平成15年8月

〜不当解雇されないための雇用契約の知識〜
| T | はじめに<雇用の構造と前提> | Y | 労働者の義務 | 1 | 契約上の義務 | ||
| U | 雇用契約 | 1 | 雇用契約とは | 2 | 雇用契約の特殊性より生じる義務 | ||
| 2 | 雇用契約の特殊性 | 3 | その他義務の検証 | ||||
| V | 就業規則 | 1 | 定義 | 4 | まとめ | ||
| 2 | 意義 | Z | 「雇用が契約である」ことの問題点 | 1 | 実態なき近代市民法理念 | ||
| 3 | 性格 | 2 | 契約になじまない日本企業風土 | ||||
| 4 | 法的拘束力 | 3 | 職務の不明確 | ||||
| 5 | 不完全な就業規則の効力 | 4 | 結果・成果責任と裁量権限 | ||||
| 6 | 労働契約と就業規則の優先効力 | [ | 労働者と雇用 | ||||
| W | 懲戒 | 1 | 使用者の懲戒権 | \ | 企業社会と労働者 | ||
| 2 | 一般的な定めとその運用 | ] | 労働者はいかに働くべきか | ||||
| X | 解雇 | 1 | 意義 | ]T | 最後に | ||
| 2 | 解雇制限 | ||||||
| 3 | 就業規則と解雇 | ||||||
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企業の成立→業務の遂行→雇用←生活収入の獲得←人の誕生
「雇用」とは、民法契約である。
取引契約の内容は次の双務取引である。
@被雇用者は雇用者に労働を提供する。
A雇用者は被雇用者に労働の対償として賃金を支給する。
[1]雇用契約とは
民法第623条(雇傭)
雇傭は当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約し、相手方がこれにその報酬を与えることを約するに因りてその効力を生ず。
雇用契約の効力の中心は、労務の給付とこれに対応する報酬支払の権利義務である。
契約当事者 義務 権利 雇用者 賃金を支給する。 自らの意志で労働者を使用する。 被雇用者 労働を提供する。 賃金を受け取る。
労務を給付する義務は、労働者の義務の本質的なものである。ここでの労務の内容は、契約若しくは慣行によって定まることになるが、それが包括的なものであるか限定的なものであるかによって労務内容の具体的決定及びその履行上、使用者の指揮命令に服すべき義務の内容に差異が生ずることになる。
使用者は労働者に対し労働を現実に強制する権限を持つというわけではない(労基法5条)が、労働者の指揮命令違反に対しては解雇その他一定の懲戒を課し得る。
[2]雇用契約の特殊性
(1)労働基準法の適用−その1 総論−
民法の大前提は人格の平等・契約自由の原則である。
したがって契約当事者は互いに自由で対等の立場にある人格者相互間の関係を規定するという前提に立つものである。
しかしながら資本主義社会において契約当事者である企業対個人の経済的力量の差は明白であり、民法の枠で規定する自由と平等は実質的に不平等の関係を固定するものとなる。
そこで両者の関係を実質的平等な状態におくものとして、経済的弱者である個人を保護するため、民法の特別優位法として「労働基準法」が制定され、雇用契約に一定の規制を加えることとなった。同法の包括的な規制内容は次のとおりである。
労働基準法第1条(労働条件の原則)
A この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから……(以下省略)
同法第13条(この法律違反の契約)
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
つまり、契約のうち労働契約は特殊性があるために、労働基準法で労働条件の最低基準が定められ、仮にその基準に達しない契約が成立した場合でも、その部分は無効となり、自動的に労基法最低基準が適用される、ということである。
(2)労働基準法の適用−その2 契約要領−
同法第15条(労働条件の明示)
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
労働基準則は上記労基法を受けて雇用契約を締結する際の契約項目を定めており、主な項目は以下のとおりである。
@労働契約の期間に関する事項
A就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
B始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇等に関する事項
C賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切及び支払の時期ならびに昇給に関する事項
