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平成20年5月12日 昨日放映されたNHKスペシャル「セーフティーネットクライシス」。 医療保険に入れない人が続出。 非正規社員が加入する国保、国年。特に国保保険料の割高感が広まっている。 国保料が年間52万円となるスポーツ用品店を30年経営する主人は払いたくても高くて払えないという。 52歳で正社員の職をリストラされた男性は、持病を持つ妻がいるため、国保料の納付が欠かせない。今後も正社員の職を得ることができなければ、国保料は納められなくなるという。正社員だった時は、会社、社会に守られていたんだと改めて感じるという。 社会保険料の負担感を感じている人は、生活者だけではない。企業経営者の約8割以上が感じているという。 介護保険は新施行後まだ10年も経っていないのに早くも財政難に陥り、「自立支援」という詐欺言葉を使って政府は給付を引き下げた。 離婚して3人の子どもを育てる母。 番組の構成は、これまで庶民の生活を支えてきた「企業」と「家族」に扶養機能がなくなったことを原因に挙げていた。 政府は金を生み出す源である企業の意志を重視して、これまでの数十年、社会保障の削減と労働者の身分・賃金等地位の低下策を打ち出してきた。 それで起こった現在の状況。格差社会、貧困層の再生産、ワーキングプア、年金・医療保険制度の崩壊、少子化…。 私たち庶民が、次の希望ある一歩を踏み出せないのは、最低限の生活保障がないからだ。 |
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平成20年4月26日 「偽装請負 直接雇用命じる」本日朝日新聞朝刊一面トップの見出しである。 実に画期的な判決であり、胸のつかえがとれたようにスッキリした気分である。 吉岡さんの頑張りと支援者の方々の努力は、日本中の弱小労働者に勇気と希望を与えてくれたことだろう。 |
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平成20年4月19日 昨日のNHK番組「特報首都圏」では高年齢者の雇用延長制度の問題について触れていた。 テレビで紹介された事例では、グループ会社でもないただの取引会社に出向に出すという形を採り、労働契約条件は時給1000円、1ヶ月で12万円の給料、仕事内容は当然今までとはまったく違い、労働時刻も時に夕方からとか、深夜のシフトもあるという内容。 高齢者雇用安定法は年金法の受給開始年齢が60歳から65歳に先送りされることに対応して導入された制度である。 本来なら年金受給年齢の引上げに直接的に連動させ、措置方法は定年の延長のみに限定するべきであった。しかし企業の負担や諸事情を勘案して定年延長以外にも再雇用などの制度を置けばよいとされたものである。 しかし、当該事例の再雇用制度は、法の欠陥をついたあくどいやり方である。 月給12万で肉体的労働では、再雇用制度を使わなくても、自ら探すこともそう難しいことではない。つまりこのような法の欠陥を突いた裏技を使えば、高齢者雇用安定法は「有名無実」な法に成り下がってしまうのである。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 私たち労働者はこれまでも様々な法の抜け道を使われてきた。 ●派遣法 派遣労働は、臨時的業務に対応するため絶対禁止とされている「間接雇用」を例外的・限定的に容認した制度であり、派遣の一定期間が経過したら、「直接雇用に切り替えなければならない」という定めが置かれている。 企業はこれを、「短期期間契約による直接雇用」に切り替え、期間満了とともに契約終了として会社から追い出す方法を採った。 ●請負労働 構内請負の場合、他社の工場・現場が勤務場所でありながらも、指揮命令は自分が所属する会社の上司の命令を受けて仕事をする形態である。 しかし、実際に業務を仕切っているのは、当該工場を運営する企業(メーカー)であり、メーカーの社員の幹部が、当該請負業務においても実質的に仕切っており、彼の指示によらなければ仕事が成り立たない。 そこで考えた松下電器。松下電器の社員を請負会社に出向させて彼を請負会社の社員という身分に就かせ、彼が構内請負の正当な指揮命令者として、実質的に間接雇用を適法に行なうずるい方法を考えた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 一方で私たち労働者も法の抜け道を有効に利用している例がある。 ●出産手当金 出産手当金とは、出産のため労務に服することができない一定期間、所得補償として賃金の6割を健康保険から補償しますという制度である。 ●失業保険(雇用保険) 失業保険の趣旨は、労働者が失業した場合に、求職中の生活保障をしようというものである。 ●社会保険料 かつて会社を中途退職するとき、こんな技が盛んに使われていた。 退職日は月末日とするところを月末前日とする。例えば区切りよく6月30日とするところを6月29日とする。社会保険の資格加入期間は歴月単位で数えられる。 つまり設例の場合、退職日を6月29日にすれば、6月分の保険料は取られないが、6月30日にすれば6月分の保険料を取られることになる。 しかし、これはよく考えると必ずメリットとも言えない! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 世の中は狐と狸の化かし合いか…。 |
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平成20年4月9日 最近NHKで「激流中国」と題して中国の現状をリポートするドキュメンタリー番組が不定期に放映されている。どうやら昨年4月から1、2ヶ月に1回程度放映してきたようだ。 私が気づいたのは昨年暮れ位からだったが、内容の凄さに見終わった後、いつも呆然としている。 中国はなかなかの報道規制が敷かれているらしく、これまで人々の暮らしぶりが報道されることが少なかったということらしい。だからこそこれほどビックリするのだ。 何に驚いたかといえば、一言で言えば社会生活の混乱ぶりだ。 上海、北京といった有数の大都市では、超高層ビルが立ち並び、想像を超えた桁違いの金持ち連中が優雅な暮らしをしている。ビジネスをやれば、高度成長期の中国では倍々ゲームのように金が増えていく。 しかし実は彼らはほんの一握りの成功者であり、その一方で、大多数の地方農民が市場開放のあおりを受けて、苦しい生活を強いられている。 インフレで既存の生活が破壊され、村ごとなくなった部落もある。 不慮の事故や病気になると医者にかかる金がない。 既存の農業収入では暮していけず、家族の働き手はやむにやまれず都会へ出稼ぎに行く。しかし行った先の都会でも充分な仕事に就けない場合も多いし、賃金不払も横行している。 家族が豊かに暮らすための唯一の方法は、子どもに勉強させて無理して金を作り大学に入学、卒業させていい待遇で就職させることだ。 そのため、勉強にかけるエネルギーは日本では想像もできないほど必死である。 親も子どもも勉強していい大学を卒業していい就職をする。それが彼らの価値観のすべてのように写る。 優秀な生徒が勉強時間に支障が出るといって、決められた学校の掃除をさぼる。 他人に対するやさしさ、思いやり、共感といった人として社会生活として大切と思われる事柄が学校でも家庭でもまったく教えられていない。 社会主義国家であり、政治的には共産党独裁でありながら、経済的には自由競争主義となっており、私もよくわからないが、この部分がメチャクチャな国家・社会の根源ではないかと推測する。 自由経済ということは、私有財産と生活手段を認め、保障する代わりに自分の食い扶持、生活費は自分で稼げ、ということだ。 しかし自由主義の体制が整っていないから、国家対私人、私人対私人の間にトラブルが激増する。私有財産も生活手段も保障せずに、自分の裁量で生計を立てろといい、トラブルに対して国家に都合が悪くなると「共産党の指導」などという詐欺の言葉を用いて弾圧する。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 有名過ぎる、かの「天安門事件」。 そしてその体質は現在まで引き継がれていた。 現在この事件は、世界各国の人々が人権蹂躙への非難の声を高め、北京オリンピック開催に異を唱えている。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 人権については、私は最近特に考えているところである。 「その他の人権」は、その国の法律が決める。 この点について中国の国家体制はあいまいかつ不十分だ。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 人間社会。しかも人類の歴史は4000年を超え、高度な文明を作り上げた21世紀にあって、いまなお世界各地で想像もつかない理不尽、貧困、飢餓、殺戮、強奪が行なわれている。 |
