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≪特別企画≫

新説・「経歴詐称」を考える

〜大阪市役所他学歴詐称者処分事件〜

平成19年7月22日


★当ページの要旨
◎【詐称の定義】
 具体的に聞かれないこと、書けと言われないことに対して、言わないこと、書かないことは「詐称」とは言いません。
◎【応募資格を上回る最終学歴】
 応募資格を上回る最終学歴は、労働力評価事項にも企業秩序維持事項にもあたらず、真実告知義務に該当しません。
◎【学歴の価値】
 現代は職務成果重視の時代であり、学歴という属人要件を必要以上に重要視するべきではありません。
◎【事件の論点】
 当該事件も判例事件も学歴詐称としていますが、学歴詐称には当たりません。両事件とも「応募資格詐称事件」です。不信義性の論点も判例はズレています。
◎【応募制限】
 応募資格に下限を設けることは職務遂行上必要ですが、上限を設けて雇用の門戸を狭めることは好ましくありません。
◎【採用責任と処分】
 使用者には原則として採用責任があります。当該事件の社員の処分は採用側の責任が明らかにされた後に決められるべき内容です。
◎【履歴書】
 
履歴書はウソさえ書かなければ、自分に有利なように最大の自己PRをして何の問題もありません。


目  次
第1章 事件と判例 第1編 事件の概要
第2編 当局の回答
第3編 裁判例と判断基準
2章 判例への批判 第1編 驚きの第一感と論点のズレ
第2編 履歴書と詐称
第3編 真実告知義務と応募資格を上回る最終学歴
第4編 判例批判まとめ
3章 新説 第1編 詐称の客体と不信義性
第2編 募集及び選考の適切性
第3編 責任と処分
第4篇 履歴書の自由

第1章 事件と判例

第1編 事件の概要

大阪市は27日、大学・短大を卒業したのに、高校卒業だけを受験資格とする試験などで採用されていた「学歴詐称」の職員965人全員を停職1ヶ月とする処分を発表した。
(中略)
学歴を低く偽る詐称は、大阪市に先立って兵庫県尼崎市や神戸市で発覚。「本来なら合格していた受験者の採用の機会を奪った」として、尼崎市は2人、神戸市は36人を諭旨免職にした。

大阪市は「うみを出し切ることが大事」(関淳一市長)として、自主申告すれば停職1ヶ月にとどめる方針を決め、職員約4万5千人中、大卒採用者らを除く約3万3500人を対象に調査。自主申告した1141人のうち、965人が詐称と認定した。実際の学歴は665人が大学卒、300人が短大卒などだった。
内訳は男性750人、女性215人。年齢は40代が442人で最多。採用年次を5年ごとに見ると、バブル崩壊後の就職難だった1998〜2002年の278人がピークだった。
(後略) 
(平成19年6月28日朝日新聞朝刊)

(この後、横浜市でも学歴詐称の調査を開始し、処分する方針のニュースが入りました。
その他の自治体でも同様の動きが今後広がることが予想されます。)

 2編 当局の回答

平成 19  5月  

                                     大阪     
                                                    行政部総務担当 
                                                    電話: 06-6208-7412


  先に中央区役所にお寄せいただきましたご意見について、下記のとおりお返事いたします。

 平素は、何かと大阪市政に、ご理解、ご協力をたまわり誠にありがとうございます。

 早速ですが、お寄せいただきましたご意見についてお答えいたします。
 採用時に学歴を詐称して受験したことは、高校卒以下の方の受験機会を奪うことにもなり、また、法律を遵守すべき公務員として許されないものと考えております。
 今回の学歴詐称に関する処分方針にあたりましては、処分の公平性・客観性を確保するため、事前に大阪市職員懲戒審査事務嘱託、大阪市公正職務審査委員会の委員やその他弁護士に意見を伺っております。

 そして、そのうえで、民間企業の労働判例に照らしても、経歴詐称が懲戒解雇事由となるには、その経歴詐称が、労働力の評価、選択、位置づけを誤らせ、企業秩序侵害の可能性をもつ重大な内容のものでなければならないことすでに大阪市職員として採用され永年にわたり勤務し、安定した生活を営んでいることといった理由から、今回の処分方針を決定いたしました。