D退職に関する事項
この5項目は重要項目として、書面での契約が使用者に義務づけられている。
労働契約において使用者の社会的経済的優位が現実のものであれば、契約内容は使用者サイドで決定されるばかりでなく、その解釈なども含め、使用者側に有利に確定する恐れもある。そこで労働基準法は、使用者に労働契約締結に際して労働条件の明示義務を課している。これに違反した場合、契約は無効になるものではないが、使用者側は罰則の適用を受けることになる。
(3)従属労働
雇用契約における労働者側の債務は「労働もしくは労働力の提供」であり、それは体と頭脳を一定時間専属的に提供するということであり、一つ間違えば奴隷契約とか命の提供にまでつながる危険な内容を孕んでいる。
この点については上記の労働基準法により、強制労働の禁止等保護規制がなされているが、労働者は提供した労働力を使用者の処分に委ねることとなるため、個々の具体的労務を提供する過程で「使用者の指揮に服する義務」を負う。(民法625条2項)
(4)集団組織労働
雇用契約の特殊性としてあげられる3点目は、労働者の契約義務である労働提供はその過程において「多人数の労働者による共同的行為」によって行われるという点である。したがって労務の提供という契約の履行がなされるために労働者が「企業秩序を遵守すること」は当然の要請であり、労働者の義務である。(関西電力事件 最高裁昭和58年判決文)
[1]定義
職場には、各企業・事業所ごとに就業規則と呼ばれるその組織の中だけで適用される法がある。
就業規則とは、従業員の労働条件その他の待遇や職場の規律について定められた職場内のルールのことである。
その職場の使用者と労働者はその組織にいる限り、この法を守らなければならない。
[2]意義
就業規則の意義は主に次の2つがある。
@職場規律としての就業規則
およそ一定の仕事の完成を目指して多人数が共同で作業に従事する場合には、その効率化の観点から、多人数の行動は必然的に組織化され体系化されざるを得ない。そこには当然のことながら、一定の秩序と規律の確立が要請される。
就業規則は、事前に労働者に対し一定の作為・不作為を要求するものであり、これに違反した場合の懲戒を予告するものである。
A労働条件画一的管理としての就業規則
労働者の労働条件は基本的には個々の雇用契約で決められる。しかしながら、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は統一的かつ画一的に決定することが合理的あるいは労務管理の観点から経営上の要請となる。
したがって就業規則の中身は
@社員の行動を縛る「職場規律・就業条件・懲戒」
A使用者の行動を縛る「賃金条件」
がその中心を為す。
[3]性格
就業規則の制定項目とその内容の一部は労働基準法によって規定されている。
労基法は主に第9章就業規則(89条〜93条)で一定の使用者に一定の形式による作成を使用者に義務づけている。
※常時10人未満の事業所が就業規則を作成した場合、届け出等の法的手続は任意となるが、法的性格は同様である。
第9章 就業規則
第89条(作成及び届け出の義務)
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
1 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇に関する事項
2 賃金に関する事項
3 退職に関する事項
(中略)
9 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
(以下省略)
一方使用者だけでなく労働者にも就業規則について次のような条項を設けている。
第2条(労働条件の決定)
A労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。
就業規則の性格をまとめると次のようになる。
@使用者が一方的に制定権を有する。
A労使双方とも遵守すべき義務を負う。(社会的規範性を持つ。)
B使用者は行政権、司法権を有する。(職場社会の範囲の中でルールの制定権と懲戒処分権がある。)
[4]法的拘束力
では、就業規則に労働者を縛る法的拘束力はあるのだろうか。
就業規則は上記のように使用者が一方的に制定し、運用し、決定するものであるため、労働者を直ちに法的に拘束できるものではない。
解釈は学説で多数があり、あるというもの、ないというものいずれの学説も多数存在する。しかし、その中で判例として現在のところ確立している解釈は次のとおりである。
「就業規則の規定内容が、合理的なものである限りにおいて労働契約の内容をなしているとして法的規範性を持つ。」(秋北バス事件 最高裁昭和43年判決)