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平成20年4月2日 月が改まり、先月の話になってしまったが、民法のバラエティー番組「金スマ」のスペシャル版ドラマとしてお笑いコンビ麒麟・田村の自叙伝「ホームレス中学生」の映像版を放映していた。 豊かと言われ、モノに溢れる日本。 中学生のホームレスとは、一体どんな事情で、どんな暮らしをしていたのか、以前から気になっている本であったので、興味津々で見た。 父親の生活上の借金で家を差し押さえられ、一家離散、衝撃的なひとり公園野宿生活だった。 こんなことが現実に今の日本にあるわけだ!! 世の中の事情がわかるようになった大人の私は、ホームレスがどんなに苦しく惨めなものか想像がつき、ホームレス転落は何としても避けたいと思い、会社を転職しながらも、意に沿わない仕事を黙々と続けている。 大人の場合は、すべてとは言わないが、自己責任がある。 しかし、彼は突然に何の構えもなく、いきなりホームレスになってしまった。しかも圧倒的に無力な子どもである。 終戦後の戦争孤児でもあるまいし、子どもを保護、養育するのは親や社会の義務である。 テレビ放映の後、本も買って読んだが、やはり呆気にとられ、最大級の心細さを共感し、同時に彼の逞しさと母親を慕う気持ちに感動し、そして、神が人間に与える宿命に戸惑う。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 同じく先月、放映したテレビドラマであるが、「東京大空襲」を見た。 太平洋戦争末期、米軍は広島、長崎、沖縄、東京その他日本各地の非武装の一般人に対して、爆弾、銃弾による無差別殺戮を行なったことは歴史上の事実である。 圧倒的なスケールで、これでもかと続く殺戮襲撃と人々が逃げ惑う場面。 これこそ人間にとって最大級の人権侵害であろう。 ―――――――――――――――――――――――――――――― これらの人権侵害を考えると、いずれも大いなる神が人間に与えた宿命を感じる。 私がこれまで肌で感じてきた人権侵害は、この2つと比べるとまったく次元が低い。 |
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平成20年3月9日 人権。中学校で誰もが学び、すべての国民が知っているようで実は知らない。 人権、人権問題などと、人々は当然知っているように言葉を使うが、その理解の程度は千差万別である。 人権は、自分の身が実際に侵害・蹂躙されないと、当たり前にあると思っているから、意識していない。 日本国民が憲法で保障されている人権は、すべての人権である。 ―――――――――――――――――――――――― 上記事件はすべて、不当に命が奪われるという最大級の人権侵害事件である。 他の人もそうだろうが、新聞等で報道されていても関心がなければ目や耳には入らない。これ以外にも教育現場などで人権侵害事件があったかも知れないが、私にとって関心の薄い領域の事件では、よほど大きな報道がされないと目や耳に入らない。 まして報道されない事件は、なおさら知りようがない。 ●住居侵入・不退去罪(刑法) 3月4日に不動産仲介会社光誉実業が非弁行為容疑で逮捕された事件は、私には訳あって特別な印象を与えた。 「(前略)弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、(中略)資格もなく、何らの規律にも服しない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律関係に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益を損ね、法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになる」(昭和46年弁護士法違反被告事件最高裁判決中、弁護士法72条の非弁行為を禁止した立法趣旨) 当該非弁行為は、不当に不動産所有権等を侵害する人権侵害につながる。 この事件ではビルのロビーで大音量のお経を流して嫌がらせをしたらしい。 庶民が平穏に暮らすために、一定以上の「音量」が障りとなることは、言うまでもない。 数十年前、「日照権」という言葉が大いに使われ、争われた。 少し、私には疎い他の分野に頭をめぐらせて見ると、子どもの人権や教育権は充分に擁護されているか、介護などの現場で老人の身体の自由その他の人権は尊重されているか…。 人権には、さまざまな分野でその種類がある。 ―――――――――――――――――――――――― 今はこの2つを肝に銘じ、大いに勉強していきたい。 |