 今後とも、市民の皆様方の信頼を損ねることのないよう、職員の服務規律の確保に努めてまいりたいと考えておりますので、大阪市政により一層のご理解、ご協力をお願いいたします。

3編 裁判例と判断基準

1款 判例事件

この事件の是非を判断する拠り所は、上記大阪市の回答文中にもあるとおり、過去の裁判例の判決の論理です。
過去の裁判例のうち、もっとも重要な判決は、炭研精工事件 平成3最高裁判決です。
炭研精工事件の概要は次のとおりです。

(1)概要〈学歴詐称に係る部分のみ〉
昭和55年、会社は中学卒または高校卒を募集対象者としてプレス工または旋盤工の求人を出していた。
これに対し、大学中退であった本人は高校卒と履歴書に記載して応募し、代表取締役などの面接を受け、採用された。
昭和58年、会社は最終学歴を詐称したことを理由(他にも重要な理由あり)として懲戒解雇した。
なお同社の就業規則には、経歴を詐称して雇い入れられた者は懲戒解雇事由となる旨整備されている。

(2)判旨〈学歴詐称に係る部分のみ〉
「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者の相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うというべきである。
(中略)
そして、最終学歴は、本件の事情の下では、単に本人の労働力評価に関わるだけでなく、会社の企業秩序に維持にも関係する事項であることは明らかであるから、本人は、これについて真実を申告すべき義務を有していたということができる。

(3)判決〈学歴詐称に係る部分のみ〉
本人が大学中退の学歴を秘匿して、会社に雇用されたことは、就業規則の懲戒解雇事由にある「経歴をいつわり、雇い入れられたとき」に当たる。

(4)解説〈学歴詐称に係る部分のみ〉
本判決は、経歴詐称(学歴)を理由とする懲戒解雇に関する最初の最高裁判決である。

判例の態度は、就業規則所定の懲戒解雇事由たる経歴詐称の根拠を、おおよそ、労働力の評価、選択、位置付けを誤らせたこと、信頼関係を基礎とする継続的な雇用関係のもとで詐称という不信義性があること、あるいはかかる不信義性は企業秩序侵害の可能性を持っていることに求め、真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴に当たるか否かを基準として懲戒解雇の効力を判断してきたといえる。

本判旨は、労働者には、雇用契約締結時において労働力評価に直接関わる事項と企業秩序維持に関わる事項につき、信義則上真実告知義務があるとし、就業規則所定の懲戒解雇事由たる「経歴詐称」もこの義務を前提としていると判示した点で、従来の下級審判決をほぼ踏襲し、集大成したものといえる。
(中略)

学歴詐称については、最終学歴を高く詐称する場合と低く詐称する場合があるが、判例は、労働力評価、選択、位置付けに直接かかわる重大な経歴として判断し、いずれの場合も当然に懲戒解雇事由に当たるとしている(相銀住宅ローン事件 東京地決 S60.10.7、正興産業事件 浦和地川越支決 H6.11.10)。
本判旨では、職務内容と他の従業員の学歴との釣合いという観点から募集対象者の学歴が中学卒または高校卒と限定されている事情の下で、最終学歴は労働力評価事項だけでなく企業秩序維持事項でもあるとして、低く詐称することが企業秩序維持に関わる事実告知義務違反を構成していると判示した点が注目される。

2款 判決のポイント

真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴に当たるか否かを基準として懲戒解雇の効力が判断される。
◎労働者には、雇用契約締結時において労働力評価に直接関わる事項企業秩序維持に関わる事項につき、信義則上真実告知義務がある。

2章 判例への批判

1編 驚きの第一感と論点のズレ

私はこの事件のニュースを最初にテレビで聞いたとき、聞き違いだろうと自分の耳を疑いました。
それほど私の心に強烈な違和感が響いたのです。
◎応募資格を超える学歴を記載しなかったことに何の問題があるのだろうか???
◎「記載しなかった」ということがはたして経歴詐称と言えるのだろうか???
これが私の大きな違和感たる第一感でした。
判例を確認した後も、漠然たる違和感は依然としてぬぐえず、何日も考えに考え、判例や当該ニュースを何度も何度も読み返し、やっと違和感の正体を突き止めることができました。
違和感の正体は、一言で言うと「論点のズレ」でした。
以下、本章では、判例論理の誤りを展開し、次章では、持論を展開します。