合理的な就業規則の規定については、個々に交わした労働契約の内容の一部とみなされる、つまり、合理的な就業規則は労働者使用者双方に法的にも遵守すべき義務がある、ということである。
さて、それでは「合理的」な就業規則とは具体的にどんな要件を具備したものをいうのであろうか。
「合理性」の判断基準は、判例をもって決定されることとなるが、実は未だ裁判例においてこの統一的判断基準は何も示されていない。あるのは個別事例における個々の判断理由だけである。
※「法規範」と「社会規範」
法規範とは、国の法律等によって規定された社会のルールである。制定者は国や地方公共団体であり、国会の議決など適正な手続きを経て制定される。適用される範囲は国の法律なら日本国民または日本の国土内のすべての人に適用される。法に違反したものは、当該法の定めるところにより、国家権力によって強制的に罰せられたり、処分が下されたりする。
これに対して社会規範とは、法の裏付けはないが、慣習などととして一定のエリアで人々の常識となっている事柄のことである。社会規範を破った者は、法による権力側からの強制力はないが、例えば村八分などのように周りの人々による仕打ちがある。
当該コーナーでは、特に就業規則について、このことを論じている。
就業規則とは職場の社会規範性を有するルールである一方で、労働基準法という法律に定められた法規範性を有するものでもある。
就業規則が法律に定められたとおりの適正な内容であれば、そこで定められた決まりは法的に有効であり、それに違反したものは法的に処分される。
他方、違法な就業規則であれば、法的に無効であり、それに違反しても法的に処分されない。しかしながら違法な就業規則であってもその会社のルールであることは否定できない。法規範は有しないが社会規範は依然として有しているわけである。だからこのような就業規則によって解雇することは法的に無効であるが、法律に何の規定もない会社内での処遇の決定については有効である、ということである。
[5]法的不備の就業規則とその効力
就業規則とは、前述したように職場のルールを総称したものであるが、常時10人以上の労働者を雇用する事業所では、労基法により制定事項とその手続が定められている。手続とは具体的には「@作成」→「A労働者正当代表者の意見書聴取」→「B就業規則と労働者意見書の届け出」→「C周知」である。
さて、これら制定内容や手続に不備があった場合、その就業規則の法的効力はどうなるのであろうか。
この点について有力学説及び労働基準局は、内容については不備の部分についてのみ無効、手続についてはすべて正常に完了して初めて有効、との見解を示している。しかしながら、これらはいずれも見解に過ぎず、はっきりとした裁判例が見当たらないため、法律の最終的決定である判例としては確立していない。
いったい、内容不備や完全な手続を踏まない就業規則が実際にどこまで無効となるのか、それは現在のところ、残念ながら不明なままである。
一部の手続に不備があったとしても長年、社員から異議が出されず、当然のルールとして慣習化している場合は、有効なものと判定される可能性もある。
[6]労働契約と就業規則の優先効力
上記のとおり契約当事者である労働者は、みずからの意志で締結した労働契約以外に(適法かつ合理的な)就業規則にも法的に拘束される。
それでは労働契約と就業規則の内容に矛盾がある場合、どうなるのだろうか。
この点について労基法は次のように定めている。
第93条(効力)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労基法は、労働条件の最低基準を定め、その基準と同等以上の条件でしか労働契約及び就業規則を定めてはいけないことを謳っている。(前述13条と93条)
そして労働契約と就業規則の関係においては、就業規則の労働条件が労働契約の労働条件を上回る場合に限り、就業規則の方が適用される。
労働契約と就業規則で定められている項目と内容が完全に一致することはない。
両者の効力についてまとめると一般的には次のようになる。
ケース 適用 完全に項目の内容が一致するとき どちらも有効 項目が一方しかないとき 項目のある方の内容が有効 両方に同項目があって、内容に不一致がある時 ・労働条件の上回る方が有効
・上回るか下回るかの基準が明確でないときは、労働契約が有効
W. 懲戒(制裁)
[1] 使用者の懲戒権
「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労働提供義務を負うと共に、企業秩序を遵守する義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができる…」(関西電力事件 最高裁昭和58年判決)
また、当該懲戒権を適法に行使するには、