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84.官の不作為 有罪確定へ 平成20年3月5日 本日付 日経新聞朝刊一面で、標記の見出しが躍っていた。 公務員や国家こそが国民に人権侵害を行なっている真の主・親玉であることを主張した矢先の事件であったから、この記事は私の目に真っ先に飛び込んできた。 以下は記事の一部抜粋である。 「行政官の不作為」の数々は、誠に腹立たしい限りである。 他人事としてもこのところの新聞報道事件等で、警察、福祉事務所、厚生労働省、農林水産省、国土交通省、社会保険事務所、労働基準局などあらゆる官庁、役所の杜撰で無責任な対応に、私の怒りはその矛先が集中しているところだった。 それだけに、この判決は、私にとっては大いに胸のすくものであった。 公務員にまともな仕事をさせるためには、怠慢行為や不正行為、違法行為を公に訴えることが必要である。大企業がそうであるように、公官庁にも自浄作用などない。外圧こそが必要である。 私も次の機会が来たときは警察を国家賠償法で訴えたいと思っている。 |
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83.それでもボクはやってない 平成20年3月2日 映画「それでもボクはやってない」。 痴漢冤罪をテーマとしたもので、実話を脚色したものらしい。 ―――――――――――――――――――――― 私生活では、最近少し警察と関わる場面があった。 追い返しといえば、古くから得意なところが労働基準監督署の労基法違反申告者に対する追い返し行為である。 その他の監督権限を持つ国、都道府県、市区町村の少なくない部門で国民の申告に対して、追い返しや杜撰な対応が行なわれている。 偽装問題の発端となった姉歯事件も、私は一番悪いのは監督検査機関であると思っている。 公務員が公僕として公正・真摯に職務に当たらないのであれば、国家の前提自体が成り立たない。 ―――――――――――――――――――――― 中でも身体を傷つけたり、拘束したりする行為(=身体の自由を侵す行為)は、最大の人権侵害である。 痴漢冤罪は、人権侵害を取り締まり、裁くための専門機関である警察、検察、判事が、自らの手で身体を不当に拘束し、無実の罪をなすりつけ名誉を汚す、重大な国家機関による犯罪である!! 人権は、最優先で守られなければならない。 ―――――――――――――――――――――― そして先の経済成長現代、国民の生活水準と教育水準の向上とともに人権意識は高まってきた。 国民の人権を侵している者たちの真の正体は誰か?? ウェブ上をざっと見渡してみると、「人権」をカテゴリーとするホームページはある。 「人が人らしく生きるために」。 総括的に国民の人権を主張していこう。 |
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平成20年2月23日 1.総説 現代。 何故こんなふうになってしまったかをよくよく考えてみたら、「お金」に突き当たった。 ほぼすべての地球上の人間は「お金が欲しい」と思い、そのための生活活動の結果、気がついてみたら、人の心が歪んで社会がグチャグチャになってしまった。 日本の国民総生産は平成不況の10数年の間でさえ、減少の年はほんの数年に過ぎず、経済はほぼ一貫して成長し続けている。世界全体でもそのはずである。 仮に富裕者の富・財・金の一部が貧困者に渡れば、地球上から飢餓や貧困は解消する。 しかし日本や世界の富裕者に、「分け与えろ」と正当に言えるかといえば、言えない。 問題は一部の大富豪たちの富の占有に限ったことではない。 2.お金絶対主義の弊害 自由競争、所有権絶対主義。これらを指導理念とする資本主義は、人間の欲望によくマッチしていた。 しかし今、資本主義の弊害が深刻に顕れてきた。 人は、他人や自然と共存しなければならない。 気がつけば周り中が鬼だらけ。 3.資本主義の短所 行き過ぎた資本主義は、私たちの生活のあちこちから地球環境に至るさまざまなところでほころびを見せている。 ●資本主義とは、自由競争社会であり、競争に負けた者に本来生存権は与えられないものである。 ●資本主義の特徴として、よりよく暮らし続けるための前提として、社会経済の成長・発展・拡大が常に求められる。 ●競争と経済発展を繰り返すたびに、所得格差・貧富の差は、広がり続けることは必然である。 ●資本主義は、利潤を上げることを究極目的としている。利潤を上げるために事実上手段は問われず、人として社会として大切なことまですべて消し去るような欲望追求主義である。現に利潤を上げた者だけがすべてを手にできる。 ●資本主義とは、裕福な資本家階級が貧しい労働者階級を支配する身分制度体制である。 資本主義は、今や行き過ぎた。 4.国家理念と資本主義の乖離 資本主義の性格をよく見極めれば、日本国憲法の理念(国民の最低生活の保障、すべての国民の人権尊重など)はそもそも実現不可能であることがわかる。 戦後60数年の間、数十人の総理大臣がそれぞれ立派な公約・所信表明をなされてきたが、その結果が、現在である。 地球環境汚染という大きすぎる課題を抱えた今こそ、「カネ」を人間生活の価値観の中心に置いた「資本主義社会」そのものに変化が求められている。小手先の手法で解決できるような話ではなくなっている。 5.共産主義の失敗 かつて新しい社会体制と目された「社会主義、共産主義」は完全に失敗し、世界から姿を消しつつある。 新しい社会を模索するに当たり、この轍は踏まないようにしたい。 6.新経済体制の模索 新しい社会体制と言っても、資本主義をまったく捨て去る体制は今のところ考えられない。 現在の社会でもっとも深刻な問題を持つ領域が「経済」である。 以後は、私の未熟な空想である。 経済以外の部分について、「国民の自由と権利」等は今以上に実質的に保障する。 (今の体制は、自らに帰属してその後税金で徴収するから、税金を「取られた」という意識が芽生える。国是を「利益の個人所有)から「共存共生」と変えれば、このことも当然のこととなる。) こうして国家に金を充分に集める。 このような体制をつくれれば、自然に「お金絶対の価値観」は消え去り、共存共生の精神が芽生え、社会に正義と思いやりが戻ってくるだろう。 7.現在の日本国の体制と今後 現在の日本国は、「資本主義制度」を大原則とし、付録的に「福祉制度」を置いて、国民生活の安全を保障するという体制を採っている。 日本は戦後より、徐々に経済は復興、成長し、国民生活も相当豊かな内容になってきた。 そしてバブル崩壊と長期平成不況が訪れ、経済の急降下・長期不況で経済社会は大いに混乱し、国民生活は深刻な打撃を受けた。 資本主義は進みすぎて、貧民層は今後もますます増大する。 時の状況次第で政権は自民党から民主党に移るかもしれない。 今、社会から「お金絶対の価値観」を消し去るための革命のような抜本的改革こそが必要である。 「バカな人間は自ら滅んだ」という映画「猿の惑星」。 |
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平成20年2月13日 複数の人が集まる社会。人が自分の思いや権利や利益を主張すると、それが他人の思いや権利や利益を侵害することがよくある。それは家庭の中でさえ例外ではない。 これらのことを丸く治めるために、「受忍限度」という概念がある。 受忍限度とされる程度とは、法的には「社会通念上」という基準で測られる。 俗な例を挙げると、汚い部屋にいて気になって掃除を始める人と、気にならない人がいる。 さて、私たち生活者、労働者は、生きていく上で、どの程度の「受忍限度」が必要であろうか。 社会は様々な理不尽で溢れている。 そして今では、「カネがすべて」の世の中となり、「人の道」を重んじる空気は世の中からなくなった。 他人の気持ちを考える必要のある相手は、上司や得意先などビジネス、カネがらみの人だけとなってしまった。 こんな中で、私たち生活者、労働者の「受忍限度」は、ますます幅を広げていかないと、まともな神経では生きていけない世の中になってしまった。 鋭敏な感受性、木目の細かい他人への配慮・おもいやり、そして正直さ。 しかし、今の社会は、こんな「人としての大事な感情」を寄せ付けず、極めて「鈍感」である。 (新聞でこんな記事を読んだ。今、会社の人事考課で実際に評価される能力は、「弁解力」「偽装力」「謝罪力」だそうである。) 「受忍限度」は、昨年流行った言葉「鈍感力」とオーバーラップする。 我慢の限界を超えたら、気が狂ってしまう。 だから我慢の限界を超えないように自分の我慢の限界を高めていかなければならない。 ときに、見ざる聞かざる言わざるを実行せざるを得ない。 少なくとも見なくていいもの、聞かなくていいもの、言わなくていいものは、関わらない方が賢明だ。 できれば、カネや肩書き・地位・名誉などと一切無縁な場所を会社以外に見つけて、そこで自分本来の優れた能力を発揮して、人として大切なものを見失わないようにしたいものである。 |