2編 履歴書と詐称

1款 履歴書の意義

会社は社員の採用に当たり、応募者の中から選考により採用者を決定します。
選考方法は通常、履歴書選考の他、筆記試験選考(中小企業や中途採用では筆記試験を省略する会社も多い)、面接選考の順に対象者を絞り込みながら行います。
会社と労働者を結びつける第一歩。それが履歴書です。
労働者にとって履歴書とは、企業等組織に入社するための道具です。
自分が有能であり必ずや御社のお役に立てますというメッセージを記すものであり、他の応募者よりも優秀で魅力的な人材と判断されて採用されることが目的の道具です。
一方、会社にとって履歴書の役割は、社員選考の道具です。
会社は提出された履歴書から、学歴・職歴・保有資格などから本人の能力を、志望動機や顔写真や字の印象などから意欲や性格を判断します。
また面接では、経歴の再確認と能力の判断、本人の志望動機、これまでの生き方、ものの考え方、将来のビジョン、志向性、人柄など人物全体に関する情報を収集します。
こういう履歴書の性格上、採用の前提を覆すものである経歴を詐称することは厳禁されているわけです。

2款 履歴書のルール

 (履歴書の概要)
日本で用いられている一般的な履歴書の様式はJISで定められており、これに従った履歴書用紙が市販されている。通例、履歴書を作成する時は、市販の履歴書用紙に必要事項を記入し、上半身を写した証明写真を貼付することが多い。

(履歴書の記載事項)
JIS Z 8303の解説に様式例が挙げられており、これに従っているものが多い。用途によっては、これ以外の欄(特技、趣味など)を設けた様式を使用したり、就職活動では大企業や中堅企業でエントリーシートと呼ばれる独自の様式を使用する場合がある。印鑑を必要とする場合がある。最近では携帯電話の番号や電子メールアドレスを記入することが多い。

具体的な記載事項(項目)は次のとおりである。
●氏名・ふりがな、●性別、●生年月日・満年齢、●郵便番号・現住所、●電話番号、●連絡先(現住所以外に連絡を希望する場合のみ記入)、●学歴・職歴、●資格・免許・検定○級(英検)・TOEIC○点など、●賞罰(最近の市販履歴書には欄を設けていないものもある)、●志望の動機、●本人の希望(給料、職種、勤務時間、勤務地など)、●通勤時間、●扶養家族(配偶者除く)の人数、●配偶者およびその扶養義務の有無、●本人が未成年の場合は保護者の氏名・郵便番号・住所・電話番号
(Wikipedia百科事典より)

3款 詐称の定義

当該事件も判例も「書かなかった」ことを「低く詐称した」と評価し、学歴詐称に当たる、としています。
「記載しなかった」ことがはたして詐称と言えるでしょうか???

「詐称」を広辞苑で引いてみました。「いつわって称すること」と書いてあります。

更に法律用語辞典で「経歴詐称」を引いてみました。
労働者が採用に際し、自己の学歴・職歴等いわゆる履歴を偽ること」と書いてありました。

これらの辞書の記述から、少なくとも、具体的に聞かれないこと、書けと言われないことに対して、言わないこと、書かないことは「詐称」とは言わないはずです。
当該事件及び判例事件では、「履歴書に書け」と言われていたのでしょうか?
募集側から特別に指示のあった履歴書であれば話は別ですが、そうでなければ履歴書についての一般的な決まりは前述したとおりです。

前述した履歴書記載項目は、その「定義」も「具体的な記載要領」も一切ないのです!!!

