこと。意味深く思えるけれども、分かったような分からないような難解な書き方だと思う。 ここを平良牧師は、「目に見えなくてもイエスさまが共に居てくださること」を弟子たちがはっきりと悟った場面だとされた。
  この後、弟子たちは驚くべき行動に出た。すでに夕食の時間であったのに時を移さずエルサレムに踵を返したのである。 イエスを十字架につけたエルサレムは弟子たちにとっても殺されるかもしれない危険な場所だったが、彼らは復活したイエスとの出会いを通して「死んでもいい、たとえ死んでもそれは終わりではない」ことが当然のことに思われ、意気揚々とエルサレムの弟子たちと再会したのだった。
  「一緒にお泊まり下さい。」 弟子たちのこの強引な申し出にイエスは喜んで応えられ、私たちのために命のパンを割いてくださるのである。

E. S.




「あってはならないことが」

2007年3月25日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 20章より】
収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。 そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。 更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせてほうり出した。
そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』  農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』  そして、息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。  戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。」彼らはこれを聞いて、「そんなことがあってはなりません」と言った。


  イエスが語ったとされるこの譬え話は考えてみれば悲惨な事件である。 これが現代だったならTVレポーターが、「起こってはならないことが起こってしまいました。」と真剣な面持ちでカメラに向かって現場レポートしてくれるだろう。 実際にこの話を聞いて衝撃を受けた人々はイエスに「そんなことがあってはなりません」と応えたという。 しかし実際に神から遣わされたイエスは人々に捕らえられ鞭打たれ侮辱されたのち十字架の上で殺されてしまうのである。

  イエスの十字架上の死は私たちの救いのためにどうしても必要なものとして用意されたと言われる。 しかし同時に、それは『あってはならないこと』だったということを私たちはどれだけ真摯に受け取ることができるだろうか。 

  実は今、私たちの周りにも『あってはならないこと』が現実に起こっている。 フィリピンの米軍基地誘致に伴い、平和・人権運動家、司祭や牧師たちの殺害が続いているのもその一例であろう。 私たちはそのような事態をどのように捉え、何をなすべきなのだろうか。 私たちはイエスの十字架を仰ぎ、その愛に応えようとするものとして・・・。

E. S.




「ベルゼブル」

2007年3月4日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 11章より】
「あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。 わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。 しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。 」


  イエスが口のきけない人を癒すのを見て、イエスは悪霊の頭であるベルゼブルの力を用いていると疑うものがいた。 それに対してイエスが反論している場面である。 イエスの行動をベルゼベルの力に帰するのはイエスを非難する人にとってはとても都合の良い攻撃手段だった。 当時の人々は、出身地とか社会的階層などをレッテルとして、他人を単純な類型で理解することが普通だったから、あいつは悪霊の使い手だとレッテルを貼ることができればイエスの評判に決定的なダメージを与えることができたからだ。 しかしイエスは人に対するレッテル張りそのものを否定し、自分の行動が神からのものであることを力強く宣言した。
  また、聖書は随所で偽預言者に気をつけよと言っているが、実はイエス自身が人々から偽預言者と見なされることもあったということがこのベルゼブルを巡る論争から知られる。 イエスが神の業をなす時も、それを悪霊の力だと言う人々がいた。 牧師は現代の私たちのまわりにもそう言った例のあることを示された。 私たちは神の意志を堂々と行う勇気を祈り求めたい。

E. S.




「神を怒らせたらどうなる?」

2007年2月25日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 4章より】
「イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。 その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。 そこで、悪魔はイエスに言った。 「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」
イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。 」


  受難節の最初にはイエスの誘惑の聖書箇所が読まれる習わしがあるためもあり、先週の貞広牧師と今週の平良牧師のメッセージは同じ聖書箇所になった。

  イエスが霊によって荒れ野を引き回された40日。 イエスは山にも川にも、都会にも田舎にも霊の導くまま歩き回り、多くの人たちに出会ったことだろう。 それはイエスが何が大切なことなのかを確立するために神さまから与えられた大切な期間だった。 その間多くの誘惑に会われたが「石をパンに変える」「世の富と権力を得る」「飛び降りて傷つかない」という3つは最後の最も大きな誘惑だった。
  もし自分が悪魔に屈することによって、パンのない人にパンを与え、世界から戦争をなくすことができるならそうしてもいいと少しでも思わないだろうか。空を飛んで人々の目を引きつけられれば、指導者として絶対的な力を持つこともできる。 しかしそのすべてにイエスはNOと言った。

  イエスが悪魔に答えとして突きつけた言葉、「神である主を試してはならない」のある申命記6章には、有名な次の言葉もみえる。 「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」  そしてこれらのことを人々に教えたのは熱情の神。 つまり相手に時として憎しみを覚えるほどの激しい愛情を人々に注ぐ神とある。

  この世界には戦争と飢餓が絶えない。 これを見て、なぜ神は怒って“実力行使”してくださらないのか。 いや神は怒ることができないのだ、怒るには神はあまりにも強く激しく人を愛しているからだと牧師は言う。 神はこんなにもを愛している、だから、神以外の他のものには頼らないで欲しい! 試したりしないで欲しい! もっと信頼して欲しい! と神は言っている。 心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神を愛して欲しいと言っているのだ。 このことをしっかりと確認することでイエスは悪魔の誘惑に打ち勝った。

  40日の荒れ野の体験でイエスは神がいかに私を・人を愛しているかを知り、本当に必要な時には何でも与えてくださると確信した。 だから私は神以外のものを神としない、神の愛を疑わない、私は神を試さない、そしてその神を愛を具現化するために私は祈り、行動するのだとイエスは語っている。 そういったイエスを私たちは主として崇め、ついて行こうとしているのである。

  先週からレントに入った。 悔い改めのための期間だが、深い感謝の時でもある。 いかに神が私たちを愛されているのか、命を与えるほどに神が私を愛しておられることを覚え、私たちがそれにどう応えていくか、何ができるかを考える時期でもあると思う。

E. S.




「誘惑」

2007年2月18日のメッセージ(貞弘範行牧師)を聞いて

   【ルカによる福音書 4章より】
「イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。 その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。 そこで、悪魔はイエスに言った。 「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」
イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。 」


  今日は湘北地区の交換講壇で秦野西教会の貞広範行牧師の宣教を聞いた。 
イエスが聖霊を受けてから伝道活動を開始する、その間に置かれているのが荒れ野で悪魔から誘惑を受けるエピソードである。 40日と言われる誘惑はその後のイエスの方向性を指し示している。 荒れ野とは人の住まない所、言葉を換えれば人が人として生きることのできない場所のことである。 社会の決まり事に合わせられない人たちのいる場所ということもできるだろう。 イエスはそう言った場所で40日間、“霊”に引き回されて様々な体験をした。 ここでイエスを引き回した“霊”は聖霊であるはずだと貞広牧師は語られた。

  荒れ野の40日間の仕上げとしてイエスは悪魔からの誘惑を受けられる。 空腹のイエスに悪魔は「この石をパンに変えてみよ」と囁いた。 荒れ野には今日のパンが無いために死ななければならない人々もいる。 その現実を目の当たりにして、もし本当に石をパンに変えられるとしたら誰がそれを否めるだろう。 しかしそれが悪魔の「誘惑」とされている。 これはどういうことだろう。 悪魔の言葉にイエスは『人はパンだけで生きるものではない』と応える。 パンが無くて今日にも死にそうな人にイエスは「物質的な満足より神さまの愛を知ることが重要だ」と言われたのだろうか。 イエスは石をパンに変えてその人に与えた方が良いのではないか?

  イエスが『人はパンだけで生きるものではない』と応えた真意は何か。 一つのパンを得ること以上に大切なことがある・・・。 そのことを牧師はマザー・テレサの一つのエピソードをもって示された。 ある時、マザーが一袋の米を貧しい家族に持っていった。 米を受け取った貧しい母親はすぐにそれを半分づつに分けた。 そして半分は裏の家の人に分けてあげるのです、と言ったというのだ。

  確かに「石をパンに変える」というやり方は陥ってはならない誘惑だったのだ。 イエスは時に無力である。 十字架の上では「他人を救ったが自分を助けられない」と嘲笑された。 しかし、実はこの愚かさの中に、神の愛があった。 イエスは私たち一人びとりに語りかけている。 『人はパンだけで生きるものではない』

E. S.




「簡単に分かってたまるか」

2007年2月4日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 8章より】
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。 ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。 ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。 また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスはこのように話して、「聞く耳のある者は聞きなさい」と大声で言われた。 弟子たちは、このたとえはどんな意味かと尋ねた。
イエスは言われた。「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ。それは、/『彼らが見ても見えず、/聞いても理解できない』/ようになるためである。」


  この聖書箇所のポイントは二つあるように思います。 
まずは、例え話そのものの意味、もうひとつは例え話で話されることの意味です。 しかも、その両方においてイエス本人の解説付きという意味では考えやすい箇所であり、逆に深く掘り下げるという点では難しい箇所でもあると思います。それを踏まえると、この日の説教タイトルは絶妙です。 まさにこの箇所を読む上での注意事項であるようにも思えるからです。 まあ、こじつけといえばこじつけですが・・・。

  説教自体は二つの要素を交差させながら進んでいましたが、個人的には後者を強調されているように感じました。 むしろ、僕自身が個人的に後者についてはあまり深く掘り下げてこなかった結果そう聞こえたと言えるかもしれません。

  例え話の意味ということでおっしゃられていたのは、「どんな人でも常に良い土地であるとは限らない。時には茨の地だったりするのである。」というものでした。 良い地と称される人がいて茨の地と称される人がいる、そういうものではなく、全ての人に全ての状態が当てはまる・・・、確かに簡単に読むと分かりませんね。
そして、人の苦しみや悲しみを簡単に分かった気になってはいけないともおっしゃられました。

  この言葉を聞いて、僕の頭の中には色々な事柄が浮かび上がってきました。
簡単に分かった気になってしまうことの浅はかさ、簡単に割り切ってしまうことの残酷さ、そして簡単に答えを与えられることに慣れてしまうことの危険性。
で、この文章を書いているうちに思ったのが、イエスの解説というのも実は問題提起であるのかもしれないということ、さらにはこの日の平良牧師の説教もあるいは・・・。

さあ、みんなで考えよう!(古っ!)