@ 就業規則で懲戒制度を定立し、
A その制度が労働保護法の原理に反しないこと。
という2つの要件を以って法認されることが当該判決を導く前提とされた。
これらのことから、使用者が労働者を懲戒するためには次の要件を備えた場合に適法可能となる。
@ 企業秩序維持を目的とした懲戒制度を
A 就業規則で定めること。
B 就業規則には懲戒の種類と
C 懲戒事由を記載すること。
[2]一般的な定めとその運用
懲戒には一般に次のような種類がある。
◎懲戒種類の定めの例
※下にいくにつれて、懲戒の程度が重くなる。
懲戒の種類 内容 譴責、戒告、訓戒 始末書を提出させるか、戒告書を与えて将来を戒めること 減給 給料の一部を支給しないこと(減給の限度は労基法で定めあり) 出勤停止 一定期間出勤を停止し、その間の賃金を支給しないこと 昇給停止 次期昇給を停止すること 降職、降格 降職とは、役職を下げること 降格とは、資格制度のある会社において本人の資格を下げること 諭旨解雇 説諭して自発退職の形で解雇すること 懲戒解雇 戒めて解雇すること。退職金は支給しない
次に懲戒処分に処するための具体的事由には、一般に次のようなものがある。
◎ 懲戒事由の定めの例(懲戒解雇以外の種類に該当させる事由)
就業規則、その他諸規則に違反した場合 火気の取扱いを粗略にした場合 職務怠慢、不注意のため事故を起こし、職務に重大な支障を起こさせた場合 勤務時間中、許可なくみだりに私用をなした場合 会社の設備または資材、商品を私用に供した場合 自己の職責の範囲を超え、専断の行為があった場合 言動不良のため職場の規律を乱し、また会社の対面を著しく汚した場合 会社の施設、構内において許可なく印刷物の配布、掲示、演説、放送などなした場合 無断欠勤をしばしばするなど勤務不良の場合
◎懲戒事由の定めの例(懲戒解雇に該当させる事由)
盗み、横領、傷害等刑法犯に該当する行為があったとき 賭博、風紀紊乱等により、職場の規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼしたとき 採用の重要な要素となる経歴を詐称したとき 二重就職をしたとき 2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じないとき 出勤不良で数回にわたり注意をしても改まらないとき 業務上の重要な秘密を漏洩し、または漏洩しようとしたとき 故意に会社の設備などを破壊し、また無断で商品や重要記録書類などを持ち出し、または持ち出そうとしたとき 正当な理由なく、会社の重大な命令および重要な規則に従わないとき 職務を利用して不正行為を行い、不当な利益を得た、または第三者に得させたとき 数回懲戒を受けたが、改悛の情なくなお違反行為があったとき 顧客とのトラブル等信頼関係の破壊があったとき 会社や役員の社会的信用や名誉を毀損する行為があったとき
ことばに表すとこのようになるが、具体的な行為がいったいどの程度で解雇に該当するのかは、これだけではわかりにくい。
イメージとしては、企業全体の活動の継続に際してその行為の影響が具体的に深刻な損害を与えた、という程度・水準・レベルのものである。
であるから、もうひとつ別の角度からイメージを描くと、損害を与えた労働者が自ら省みて、解雇されても仕方がないと心から反省するような非の過程と深刻な損害結果があった場合、という言い方もできる。
会社が労働者を懲戒処分に処するためには次の要件が必要となる。
◎運用基準
@当該行為が就業規則に該当する懲戒事由であること
A処分の内容が就業規則に定められた処分の種類であること
B行為と処分が均衡していること
不当懲戒処分には、次のようなものが考えられる。
◎不当懲戒処分の例
@法的不備な就業規則に基づいて懲戒処分が行われた場合
(ただし、法的不備な就業規則の効力について明確な裁判例がないため(前述)、不明な部分は残る。)
A就業規則に懲戒事由または処分の種類の記載がない内容で処分が下された場合
B懲戒該当事由が客観的事実と異なる場合
C比較的軽い違反行為に対して、懲戒・諭旨解雇など重い制裁に処された場合
D減給の制裁について、労基法の範囲を超えた減給が行われた場合
以上、就業規則の一般的な例により、「企業秩序を乱す行為」とは、具体的にどんな行為なのか、そして、当該行為があった場合にどんな懲戒処分が下されるのかを検証した。
[1]解雇の意義
賃金を唯一の生計の資本とする労働者にとって解雇は失業とそれによって生ずる飢餓という死活問題を意味する。
他方、使用者=企業にとっても、その活動がみずからの責任と計算によってのみ行なわれるものである以上、採算を無視して労働力の購入をしなければならない理由はまったくない。労働力を必要に応じて買い、あるいは買い控える事由は、私企業の運営を可能とするための不可欠の条件でもある。したがって、これを否定しては資本制法秩序の根本を揺るがすことになる。