記載項目はあってもその定義も記載要領もないということですから、どこまで書けばいいのかが明らかではありません。
よって明確に最終学歴を必ず「書け」とは言われていないわけですから、書かなくても詐称にはなりません。
よって、判例が学歴詐称とした判断は誤りです。

3編 真実告知義務と応募資格を上回る最終学歴 

1款 真実告知義務

「雇用関係は、労働者と使用者の相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」としています。
そして判例は、履歴書に書かないことは、真実告知義務違反に当たる、としています。
さらに、真実告知義務というところの「真実」の範囲は、「労働力の評価」と「企業秩序維持」に関わる事項としています。
当該事件及び判例は、「最終学歴」について「告知義務のある真実」としています。
よって以下、「今回の事件について応募資格を上回る最終学歴」が「労働力の評価」と「企業秩序の維持」の両視点から「告知義務のある真実」と認められるかどうかを検証します。

2款 労働力評価事項

(1)総論
企業等組織は適切な事業運営のため、労働力を適正に評価する必要があり、履歴書記載事項のうち「労働力評価事項」とされたものは真実告知義務を有する、としています。
労働力評価事項とは、「労働力の評価」、「選択」、「位置付け」のことを指し、判例では最終学歴の不記載によってこれらの判断を誤らせた、としています。
過去の時代にあっては、人事管理の基準を「一にも二も学歴」を中心に置いていました。学歴主義、年功序列主義が実に強力な人事理念を貫いていました。
学歴の違いだけで入社時から退職時までまったく社員の処遇が違って当然の時代社風だったのです。
だから古い時代の当該判例もその他の裁判例も「学歴」に極めて重きを置き、その結果、学歴を本来より低く見せたことは人事処遇の根本を覆す重大なこととして詐称と判断し、労働力評価を根本から誤らせた、と判示したのです。
(2)労働力の選択
「労働力の選択」とは、具体的には大卒者であることがわかっていれば選択(採用)しなかった、と言っているのでしょう。
しかし、応募資格を超える学歴を持つ者を誤って採用したとしても、職務遂行や事業運営に何ら支障の出るものではないはずです。
この観点から、「応募資格を上回る最終学歴」が告知義務のある真実とは、私には認められません。
(3)労働力の位置付け
「労働力の位置付け」とは、職種、職位、職能資格、給与テーブル、総合職と一般職等のコース配置、配属先、研修計画等を総称しているものと思われます。
適正配置・適正処遇による労働力の効率的使用を目的とした人事政策を誤らせた、と言っているのでしょう。
学歴や資格等につき、本来より高く詐称したのであれば、詐称であり、十分な職務が遂行できず、本来以上の賃金を支給することになるなど総じて人事配置・処遇を誤らせ、大いに問題ありです。
しかし当該事例は、書かなかったために、低く位置付けされたわけです。
低く位置付けされた場合の職務遂行については、正常あるいは通常以上優秀な成績で職務を遂行できていたであろうと思われ、何ら問題はありません。
賃金についても本来の保有能力に比べて低い賃金を支給していたわけで、組織としては経営上問題ないでしょう。
判旨には「職務内容と学歴との釣合いという観点」が出てきますが、本人が納得の上で、本来の能力より低い職務と低い給料等総じて労働力の低い位置付けを自ら選択したわけです。
本人が低い位置付けを自ら選択した以上、職位と成果と賃金のバランスがとれていれば、職務遂行上のみならず、人事管理上も問題はないのです。(当HP中「個別賃金のページ」参照)
現在、人事管理手法は柔軟化しており、入社後の勤務成績が正しく評価されれば、能力本来の労働力の位置付けに変更し、有効活用は十分に可能です。
よってこの観点からも、「応募資格を上回る最終学歴」が告知義務のある真実とは、私には認められません。
(4)労働力の評価
「労働力の評価」は、実際の勤務成績によって評価するものです。
採用当初こそ申告した履歴に基づいて配置と格付けを行いますが、これは労働力の位置付けの問題であって前述したとおりです。
したがって「経歴詐称が労働力の評価を誤らせた」とした判旨は、現在においてはまったく通用しません。
(5)結論
上記の点を総合すると、「応募資格を上回る最終学歴」は労働力評価に関わる事項とは言えない」と結論付けることができます。