JESTER




「どんな教会が欲しい?」

2007年1月28日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 21章より】
イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。 そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。 あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」
ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。 「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」


  何か毎週ルカ書を聞いてるなあと思いつつ、うまい具合に毎週来れているおかげであることに先ほど気付きました。 で、この説教はそのルカ書のやもめの献金の場面、金持ちたちが献金している中、やもめはレプトン銅貨2枚を入れ、イエスがそれを褒め称える場面からの話です。

  その様子から、教会のあり方に関する話へとなっていきました。 正礼典通りに厳粛に礼拝が行われている教会、信仰の仲間と出会える教会、心を休める教会、色々な要素があり、平良牧師は「それらは全て大切なものである」とおっしゃれました。

  「どんな教会が欲しい?」 この日の説教のタイトルです。

  僕は「レプトン銅貨2枚しか払えないやもめが恥じ入ることなくいられる教会」であって欲しいなあと思いました。

JESTER




「今日、実現した」

2007年1月21日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 4章より】
イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。 預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」
イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。
そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。


  イエスはある安息日にご自分の育った地方の会堂に入り説教をされた。朗読された聖書箇所はイザヤ書61章だったが、丁寧にルカ書のこの部分を読むとそこからは「神が報復される日」という言葉が除かれていると分かる。そこにイエスの新しい教えがあった。人々は自分たちの街から出た有名人であるイエスの言葉に耳をそばだてる。イエスはおもむろに『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し出された。しかしその続きを聞いた人々は憤慨のあまりイエスを街はずれの山の崖まで連れて行き突き落とそうとした。イエスは故郷の人々に何を話されたのであろうか。
  平良牧師はいつになく厳しい口調で、「今日、この礼拝に車いすの人、目の見えない人が一人もいないのはなぜでしょうか。自分こそ救いを求め、自分こそ救いに近づいていると思っている人ほど、そこでもまた排除されている人のいることに気が付かないのです」と言われた。そして、イエスがイザヤの言葉を『今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話された、その意味に真摯に近づいてゆきたいと語られていた。

E.S.


  まず、この日読まれた箇所はその大部分がイザヤ書からの引用で割かれていますが、イザヤ書と明らかに違う部分はE.Sさんの説明の通りなので省略します。

  そして、平良牧師の話は「今、この場に車椅子の人、目の見えない人、手話通訳の必要な人がいないのは何故か?」という問いかけへと変わり、「我々は知らない内に排斥しているのかもしれない。」とおっしゃられていました。 当然、意識的に排斥する人がいるとは思えませんし、HPには「手話通訳の必要な方はお申し出下さい」とあります。 しかし、それはあくまで招く側の理屈であり、招かれる側の必要を満たしているのかどうか、またそういったことについて真剣に考える姿勢を我々が持っているのか、改めて自戒の念が沸く言葉でした。

  その後、よく耳にするようになった暗いニュース、これらは今まで気付かずにいただけで、社会はこれらを何とかしようともがき苦しんでいるのではないだろうか、とおっしゃられました。 だとしたら、我々はまさに「何とかしなければいけない時代」を生きているのではないでしょうか。 最初の話に戻りますが「知らない内に排斥しているのかもしれない。」のだとすると、無関係な者は誰一人としていないのではないだろうかと思います。
んー、難しいですね。 だって「知らない内に」なんですから・・・。アンテナは常に最新型にしておかないとどこかで間違うかもしれませんね。

  イエスは最後に「今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と結んでいます。 少なくとも、僕はまだ耳にはしていません。 むしろ、実現させよ、と言ってる気がしました。

JESTER




「 無  礼  者 」

2007年1月14日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 4章より】
イエスは会堂を立ち去り、シモンの家にお入りになった。 シモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスに頼んだ。 イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした。
   【ルカの福音書 5章より】
イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。 そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。 しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。 彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。


  何だか最近体力の衰えを感じるJESTERです。 初っ端から愚痴です。すいません。説教のタイトルは「無礼者」ですが、自他ともに認める無礼者の僕としましては我がことのように聞き耳を立ててしましました。

  引用された場面はイエスとペトロの湖でのシーンです。
ルカ書4章にて、イエスの起こした奇跡を目の当たりにしたペトロでしたが、5章でイエスに「沖に出て網をおろしてみなさい。」と言われます。 漁のプロであるペトロはここではやや微妙な反応です。 そりゃまあ、自分の生業について素人であるはずの人に指示されて面白いわけはありませんね。
「散々網を張っても魚が獲れなかったのに、今更やってもなあ・・・。 まあ、結果を見せれば黙るだろう・・・。」
そんな半信半疑で網を下ろしたペトロは、思惑とは違って2隻の舟いっぱいの大漁を見て逆に黙る羽目にあいます。 平良牧師はこれらの話から、「人が自分の理解を超える神を、自分の理解の範疇に押し込めてしまう傾向」を読み取って話されました。 
  僕個人の感じたこととして、確かに僕は十分神に対して無礼者の要件を満たしていると感じます。 「神に出来ないことはない」 と信じつつも 「それぞれの正義がぶつかりあう争いなど、どう解決できるのか?」 と考えることもあります。 努力が報われず落胆してる人がいる一方で、不正なことをして得をする人を見るにつけ、神の悪意なんてものを思いついたりすることもありました。 しかし、こういった発想こそがまさに 「神を自分の理解の範疇に押し込める行為」 なのかもしれないなあ、と思いました。
  自分の納得できる考え方が必ずしも真実を言い当てているとは限らない、だからこそ安易に納得しようとしてはいけない、そう思いました。

JESTER


  ルカによる福音書は、イエスがペトロを弟子とする以前に、まだシモンと呼ばれていたペテロの家を訪ねていたことを伝えている。 そこでイエスは高熱に苦しむペテロのしゅうとめを癒し、しゅうとめはすぐに起きあがって一同をもてなしたとある。 (本論からは脇道に入るが、この“もてなした”と訳されている語は、元来、弟子たちがイエスにつき従ったというときの“従う・ついて行く”と同じ語が使われおり、主語がしゅうとめだからといって“もてなした”と訳してしまうのは間違いという指摘もあるそうだ。) とにかく、しゅうとめはイエスの癒しを直接我が身に受け、救いの力を実感したに違いない。 その人はすぐに起きあがってイエスとその一行のために立ち働き始めたのだった。
  シモンと呼ばれていたペテロはその一部始終を見ていたはずだ。 しかし彼にとってイエスはまだ不思議な力を持つ一人の偉い先生にすぎなかった、イエスの力が直接自分に働きかけるまでは。 ペテロはイエスに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われたものの、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう。」と応えたのだった。 どうせ駄目だろうけれど先生がそこまで言うならやって見せるしかあるまいという気持ちだったのかもしれない。 その後の展開は上にJESTERさんが書いてくれた通り。 
  イエスを信じるとき、人に何が起こったかではない。 この“私”にイエス・キリストが直接働きかけてくださる。 その事抜きに私たちの信仰は生きたものにはならないのだろう。 今日のメッセージを聞いて、そのように思った。
  ペテロは最初シモンと呼ばれていたが、この出来事を境に“ペテロ=岩”と呼ばれるようになり、以後、イエスの第一の弟子として立てられ、大宣教者となって行った。

E.S.




「夜明けはまだか」

12月3日のメッセージを聞いて

   【マタイによる福音書 1章より】
アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。 アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、 ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンは アラムを、アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、サルモンは ラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王を もうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、 アビヤはアサを、アサはヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、ウジヤはヨタムを、 ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを、ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、アモスはヨシヤを、ヨシヤは、 バビロンへ移住させられたころ、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。バビロンへ移住させられた後、エコンヤは シャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを、ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、 エリアキムはアゾルを、アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、エリウドはエレアザルを、 エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれる イエスがお生まれになった。


  イエス・キリストの系図として示されたこれらの人名には、興味深い人物の名がいくつも見られるが、特徴的なのは女性の名がいくつもそこにあることである。ユダヤの伝統では女性の名前が系図に加えられることはなかったのだから。
  ここに名前をあげられた女性たち、タマル、ラハブ、ルツ、バトシェバ、は夫の父によって子をなしたタマルをはじめ決して女性として模範的とされる生涯を生きた人たちではなかった。系図の最後に現れるマリアも現実にはシングルマザーと見なされることもあっただろう。しかしマタイの福音書はイエスが生まれるためにこれらの女性たちの存在が必要不可欠であったと明言しているように思える。同時に彼女たちも救い主の誕生を必要とする一人ひとりだった。
  ここに名前を書かれた人々はやがて救い主がこの世に現れることを信じる確信と希望のうちに生き世代をつないでいった人たちだった。これはそういう人々の名を記したリストである。
  ことし一年を思うと多くの辛いこと悲しいことがあった。もう平和は来ないんじゃないかと思うことあった。自分はこのまま生きていていいんだろうかと思うこともあった。でもそんな時にこそ救い主の到来を確信して生き、世代をつないでいった人々のことを思い起こし、私たちもこのリストの末に自分の名を書き加えるものでありたい、そしてイエス・キリストの希望を自分のものとして生きていきたいのである。

E.S.




