問われる生活保護行政
〜生活保護殺人事件から〜
平成20年1月8日
1.数々の餓死、悲観自殺事件
2006年と2007年、生活保護却下等による餓死・困窮自殺事件は、私の知るところだけでも以下のとおり続出した。
(事件日時順)その1 母娘ミイラ化事件 (H18.4.21 北九州市門司区)
2006年4月21日、門司区市営大里団地で78歳と49歳の母娘の遺体が発見された。死因は病死と見られ、母親の遺体は死後2年近く経過してミイラ化しており、長女も死後約2カ月が経過していた。助けを求めた次女(47歳)も、駆けつけた消防の救急隊員に「2カ月間なにも食べていない」と話し、立つこともできないほど衰弱していたため病院に搬送された。一家は71年に同団地に入居。94年に父親が死亡後、母と娘2人の3人暮らしをしていた。母親は以前、失対事業で働いていたときのケガで歩くことができず寝たきりになり、96年に身体障害者1級の手帳が交付されていたが、介護サービスなどの世話にはなっていなかった。
ただでさえ失業と就職難の風が吹き荒れるなか、障害者の母を抱え、長女は胃の病気、次女は腰の持病で歩くのが不自由という状態ではまず安定した職には就けない。母親に支給される亡夫の年金をあてに生活していたため、母親の死は収入の途絶を意味した。その結果、母親の遺体を隠しつづけることになったと見られている。
その2 56歳障害男性餓死事件 (H18.5.23 北九州市門司区)
北九州門司区で、56歳の障害を持つ男性が餓死していた。男性は生前、2度にわたって市役所に生活保護の受給を求めに赴いたにもかかわらず、市役所は申請書を交付せず、受付を拒絶する違法行為を犯していた。市民からは、「これは行政による人殺しだ」との怒りが広がっている。
その3 老夫婦餓死事件 (H18.6.5 北九州市門司区)
2006年6月5日には、門司区市住宅供給公社・法師庵団地で、69歳と62歳の2人暮らしの老夫婦が遺体で見つかった。夫は死後1カ月、妻は3カ月たっており、死体は腐乱していた。夫婦とも病死と判定された。
夫婦は年金生活だったが、ともに精神的に不安定だったためそのつど病院への入退院を繰り返していた。日日やせ衰えていく姿を近所の人たちは心配していたが、異臭に気がついた住民によって無残な姿で発見された。
その4 福祉事務所前練炭自殺事件 (H18.7.24 秋田市)
2006年7月24日、生活保護を二度申請し、二度とも却下された秋田市の37歳の男性が秋田市福祉事務所前の駐車場で練炭自殺した。
男性は強い睡眠障害を持っていて2年ほど車上生活をしていた。申請却下の理由は、「ハローワークに行った回数が足りない」「就職の面接を受けていない」ことから働く能力を活用していないとのことだった。
自殺の理由は、生活保護行政に対する抗議であったと友人は話す。
その5 61歳首吊り自殺事件 (H19.6.10 北九州市小倉北区)
小倉北区在住の61歳の男性が、小倉北福祉事務所で生活保護受給していたものの、2007年2月頃ケースワーカーから辞退届を強要されて保護廃止、その後働くことができずに生活困窮と病状が悪化したために2007年6月5日に生活保護再申請を行うも、面接主査から申請拒絶され、それを悲観した男性が自宅アパートのベランダにて、2007年6月10日に首吊り自殺していた。
複数の近隣住民は担当ケースワーカーが男性に対して「働かん者は死ねばいいんだ」と暴言を吐いていたことを証言した。
その6 52歳おにぎり食べたい餓死事件 (H19.7.10 北九州市小倉北区)
2006(H18)年末から生活保護を受けていたが4月に「受給廃止」となっていた独り暮らしの男性(52歳)が北九州市小倉北区の自宅で死後約1カ月たったとみられる状態で2007年7月10日に見つかった。男性宅の異変に気づいた住民が警察に通報し、駆けつけた警察官が一部ミイラ化した遺体を発見した。
北九州市によると、福祉事務所の勧めで男性が「働きます」と受給の辞退届を出したとされているが、男性が残していた日記には、「働けないのに働くように言われた」など対応への不満がつづられ、「おにぎり食べたい」と残されていた。
特に秋田県の福祉事務所前練炭自殺事件と北九州おにぎり食べたい餓死事件は、大きめに報道されたため、多くの国民の知るところとなった。
これらの事件を知ったとき、あなたはどう思っただろう。
世間に不正事件や殺人事件は数え切れないほど毎日起こっているが、その中でもこの一連の北九州事件は、私にとって許さざる怒りを伴う特別な感情を抱かせた。これが私を生活保護の学習に駆り立てた動機である。
U.生活保護の情報統制
生活保護却下の話は、風の噂という程度で昨今に限らずずっと以前から聞いたことはある。
しかし保護却下から死亡に至ったという話は、それほど聞いたことはない。
少なくとも前述した事件ほど明確なニュースはこれまで聞いた記憶がない。
特に一部の地域での餓死・困窮自殺続出事件は前代未聞である。
今回は、社会が事の重大さを認識した。
それは例えば、全国364人の司法、福祉関係者及び4団体が、2007年8月24日、北九州市小倉北区福祉事務所長菊本誓氏を公務員職権濫用罪及び保護責任者遺棄致死罪で刑事告発したことでもわかる。
生活保護制度は、国民の「最後のセーフティーネット」として重要なしくみである。
しかし、私たち大多数の国民は、その制度の内容や実際の運用について、ほとんど何も知らない。
もちろん私もその一人であった。
それは何故か。政府・行政が極力情報を流さないようにしているからである!