3款 企業秩序維持事項

企業等組織は適切な事業運営のため、企業秩序を適正に維持する必要があり、履歴書記載事項のうち「企業秩序維持事項」とされたものは真実告知義務を有する、としています。
「企業秩序維持事項」とは、具体的には「当該企業あるいは職場への適応性」、「貢献意欲」、「企業の信用の保持」を例示しています。
これらの例示項目を左右するものは、一にも二にも入社後の本人の「職務遂行姿勢」次第です。
判旨には「他の従業員の学歴との釣合いという観点」が出てきます。
かつては「学歴」が職場の秩序の中心にあったため、古い時代の当該判例やその他の裁判例は、学歴を本来より低く見せたことは企業秩序を根本から誤らせた、と結論付けたのです。
現在では様々な身分・経歴・学歴の社員が職場に入り混じり、一人ひとりの価値観も多様化しています。現在社員間の釣り合いを取るべく公平な基準は「勤務成績・成果」であり、この期に及んで学歴で釣合いをとるなどと言ったら、反対に企業秩序を乱すこと疑いありません。
したがって、「応募資格を上回る最終学歴」は企業秩序維持事項に関わる事項とは言えない」と結論付けることができます。

4款 真実告知義務の判定

ここまで検証してきた以上の点を総合すると、次のとおりとなります。
「応募資格を上回る最終学歴」は「労働力評価事項」にも「企業秩序維持事項」にも該当せず、よって「真実告知義務」を有しない。現在の社会情勢・価値観から鑑みる判例の判断は誤りです。

4編 判例批判まとめ

1.当該事件も判例事件も学歴詐称には当たらない。
2.少なくとも当該事件は真実告知義務を有しない。
2編は我ながら恐れ多いことですが、大胆にも判例の論理を否定しました。
一介のサラリーマンの単なる個人的意見と読み捨てられても仕方のないところですが、その場合にも類似事件の裁判例は頭に入れていただきたいと思います。
以下は上記紹介した炭研精工事件の解説の続きです。

なお、採用方法において学歴不問とする場合には、使用者において学歴の如何についての関心がないものであるから、真実告知義務違反を問われることはなく、懲戒解雇事由に当たらないことは当然である。(三愛作業事件 名古屋高決 S55.12.4、近藤化学工業事件 大阪地決 H6.9.16

応募資格が学歴不問なら、履歴書に書かなくても、真実告知義務には当たらず、学歴詐称にも当たらず、懲戒解雇事由にも当たらない、という判決です。

3章 新説

1編 詐称の客体と不信義性 〜持論の展開〜

ここからは私の持論を述べます。事件の問題の中心は次のことにあると考えます。

そもそも応募資格がないのに、あるように装って応募し、採用された。
詐称たる客体は、学歴ではなく、応募資格です。

問題となった応募資格がたまたま学歴だったということでこれは学歴詐称事件ではないのです。
上述したとおり私見では学歴詐称には当たりません。不正応募、応募資格詐称なのです。

応募資格で学歴上限を高卒としているのに、提出した履歴書に「大卒、短大卒の学歴があるのに書かなかった」ということは、「応募したい人の中で応募資格がある人は応募してください」と採用側が言ったことに対して、応募資格がないのに「あります」と応募者が返答したことと同じです。実質的に、聞かれたことに対してウソを言った、いつわった、つまり詐称した。
これは学歴の詐称ではなく「応募資格の詐称」なのです。
詐称は信義に反する行為であり、信義則は、民法の第1条で真っ先に謳われている契約行為を為すに当たって、その前提を為す最重要の原則です。
不信義性(信義則)については、判例も触れていますが、判例で言っている不信義性の内容は、経歴詐称、真実告知義務、労働力評価、企業秩序維持に向かって発せられています。
しかしこれらについては上記検証したとおりいずれも不信義性はなく、不正応募行為に不信義性がある、とするのが私の見解です。
私の違和感の正体、論点のズレとはこのことです。
学歴詐称と応募資格詐称は、似ているようでまったく違う問題です。
ともに主張する不信義性の中身は、指摘する行為の対象がまったく違っています。