「あれも、これも」
《 神学校日礼拝 》

11月19日のメッセージを聞いて

   【ローマの信徒への手紙 15章より】
彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。 それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。 そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。


  今日は神学校日礼拝で、日本聖書神学校学の金迅野(きむしんや)神学生を迎えてメッセージをお聞きしました。大韓民国の国籍を持つ在日三世でもある金さんならではの楽しく、また厳しかった生い立ちのお話なども織り交ぜられながら、話はいつしか生粋のユダヤ人でありながら異邦人伝道の召しを受けたパウロのについてになっていました。 パウロは異邦人の募金をエルサレムに届けユダヤ人クリスチャンを支えながら、同時にはるか彼方のイスパニア伝道に思いを馳せていました。 その時パウロはユダヤと世界宣教という二つの思いに引き裂かれており、不純と言ってもいい状態でした。
  聖書箇所最後の部分、新共同訳聖書の『キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。』の『行くことになると思います』という言葉は何か人ごとのような突き放した感があるが様々な訳の聖書を見るとここは、『行くことを知っている』という意味であるらしい。これは大変強い言葉ではないでしょうか。 ユダヤ人パウロは、福音の確信を持って人間の作った垣根を乗り越え、さらに新たな人々と出会い、イエス・キリストの証を伝え続けました。 

E.S.




「もはや滅ぼすことをしない」
《 逝去者記念礼拝 》

11月5日のメッセージを聞いて

   【創世記 9章より】
すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。
   【ルカによる福音書 11章より】
あなたの全身が明るく、少しも暗いところがなければ、ちょうど、ともし火がその輝きであなたを照らすときのように、全身は輝いている。


  11月の最初の主日礼拝は信仰の先達たちを覚える逝去者記念礼拝となる。
聖書日課で与えられた今日の聖書箇所は創世記からノアの箱舟。福音書から体のともし火は目にというところで、一般に逝去者のことを語るのに用いられるところではない。しかし箱舟の物語のメッセージで一番大切なのは洪水による滅ぼしではなく、神さまが私たちを二度と滅ぼさないと約束して下さっていることだと分かると、この物語とすでに召された信仰の先達との間に一本の糸が繋がる。神さまの言う滅びとは神さまの前からその存在が無とされてしまうこと。人は時が至れば死ぬ。しかし神はその人が死ぬときも、死の向こう側においても、その人を見捨てることは決してしないと約束してくださったのだ。
  神さまは今も私たちが死んだ後も一緒にいてくださる。クリスチャンを輝かせている光はクリスチャンらしい良い行いなどではなく、神さまがいつも、死をも乗り越えて共にいてくださるという希望の光ではないだろうか。

E.S.




「それって、はぐらかされた?
《 子どもと大人の合同礼拝 》

10月29日のメッセージを聞いて

   【ヨブ記 38章より】
主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。
これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは。   ( 略 )
わたしが大地を据えたとき、お前はどこにいたのか。知っていたというなら理解していることを言ってみよ。


  第5日曜日は子どもと大人の合同礼拝となる。子どもも大人もみんなで一緒に賛美歌を歌ったりお話を聞くのは大きな喜びです。今日は旧約聖書のヨブのお話でした。
  大金持ちだったヨブは、あれっと思う間に財産を亡くしてしまい、子どもが死んでしまい、自分も病気になってしまって体中が痒くてたまらない。そして痒いところをかきむしるので体中から血が流れてかさぶたになってしまうありさまだ。いつも心から神様に感謝の祈りをしてきたのに何でこんなことになってしまったんだろう。神様なんでですか?
  ヨブの妻も友達たちも「こんなことになってヨブは何か悪いことをしたんじゃないのか? でなければ神様なんてもう信じませんって言ったほうがせいせいするんじゃないの?」と言い始めました。ヨブも我慢できず「神様、自分は何も悪いことをしていないのに何でこんな目にあわせるんですか?」と祈りました。その時の神様の答えが今日の聖書箇所でした。
  神様は、「この大地も海も空も、そこにあるすべてのものを見てごらんん。ぜんぶこの私が造ったんだよ。」と答えてくれました。えっ、これって答えになってないじゃん。何でですかと聞いているのに。でも実は神様はヨブにこう聞き返していたのでした。「ヨブ、あなたは何を信じようとしているの? あなたはどう生きようとしているの?」
  私たちも神様に祈りながら、いろいろ聞きたいことがあります。でも神様のほうもわたしたちに聞き返しているんです。 その声を聞いてください。
「あなたは何を信じようとしているの? あなたはどう生きようとしているの?」
  

E.S.




「不健康体

10月15日のメッセージを聞いて

   【コロサイの信徒への手紙 1章より】
今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし、キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを身をもって満たしています。


   教会は不健康体といえば、僕も去年末から年始にかけては胃炎で胃カメラが辛くて辛(省略)。 
   で、教会とは何ぞや?というお話でした。 それは建物を指すのか?それともそこに集う人々の共同体を示しているのか? そして、何故教会に行くのか? 神を賛美しに行くのか? 同じ信仰を持つ人々と会うためか?  多分、これら全てを含有するものであると思います。
   そして、健康な教会とは何ぞや?という話になっていきました。 不健康な人の集まりである以上、教会もまた不健康な部分を抱えるものであると思います。
「健康な教会、そんなものはないのだ。」と平良牧師はおっしゃられました。
   もし、健康な教会を謳うようになった時、それはもはや自浄作用すら失った、死に至る教会ではないだろうか。 不健康を自覚することは、生きた教会であるために必要な 認識ではないだろうか。 説教を聞きながら、ふとそんなことを考えたりしました。

JESTER


   教会はキリストの体だと言われる。先週の礼拝で取り上げられた「コリントの信徒への手紙T」でも、『あなた方はキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。』と宣言されている。建物でも組織でもなく、“私たち”が教会なのだ。その教会がキリストの体だと言われる。ではそのキリストの体はどんな体なのか。完全無欠の復活のキリストの体なのだろうか。そうではないと今日の宣教は語った。キリスト・イエスは時に疲れ、傷つき、絶えず祈りながら隣人に仕える生涯を生きた。その体は決してスーパーマンのような超健康体を誇っていた訳ではない。むしろ私たちと同じく多くの欠けと苦しみを負った“不健康体”がイエスの体であった。
   私たちの教会は強健な健康体でなければならないのか?
小さく、弱い、欠けの多い私たちのままで神様の祝福を信じ、祈りながら歩みを進める。そんな私たちの教会でありたいと思う。

  そんな説教を聞いた翌月曜日の東京新聞に、茨城県の石岡市文化祭俳句大会で知事賞を得た俳句の紹介があり、味わい深いものがあった。

        キリストの最期に似たる案山子かな       土井湧輔さん

E.S.




「共に苦しみ、共に喜ぶ
《 寿の働きを覚える礼拝 》

10月8日のメッセージ(三森妃佐子牧師)を聞いて

   【コリントの信徒への手紙 12章より】
わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。 それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。


  戦後から今日に至るまで横浜で多くの日雇い労働者が集まり生活の拠点としてきた寿(コトブキ)地区で長年活動を続けている三森牧師のメッセージを聞いた。三・一教会では例年この時期に三森牧師を招き説教を聞いている。三森牧師はご自身の信仰歴から話を起こされ、説教を聞いて、寿ひいては今の社会状況まで考えさせる内容であった。そのエッセンスは今日の聖書箇所そのものであった。
  自分は休日くらいは人に気を使わず楽をしたいという気持ちがしょっちゅう沸き起こってくる不心得ものだ。しかし今日の説教は、こんな自分でもここにいる意味が何かあるのかもしれないと思いながら聞いていた。

E.S.




「裏切られるのが愛?

9月10日のメッセージ(小田部進一伝道師)を聞いて

   【ホセア書 11章より】
ああ、エフライムよ お前を見捨てることができようか。 イスラエルよ お前を引き渡すことができようか。  アドマのようにお前を見捨て ツェボイムのようにすることができようか。  わたしは激しく心を動かされ 憐れみに胸を焼かれる。


  この日は、僕との会話の9割がサッカーの話題で占められる小田部伝道師が説教を担当されました。 主題としては「神と人との信頼関係」について話されました。
  神は、よく父に例えられたりしますが、母としての属性も持っています。 そして、神と人とは親子のような信頼関係があり、人はそれを裏切ることもあります。 まあ、僕は裏切ってばかりだなあと反省の絶えない毎日ですが。
  しかし、神はそんな人々を決して見捨てない、見捨てられるわけがないではないか!とホセア書11章を引用して語られました。
  それは理屈ではなく、また打算でもなく、神が我々に対して抱く感情そのものなのだなあと思いました。 さらに神への感謝が増し、感謝せずにはいられなくなる、そんなお話でした。

JESTER




「当てつけ?