[2]解雇制限
民法は、解雇について次のような制限を設けている。
第627条(期間の定めのないときの解約の申入れ)
第628条(やむを得ない事由による解除)
第631条(使用者の破産による解約の申入れ)
627条は、期間の定めのない契約についての解約は、一定の予告期間を置かなければならない旨の定めである。
628条の「やむを得ない事由」とは、「雇用契約を締結した目的を達するにつき、重大な支障を惹起する事項」のことである。具体的には、天災等により事業継続不能となった場合、労働者の債務不履行・不誠実があった場合と考えられている。
しかし、これ以外に解雇制限として、労働者保護の観点等からの理由で労働保護法で一定の場合の解雇を禁じているほか、民法解釈として「信義則上正当な理由のない解雇は解雇権の濫用に当たる」とされ、平成15年には労働基準法でこの法理が明文化された。
[3]就業規則と解雇
解雇の事由は主に次のような種類がある。
種類 事由 倒産・整理解雇 事業の破産、事業の縮小、事業の不振等経営上の理由 普通解雇 労働者の欠勤過多、勤務態度不良、素行不良等労働提供義務不履行 懲戒解雇 労働者の職場秩序遵守違反 不当解雇 経営者・上司等による嫌がらせ。違法な解雇
前述したとおり、常時10人以上の労働者を使用する事業所は就業規則を作成しなければならず、就業規則には「退職」に関する事項を必ず記載しなければならない。退職とは、すべての離職を指すので解雇も含まれる。
つまり会社が存続する限り、解雇は就業規則によるものでなければ、いかにやむを得ない事由であったとしても無効である。
[1]契約上の義務
雇用が民法上の契約であることは前述のとおりである。
契約であるならば、両者の自由な意志の下で内容を決定し合意したものは、それがそのまま双方の義務となり、権利となる。
よって労働者の義務はその契約による。
そして、雇用契約はその契約項目が法定されていることは先に触れたとおりである。
すなわち、一般的な労働契約の条項から労働者の義務を具体的に探ると、労務を供給する義務とは、
ということになる。
@雇用契約で定められた「始業の時刻」から「終業の時刻」まで
A雇用契約で定められた「就業の場所」へ出向き、
B雇用契約で定められた「従事すべき業務」を行なう。
[2]雇用契約の特殊性より生じる義務
雇用契約の特殊性は前述したとおりであり、それによって生じる労働者の義務を再度まとめると次のとおりである。
@ 使用者の指揮に服する義務
A 企業秩序を遵守する義務
B 就業規則を遵守する義務
[3]その他義務の検証
(1)その他諸規程
就業規則は、職場のルールを定めたものを総称してこう呼ばれている。しかし、会社によっては「就業規則」とは区別して他にも職場のルールに関する規則を置いている。(慶弔見舞金規程、旅費規程、服務規程など)
これらの規程に法的拘束力はあるのかという疑問がある。
しかし、職場の労働者に関する規定は労基法89条10項でその一切を就業規則の中に入れなければならないことになっているので、そもそも違法あるいは法的拘束力のない規程である場合が多いと思われる。(ただし、就業規則からの委任規定があれば、その別規程は就業規則の中身となる。あるいは労基法に定める就業規則の手続を踏んでいるものは就業規則の一部となる。)
もし仮に適法と判断された場合は、就業規則と同様に「合理的な規程」であるかどうかによって判断されるべきであろう。
では、社会規範として違法・無効な規程を遵守する義務は、はたして労働者にあるのだろうか。
悪の集団・非合法な集団に自ら身を投じ、いつでも辞める自由が与えられている中で、その集団に属している間は悪法も法なりとして、守る義務があるのか、否か、それは、各自の判断に委ねることにしたい。
(2)入社時提出書類
会社は入社時において、労働者に様々な書類の提出を義務づけることが多い。
雇用契約書は作らないのに、誓約書、身元保証書、健康診断書などはしっかりと取る。前時代の隷属労働のなごりである。
しかし、心配は要らない。誓約書に法的拘束力はないとされているし、身元保証も法律で一定の規制がある。その他雇用契約締結に際して労働者を不当に縛る取決めは労働基準法により無効となる。
よって誓約書をはじめとする入社時提出書類には、当該労働契約について労働者の義務を規定するさしたる効力はない。
これについての社会規範としての労働者の遵守義務については、前項と同様である。
[4]まとめ
上記までに考察した労働者の義務をまとめると次のようになる。
すなわち労働者の義務とは、
ということになる。
@雇用契約によって定められた「就業の場所」へ出向き、
A雇用契約によって定められた「始業の時刻」から「終業の時刻」までの間、