2編 募集及び選考の適切性

1款 応募資格制限

応募資格として判例事件は中学または高校卒業者、当該事件は高校卒業者に限定しています。
判例の事件のあった年は昭和55年(応募時)、当該事件は平成19年(処分時)です。
この間に社会は大きく変わっています。
昨今では、雇用・処遇の平等、門戸開放に関する社会の意識が高まっています。
人事管理理念も根本から変わってきています。
・判例事件の当時はなかった男女雇用機会均等法も昭和61年に施行され、現在まで何度か改正を重ねています。男女間の雇用機会は均等であるべきという趣旨の法律です。
・雇用対策法も平成13年の改正で、募集・採用に際して年齢制限を設けない努力義務を事業主に課しました。アメリカでは努力義務ではなく年齢制限は年齢差別とされ禁止されています。雇用の門戸は広く開けるべしという趣旨の法律です。
・この20年のうち、コース別人事制度で実質的に男女差別と認められる制度は違法とする裁判例が続出し、判例化しています。能力・成果に応じて正当に評価し、処遇すべしという趣旨の判示です。
人事管理についてその手法は時代と共に大きく変わりました。
判例当時の人事管理は現在と比べて非常に単純でした。当時の人事管理の基本は一にも二も学歴と性別が中心に構成されていました。
学歴別及び男女別に採用して、学歴・性別に応じた職種・ポジションを与え、昇進及び昇給過程も学歴別・性別のテーブルや基準によって行っていました。
しかし昨今は、大卒者も専門学校卒業者も大いに増え、仕事に対する考え方・意欲を含め個人個人の価値観も多様化し、人物銘柄は多様化しました。
仕事の中身も多様化・複雑化・専門化し、入社後の能力・成果の評価について入社前の学歴の意義は大いに薄れると共に、女性の能力と処遇が見直されるようになりました。
・企業等組織を取巻く環境は、グローバル化・高度技術化・高度情報化の波の中にあり、経営スピードは早まり、より一層成果が重視されるようになりました。これにより組織人事管理のあり方も大きく変わり、「人」を中心とする考え方から「仕事・職務」を中心とする考え方に変わりつつあります。これは年功・能力主義から成果主義への移行、属人主義から属職主義への移行が進んでいるということです。成果が重視されるようになると人の銘柄(性別、年齢、学歴など)の価値は薄れ、実際の勤務成績の価値が改めて重視されるようになっています。
・短期的、具体的成果が重視され、それに応じた人事政策を採るようになった現在では、職場には派遣社員、契約社員、パート社員、請負社員、中途採用者、外国人などが入り混じり、本人の成績次第で昇進もあれば降職もあり、かつての画一的属人的年功的職場秩序は大いに薄れました。こういった現状からも企業等組織・職場におけるその構成員たる社員の学歴の意義はますます小さくなっています。
現在のこのような状況の中で、応募資格制限を再考する必要があります。
性別制限は、既に完全に決着がつき、法律で禁止されています。
年齢制限は、好ましくないという考えが定着し、法律もでき、原則禁止されています。(その後H19.10.1より例外がかなり狭められた。)
職種・仕事によって資格の保有の有無で制限することは、問題ないでしょう。
中途採用の場合は、過去の職歴の実績の有無で制限することも、妥当です。
学歴については、新卒採用の場合入社当初においては、仕事によってですが、知識の差が能力・成果に厳然と反映するため、これも問題はないと思います。
問題なことは職種・仕事に必要とされる能力を超える属人条件を保有する者を逆制限することの是非です。
当該事件の事例は応募資格の学歴を超える学歴を持つ者を排除したものです。
雇用機会の平等と門戸開放で社会の要請に応えるとともに、柔軟な人事管理で、労働力を有効利用し事業の一層の飛躍を期そうという昨今の情勢にあって、この採用政策・方針は公序良俗に反すると言えば言い過ぎかも知れませんが、一般的には不適切であると考えます。
まして当該事件は一般企業ではなく、公的機関なのですから。
企業秩序の維持に学歴がほぼ関係なくなった現在、学歴の上限に係る応募制限は、特に問題です。

今より成長したいから、更に高い知識や職業能力を身につけたいからと向上心を持って、上の学校へ進学して教育を受けたがために、そのために雇用機会が制限されることなど、決してあってはならないことです。

2款 選考過程

当該事件では大量の人数が一度に学歴詐称で処分されました。
採用事務は前述したとおり数次の手続きによって行われます。
これだけ大量の人が処分に該当したことを考えると、採用選考手続の過程で、学歴の不記載を発見できなかったことについて、採用側に履歴書の見落としや面接で確認不行き届きその他の調査不足等採用側に落ち度があったことが大いに疑われます。
学歴・職歴について履歴書の空白期間を発見することは容易なことであり、気になったなら面接時に確認することは、面接官の当然の仕事です。
その際、本当は大学等に通学していた履歴書の空白期間を別の内容で埋めていたのなら、それこそ「事実詐称」であり、面接時にその期間の質問をされて、作り話を語ったとしたらこれも同じく「詐称」です。
履歴書が空白期間のまま面接で素通りしていたなら、採用側には落ち度があります。