9月3日のメッセージを聞いて

   【使徒言行録 13章より】
次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。 しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。 そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。 主はわたしたちにこう命じておられるからです。『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、/あなたが、地の果てにまでも/救いをもたらすために。』」 異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。 こうして、主の言葉はその地方全体に広まった。 ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。


  この日の説教のタイトルは「当てつけ?」でした。 そして聖書箇所は、本来聞く耳を持つべきユダヤ人が受け入れなかったことが、聞く気のあった異邦人にもたらされる、ということを示していました。
  これらは、我々にとっても人事ではありません。教会の礼拝に出席する、教会の活動に参加する、神の御言葉をひたすら勉強する、そういったことを通して神に近い存在になったと錯覚することの危険性をこの箇所は知らせているのではないでしょうか。
  イエスや使徒たちは、まさにこういう錯覚に陥った人々に対して妥協することなく言葉を伝えていった、そういうお話でした。
  そして、「そのままで良い」という言葉。これは自分の罪深さ、いたらなさ、こういったことに対して真摯に向き合うことに対する妥協の理由としてはいけない、ということもおっしゃられてました。 また、我々は「罪を負ったまま生きることを赦されているのだ」と思いました。

JESTER




「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。

8月27日のメッセージを聞いて

   【マルコによる福音書 10章より】
バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。 ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。 多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。 イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」 盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。


  この聖書箇所は、たとえ人々から叱りつけられてもイエスを求め叫ぶことをやめなかったバルティマイの信仰が一つの主題になっている。しかし一方で、このストーリーには「人々」とされている重要な登場人物たちがいる。「人々」はイエスを求めて叫び続けるバルティマイを黙れとしかりつけた。決して静かにして下さいと頼んだのではない。盲人の、物乞いの分際で声を上げて物言う事自体を非難しているというニュアンスさえ感じられる。しかしイエスがその男を呼んでくるように言われると、人々は『安心しなさい。・・・』とバルティマイに優しい声をかけたのだった。人々はイエスから言われたから単純に態度を変えたのだろうか、いやそうではないと思う。彼らは自分たちに救いを教えてくれたイエス様が今この目の見えない物乞いに声をかけようとなさっていると知った。その時彼らはイエスの言葉を自分の中に生かし人をつなぎとめて行く者になったのである。そして今まで叱りつけていた男に対して、自然に『安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。』と声をかけることができたのだ。私たちもイエスからこうして招かれている。そしてイエスはすべての人を同じように招いている。そのことを心に憶えていたい。

E.S. 




「子どもと大人、妻と夫、偉いのは?

8月20日のメッセージを聞いて

   【マルコによる福音書 10章より】
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。


  エフェソ書5章〜とマルコ伝10章〜が今日の聖書。エフェソでは「妻は夫に仕えなさい、夫は妻を愛しなさい」とされ夫の方が妻の上に立つような書き方だ。妻は夫の所有物、財産の一つと思われていた時代に夫は妻を我が身と同様に愛せよと言った、その事の革新性はあるが、聖書にある差別からも目を背けず、それでも聖書の指し示す真実をきちんと読み解いて行きたい。
  マルコでは子どもを遠ざけようとした弟子たちにイエスが“憤った”と書かれている。この“憤った”という言葉(ギリシア語)はパリサイ人が激怒したという場面などで使われる語でイエスに対して使われているのは聖書の中で唯一ここだけだということだ。子どもは当時誰の目から見ても人間として不完全であり最も価値の低いものたちだった。弟子たちの行動も当時の価値観では当然のことだったのだ。しかしそれに対してイエスは激しく怒り、「妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」と語って神様の御心を明らかにされた。

E.S. 




「試練に耐えよというけれど

8月13日のメッセージを聞いて

   【ヘブライ人への手紙 12章より】
霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。 およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。 だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。


  この文章を読むみなさまには、くれぐれも「えー!アンタ遅刻したべさぁ!」というツッコミはなさらないで下さい。泣いちゃいますからネ。 という訳で、聖書の朗読には間に合わず、説教を聞きながら該当箇所を読みました。

  この日の説教の主題は「試練とは感謝して耐えなければいけないのか? 文句の一つも言っちゃいけないのか?」 というものでしたが、何年か前に、そのまんまの疑問を僕自身が言っていた記憶があります。

  確かに武道家みたいな人が、自らそういうサトリを開いたのであれば美談になるのかもしれませんが、実際に助けを求めている人にはさらに重荷を増し加える発言である気もします。

  そして、説教の主旨として、「苦しい時は苦しいと言っていいのだ。」というものでした。 キリストも聖書の中で苦しんでいる姿を見せています。 むしろ、神は「苦しみを感じない人でなく、苦しみを理解できる人になりなさい。」と言っているのだ、と改めて思いました。

JESTER




「よき力にわれ囲まれ

8月6日のメッセージを聞いて

   【マルコによる福音書 9章より】
イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。 彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」 そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」


  初期のキリスト教内部の姿を諸文献から見ると、そこには既に自己主張のぶつかり合いが見られたようだ。そこでイエスはトップになりたいものは、逆に進んで人に仕えるものになりなさいと諭され、当時最も軽んじられていた子どもをも自分と等しい者として受け入れるように勧められた。
  それから長い年月が経った。私たちは今イエスの言葉を真摯に受け止めるとき、クリスチャンとして世界の中でトップの位置を占めようとするのではなく、むしろ他宗教の人々に仕え、無神論の人も私たちの仲間として受け入れあうことがイエスの教えた平和への道であると理解することができる、と平良牧師は教えた。 今日は平和聖日の宣教であった。

E.S. 




「ぜったいゆるされないと思ったのに

7月30日のメッセージを聞いて

   【ルカによる福音書 15章より】
ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』
そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。


   この日の話はまずダビデがウリヤが戦死するように仕向け、その妻バトシェバを奪い取った話でした。そして、ナタンが神の命令により罪を宣告し、またその赦しを述べた場面です。
もうひとつは新約聖書の放蕩息子の話。そこから平良牧師は赦しというテーマで話をされていました。この赦しというものについて、かつては非常に不快な気持ちを持っていました。釈然としなかった、という方が当たっているかも。なんか給料をくれた人が「感謝しろ!」と言っているみたいな気がしてたからです。「こっちだって働いたろが!」という反発心しか芽生えませんでした。
しかし、赦しとはそういうものではない、ということを平良牧師は今日も一貫して語られました。何かをした褒美に与えられるのではない、その人格が素晴らしいから与えられるのでもない、それは神が全ての人間に与えられた恵みである、と。一部僕の意訳です。

で、もうひとつアルプスの少女ハイジに出てくるおじいさん(ヨセフだかヨーゼフだかいう名前でなかったでしたっけ?)のお話もありました。人も神も嫌い、というおじいさんにハイジが放蕩息子の話を聞かせ、おじいさんは号泣した後、教会に通うようになる、という話でした(これはクララの家から山へ戻った時の話ではなかったかなぁ?自信ないですが)。
このおじいさんの話もひとごとではないです。その時間の長さこそ違っても、確実に僕は同じ方角を歩いていたので。

僕が、真に赦しというものを感じた時のことを改めて思い出す、そんなお話でした。

JESTER  



   今日は子どもとおとなの合同礼拝でした。 牧師は説教で「子どもはこれから大きくなっていくときに色々な問題にぶち当たって自分なんかもうだめだと思ってしまうことがあるかもしれない。大人もこれからの人生で立ち直れないと思うような困難に出会うかも知れない。そんな時に、聖書に書いてあるのは最初から最後まで『神様はあなたを許してくださる』ということ、それを忘れずにいて欲しい。」と話されました。 内心、本当かなあ?と思いながら印象に残った言葉でした。

E.S. 




「エステルを知っていますか

7月23日のメッセージを聞いて

   【エステル記 4章より】
「この国の役人と国民のだれもがよく知っているとおり、王宮の内庭におられる王に、召し出されずに近づく者は、男であれ女であれ死刑に処せられる、と法律の一条に定められております。ただ、王が金の笏を差し伸べられる場合にのみ、その者は死を免れます。三十日このかた私にはお召しがなく、王のもとには参っておりません。」
エステルの返事がモルデカイに伝えられると、モルデカイは再びエステルに言い送った。「他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」
エステルはモルデカイに返事を送った。「早速、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。私も女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。」
そこでモルデカイは立ち去り、すべてエステルに頼まれたとおりにした。


  久々に登場のJESTERです。
この日の話は、エステルが同胞たちを守るため命をかけた、というお話でした。もし命をかける必要がある場合、果たして自分はエステルのようにできるのだろうか?
僕にはできないです。何故なら、僕はみっともなくても生きてナンボだろ!と思うからです。

しかし、このエステルの状況は少々違います。同胞を助けるには命がけで王に直訴する以外選択肢がないのです。ここで僕はもしエステルが同胞たちを見捨てたらどうなっていたのか、考えました。モルデカイは危機感を煽ってますが、別にエステルは何の被害も受けなさそうな気がします。じゃあ、何故そんな危険なことをしたのでしょうか?
神への信仰心、同胞への愛情などあると思いますが、僕はそこに損得を絡めなかったことが凄いなぁと思いました。そして、純粋に人としての尊厳を貫こうとする時、人は命すら差し出す覚悟ができるのかなぁと思いました。でも身近にそうしようという人がいたら絶対に止めますね。どんな理由でもです。と考えていた時、ユダヤ人に引き渡されようとしていたイエスとそれを防ごうと必死に抵抗するペトロが頭に浮かんできました。

なんだかわからなくなっちゃいました。だけど、こういう話は簡単に分かった気になってはいかん話だとも思いました。

JESTER




「ふくらまないパン

7月16日のメッセージを聞いて

   【マルコによる福音書 8章より】
弟子たちはパンを持って来るのを忘れ、舟の中には一つのパンしか持ち合わせていなかった。 そのとき、イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた。 弟子たちは、これは自分たちがパンを持っていないからなのだ、と論じ合っていた。 イエスはそれに気づいて言われた。「なぜ、パンを持っていないことで議論するのか。まだ、分からないのか。悟らないのか。


  おいしいパンを焼くためにはパン種(イースト)は不可欠である。小麦粉を練っただけよりもずっと大きくなるし、柔らかくて食べやすく、見た目にも良い。私たちの信仰にも様々なパン種を入れたいという誘惑を感じる時がある。見た目良く、大きく、そして食べやすくするためである。しかしイエスはここで余計なパン種を入れてはならないと強く戒められている。私たちの信仰はただイエス・キリストを信じるという質素なパンである。その一つのパンで私たちは養われている。そのことを信じ、ゆだねることができるか。私たち現代人がこの一見シンプルな招きに応えることは実は容易ではないのだ。

E.S.