生活保護制度に係る法の定めは、「生活保護法」という法律で定められている。
同施行令、施行規則を含めても、これらの法から、一体どんな人が具体的に生活保護の対象となるのか、具体的にどのように保護されるのかが、まったく理解できない。
現実に運用されているルールは、生活保護に関する「厚生労働省告示」「厚生労働事務次官通知」「厚生労働省社会・援護局長通知」「厚生労働省社会・援護局保護課長通知」その他によって行われている。
(これらのルールも、さらに現場では勝手な解釈をされ、あるいは堂々と破られ、担当公務員による無茶苦茶な運用が行なわれている。→後述)
重要なこと肝心なことが、外部に発表されることなく、現実にはそれに基づいて、生活保護が決定されているということは、大きな問題と言わざるを得ない。
V.福祉事務所の見えざる横暴
政府、行政は、意識的に、国民に生活保護制度のことをなるべく知られないようにしてきた。国民が制度を知らないのをいいことに、生活保護は母子家庭と老人、障害者くらいしか適用されないかのように標榜してきた。
福祉事務所は、それ以外の相談者に対しては、さんざん人格否定の暴言を吐いた挙句、適用できないと嘘をついて追い払い続けてきた。
これらの意図と事実によって、私を含め多くの人は、「生活保護は通常の市民には適用されない」ものと思い込んできた。更には、世間に「福祉事務所は、恐ろしいところだから、頼るくらいなら死んだ方がまし」と思われるようになった。
生活保護の受給を希望する者又は現に受けている者は、公務員である行政窓口の担当者と比べれば、間違いなく弱者と強者の関係にあり、もらう者と授ける者の関係にある。
実は生活保護の受給は国民のれっきとした「権利」であるのにもかかわらず、少なくない行政担当者は、現場におけるこの一方的な関係を利用して、理不尽な人権侵害と法令違反を繰り返してきた。
相手はゴミのような弱者であり、窓口の対応が明るみに出ることは稀で、しかも相手は「権利」も「法」も知らない。
オンブズマン不在の状況でこれまで好き勝手にやってきたわけである。
生活保護制度は、このように一般国民の知らない闇の中で運用されているため、制度の具体的内容がわからず、担当公務員のいいなりになるしかない道理なのである。
W.生活保護制度の今日的意義
現在は一見すると、都会を歩けば、街は高度科学技術によって美しく彩られ、店の商品は生活必需品を圧倒してアメニティ、アミューズメントな商品がこれでもかというくらいに陳列され、それを購入する人々で溢れている。
しかし生活困窮者は、こんな街の中に紛れるように、家を持てずネットカフェに寝泊りしていたり、ひっそりと野宿をしていたりする。
地方では、経済が破綻し、家こそあるが、生活苦にあえいでいる通常の市民が増えている。
現在の庶民の生活環境は、先の長期平成不況と、グローバル化、規制緩和、企業競争激化等の影響で、世帯間経済格差が広がり、中流層が減って、一部の富裕層と多くの貧民層に分かれつつある。
今や多数の国民は、生活の不安定な貧民層に落ちまたは落ちつつあり、特段に暮しにくい社会と化している。
貧民が激増した現在の状況は、敗戦直後の混乱期以来、約60年ぶりのことである。
他の社会保障制度を見渡すと、この20年間、介護保険制度はできたものの、国及び地方公共団体の財政上の問題で、健康保険制度、年金制度、失業保険制度などは、縮小一辺倒である。
またこの数年、労働社会は崩壊し、膨れ上がる数のフリーターは派遣・請負労働という「食えない労働」でかろうじて命をつないでいる。
こんな中で、まさに国民の生存を守る「最後のセーフティーネット」である生活保護制度の意義は、とてつもなく大きいものになっている。
X.国民監視体制へ
北九州事件が起こり、日本中の関心を集めた今、先の年金問題のように、国民のみんなが関心を持って、行政機関とその担当者の違法行為を監視するようにしていかなければならない。
そのためには制度と実際の運用が広く周知されなければならない。
そして私たちは生活保護に関する正しい知識を得なければならない。