3編 責任と処分

1款 総論

企業や公官庁等が組織として犯罪行為や不正やずさんな管理等を行った場合、組織そのものや組織トップや当局と呼ばれる経営幹部・役員陣が国家等から法律に基づき制裁を受けるとともに、マスコミで叩かれて、信用が失墜して取引先が取引を停止し、その結果経営に著しい悪影響が及ぶなどの社会的制裁があります。
一方、企業等組織の構成員たる社員が組織のルールを侵した場合、懲戒といわれる罰則が課されます。
懲戒処分の程度は、就業規則等で会社等組織ごとに定められており、一般的な内容を重い順に並べると、「懲戒解雇」「諭旨解雇」「降職・降格」「停職」「減給」「戒告」などとなっています。
そもそも応募資格がない者が不正な手段によって応募した。
そしてこの不信義性は、採用されたことによって実害が実現された。
この実害の責任は、応募側は当然に負いますが、採用側の責任も検証しなければなりません。
当該ニュースは採用側についての是非に関するくだりが見当たりませんが、私は前述したとおり募集と選考について問題があると考えます。
以下、使用者側の責任と本人の処分の両方について検証していきます。

2款 使用者側の責任

判例は、事件の本質を学歴詐称事件と捉えて、使用者責任には触れていません。つまり「ない」と判断しています。
古い時代の当該判例は、当時の社会風土として学歴の重要性が余りに高く、それを詐称したことの不信義性は絶大で、「使用者が適切な選考」を行ったかどうかを考えるまでもない、という価値判断が働いたものと思われます。
あるいは、裁判という形は、提起された訴えに対してのみ判断するという縛りがありますので、「ない」と判断したのではなく、当該論点として使用者責任の是非は範疇外であったということかもしれません。
しかし学歴詐称事件であろうと応募資格詐称事件であろうと、使用者は適切な選考を行ったか、学歴詐称を選考過程で見抜けなかったことにミスや職務怠慢はなかったかを評価する必要があり、使用者は選考過程でミスを犯した可能性が高く、一定の責任があると考えられます。
採用しなかったならば、応募資格詐称による実害がそもそも発生しなかったことを考えれば何らかの責任があるはずです。
使用者側の責任とは、組織トップまたは当局の責任と社員個人の責任があります。
上述したとおり応募資格制限が不適切であるなら、それは人事政策という重要な経営方針の誤りであり、その責任は当局や人事最高責任者に及ぶべきものです。
仮に公序良俗違反と判断されれば、応募者の責任と処分は一切なくなります。
また、選考過程にミスがあったとしたなら、事件が大掛かりなだけに、採用責任者や担当者には、一定の処分を処すべきでしょう。

3款 本人の処分

事件が「学歴詐称」に当たるのなら、懲戒解雇は妥当です。
しかし、私の見解はこれらの事件をまったく違う「不正応募、応募資格詐称」と捉えます。
不正応募または応募資格詐称の処分は、どの程度が妥当でしょうか。
学歴詐称の場合で懲戒解雇する基準は、詐称の内容が「真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴に当たるか否か」としています。
この基準は応募資格詐称の場合にも準用できると思われますので、懲戒解雇処分が適当と言えるでしょう。
あるいは、懲戒処分は組織の構成員たる社員に適用されるものですから、そもそも応募資格がなく不正応募で社員になった人は、就業規則の懲戒を適用するのではなく、話を応募者であった時点に戻して「雇用契約の当初に遡って無効」とするのが自然な判断とも考えられます。
しかし、上記のことは採用側の責任が一切なかった場合の話です。
採用側の落ち度とその度合いを明らかにして、それに応じて応募者の処分とその度合いが決められるものだと思います。
私の見解としては、採用側の落ち度は小さくないと判断します。
また、当該事件による実害は少ないと思われることから、併せて解雇未満の処分が適当と考えます。
再度繰り返したいことは、「採用側の責任を明らかにすべき」ということです。
ここで大阪市役所の場合の処分について触れてみましょう。
大阪市役所の論理は、前述した判例の論理を踏襲し、経歴詐称に当たるとしていますが、労働力評価事項及び企業秩序維持事項にそのまま当たるとは明言していません。
その他の点を総合勘案して、自主申告した者の処分は、停職1ヶ月としています。
その他の点の中には、使用者としての不手際がこの事件を生んだという認識も含まれているかもしれません。
私の論理とはまったく違いますが、処分の程度としては、使用者みずからの過ちを暗黙に認め、それと相殺して、停職1ヶ月にとどめたとも考えられ、処分の程度判断についてはおおむね妥当だと思います。