「霊感を失った女が得たもの

6月25日のメッセージを聞いて

   【使徒言行録 16章より】
わたしたちは、祈りの場所に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。 この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。 彼女は、パウロやわたしたちの後ろについて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」 彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。


  ここで取り上げられている女奴隷は言葉の上では神を誉め使徒たちの働きを人々に喧伝していたが、それは(悪)霊のなせるわざだった。霊は時として人間よりも神と真理について良く知っているのである。彼女はパウロ達につきまとって神と使徒の宣教を叫び続けた。しかしその顔に平安はなく苦しみに引きつっていた。 彼女の魂は救いを希求していた。
  たまりかねたパウロは彼女から霊を追い出した。その後の彼女について聖書は何も伝えていない。パウロも彼女を救おうとしてそうしたのではないようだ。思うに、そこに残されたのは無力な“ただの女奴隷”だっただろう。もはや特殊能力ゆえの良い待遇もない。これからどう生きていったらいいのか途方に暮れる。
  しかし彼女はすぐに気が付くことになる。特別な力は無くとも、自分を愛し、守り、支え、生かして下さる「いと高き神」がいて下さるということに。 こうして彼女は神と向き合うことがきるようになった。 いま彼女が神を讃えるとき、もう他の力に言わされているのではなかった。

E.S.




「囲いの中の羊

4月30日のメッセージを聞いて

   【ヨハネ福音書 10章より】
わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。 その羊をも導かなければならない。 その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。


  囲いとは教会のことだろうか。 私たちは囲いの中にいることで安心してしまっていないだろうか。 囲いの中でちゃんとイエスさまの方を見ているだろうか。
  イエスさまは囲いに入っていない羊をも導かなければならないと言っている。 この言葉を聞いて、教会は教会に来ていない人たちを教会という囲いに招き入れようとするのだろうか。 いや違う、よく読むと聖書には外の羊も囲いに入れるとは書かれていないのだ。 一人の羊飼いに導かれ、一つの群になる、と書いてあるだけである。 全世界の人を囲いに入れるのではない。 私たちが囲いから出て行くのだ。 囲いを超えていくのだ。 男と女という囲い、マジョリティーとマイノリティーという囲い、障碍者と健常者という囲い、国と国という囲い、宗教の違いという囲い、テロ対策という囲い、等々。 それらの囲いが取り払われた時、人間が人間として人間らしく生きるという世界が現れてくる。 私たちが“一つの群になる”とはそういうことである。

E.S.




「信じられない、信じない。でも・・・

4月23日のメッセージを聞いて

   【ヨハネ福音書 20章より】
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。 「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。 戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。


  復活したイエスに弟子達が出会うエピソードは四つの福音書それぞれに特徴があるが、この疑い深いトマスのお話は実はヨハネによる福音書にしか載っていない。しかし不思議に私たちに訴えてくる。 このお話はこの復活祭の後に毎年とりあげられるが、読むたびに新たな気づきを与えられている。

  トマスはイエスを強く慕っていたが、復活したイエスは弟子達の集いの中に姿を現し、トマスの所には来て下さらなかった。 トマスは他の弟子達と行動を共にしていなかった。 しかし彼は他の弟子達が「主を見た」というのを聞き、私は信じないと言いながらも八日後には他の弟子達と同じ場所にいたと聖書にある。 トマスは弟子達の言葉を信じることは出来なかったが、イエスの復活を確かめずにはいられなかったのだ。
  注目すべきことがある。すでに復活のイエスとの出会いを果たした弟子達は疑うトマスを排除しなかったということだ。 ともに祈らず、ただイエスの復活を聞いて再び仲間に入れて欲しいと言ってきたトマス、しかも「私は信じない」と言い切っている人である。 自分たちとは考え方も信仰も違うと感じたかもしれない。 仲間に入れると混乱がおこると心配したかもしれない。 しかし弟子達はトマスを受け入れた。 イエスはそこに再び来た。 そしてその“真ん中に立った”と聖書には書いてある。
  教会は、生きてゆくためにイエスを信じたい、信じさせて欲しいというぎりぎりの願いを唯一の共通点として人々が集っている場所である。 だから誰それは信仰が深い・浅いとか、教会生活が長い・短いとかいう区別は本来の教会のものではない。 しかし様々な人が集まる教会は、ともすると簡単に線引きをすることになりがちなのも事実である。 私たちは常に主イエスのみ心に立ち返り、ともに賛美し、ともにその栄光をこの世にあらわしてゆくものでありたい。

E.S.




「イエスの復活にびっくり

4月16日の復活祭礼拝メッセージを聞いて

   【マルコ 16章より】
若者は言った。 「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。 御覧なさい。 お納めした場所である。 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。 『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。 かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
婦人たちは墓を出て逃げ去った。 震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。


  今日はいつもは教会学校の礼拝に出る子どもたちと合同の礼拝となり、礼拝堂も一杯になってしまった。(遅れて入ってきた人は自分でパイプ椅子を出して座りました。) ただでさえうれしい復活祭の日なのですが、一年ほどこの教会に通われたご夫婦の受洗式、また久しく教会を離れていた方の転入会式も礼拝と共に行われ、みなで感謝と喜びを分かち合いました。子どもたちの心にもきっと何か良いものが残されたことでしょう。

  説教では、イエスさまの復活を最初に知った人たちは最初はびっくりして誰にも言えなかったけれど、だんだん伝えられて人々の希望となり、それが私たちにまでつながっていること。イエスさまが死に勝ったこと。もともとイエスさまが殺された恐ろしい道具である十字架が私たちの希望のしるしとなったことを分かりやすいお話として聞くことができた。

E.S.




「棕櫚の葉の意味したもの

4月9日の礼拝メッセージを聞いて

   【マルコ 11章より】
二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ホサナ。主の名によって来られる方に、/祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に、/祝福があるように。いと高きところにホサナ。」


  シュロという言葉を今回の説教にて初めて耳にしました。(すでに漢字忘れてます。変換も不可でした。)

  僕は去年末に人生で初めて長期休職する程体調を崩したのですが、その時自分は孤独という闇の深さを感じました。
  けれど、それは同時にキリストを心底から求める良いきっかけでもありました。そんな状況の中、一人で苦しみ悩む辛さをキリストは理解していてくれている、何故なら自らが体験者だからである、という話にとても励まされました。
  僕は孤独を愛する一匹狼(豚とかトドという説もあります)な性格だったのですが、満足に仕事もできない状況になった時、それが単なる勘違いであることを痛感しました。イエスがエルサレムに入る時の様子はまさに「一人で全てを背負うというのはこういうことだよ。」と諭されたような気がしました。
  この三・一教会に出入りするようになって半年近く経つのですが、僕が一番変化したと自分で思うのが、こういった点です。
  イエスはこの後、弟子たちの裏切りにあったりするわけですが、そう思いつつも僕はもっと神を信じ、そして人をも信じられるようになりたいと思ったりしています。

JESTER




「先頭に立って

4月2日の礼拝メッセージを聞いて

   【マルコ 10:32-45】
一行がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。イエスは再び十二人を呼び寄せて、自分の身に起ころうとしていることを話し始められた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」
ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」 イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 ・・・・・・・


   今年の受難節はマルコの福音書によって牧師の宣教を聞いている。特にマルコはイエスが弟子達にさえ理解されず、ただひたすらに人に仕えるという孤独な道を歩み続けたことを強調しているということだ。イエスの歩いた道は寂しく“みじめ”で最後は誰からも見捨てられて十字架にかかった。そんなイエスこそ神の子と信じたマルコは、福音書1章1節を「神の子イエス・キリストの福音の初め。」という言葉で書き始めたのだった。
   イエスは先頭に立ってエルサレムへの道を進んで行かれた。その姿に弟子達は驚き、従う者たちは恐れた、とある。エルサレムに向かって一人先頭に立って歩むイエスを理解し粛々として後に従った者はいなかったのだ。後をついて歩く者は多かったが、イエスは孤独だった。誰からも理解されなかった。弟子達を呼び集め自分の死と復活を予告した時も、最愛の弟子からはイエスが勝利者となった暁(あかつき)には自分たちにも良い地位を与えて下さいと懇願される始末だ。地上的な勝利しか考えることのできない弟子の言葉にイエスの孤独感はますます深くなったのではないか。その時イエスは弟子達に「人の上に立ち人を支配しようと考えるのか。人に仕えなさい。皆の僕になりなさい。(私はそうしてきたのだよ) 」と教えておられる。
   明治時代以降、日本ではキリスト教は多くのリーダーを輩出した。教会とかクリスチャンと言うと多少でも高級なイメージもあるかもしれない。しかしイエスの歩んだ道はかっこ良いリーダーのそれではなかったし、人から理解も賞賛もされなかった。
   私たちの教会は(そして牧師も)、まわりから尊敬されたり、評判の良いものになることを良しとするのではない。また人の上に立って教え導くということであってはならない。私たちは一人先頭に立って歩まれるイエスの後ろから何とか必死になって付いていく、それで精一杯なのである。この受難節にあってイエスの歩まれる一歩一歩を私自身のものとして深く受け止めるものでありたいと思う。

(今日の牧師の話はちょっと難しかったです。イエスは(そして教会・牧師も)権威を持って上から人々を教えるものだという思い込みが理解を難しくしたのかもしれないと思いました。)

E.S.  




