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Y.中国仏教史

目 次
概略
2 古訳時代(漢、三国時代)
3 旧訳時代(南北朝時代)
4 新訳時代(隋、唐)
5 それ以後

【1】概略
1.4つの時代区分
中国仏教の発展は、経典の流入・翻訳ごとに新しい体系がまとめられたことから、このことを基準に、古訳時代、旧訳時代、新訳時代とそれ以後の時代の4つに区分することができる。
区分 区分基準 年代 時代
古訳時代 仏教伝来〜 紀元前後〜 漢、三国時代、
旧訳時代 仏図澄、鳩摩羅什〜 4世紀〜 南北朝時代
新訳時代 智ギ、玄奘三蔵〜唐末 7世紀〜 隋、唐
それ以後 それ以後 10世紀〜 五代十国時代、宋、元、明、清
2.習慣
インドには、民衆が出家者に布施をする習慣があったが、この習慣はインド文化圏だけの習慣であって、中国にはなかった。その代わりに、主として出家者の生活を支えるのは、国家であった。中国は各時代に王朝が交代し、複数に乱立した時代も多く存在した。したがって、中国仏教の歴史は、王朝の変遷と共に仏教のあり方も大きく変わるという歴史でもあった。

3.伝来の経緯
中国仏教の大きな特色の一つに伝来の仕方がある。まず始めに原始仏教から初期大乗仏教までが一度に伝わり、次に中期大乗仏教、遅れて密教が伝わった。
当初の伝来で小乗と大乗がいっしょくたになって伝わり混乱をきたし、後に中期大乗と密教が伝わると、どの教えを採用して良いのかと混乱をきたした。

4.独自の発展
中国仏教発展の方向性において、中国中心主義の中華思想などその独自の風土・文化・土壌の中で、屈曲した発展を遂げることとなってしまった。
すなわち、インドの仏教がそのまま中国に移植されることはなかった。
中国人の仏教(あるいは外国文化すべても同様と思われるが)受け入れの態度は、「自分達の価値観の中で必要と思われる要素だけを取り出してその他は捨てて顧みない」という態度で仏教を摂取していったのであった。その結果、偽経は作られ、一部は捨てられ、一部は付け足され、一部は勝手な解釈に置き換えられ、一部は翻訳を間違い、このようにしてできた漢訳仏典。そしてひとたび漢訳ができあがると大いに重宝して用いられ、二度と原典を顧みて研究し直そうとする者は現れなかった。
このような伝来の経緯と独自の風土の中で、経典の研究が行われ、複数の研究グループ(学派)が成立し、教相解釈という中国独自の経典の体系付けが行われ、その学派ごとに重視する経典体系によって中国独自の宗派が生まれたのであった。

【2】古訳時代(漢、三国時代)
仏教が最初に伝来した時期は、紀元前後。漢の時代。
伝来した経路は、ガンダーラからシルクロードの西域諸国を経由。長い距離と厳しい地形・自然環境により、伝来に至るまでに数百年かかった。
この時代の布教者は、ほとんど西域諸国から来朝した外国人であった。伝えられた内容は上座部仏教(安世高)と初期大乗仏教(支婁梼讖(しるかせん))であった。
当時、仏教の定着には大きな思想的問題があった。一つは中国人独特の「中華思想」と呼ばれる中国中心主義。もう一つは「道教」「儒教」という既存宗教の浸透。これらが外来の宗教を強く拒絶した。この風潮に対し、当時の伝道者は、道教や儒教の思想を借りて仏教を解釈する(格義仏教)ことで、まずは仏教の定着を図った。この風潮の中で偽経(偽の経典)も多く制作されている。

【3】旧訳時代(南北朝時代)
漢が滅亡(220)するとそれ以後隋の成立(618)まで400年もの間、中国は複数の国が乱立する。非漢民族国家も多く成立し、道教、儒教の影響は薄れ、格義仏教はこの時代に入って解放される。
南北朝時代の北朝、五胡十六国時代の310年、庫車国の仏図澄(?-348)が来朝し、活動した(布教活動30年、建立寺院数893、弟子1万人)。その弟子の道安(312-385)と更にその弟子の慧遠(334-416)は、中国人として初めて教団の整備を為した師弟となる。
同じく五胡十六国時代の401年、亀茲国の鳩摩羅什(くまらじゅう)(344-413)が来朝し、多数の主要な大乗経典を漢訳した。また、法顕(337-422)は中国僧として初めて直接インドに赴いた(399-414)。このころからインド、西域と中国の相互交流が活発となり、仏典が次々に流入し、この時代から仏教は中国に定着しはじめた。そしてこれらの経典は、以後玄奘三蔵が新訳を著すまでの間、中国仏教の根幹経典となる。
北朝(=異民族)は北魏の文成帝(452年即位)、南朝(=漢民族)は梁の武帝(502年即位)が、ともに仏教を奨励した。
このころ来朝していたインド僧の達磨、真諦は武帝により招かれた。
達磨は中国に来朝し、禅を伝えた。その後は中国人の慧可(487-593)に引き継がれ、中国独自の宗派・禅宗としてもっとも永く栄えることとなる。
真諦(499-569)は548年、武帝に招かれ、多くの経典を翻訳した。その訳書の中には唯識派の論書も多くあり、後に弟子達が研究を進め、摂論宗となった。
北魏では、慧光(468-537)によって、四分律宗が成立する。

【4】新訳時代(隋、唐)
玄奘三蔵(602-664)、インド遊学(629-645)。膨大な量の仏典を持ち帰り、帰国後は翻訳事業を大成する。
この玄奘の頃が中国仏教の最盛期であり、多くの宗派が誕生した。
時期 宗派 開祖 思想の特徴
6世紀後半 天台宗 智ギ 法華経
7世紀前半 三論宗 吉蔵 中観
南山律宗 道宣
7世紀後半 華厳宗 法蔵 華厳経
法相宗 慈恩大師基 唯識
浄土宗 善導 浄土経
南宗禅 慧能
北宗禅 神秀
8世紀前半 真言宗 善無畏 密教
9世紀半ば 臨済宗 臨済
曹洞宗 良カイ
【5】それ以後
(1)唐後期
845年、会昌の法難、唐の武帝による弾圧

(2)五代十国時代
955年、後周の法難、後周の世宗による弾圧

(3)宋代(960-1279)
インドからの経典の流入・翻訳はなくなる。
仏教の民衆信仰が起こる
禅宗と浄土宗のみが発達。
(法難による衰退と、民衆化によってよりわかりやすい宗派が支持を得る)

(4)元(1271-1368)
禅宗と浄土宗のみ隆盛。
チベット仏教隆盛

(5)明(1368-1644)
仏教は民衆の生活と密着するようになる

(6)清(1616-1912)
チベット仏教隆盛
仏教の精神面の力は、失われた。