野間の大けやき(ありなしのけやき)について
このケヤキは、私が本格的に巨木に興味を持つ直接のきっかけを作ってくれた木です。でも、そんな個人的な思い入れを超越して、ただただすばらしいケヤキだと思います。
野間の大けやき
現地に立つ看板(平成10年3月)
俗称
蟻無のけやき
野間の大ケヤキ(国)
野間稲地の旧蟻無神社境内にあって神木として保護されてきたもので、昭和二三年、国の天然記念物に指定された。幹回り10.75メートル、高さ約33メートル、枝張り東西42メートル、南北38メートル、樹齢は1000年以上と推定され、樹勢はいまでも旺盛である。梢にはたくさんのヤドリギがみられる。
(牧野和春「わが町わが村自慢の木」牧野出版 1989)
野間の大ケヤキ
樹種 ケヤキ 所在地 563-01 大阪府豊能郡能勢町野間稲地川原 所有者 野間神社(清水治宮司)0727-37-0016 幹周り 11.95メートル 推定樹齢 1000年 国指定天然記念物 大阪郊外の豊能郡能勢町。周囲を山に囲まれ、緑豊かな山里の南東部に、青空に届かんばかりの一本の巨木がそびえている。
高さ33メートル。推定樹齢は1000年以上というものの、樹勢は衰えを知らず、東西42メートル、南北38メートルに広がった枝に青々と派が茂る。
環境庁の全国巨樹調査では、ケヤキとしては大阪府でトップ、全国でも四位に選ばれている。木というより、小山を思わせる。
平成元年3月に、町が枯れている中央部の枝を切ろうとしたところ、電動ノコギリの熱で、空洞の部分の木クズが燃え出すという事件があった。バケツ50杯ほどの水をかけても火はやまず、消防団が出動してようやく消し止めたが、切った枝が作業員に当たってケガをするというおまけまでついた。
「神木を切った天罰やな、とみんな言うてな」と、近くに住む向井喜芳さん(86)はいう。
この木はもともと、紀貫之をまつった蟻無宮(ありなしのみや)神社の神木だった。明治40年、神社は野間神社に統合されたが、木だけは残された。
根は500メートル離れた隣の集落まで伸び、水田の養分を吸っているというためか、神社は農業の神様とされてきた。春、ケヤキの発芽の良し悪しが、その年の豊凶を占うという。
向井さんは、もの心ついたころから大ケヤキとともに育ち、20年間、落ち葉や観光客が捨てたゴミの掃除を続けている。昭和17年に始めた「ケヤキ日記」も欠かさず、今では大学ノート36冊分になった。
「村人の誇りであり、心の古里でもある木です。永久に残さんといかんのです」と向井さん。「ケヤキじいさん」の目が輝いていた。
町では、毎年5月15日に五穀豊穣を願う「願込祭」と、9月15日の「願済」の風習が、いまも守り続けられている。
(「新・日本の名木100選」読売新聞社 1990)
野間の大けやきも
野間神社所有の野間の大けやきは、敗戦後間もない昭和23年1月24日に、国指定天然記念物になっています。
この大けやきについては、能勢町教育委員会は次のように説明しています。
「野間の大けやきは大阪府下で一番、全国でも四番目に入る巨木で(ママ)、樹齢千年以上と推定され、野間稲地の旧蟻無神社境内にあって、神木として保護されてきた、能勢町の樹木のシンボルです。
野間の大けやきの大きさは、幹まわり14.1メートル、高さ約30メートル、枝張り南北38メートル、東西42メートルを誇っています。
古来この樹の春季における発芽の良否によって農作の豊凶を占ってきたと伝えられています。
明治40年5月14日、野間神社に合祀の蟻無宮の祭神については、近江国正寺村の[有無宮]が、紀貫之の歌[手にむすぶ水にやとれる月影の有か無きかの世にこそありけれ]をひいて、紀貫之を祭神とするのを、先人がこの蟻無宮に当てて紀貫之とするのです。ここでは[蟻無宮]と書き、野菜や家屋にここの境内の砂をもらって振りかけると蟻がつかないという風習があります。いずれにせよ樹齢千年以上というこの巨木に、ご神体として畏敬の念が捧げられてきたのであります。
近年やや衰弱が見られたため、平成6年度より3年間伊丹市在住の樹木医中島末ニさんの診断を受け、文化庁、大阪府(文化財保護課・緑の環境整備室)、大阪みどりのトラスト協会より助成をいただき所有者野間神社総代さんをはじめ、地元東郷地区蟻無講の方々のご理解・ご協力を得て、治療を行い、元気になりました。この歴史ある悠久の[野間の大けやき]大切に育てていただきたいと思います。」と。
この治療とは、平成6年度は枯れ枝の除去及び防菌治療、ヤドリギの除去、根系調査、不良客土の除去、境内立ち入り制限の施設、土壌改良根系外科処置。
平成7年度、主幹台部の外科処置、支柱の撤去、キヅタの除去、支幹及び枝条部の外科処置。
平成8年度もヤドリギの除去、地被植物の植栽、支柱の改良とやりかえ等が行われました。
この時の根系調査で客土による根の伸長に悪影響があることが判明しました。スライドによる説明では、これは表一面に、5センチほどの厚みで5ミリ粒の砕土が敷詰められ、その下には50センチほどに泥分の多い舞子砂が積もっており、その下が古来の黒い、適度に水分をたもつ土壌のなかに根が張っている様子が見られました。これはけやきの適地で千年以上成長してきたが昭和13年7月5日水害による土砂流れ込みと、歩き易いようならすために、良かれと考えて入れたミジン入り砕石土が細根を窒息寸前にしていたのがよく分かりました。
だから、昭和13年7月5日の山津波は、大けやきの足元にも土砂を堆積して、半世紀以上経ても根がなじめず、被害を及ぼしていたのがわかりました。
(川上悦治「大水害 忘れぬために」1998)
野間の大ケヤキ
大阪梅田駅から阪急電車で川西能勢(ママ)へ。そこからさらに能勢電で妙見口へ。ここには信仰の山として知られる妙見山がある。
その妙見口から数少ないバス便で大工峠を越え、本滝口で降車。ここまで来れば耕地越しに巨大な野間の大ケヤキが見えてくる。梢には淡い緑色の玉となったヤドリギが幾つもかかっている。
このケヤキのある地にはもともと蟻宮(ありのみや)という社があり、この木は神の依り代であったという。今でもこの木のある境内の砂を家に持ってゆき、庭に撒くと蟻が寄りつかないという。
近くを通りかかった主婦に尋ねたら、
「いやあ、効きまへんヮ、やっぱり蟻は来やはるヮ」
と、いともあっさり打ち消されてしまった。
(永瀬嘉平「百木巡礼 巨樹に魅せられて」佼成出版社 昭和62)
野間の大ケヤキ
樹高25メートル 幹周り12メートル 樹種/ケヤキ 推定樹齢/1000年以上 国指定天然記念物 所在地/豊能郡能勢町野間稲地266 野間神社
全国有数のケヤキの巨木。昔はこの木の芽吹きで作物の豊凶を占ったという。樹勢が衰えていたが、1994年から治療を受け、元気になった。能勢電鉄妙見口駅から車で15分。
(渡辺典博「ヤマケイ情報箱『巨樹・巨木』」山と渓谷社 1999)
大ケヤキの子孫
あるとき、野間の大ケヤキを見に行くと、「大けやきの子供です。ご自由にお持ちください」という張り紙がありました。残っていたポッドは最後のひとつだけ。幸運に感謝し、ありがたく頂いてきました。 冬 春 夏 秋