「見よ、それらは極めて良かった

2月19日の後藤香織牧師(聖公会)礼拝メッセージを聞いて

  【ルカ 10:38-42】
一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」と言われた。


マルタとマリア

  この聖書の箇所は良い子(優等生)のマリアと不満をいうマルタ。マリアのようになりなさいとマルタをイエスさまがたしなめていらっしゃる箇所と思っていました。かつて私も「マルタのようになるのなら」とたしなめられた経験があります。それだけに後藤牧師の説教は驚きと地に落ちそうだった自分をふわっとすくい上げられたような思いがしました。
  イエスさまの時代では律法を守る権利があるのはユダヤ人の成人男性だけだった。そして女性は男性に仕えることを義務とされていた時代にあって、女性のマリアにイエス様の話を聞く権利があることを示されました。不満をいうマルタに「お前も私の話を聞いていいんだよ。あれもこれもしなければいけないと思わなくていいんだよ。 今、一番したいことをしなさい」という優しい語りかけであったこと、マルタへの解放の言葉であったと知りました。
  福音書の中には律法の壁を破り、いろいろな困難や悩み苦しみから解放してくださるイエスさまに出会いますが、この箇所でも女性への解放、マルタへの解放を知り ました。この聖書の箇所に縛られていた私も解放され、イエス様の優しさと出会うことができました。

H.H.  



   「マルタ、マルタ、あなたは・・・」と書いてる言葉は、イエスがマルタを叱っている言葉だと当たり前のように思っていたので、後藤牧師がそうではない と言われたときは少々驚いた。当時は女性は律法を守る義務もなく、ただただ男性に仕えるもの(男性を通してのみ神に仕えるもの)とされていたので、イエスの 言葉を聞こうとしていた妹マリアがもしもマルタの弟、つまり男性だったらマルタの不満もなかったかもしれないとのこと。ところが自分と同じ女性であるマリア がイエスの話に聞き入り、自分の(女性として当然の)役目をおろそかにしたところにマルタの不満があった。
  そんなマルタの気持ちを思いやったのが冒頭のイエスの言葉だったとのこと。イエスは彼女に“優しく”語りかけた。「マルタ、マルタ、神様のことが聞きた かったら、あなたも手を休めて一緒にお話を聞いていいんだよ。」 その言葉は、世事や自分の役目にとらわれているマルタそして私たちに自由を与えてくれる。 そしてその自由は私たちに、しっかりと神様を愛し人を愛することのできる力をくれるだろう。
  説教題は今日の旧約聖書創世記で読まれた箇所。新約の時代になってイエスが来られ、私たちは再び「極めて良い」ものとされることができた。マルタもマリア も、私も貴方も、イエスによって「極めて良い」とされていることを喜び感謝しましょう。

E.S.  




「石地に落ちた種でも

2月12日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.2.14 掲載)

  【マルコ 4:2-9】
イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」 そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。


   種は御言葉、私は蒔かれる地面。
石地の私に蒔かれた種は実を結ばないのか。本日の宣教で、興味深いお話を聴いた。それは 「種は石と出会った。石は種と出会った。」 石地に蒔かれた種であっても互いに分かち合うことにより、新しい可能性が見出されるのではないか。
   御言葉を受ける私は「良い土地」とならなければならないのであれば、到底私に救いはない。しかし、種(御言葉)と出会うことにより会話をすることにより、交わることにより、キリストにより頼むことにより、石地は「良い土地」とされるのではないか。新たな可能性が、あるのではないか。主は石地に落ちた種を顧みられる方。主に感謝します。

瀬山  


− 石地にも良い土にも種が蒔かれる。石地の種も茨の中に落ちる種も、良い土に蒔かれるのと同じ良い種、それらは決して無意味ではない。 −
平良牧師の解き明かしはこのように私の心に響きました。

E.S.  




かまわないでくれ。」「黙れ。

1月22日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.25 掲載)

   『この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ、この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。』(マルコによる福音書1:24−26)
   汚れた霊とは何か、聖書のけいれんの記述だけでは“てんかん“のような病気を想像させます。平良牧師は、「本心は助けて欲しい、でも誰にも踏み込んでは欲しくないと想ってしまうかたくなな気持」も汚れた霊のためかもしれないと述べました。素直に、相手には迷惑かもしれないが、「助けて欲しい!」と叫ぶことは罪なことではないと私は想います。
(続きは → PDFファイル

Rose 




すぐに網をすてて

1月15日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.18 掲載)

   このマルコの箇所の「すぐに」がいつも魂に響くのです。「すぐ」には急いでとか慌ててではなく、イエス様に対する疑いない反応、献身の姿勢ととらえています。今一度、主イエス様への思いを高まらせていただけました。感謝します。

  『イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。』 (マルコ伝 1:16−18)

瀬山  




すぐに網をすてて

1月15日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.17 掲載)

    『あなたは高価で尊い』 『ありのままのあなたでいいんだよ』 そんなことは、概念として頭の中で充分理解しているつもりであった。ただ、一人では押しつぶされそうな自分の心に平安を、そして、自分の存在価値をどうしても確認したくて、私は三・一教会を尋ねた。そして、今礼拝を守らせて頂いている自分がいる。とても不思議な感じである。
  さて、主日の宣教の聖書箇所はマルコ1:14〜20であった。主イエスが『私についてきなさい』と弟子たちに問いかける場面である。平良牧師のお話しの中で印象深く残っているのは、主イエスの言葉は従ってきて欲しいという強い思いが込められていること。そして、従うということは一切を捨てて従うこと。の2点であった。現代にそのまま適用することは難しいとは思うが、多かれ少なかれ、自分にも投げかけられている御言葉であると思う。その応え方は様々だが、私も自分のペースで、自分の方法で応えていけたら。きっと嬉しく思えるのではないだろうか。

M・I・T




すぐに網をすてて

1月15日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.17 掲載)

   昨年11月13日の神学校生礼拝で、神学生の稲垣真実(まこと)さんは、徴税人レビがイエスの招きに応えた場面の宣教をされた。レビはイエスの技、教え、罪の赦しの意味などをある程度聞き及んでいた。その上でイエスの招きに応じ弟子となったのかもしれない。
  今日の宣教で、シモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの4人の漁師たちは、イエスのことは何も知らないで、イエスの言葉に従い、即弟子になった。この点がレビの場合とは異なった。
 ( 続きはPDFファイルでお読み下さい。→  クリック  )

M.I.




「招きに応えたとき」

1月8日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.8 掲載)

   本日、出エ14:15〜22、マルコ伝1:9〜11より平良師により御言葉が取り次がれた。マルコ伝1:10の「裂ける」という言葉、出エの「分ける」という言葉は、私にとって特別なキーワードとして受け取れた。師は、この二つの言葉を「隔たりをなくす。」と解き明かされた。
  私は15年間、自分のセクシャリティー(男性同性愛者)の理由で、教会参加を断られ続けて、無牧状態が続きました。主は私を御言葉に飢え乾かせ続けてくださり、御言葉を求め続けさせて下さり、御言葉を与え続けてくださり、生かし続けてくださいました。そして今日、御教会に招かれ「無牧時代の隔たり」から解放されたこと、新たなキリストの家族を与えられたことを感謝しています。
  見たから、不思議だから信じるのではなく、キリスト・イエスの導きを信じて生き続ける人と、ならせていただきたいと願うものです。

  『そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。』 (マルコ伝 1:9−11)

瀬山  




「招きに応えたとき」

1月8日の礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.8 掲載)

  マタイ、ルカはそれぞれイエスの誕生の経緯から福音書を書き始めている。それはイエスが産まれたこと自体が大きな福音であるということ。これに対してマルコはイエスの洗礼から福音書を説き起こしている。特に注目すべきは、『・・・天が裂けて“霊”が鳩のように・・・』(マルコ1:10)の言葉。イエスが洗礼を受けた直後に、天が裂けて天上と地上が一つづきの世界になったことである。この時、私たちに天が開かれることによってこの世での分け隔てが意味を失った。そして生きているものと過ぎ去ったものも一つになったということである。
  もう一つの聖書箇所は出エジプトで、神さまが海を引き裂かれ、そこをイスラエルの人々が進んで行ったというところであった。平良牧師は、この話の奇跡性にこだわることなく、あらゆる手段を用いて私たちを導こうとする神さまのご意志をここに見るべきだ説かれた。
  三・一教会には他教会で拒まれ、ここに来て初めて生き生きと信仰を育てている方もいます。説教で語られたことではないのですが、私たちの恵まれた教会は、神さまが海を分けてつくられた道のような気がしてなりません。牧師を始め今までこの教会を支えてこられた方々、そして神さまの御業に感謝します。この乾いた土地に再び海の水が流れ返ることのないように。またこの土地がより広く大きく確かなものになるように祈りたいと思います。

E.S.




「羊飼いたちが帰ったところ」

1月1日の湘北地区新年合同礼拝で、平良愛香牧師のメッセージを聞いて
(2006.1.4 掲載)

  ルカによる福音書2章8節以下で、何故“羊飼いたちに”天使がキリストの誕生を告げ知らせたのか、この当時、羊飼いたちは、律法も守れない、安息日も守れない「アウトサイダー」とされていた。ただ、自ら求めて「アウトサイダー」となった訳ではなく、差別を受けていた人々といえる。だから、自らも、「神さまが自分たちを覚えてくれることも、救い主が自分たちに会うこともない」と決めつけるのも理解できる。だが、神さまは、この小さくされた羊飼いたちこそ、最初に救いにあずかるべき人々とちゃんと分かっていた。だから、天使は最初にキリスト誕生を羊飼いたちに告げ知らしたのだ。 ( 続きは下の画像をクリックしてください。 )

M.I.




