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X.経典
【1】成立過程と時期
釈迦の存命当時、インドには文字に記す文化がなく、仏教は人々の異常に発達した記憶力によって伝承されていく。結集は仏典編纂会議と呼ばれることもあるが、編纂とは言ってもみんなで合誦して記憶したというのがその内容である。
釈迦入滅の200年後の紀元前3世紀、第3結集がパタリープトラで行われている。このときアショーカ王の在位期間であり、文字は存在し、経典の編纂整備が王の保護の下で一段と進んだとされているが、現在の経典につながるオーソドックスな経典はまだ確立されていなかった。
現在の経典につながる部派仏教の経典の成立は紀元前後まで時代を下ってからであった。初期大乗経典の成立もほぼ同じ時期であった。
主な経典とその成立時期は以下、表のとおりである。
成立時期 種類 経典名 内容
紀元前後 小乗経典 阿含経 仏陀の言行録
ダンマ・パダ(法句経)
スッタ・ニパータ(経集)
(小乗)涅槃経 釈迦入滅前後の記録
ジャータカ(本生経)
1世紀 初期大乗経典 般若経(初期) 空観
華厳経 菩薩行
維摩経 空と大乗主張、小乗批判
法華経 一乗思想
浄土三部経 念仏・往生浄土・他力思想
3世紀 中期大乗経典 勝鬘経 如来蔵思想
(大乗)涅槃経 一切衆生悉有仏性論
7世紀 密教経典 大日経 曼荼羅・大日如来中心の宇宙観
金剛頂経
【2】釈尊仏教の伝承と経典の信憑性
1.仏教の伝承方法に関する考察
インドの生活文化は、文字によるよりも人から人へ直接伝承されていく傾向がある。
釈迦の後、仏教の伝承において文字ができてからもその傾向が見える。
人々の驚異的な記憶力に裏付けられた人から人への直接の伝承方式。
現代の私たちは、より正確な伝承は文字による方法が明らかに優れていると信じて疑わない。しかし、驚異的な記憶力を持つ彼らにとって、文字による伝承は現代ほどの意味を持たなかった。

職人の技を例にとってみよう。職人芸は現代でも師匠から弟子へと直接伝承される。職人の作成技術を、作成マニュアルに沿って忠実に作成してみたところで、それはまがいものにしか過ぎない。奥義を極めた一級品は作り得ない。
仏教もそれと同じではないだろうか。経典に沿って忠実に修行プログラムを履行していったとしても、肝心のコツというものは、文書からでは掴みきれない。コツを掴むには師匠から直接指導を受けなければ掴むことはできない。
仏教の修行は理屈ではなく、師匠から直接指導を受けた実践でなければ成道に至ることは困難な代物なのではないだろうか。

2.経典の信憑性
経典の成立時期は前項で述べたとおりであるが、それがそのまま現代に伝わっているわけではない。何度も何度も写筆され、古いものは失われ、言語の翻訳が繰り返され、翻訳した地域の特殊性と翻訳者の意図が加わる。写筆や翻訳がなされるたびに誤りが繰り返され、永い永い歴史の中で、現代に伝えられた経典は甚だこころもとないものと考えざるを得ない。
インド人が文字に頼り切らなかった理由も分かりそうな気がする。