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by 虫けらサラリーマン@管理人
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テーマは「人間の尊厳」です |
サイト 公 開 日 2002/07/09 最 終 更 新 日 各ページごと |
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(1)日本の過去、人類の歴史
ほんの半世紀前、世界では第二次世界大戦という近代兵器による未曾有の規模の戦争があった。
このころの日本は、天皇陛下の名の下に、日本国民や周辺属国の国民に対して、あらゆる殺人、暴力、略奪、強姦、強要、人権侵害が国家の手によって行われていた。
日本は周辺属国の人々に対して強制労働や創氏改名などさまざまな強要・強制をしたり、日本に連れ去って炭鉱などで働かせたりした。
私たち日本人は、一点の曇りもなく北朝鮮を非難することはできない。当時の日本は今の北朝鮮とそっくりだからだ。
今では世界のオピニオンリーダーとして振舞っているアメリカ、西ヨーロッパ諸国も同様だ。
彼らは帝国主義と称して他国を踏みにじり、属国とし、アフリカから多くの黒人を誘拐し、長く黒人を奴隷として使い続けた。
そしてこれらのことに対して、いまだに日本もアメリカも、誤りを公然と認めていない。
人間の長い歴史は、すべての時代において権力者がその欲望のために他人の命や人権を略奪する歴史だった。
(2)大戦後の日本
第二次世界大戦を境に、世界は大きく変わった。
一人ひとりの人間に対して、人権があることを認め、人権は最大限に尊重されるべきことが多くの国の法律で謳われるようになった。
日本はその最たる国のひとつであった。
かつての明治憲法では、天皇が国を支配し、民は天皇の臣民とされていたが、敗戦のよってその根本から国のあり方が覆った。
天皇は神ではなく人間であることを宣言し、主権は国民に存し、国民の基本的人権が尊重されることが最大の国家理念となって、新憲法に謳われた。
その後私たち日本は、高度成長という経済の波に乗り、繁栄を極めた。
一億総中流と言われるほど国民生活は向上し、多くの者は何不自由のない暮らしができ、豊かな暮らしの中で、基本的生存とはかけ離れたところで、贅沢な悩みに翻弄される日々を過ごしていた、はずだった。
しかし、戦後半世紀を過ぎて、バブル崩壊とともに、国家・社会の綻びが噴出した。
ワーキング・プア、ネットカフェ難民、ホームレス、多重債務、薬害、被爆者訴訟、モノ扱いされる派遣労働者、うつ病・過労自殺、冤罪事件、建築設計偽装、偽装請負、食品偽装、ひきこもり・ニート、モンスターペアレント、年金偽装、振り込め詐欺、リフォーム詐欺、不当解雇、セクハラ・パワハラ・モラハラ・アカハラ、公務員汚職、議員汚職、企業不祥事、インチキ宗教…。
気がついたら、収拾のつかないメチャクチャ国家社会となっていた。
(2)人権
人が人らしく生きるためには何が必要か? 人権とは何か?
それは空気のように当り前と多くの者が考えていた。
現にこれまで普通に暮らしている多数の者は、あまり考えたこともなかった。
しかしバブル崩壊後、次々と露呈した社会問題と新たに発生してきた社会問題の数々は、日本が憲法で謳われているような平和主義、人権尊重主義、民主主義、国民主権の国ではなかったことを明らかにした。
国家・社会を管理する政治家、国家官僚、地方自治体公務員らの数え切れない無法ぶりが白日の下に晒され、憲法は絵に描いた餅でしかなかったことを私たち庶民は思い知った。
「人がよりよく生きる」、「人たるに値する生活」、「人間の尊厳」。
今、このことが大きく問われている。
このことは世界に目を向けてもまったく同じことが言える。
「勝てば官軍」的理屈で暴力によって他を征服する野蛮な人類の歴史は、クロマニヨン人のころから現代に至っても何ら変わっていないのが残念ながら事実である。
そして今、地球環境危機の時代を迎え、人間は「知恵を持った愚かなサル」のまま、滅亡へと向かうのか、その上の生き物へと進化できるのかが問われている。
このことは人間の尊厳の問題にもつながる。
自分だけのために飽くなき欲望を貪るのか、それとも他人や地球と共生できるのか、ということに尽きるからである。
(3)生存権と勤労権
私はあるとき、「生存権」喪失の危機に陥った。
たびたびの失業は、ついにホームレス生活の瀬戸際まで来た。
国家は憲法で保障する、といっても失業保険で生活費の補填をほんの短期間援助するだけ、生活保護は適用されず、「ダメな人間は、他人に迷惑をかけず、勝手に死になさい、めんどうはみません」と国家から宣言された自分を発見していた。
人は生き物である以上、命を保ち続けることが目的以前に第一本能である。
命を維持するために必要なものは衣・食・住、つまりは「金」である。
金を稼ぐ方法は大多数の人間は唯一「労働」である。
憲法で規定する人権のうち「勤労権」はこの労働を保障したものである。
ただの労働ではない、「人たるに値する生活を営めるような就労条件による」労働を保障したのである。
しかし、日本社会の就労環境は、たいていの企業において勤労権の保障に足り得る職場ではなかった。
人がよりよく生きていくには「人たるに値する生活」と「尊重される人権」が最低必要である。
決して特別なものを求めているわけではないのに、この当り前のことを少なからぬ国民が享受できずにいる。
これだけ物資に溢れ、(形の上では)民主主義が発展し、福祉国家を標榜する社会において、このことは実に重大な問題である。
今を生きる、しがない一人の中小企業サラリーマン。
このホームページは、まったくの無力者、虫けら同様の私が企業・社会から受けた様々な理不尽に対し、全力を投じて発した命のエネルギーである。