B「使用者の指揮に従って」
C「企業秩序」及び適法・合理的な「就業規則」を遵守しながら
D雇用契約によって定められた「従事すべき業務」を行なう。
[1]実態なき近代市民法理念
雇用は、民法契約として明確に位置付けられ、雇用契約における労働者の義務は上記がその内容であるが、しかし、これでは最も肝心の部分の2つが不十分である。
ひとつは、労基法で定められている契約条項の「従事すべき業務」の規定範囲は、「営業」とか「総務部経理課」とか「○○部○○課勤務」という表現にとどまるに過ぎず、実は具体的にはまったく不明確なままである、ということ。
もうひとつ、「行なう」とは、結果・成果をどの程度問われるのか、ということについてまったく不明確である、ということの2点である。
更に指揮に従うべき「使用者」の範囲についても検証すべき問題が多い。
雇用契約の内容はこのように決定的に不備・不明な点が存在する。しかも日本中に存在するほぼすべての労働契約が不備・不明な内容であると言い切ることができる。
このように日本が目指した契約社会は、雇用の面においては、実は最後まで未熟なまま成長せず、理念としての法律だけが一人歩きしているのが実状である。
日本の労働環境・風土は、実に閉鎖的・封建的・保守的であり、一見近代化したように見える社会も実はまだまだ前時代の使用者と奉公人の身分意識が実に色濃くその意識の中に残っている。
[2]契約になじまない日本企業風土
そもそも日本企業の職務・労働のあり方は不明確な部分ばかりである。とても「雇用が契約である」というにはおよそ馴染まない風土である。
契約に馴染まない不明確な慣行とは、「一人一人の職務内容・範囲とその成果」「役職者の権限と責任」「指揮命令系統」などである。
日本は古来から「和」を社会の中で最重視する風土である。「和」とは仲良くする、協力する、協調するなどの意味であるが、このことが企業の職場においても重視され、美徳とされている。
確かに「和」は良いことではあるが、雇用契約には馴染まない。契約とは両者が対等の立場で取交わし、双方の権利義務の履行が目的であるから、その内容が不明確、解釈の不一致があっていいわけがない。契約であいまいな部分を「和」への配慮の有無をもって義務の履行不履行が測られることは馴染まないということに他ならない。
そして日本企業で各個人の職務は一人ではできないようになっている。周りの人と細部に渡る情報のやりとりや前工程、後工程と実に複雑に込み入った職務の組み方をしている。工場の流れ作業のような明確な分担がない。そんな中でチームワークが大切にされ、個人プレイは敬遠される。仕事のくくりが緻密な情報交換をしないと支障をきたすように作ってあるから、なおさら「和」が大切となる。「和」を重んじるため、社員は勤務時間外の残業はもちろん、社外での酒の席や麻雀・ゴルフなどのつきあいも重視される。「和」を重んじて行動する社員の評価は、実際以上に高くなる。
「企業秩序を遵守する義務」というのが、雇用契約に付随して法的規範性まで有するに至っている。これについては他国においても同様であろうが、その中身において「和」を中心とする思想の日本は、格段に重く、細部に至るところまで要求される。
「和」とは人と人との問題である。しかし、企業における雇用の必要性は「人」ではなく、「職務」にある。
「人を採用してその人の持っているモノのうち、役に立つ部分を使おうと人間を丸ごと雇う」のが企業の本音であるのに対し、雇用契約とは「募集した職務を遂行できる人を、契約賃金を支払って契約時間の労働提供を求める」ものであるから、日本企業と労働契約はそもそも馴染まない。
[3]職務の不明確
雇用契約で取り決められる「従事すべき業務」と雇用契約そのものに内在する「使用者の指揮命令に従う義務」。
日本企業における各労働者の職務分担とその裁量範囲は不明確そのものである。職務分掌が不明確なので、その職制権限も不明確、よって責任や成果の所在も不明確である。そんな中で「従事すべき業務」を特定しようとすることは実に難しい。
「従事すべき業務」についての契約内容が、包括的概括的であればあるほど、その契約両者の力関係からして、使用者側に有利に作用する。労基法がこの点を危惧して労働条件の明示を義務づけたにもかかわらず、結局のところ、十分に機能していない。
結局のところ、「使用者の指揮に服する義務」により「従事すべき業務」は契約事項としての意義の大方を失っている。
そもそも指揮に従うべき「使用者」とは、誰のことを指すのか。
よって労働者が従うべき義務を負う指揮者は、経営者及び上級管理職ということになる。
労基法第10条(使用者)
この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。
次に就業規則またはその他の規程の中で、「上司の命令に従うこと」という規定が置かれている事業所が多い。