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平成20年1月1日 年末年始の季節は、行く年を振り返り、来る年に希望を祈る厳かな気持ちになる時期だ。 私のホームポジションは、長らく「失業」にあったので、在職で年が越せることにまずは何より安心している。 昨日の大晦日は、私の中では、夜10時を過ぎてから、やっと盛り上がってきた。 「偽」「嘘」などが蔓延しきった2007年。 いい歌には、メッセージ性がある。そしていい歌手は、感度が優れた媒介であり、それ以上に歌手自身がメッセージそのものであったりする。 メッセージの内容は、「人の心」であり、「理想」である。 歌の文句には、「カネとか打算とか経済とか悪意の嘘とか」、まったく出てこない。 いい歌・いい歌手が、本当にいいと評価されるのは、多くの人が共感するからである。 人は、心が主で、身体は従である。 人間は、身体を維持するために、カネがなければ生きていくことができない。 心を活かすためにこそ、身体があるのに、身体を維持することに精一杯で、心を失くしてしまう。 一昨年、旋風を巻き起こした「千の風になって」が昨日も披露された。 どうしようもなく生きにくい世の中になっている。 今は厳かな気持ちになれる年末年始の数少ないいい機会である。 |
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平成19年12月29日 今年のカレンダーによれば、小売・サービス業等を除く多くの会社や公官庁の仕事納めは28日になっている。 私は現社に入社して5年目を迎えている。 今年も特に人間関係に関して、嫌な思いをしっぱなしの一年間だった。 実にすっきりとした気持ちで一年の最後を終えることができた。 ●帰りの挨拶は、どこの会社でも同じであるが、「今年一年お世話になり、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」とお互いに言いあって別れる。 ●帰り道は駅まで中途の同期入社で同職の同僚と一緒だった。 一人になった帰宅途中、大事なことに気がついた。 私にとっては、一年を水に流すことのできた素晴らしい納会だった。 |
平成19年12月17日
先週、清水寺で今年の世相を表す漢字が発表された。
今年の漢字は 「偽」。
一昨年は「建築設計偽装」、昨年は「偽装請負」、そして今年は「食品偽装」。
寺の住職は、「こんな漢字が選ばれるなんて情けない」と憤っていた。
世の中ますます乱れきっている。そんな中で終わろうとしている2007年だ。
今や「偽装社会」と「人間不信」は当然のような世の中になってきた。
私自身も「理不尽な社会と会社はもう相手にしない(NO.57)」と宣言して生きたこの1年だった。できれば社会も人も信用したいと心の隅で思いつつも、終わってみればますます氾濫した偽装と利己主義だった。
年金問題は実は50年前から想定されていたが、後世に回したツケが今年回ってきたものだ。
地方自治体の一部でバブル期のツケが回って財政再建団体になっているように、国も借金を後世に回しているといずれどこかでハジけるだろう。
地球温暖化防止会議も数値目標を削除して採択。環境破壊のツケは数百年後、とんでもない惨事を後世の人々にもたらすことだろう。
薬害問題は、患者にしてみればとんでもないトバッチリだ。エイズも肝炎も国に健康を侵されて殺されるようなものだ。
北朝鮮拉致問題は、一向に進まない。
24年後幸いにも帰国できた人がいたが、暴力によって他国へ連れて行かれるという、とてつもない理不尽が元々のベースにあって、そこで結婚して子供も作って生活をする、ということが一体どれだけ辛く、苦しく、複雑な胸の内であったことか見当もつかない。
北九州市の生活保護殺人事件、今年も減らない過労死・過労自殺も本人には責任はない。
毎年1年ずつ歳をとり、人の世の全貌が少しずつ見えてくると、世の中には「あり得ないと思っていたことが、いくらでもある」ことがわかってくる。