更に踏み込んで、使用者がそもそもの応募上限規制が不適切だったと認識したならば、その場合、詐称の不信義性は残るものの実害はほとんどないにも等しく、「お咎めなし」でもよいものと考えます。

4編 履歴書の自由

就職難の時期にあっては、求人広告の内容によっては、もし応募するなら、こんなことを考えた人も少なくないと思われます。
応募資格(上限設定なしの場合)を(大きく)上回る能力を書くべきか書かざるべきか。
この職種でこの給料。学歴不問となっているがこの求人に大卒歴を書いて応募したら、恐れ多いと判断されて採用されないのではないか、とか、簿記3級の応募資格求人に税理士資格を書いたらやはり敬遠されるのではないか、とか、専門学校を2つ卒業あるいは中退しているがそのうちひとつは募集職種に関係ないから書かないでおこうとか、2週間の派遣の職歴は書かないでおこうとか…。
恐ろしい判例があったものです。
この判例は、嘘を書いた覚えなどないのに、採用されてある日突然、履歴書詐称で解雇される可能性があることを示しています。
「書かなかったから、詐称なんだ」と言われることがあるということです。
判例は、辞書にも法律用語辞典にも定義されていないのに、言わなかった、書かなかったことを、詐称と判断したのです。
判例のケースは最終学歴という重要なものでしたが、使用者は別の理由で社員を排除又は懲らしめたいために、この論拠を用いて、履歴書をあとから重箱の隅をつつくように嘗め回し、職務にまったく関係のない些細な不記載を探し当てて、懲戒処分に処することも可能です。
紹介した判例は、社会環境が大幅に変化した今、古くて使い物になりません。
判例は不文法として法の一部を構成するものでありますが、覆されることもあります。
古くて使い物にならない判例は、今を生きる人々の理不尽の怒りのエネルギーで、時代にマッチした正当な論拠の新判例に覆されることを望みます。
そして、私の論理に従えば、応募資格(上限設定なしの場合)を上回る学歴・資格等の能力を書くか書かないかは本人の自由です。
そもそも、応募資格に上限設定のある求人は不適切です。
原則として聞かれず、書けと言われないことを、言わない、書かないことはやはり、辞書に載っているとおり、詐称には当たらないのです。
履歴書には細かく厳格なルールが一切ないことは既に述べました。
ましてや自分を最大限魅力的にPRする道具なのですから、ありもしない事実さえ書かなければ、細かいことを心配する必要はなく、安心して、自分に有利なように自由に書いてよい、大いに自己PRしてください、と私は高らかに叫びます!!
政府は憲法で保障する国民の「生存権」を本気で実現させようとはしていません。
政府は、中流生活未満の人々を国民とは、思っていないのです。貧民の存在を見て見ぬふりをしています。
だから本来受けられるべき「生活保護」等の社会保障が受けられず、困窮の末死んでいく人がこの豊かと言われる日本で後を絶たないのです。
実際にはとても苦しい一般庶民の国民生活において、政府が生存権の保障行為を発動させないなら、少なくとも働ける人は、自分で何としても職を得るしか生きる道はないのです。
その第一歩が履歴書です。
少し乱暴に一言で言ってしまえば、「ウソさえ書かなければ、ガタガタ言われる筋じゃない、国はその前に普通に努力し真面目に生きている私たち貧民のためにもっともっとやることがあるだろう」と切に思います。