まずはこの点について法的規範性の有無について検証する。
法的規範性を有するためには次の点が必要であると考えられる。
以上の点が具備されている事業所に限っては、「職場の秩序を遵守する義務」と「合理的な就業規則を遵守する義務」の合わせ技をもって、経営者と上級管理職以外に、上司であることが明らかな者の命令にも従う義務を負うこととなる。
@ その規程が適法・合理的なものであること
A 対象たる上司の特定が、組織・職掌管理等の規程または役職などで明確であること
話を元に戻すと、一人一人の労働者の職務が不明確ということがすべての問題の根元である。
職務が不明確なことから次のこともまた当然あいまいにならざるを得ない。
@一人一人の労働者の職務権限・裁量範囲と責任
A一人一人の労働者の仕事の成果
B管理職における管理責任・指揮命令権限範囲と部下における上司の命令に従う義務の範囲
[4]結果・成果責任と裁量権限
雇用契約における労働者履行義務の一番の中心は、契約によって定められた「労務に服する(業務に従事する)」という部分である。
「労務に服する」というその内容の中に、その従事した結果・成果をどのように考えるべきであろうか。
そもそも職務が不明確であれば、正確に結果・成果を図ることなどできない。
さらに結果・成果を論じる時、「使用者の指揮に従って」という部分をもう少し明らかにする必要がある。裁量権のないところに結果・成果の概念は存在しないからである。
民法の役務提供の契約の中で「雇傭」と似ているものに「請負」と「委任」がある。この3つの違いを明確にすると雇用契約の「労務に服する」の意味がわかってくる。
「請負契約」は「仕事の完成」を目的とする契約である。したがって請負契約における請負者の義務は、「一定期間中に一定の仕事を完成すること」であって、その過程は一切問われることはない。
それに対して「委任契約」と「雇傭契約」は、「労務それ自体の給付」を目的としている。
更に「雇傭契約」は使用者の指揮命令のもとに労務の給付が行われるのに対し、「委任契約」は自らの裁量により労務の給付が行われる。
※ただし、裁量権の一切ない労働というのも現実にはありえない。雇傭においても、何らかの形で自らの裁量のもとで処理するという要素を含んでいる。
請負 雇傭 委任 目的 仕事の完成 労務の提供 労務の提供 裁量権 自己裁量 使用者裁量 自己裁量
このように雇傭契約における労働者の義務は、「使用者の指揮命令にしたがって業務に従事すること」であり、原則論として裁量権を有しないわけであるから、契約の履行不履行を論じるにあたって仕事の結果・成果を問われることはない。
つまり、職務成果論にあっては、労働契約どおりに出勤し、使用者の指示に従って、仕事をしていれば、貢献・成果がまったくなくても解雇されることはない、ということである。
人は金がなければ生きていけない。金は長期的には稼得によるしかない。稼得の手段は大多数の平凡な人間には雇用による方法しかない。
雇用は大多数の人間にとって必要不可欠かつ唯一の生活手段である。
今の社会で雇用が必要な人は、概ね18歳から65歳の世帯の主である。
生活に必須の雇用は臨時的なものではなく常用である。だから、今増えている契約社員、パート、アルバイトなどの雇用形態は、あくまで副収入の稼得手段であり、論外と言わなければならない。その意味で常用雇用だけが本来の雇用である。
政府が定年を65歳まで伸ばそうと本腰を入れ始めたことも当然の話である。
アメリカなど一部の外国では以前から雇用は流動的であると聞いている。日本の最近の風潮はそれを「猿まね」したものである。外国には外国の風土・文化がある。転職社会としてそれなりに完備しているのである。成果主義もまったく同様である。成果を正当に評価できる前提がそれなりに完備しているのである。
近代日本は欧米先進諸国のまねをすることによって、ここまで急速に発展してきたことは事実である。科学技術・電気製品などはそれでいいだろう。しかし、風土・文化などに関しては一朝一夕にまねのできるものではない。そして経済成長が止まった今、その弊害が顕著に現れている。
雇用主体は企業である。企業は社会経済の主体であり、雇用は家庭経済の唯一の手段である。経済は人間の生活の中で最重要の活動要素である。
企業の多くは私企業である。資本主義は自由主義とも呼ばれる。経済活動に一定の規制はあるが、原則としては自由に行うことができる。よって、経済活動に必要な雇用もまた、一定の規制はあるが、企業の自由である。
企業は社会的・体制的には「公器」でなければならないなのに、制度的には「私的」である。
企業の目的は、経済活動を手段とした利潤の獲得である。企業は経済活動の道具として労働力を購入する。それが雇用であり、労働者にとっても雇用が唯一の生活手段であるところで企業と労働者の利害が一致して、雇用が広く社会的に行われる。