「みんなが不安になったわけ」

1月1日の降誕節第二主日礼拝メッセージを聞いて
(2006.1.4 掲載)

   聖書箇所はイザヤ49:7-13とマタイ2:1-12。
  ユダヤの人々は預言された救い主を何百年も待ち続ていたが、東方の占星術の学者が“ユダヤの王”の誕生を知らせたとき、ヘロデ王は不安に襲われた。それは為政者としては当然のことだったかも知れない。自分の地位をくつがえすものが現れたと告げられたのだから。ちなみに、ヘロデ王は後にベツレヘムとその周辺にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させたとある。歴史書でもヘロデ王は自らの地位を守るために妻も子どもも殺したことが伝えられおり残虐なことでは有名だったらしい。
  しかし新しい王の誕生を不安に思ったのはヘロデ王だけではなかった。ユダヤの都エルサレムで生活する他の人々も皆、ヘロデと同様に不安に思ったのである。 『これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。』(マタイ2:3)とある。ヘロデは残虐な王ではあったが政治力には秀でており、当時エルサレムは経済的には相当に繁栄していたらしいのだ。王のご機嫌を損ねることなく上手に立ち回ってさえいれば人々はそれなりの分け前にありつくことができた。そんな中でいきなり新しい王の到来を知らされたら・・・。
  私たちは降誕節にあってイエスさまの誕生を祝っている。すべての人の救いの光を迎えている。その教えに従うことは時として私たちを不安にさせるかも知れない。自分を投げ出すことかも知れない。自分を変えなければならないかも知れない。しかし私たちは恐れることなくイエスさまの誕生を喜び、その声に聞き従うものでありたい。

  以上は私の理解した説教の要旨、このあとは勝手な感想である。
ほとんどの教会はイエスさまの誕生を喜びイエスさまがなさったように、弱い人、特に被差別者に親切にしよう、手を差し伸べようという考えを持っていると思う。しかし、弱い人には心から同情し、できる限りのことはするが、それは自分ができる範囲内のことであって、自分や教会が“不安を抱く”状況になってしまうなら話は別だ。外国人や被差別者・マイノリティは現実に社会の寒風にさらされており身分も心身の条件も不安定になりがちな現実がある。善人面をして僅かな献金や署名活動をしても、生身の彼らと本当に向き合う覚悟のある教会はどれだけあるだろうか。彼らからちょっとした迷惑を掛けられると、手のひらを返したようにシャットアウトしてしまう。そして何事もなかったかのように賛美と感謝の礼拝を続ける。そんな教会を私は実際に見たことがある。
  人間は不安が嫌いなのである。これまでとは違う新しいルールで裁かれるということだけで私たちは恐れを抱く。イエスさまの誕生を知らされたエルサレムの人々もそうだった。ただそこにどんな希望があるのか。どんな光を与えられているのか。自らを低くして求めて行きたいと思う。

(匿名希望)




「わたしに従いなさい」

11月13日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.11.14 掲載)

  今日の礼拝は都合により一ヶ月遅れの神学校日礼拝でした。メッセージは農村伝道神学校最終学年の稲垣真実(まこと)さん。マルコによる福音書2章13,14節より、徴税人レビがイエスの招きに応える場面。大きな気づきを与えられました。

  レビは見ず知らずの人に呼びかけられてついて行ったのではなく、イエスのことをすでに知っていたのではないか。教えや生き様に惹かれていたのではないか。ただ、「弟子にして下さい」とは自分からは言えなかった。なぜなら自分は「汚れている者」だったから。職業柄、当時汚れているとされていた「異邦人」と接しており、自分も「汚れていた」から。そんな自分がイエスに近づいたら、イエスまで汚れてしまう。迷惑をかけてしまう。そんな葛藤があったのではないか。それを見抜いていたイエスが「わたしに従いなさい」と声をかけたのだ、と。

  思い出しました。「イエスに従った生き方はこれだ」と思ったにもかかわらず、「それをすると周りが不快に思うかもしれない。混乱するかもしれない。迷惑をかけるかもしれない」と思って踏み出せなかった日々のことを。そんなわたしに、イエスは「不快に思われてもいい。混乱を与えてもいい。迷惑をかけてもいい。わたしに従いなさい」と声をかけたのだ、と。

  イエスの招きを聞いた時、それがわたしの葛藤をも知った上での招きであるのだ。混乱や迷惑をおそれず、信じて従う者でありたい。そのようにあらためて思わされました。

  (稲垣さん自身の、自分に呼びかけられたイエスの言葉に従うために、辺野古に残り、戦争のための基地建設の阻止を続けたという話に励まされました。レビも安泰な生き方を求めてイエスに従ったわけではないでしょう。むしろ待っていたのは茨の道。それでも招きを信じて従っていった。励まされます。)

A.T.




「宗教改革のおはなし」

10月30日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.11.1 掲載)

  30日は子どもと大人の合同礼拝だった。
1517年10月31日の宗教改革について、おそらく日本一、いや世界一やさしく分かりやすいおはなしが聞けたのではないだろうか。
  当初の教会は、信者が自分のした悪いと思うことを告白すると償いのための祈りをしてくれていた。ところが次第に献金をすると免罪符(罪を免れる証書)が発行されるようになり、いつのまにかお金を「チャリン!」と出せばひとの分までも、いくらでも天国行きの証書がもらえるようになっていった。*****ここで子どもの声あり。「一万円札なら音が鳴らないよ」 その頃はコインだけ!*****
  「これはおかしい」と思ったルッターは、教会のひとたちだけでなく他のひとたちにも見てもらいたいと、教会の入り口の扉に抗議の文をはりつけた。「聖書をよく読んでください。聖書には献金や行いによってではなく信じることによって義とされると書いてあります。聖書に帰ってください」と。これによってルッターは教会から破門されるが、まったく新しい道が開かれることになる。
  「教会は最初から悪いことをしようと考えていたのではなく、少しずつ少しずつそういう方向にいってしまったんです。」と言われた平良牧師のことばが印象深かった。


H.Ta.




「男と女とそのほかと」

10月23日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.10.26 掲載)

  当教会の平良牧師は自ら同性愛者というマイノリティであることを明らかにしている牧師であり、教会を離れたところにあってもセクシュアルマイノリティー(性的少数者)の中でその動向を注目されている人である。 しかし今までの平良牧師の宣教メッセージの中で、特にセクシュアリティ(人の性別や性別に伴う社会的役割、また個々人の性的指向など)について直接に言及されたことはなかったように思う。 そこで今日の宣教題、「男と女とそのほかと」を見たとき、牧師として何を語ろうとしているのかまず興味を持った。

  旧約聖書の創世記には一章と二章にそれぞれ別の人間創造が描かれている。
一章には「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」とあり、二章には「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。・・(中略)・・主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。」とある。

  一章では男も女も神にかたどって創造されたことが明らかにされており、女性が人間としての尊厳を保つことが困難な時代に、女性という性も男性とまったく変わりなく神の姿をいただいているのだと宣言している根源的なメッセージを読み取ることができる。ここで一般的な男女の範疇に入らない人々のことがスルーされているのは特に意図があってのことではないであろう。

  二章は長い教会の歴史の中で、女性が男性の従的存在であるべきことを聖書が規定している部分として読まれてきた。しかし最近の研究で、ここで“助ける者”と訳されている部分はヘルパーというよりパートナーという意味に近いことが分かってきたということだ。この箇所を注意して読むと、神は人を“助ける者”としてあらゆる動物を作ったが人はそのどれも自分の“助ける者”とすることが出来なかったので人の身体の一部(それも爪とか髪の毛とかでなく骨)をとって女を造ったとある。このように自らの身体を分かち合ったものは単なるヘルパーではなく、まさに今日的な意味でのパートナーと言うべきである。

  平良牧師は、「塵でつくられた人は主なる神に息を吹き入れられて生きる者とされている。」というところに最も重要なメッセージがあると言う。 創世記に「神は男と女を創造した」とあることから教会は、それ以外の性は神の意志に反する、という大変な読み間違いをしてきた。 しかし男も女も、またそのほかの性もすべての人が神ご自身にかたどられ、すべての人は主なる神に息を吹き入れられて生きる者とされているのだ。男も、女も、どちらでもある人も、どちらでもない人も、よく分からない人も、みなそのままで等しく神様に愛されていることを喜びたい。

  平良牧師は今日のメッセージで、セクシュアリティについて多く語ったが、より明らかになったのは、すべての人に分け隔てない神様の愛の本質だった。参会者一同は感動のうちに次の賛美歌を歌った。感謝である。

   神様の愛はしみとおる、私たちの心に 日の光のように。 

   山も丘も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   海も小川も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   森も林も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   鳥も獣も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   子どもも大人も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   男も女も一緒に 賛美の歌を歌おう。

   さあみんな一緒に 賛美の歌を歌おう。

   いつまでも一緒に 賛美の歌を歌おう。

   (讃美歌21 171番 かみさまのあいは)


E.S.




