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W.インド仏教史(インド宗派)

【1】小乗仏教
1.原始仏教
釈迦入滅後、有力な直弟子であったマハー・カシャパーの呼びかけにより、マガダ国・ラジャグリハの七葉窟において直弟子500人が集合し、釈迦の説いた教えをまとめる(第1結集)。このとき、多聞第一と云われたアーナンダが「経」を、持律第一と云われたウパーリが「律」を担当したといわれる。
ただし結集には、すべての有力な直弟子が参加・承認したわけでもなく、釈迦入滅と同時に分派の歴史は始まった。

2.部派仏教
入滅から100年後、ヴェッサリーにおいて700人の比丘を集め、第2結集が行われた。
このとき、戒律を巡って見解の対立を生じ、教団は「上座部」と「大衆部」に分裂した(根本分裂)。その後も分裂は続き、21部に分かれる(枝末分裂)。ただし、分裂によって衰退の道をたどったのではなく、各部派は大いに発展した。
その後、インドの部派仏教は、6世紀頃まで続いた後、ヒンズー教や大乗仏教勢力に押されて消滅する。

【2】大乗仏教
1.起源
紀元前後、部派仏教、殊に上座部仏教は、教学の体系化に心血を注いだ。衆生への説法はおろそかになり、比丘たちは自分のための修行と研究に没頭した。その結果、碩学の出家修行者以外は理解できない難解なものとなり、特に在家信者は仏教の蚊帳の外に置かれることとなった。
一方、アショーカ王によって各地に立てられたストゥーパ(卒塔婆、仏塔=釈迦の舎利を納めたところ、その数8万4千ともいわれる)を維持管理する人たちが、礼拝に来る人たちに説法などを行い、次第に在家信者中心の新しい信仰集団が形成されていった。
このような状況の中で、大衆部の比丘達とストゥーパ管理の法師達の間で改革運動が起こり、大乗仏教という新仏教が形成されるに至った。

2.特徴
大乗仏教は、これまでの仏教のあり方の批判によって成立した。したがって小乗仏教のあり方に対する改革点が大乗仏教の特徴となる。小乗仏教と対比して具体的に挙げると次のようになる。
小乗 大乗
中心対象者 出家者 在家者
成道に至る手段 自己の煩悩を絶ち、解脱を得て、阿羅漢となる。 他者を済度する「利他」の修行(菩薩行)を経て、自らの悟りが達成できる。
菩薩・仏陀 ●菩薩とは成道前の釈迦のことを指した。
●仏陀とは成道後の釈迦のことを指した。
●菩薩とは成道前の修行者のことを指す。
●仏陀とは無上正等正覚者のことを指す。
●修行者は自己の修行を経て、菩薩となった後、菩薩行を経て仏陀となることができる。
3.時代変遷・発展・分派
区分 時代 内容
初期大乗 1世紀〜 大乗仏教起こる
3世紀 龍樹(ナーガールジュナ)、中観派を起こし、大乗仏教の理論体系を大成。
中期大乗 3世紀〜 如来蔵思想
4世紀 弥勒(マイトレーヤ)、唯識派を開く
5世紀 無著(アサンガ)、世親(ヴァスバンドゥ)により、唯識仏教完成

【3】密教(後期大乗仏教)
1.概説
小乗仏教は6世紀頃に消滅し、7世紀に入って大乗仏教も密教へと変化する。
密教とは仏教のヒンズー化である。仏教はヒンズー教一派であるタントラ教の教義を取り入れて密教となった。
密教の修行は、口に呪文(真言、マントラ)を唱え、手に印契(いんげい)を結び、心に大日如来を思う三密という独特のスタイルをとった。曼荼羅はその世界観を表わしたものである。教義、儀礼は秘密で門外漢には伝えない特徴を持つ。秘密の教えであるので、密教と呼ばれた。密教に対して従来の仏教は顕教という。顕教と比較した密教の特徴は次のとおりである。
顕教 密教
門戸 すべての人に開かれ、言葉や論理によって理解し、到達可能 秘密の教えに従い、特別な修行を経たものにしか開かれない
成仏の仕方 何度も生まれ変わるような長期間の修行と善行が必要 この世において、この身のままで成仏する(即身成仏)
2.密教の成立とインド仏教の消滅
当時のインド経済は東西貿易によって繁栄していたが、5世紀になって西ローマ帝国の衰退・滅亡により、インド経済は衰退した。仏教を支えていた背景には釈迦の時代から長者と呼ばれる富豪の商人たちがいたが、かれらの衰退とともに仏教の存立基盤も脅かされることとなった。
4世紀にインドのグブタ朝はヒンズー教を国教と定め、ヒンズー教のバラモンを厚く保護した。これによりヒンズー教は圧倒的な勢力を持つようになった。
ヒンズー教の発展と富豪商人の衰退が仏教をヒンズー化へと向かわせたのであった。
13世紀初頭、イスラム軍のインド侵攻により仏教は滅亡するが、ヒンズー教は生き残った。仏教滅亡の原因は、ヒンズー教の教義を取り入れてヒンズー化し、仏教の存在意義が失われたためであったのだろう。密教成立の要因が仏教滅亡の要因ともなったことは、皮肉なことである。
こうしてインドにおける仏教は1700年の歴史を閉じることとなった。