労働者が雇用を求める理由は、生活に必要な賃金を得るためである。
社会に貢献したいとか、事業に貢献したいとか、自己実現を達成したいとか、職務能力を高めたいとか、人生にチャレンジする場を得たいとか、社会から認められる人間になりたいとか他に人が働く目的は確かにいろいろ考えられるが、これらはいずれも生涯を通せば付随的動機でしかない。
労働者にとって、雇用の目的が生活を支える唯一の手段であることから、雇用において大切なことは現役引退年齢まで継続雇用されることである。(特に生涯一社と言っているわけではない)
この世は人のための社会である。人が幸せに生きるための世の中である。
人が幸せに生きるためには、まず生命を維持するために生活費を得ることが最も重要である。しかし、人はそれだけでは幸せにはなれない。
一方で人の欲望は無限である。他人を不幸にして自分だけが幸せになろうとすることも好ましくない。
人類の歴史は個人が幸せになろうとする過程の中で、より多くの人が幸せになろうとする歴史である。
そして現在の世界は、「国」という地域単位で人間の生活領域を分割し、各国ごとに国民全員が最低限納得し、よりよく生きられるしくみを構築した。
日本を例にとると、人間と社会にとって必要なものは、@平和、A国民主権、B人権、C自由、D民主主義、E法治主義、F平等などとして最高法規である憲法に謳われている。
したがって、日本では日本国民が生きるにあたって、細部に不備な点は多々あるにしろ、最低限必要なしくみはできあがっている。
しかし、人が生きていくためには前述したとおり、多くの場合私企業に雇用されなければならない。企業には企業ごとに労働者を縛るルールと価値観がある。
私企業は「私的」である。だから私企業の中に民主主義はない。平等もない。人権もない。自由もない。法治主義もない。もちろん労働者に主権などあるわけがない。これが再三述べている社会規範である。
企業の主権は、オーナーにのみある。オーナーはみずから経営者となるか、全権を委任して他人に経営を委任する。一般的に主権は、社長とか会長とかいう肩書きの人にある。だから企業社会の中で労働者にとって経営トップは絶対権力を有する全知全能の神ならぬ無知無能の神に等しい。
これが企業社会の本質である。
このような本質の企業で、あなたはまだ、会社のためにすべてを捧げたいと思うのだろうか。過労死するまで働き続けるしかないと思うのだろうか。会社のことで思い悩んで自殺しようと思うのだろうか。好き嫌いの偏見に満ちた評価制度の下で高い評価を得るために頑張ろうと思うのだろうか。
経営者や上司に気に入れられて、昇進して高い給料と待遇と権力を得ることは、もちろんうれしいことである。しかし、それにどれほどの意義があるのだろうか。
それよりも無理に会社のためと思う働き方をしたために、あるいは会社や上司が望むような働き方をしたために、あなたは今まで何人の人を傷つけたことだろうか。
会社の常識は、社会の非常識である。
一方、雇用は別としても、「働く」ということは、人間の本質的なことでもある。精一杯働くことは、尊い。人の全生涯の中で「働く」という行為は、実に大きな比重を占めている。人は社会の中でこそ自分の存在の意義を知る。社会とはいろいろあるが、「企業社会」が一番大きい。だから働く目的の一つに「自己実現」や「社会貢献」を挙げる人が多いことも当然である。
多くの人は、精一杯働きたいと思っている。精一杯働いたら、今度はその働きぶりを正当に認められたいと思っている。精一杯働くための要素は自力的には「能力」と「意欲」であり、他力的には「働くに適した場、ポスト、環境」である。
人は他人と常に比較する動物である。自分の方が能力も意欲も成果もあるのに他人の方が良い評価、待遇を受けると不満である。その根元は経営者と企業のシステムにこそ問題があるのに、多くの人はそれに気づかない。気づかずに不当に高評価・高待遇を受けた同僚を妬み、非難する。
そもそも企業のルールは企業がその目的を達成するために作られたものであって、労働者の幸せのために作られたものではない。だから労働者から見れば不条理な部分があって当然である。
そういうルールの中で働かざるを得ない労働者は会社と自分の立場を同一視してはいけない。自分自身の価値観をしっかり持って企業社会で生きていかなければならない(自分の価値観を企業の中で表面化しろといっているわけではない)。これが私の会社と上手に付き合う法である。
このコーナーでは、次のようなことを述べたつもりである。
(1) 雇用とは契約である
(2) 解雇されないために気をつけること
(3) 雇用の本質と意義
(4) 企業の中でどう働くべきか
私はこのコーナーを通して、企業と上手に付き合うことによって、より多くの人が幸せに近づけることを心から望むものである。