「平和聖日の礼拝で感じたこと」

8月7日の礼拝メッセージを聴いて
(2005.8.24 掲載)

当日の週報より
「毎年8月第一日曜日は平和聖日です。平和だとは言い切れない現在の様々な状況をしっかりと見つめ、懺悔すると同時に、神の平和の実現を確信しつつその器となるための思いを新たにするときとしましょう。」  
 →続きはこちらから別ファイルでお読みください。

SY




「思い悩まないでいい理由」

6月19日の礼拝メッセージを聴いて
(2005.6.21 掲載)

   主日礼拝に出席できること自体、私は恵まれている立場にあると思えた。神様は私たちの一人ひとりが思い悩んでいることを覚えて下さっており、「もう一歩あゆみ出しなさい」と励まして下さっているのだと今日の宣教を聴いた。困窮のために、明日の飲食を、着るものをどうしようと悩む人は今日の日本では少ない。今日、私たちの思い悩みの多くは、家庭、職場、学校、あるいは教会での人間関係や、より具体的には、育児、勉学、就職、介護、恋愛、病気、成果競争主義、リストラ、失業、差別や抑圧、その他の個別的事象として累々とある。こうした思い悩みのない人間は皆無かもしれない。
  そういう意味では、主日礼拝で、神様から愛され、勇気を出すように背中を押してもらっている私たちとは、自らが「救われたい」「助けて」と願っている、小さく、弱さを持った人間なのだと改めて自覚した。そして、礼拝の帰路、「この思い悩みはすぐには解決しないけれど自分が取り組むしかないのだ。がんばろう。」と思うのだ。それは確かに“幸い“な勇気かもしれない。それでも、私たちは何度もまた思い悩んでは、立ち上がるしかないのだ。
  私たちの社会には、教会にも来られず、神様の愛を知らず、「恵まれていない」とされている人々がいる。本当に恵まれていないかどうか、それは当事者自身に尋ねてみないと分からないかもしれない。ホームレス、「心の病」を負った人、障碍を持った人、「不法在留」とされた外国人の人々、親の愛を受けられない子どもたち、老いた孤独な人、種々のマイノリティーの方々・・・こうした人々は、今日の日本では生きるには厳しい条件があるかもしれない。差別や抑圧を受ける可能性が多い。こうした人々を、有名な山上説教の冒頭の言葉に例えて、“社会的弱者”だとして、「心の貧しい人は幸いである」と直訳解釈したらそれは誤りである。本田哲朗氏は、この言葉は、「現状を乗り越え将来を切り開くための感性と力を保証する神からの励ましの言葉であると言えます。・・・虐げられた現状からの立ち上がりをうながす意味で、『神からの力がある』と表現するのが、いちばん原意に近いように思われます。『心底貧しい人は、神からの力がある。天の国はその人のものである』。」(小さくされた人々のための福音−四福音書および使徒言行録−20頁より引用)と教えてくれる。
  私は、教会に行くことが出来る。自分の思い悩みを自覚し、神様の激励を感じ、勇気を出そうと思える。私は、“心底貧しい人”には当たらない。だから、私が、“社会的弱者”だとされる人々に無遠慮な関わりや支援をしたら、彼らのプライドを傷つけるかもしれない。低身に立って、彼らの言葉を聴いていれば、時に、私たちより生きる強さやたくましさを備え持った人に出会うことがある。そうした出会いも私に勇気を与えてくれる。
  「見よ、わたしはあなたを、わたしの手のひらに刻みつける。」(イザ49−16)だから、「神様は決して私たち一人ひとりを忘れることはない。」との祝祷で礼拝は終わった。神様が手のひらに刻みつけた者には、“社会的弱者”とされる人も、私たちのように、礼拝に参加し神様の激励を感じる、小さく、弱さを持った人も共に含まれているのは確かなことだ。

(付記:今、私は、自分の数多い悩みや苦難に向かうため、今日も、文章を書いて整理したいという衝動を抑えることが出来ませんでした。お許し下さい。)

Jack




「愛のために奴隷となりなさい」

6月12日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.6.18 掲載)

    今日の宣教は平良牧師が出張のため、韓国から日本に留学中の鄭芝永(チョンジョン)牧師にお話しを伺いました。鄭先生は日本での勉学の期間はまだ数年なのに流暢な日本語で、時にはユーモアも交えながら語りかけてくださいました。本当に感謝でした。
   聖書はガラテヤの信徒への手紙5章1-15節です。「奴隷の身から自由の身にしてくださった」。先生は聖書のこの箇所を通して、韓国と日本の自由に対する認識の違いを強調されました。韓国では6月は自由を考える記念日が3日もあるそうです。日本は6月は特にありません。分断国家として、また時には独裁的な政治を行なわざるを得なかった韓国では自由は勝ち取るもの、民衆が勝ち取ったからこそこの御言葉は韓国の人たちにとって重い意味を持っている、だから日本とは自由の重みも違うのではないかと話されました。これは私の個人的な考えですが、日本では自由は与えられたもの(本当は大きな大きな犠牲によって得られたと思うのですが)という考え方が主流です。それが好き勝手という風潮を生み、日本の政治にもまた歴史問題にも影響を与えているのではないでしょうか。示唆を与えられた御指摘でした。
   「愛によって互いに仕えなさい」。韓国の古い聖書ではこの訳が、愛のために奴隷となりなさい。と訳されていたそうです(日本では54年度版も「上記」と同じ語句)。自由の身によって否定された奴隷という言葉をパウロは「仕える」という意味でふたたび用いている。キリストの愛は奴隷という底辺に生きている人々の心を持ってこそ光り輝く、だから愛の実践は『社会の片隅に追いやられている人々、苦しんでいる人々』に仕えることこそが、本当の愛の実践であるとパウロは言っているのではないだろうか。と語りかけてくださいました。日本訳ではみえてこない聖書の1節を、韓国の聖書で解き明かして下さったのは本当に貴重な体験でした。
   鄭先生、ありがとうございました。また先生の宣教が伺えるのを楽しみにしています。

A.K.




「仕えのための自由」

鄭芝永(チョンジヨン)牧師;6月12日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.6.12 掲載)

   今日は、韓国のチョンジヨン牧師からガラテヤの信徒への手紙5章1−15節を学びました。
「 ・・・兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召しだされたのです。 ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。 律法全体は、『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全うされるからです。・・・ 」

   「私たちに召しだされた自由とは、愛によって互いに仕えることのために召しだされた自由」、チョンジヨン牧師は、韓国において、民衆が自由を獲得してきた戦いの歴史にふれながら話されました。 キリストがどれほど人を解放するために戦われたか(愛したか)・・・つたわってくるものがありました。
   今のことにふれて、家庭の親と子供、学校の教師と生徒、政府と国民(国家と民衆)、自由を束縛し、束縛しようとすることがらに対して私たち(キリスト者)は、どうあるべきか? しずかに、しかし挑戦的でした。

S.Y.




「塩」

6月5日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.6.7 掲載)

   聖書は、キリスト者である私たちが「地の塩、世の光」となれば、私たちの「立派」な行動を見て、人々が神様をあがめるようになる。 と説く。 純粋にそう読むと、キリスト教倫理観や使命感に圧倒されそうになる。
   平良牧師の宣教では、現実の苦難に人が向き合っていると、「立派な行動なんてとんでもない。 恥ずかしくて、逃げ出したい。 眠れない夜に悶々とする時さえある。」と話される。 では私たちは、塩気のない、味気のない人間なのだろうか?平良牧師は続けて述べた。 「神様は、そんな"立派な味付けをした塩"になれとは命じていません。 今生きている場所、地上において、キリストを信じ、キリストの福音を人々に及ぼしていく存在として、私たちが"地の塩"であることを、神様はよしとしているのだと思います。」と。
   礼拝の後、久しぶりに教会で会ったFさんが、ホームレスの方で心配な方がいるというので、公園まで一緒に探しに行ったが会えなかった。 私は帰宅した。 Fさんからメールで、夕刻もう1度公園に探しに行き出会えた。 その報告が記されていた。 私は、Fさんを敬服するメールを返信した。 キリスト者であるFさんの迫力に私は"熱い塩の香のするエネルギー"を頂いた。
   話は変わる。 私の兄弟が「心の病」で入院した。 住んでいた部屋が衣類や家財道具が山のように散乱していたのを見て途方に暮れていた。 担当のケース・ワーカーに電話をしてその処理について力を貸してもらいたいと伝えたところ、「業者を頼んで処理する方法があります」と電話で答えた。 私は、助力を諦めた。 私は、同じ地域に住み懇意にしているご夫妻に、勇気を出してことの事実を伝え、助力を求めた。 快諾して下さり、6月6日、2回目の部屋の掃除・整理・ゴミ出しをした。 「後2回くらい掃除しないとキレイにならないね」と奥様が述べた。 ご主人は休日や夜勤明けを返上して力を貸して下さっている。 ご夫妻は、「何事も、不平や理屈を言わず行いなさい。」(フィリ14−12)を守り黙々と汗を流している。
   このご夫妻は、若い娘さんを「医療過誤」で亡くされ、"死亡原因の真実"を質す裁判を提訴し、今年、ようやく医療機関側が"謝罪文"を入れた和解案で集結したばかりである。 娘さんを亡くされたという癒えぬ傷を持つこのご夫妻はキリスト者ではない。 ご夫妻は、今の私には、"絶えることのない感謝の塩"である。 きっと、神様は、このご夫妻を「地の塩、世の光」だとお認めになって下さっているはずである。
   礼拝を聴いて、「地の塩、世の光」となるとは、キリスト者ではない人々も実践されていること。 私は、そうした人々とも、同じ人間として、苦しみや喜びを分かち合っていきたい。 今、そう願っている。

Jack




「塩」

6月5日の礼拝メッセージを聞いて
(2005.6.5 掲載)

   マタイによる福音書5章13節が今日の宣教題でした。 塩に塩気がなくなれば何の役にもたたないとあります。 
   塩の効能を調べてみてびっくりしました。 普段の生活の中でも塩だけを食べてみるとしょっぱくて食べられたものではありません。 でも塩がなくてはとても困ります。 腐敗を防ぐことは勿論、塩の入っていないお汁粉は間が抜けていて食べられたものではありません。 漬物や保存食を作るときも塩が大切な役割をはたします。 鰹節と昆布でだしをとっても塩を入れないと旨味が引き出せません。 近頃減塩ばやりで梅干を塩分10%で作るとカビ予防に焼酎を入れなければなりませんし、出来上がった梅干はとてもすっぱいものでした。 次から塩を15%にしました。 食べ物以外では冬の湿った路面に塩を撒いて凍結を防いだり、塩によって凍結した道路の氷をはがれやすくして車のスリップを 防止する役目をします。 また水道水やプールの殺菌用であったり、CDや接着剤にも塩が使われています。 これほどの効能を持