自分の親や多くの先人、先輩たちが、歩んできた人生や暮らしを見て、自分の場合もだいたいこんな風に展開するだろうと漠然と想像していた自分の未来・人生が、時にあり得ないような出来事に遭遇し、考えてもいなかった、想像だにしなかった方向へ展開していく。考えもしなかったいい方向に展開すればよいが、それがまた人生で悪い方に展開していく。
この世は、「理不尽」が集まってできたようなものだ。
そしてその「理不尽」から学ぶように仕組まれて私たちは生まれてきた。
そもそも人生は他人との比較ではない。人それぞれ、違う目的・目標を持って生まれてきた。
他人と「比較」をするから、余計に、うまく行かない自分の運命を嘆く…。
いろいろと細かく比較すれば、自分の方が他人より優れていたり、うまくいっていたりすることもあるのに、得てして他人の生活や境遇はいいところしか目がいかない。
自分より苦しんでいる人には目がいかず、いい待遇や生活をしている人に目がいって、羨む。
最近、人間不信が高じて、他人に優しさを持てないようになってきた。
そしてそのことによる自責の念は自分自身へと向かう。
今後乗り越えて優しさが取り戻せるか、あるいは自責の念で苦しむ経験が私の宿命の中で求められているのか、いずれにしても、すべては仕組まれた人生だ。
「理不尽」に耐えることは、報われない努力をするように辛い。
しかし、これからも寿命が尽きるまで、毎年「理不尽」を経験し、学ぶ。それが人の人生だ。
平成19年11月15日
船場吉兆が菓子や総菜の賞味・消費期限を偽装していた問題で、当局は「偽装はパート社員の独断」として本社の関与を否定してきたが、パート女性らが11月14日記者会見をし、九州を統括する湯木尚治取締役から偽装を指示されたと証言した。
証言内容は次のとおり。
●現場責任者が賞味期限まで14〜15日となったちりめん商品の扱いを湯木氏に電話で尋ねた際には、「そんなん、日持ちするんやで。1ヶ月くらい延ばせ」と大声で言われた。
●偽装が発覚した直後の10月31日の夜、吉兆博多店で湯木氏らから、「商品管理をしていたのは現場責任者」とする内容の「事故報告書」に署名と押印を要求された。
●11月1日、吉兆博多店のマネージャーから白紙の紙を渡され、「なぜ賞味期限切れの商品を売ったのか書け」と求められた。
●10月31日、11月1日とも2時間程度、深夜まで説得されたが、署名を拒否。湯木取締役は、「何としてでも会社を守らなあかん」と言い、署名を拒むと「やったのはあんたやないか」と怒鳴った。トイレにもなかなか行かせてもらえなかった。
●記者会見に臨んだ4人の女性たちは店側への反感を次々に口にした。
●湯木氏から偽装のリーダー役と指摘されたパート女性は、「ずっと我慢していた。(湯木取締役の主張への反論は)言えないですよね、怖くて…」とこれまで反論しなかった理由をこのように語った。
●保健所の立ち入り調査後、湯木氏から「あんたのせいやで」としかられた。
●11月1日の作業を終えた夜、当日が期限切れの黒豆プリンが残っているのに気がついて、電話で判断を仰いだところ、湯木氏から「頑張って売ってくれ」と言われた。翌日も指示が覆らず、閉店後に女性が自らプリンを買って帰った。
●売れ残りが気がかりで責任者だったパート女性に値引の販売を持ちかけ、そのパート女性が湯木氏に電話したが、とりあってもらえず、やむなく賞味期限のシールを張り替えた。
会見は弁護士立会いで、再就職に悪影響が及ぶとして4人の氏名や年齢は伏せられ、写真・テレビカメラ撮影は禁止された。(以上、11月15日付朝日新聞より抜粋)
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私は知らなかったが、吉兆と言えば、大阪以南では有名な高級料理店らしい。
しかしちょっと調べるとやはり湯木という一族の同族経営であった。
会見に臨んだ方たちは、偽装労働を命じられたとき、偽装労働を行なったとき、偽装が発覚したとき、偽装がパート社員たちの独断で行なわれたと偽りの発表がされたとき、記者会見を決断したとき、記者会見を現に行なったとき、それぞれの瞬間、どんな気持ちを持っていたのだろうか?
偽装を命じられ、偽装を自らの手で行なったとき、心はどのくらい痛んだろうか。あるいは職務命令と割り切ってまたは私の知らない他人が食べるのだから私は関係ないと思って平然とやってのけたのだろうか。数え切れないくらい毎日毎日日常的に偽装労働を命じられて行なっているうちに、罪の意識はだんだん薄れてなくなってしまったのだろうか。
売れ残りが気がかりで仕方なく、値引販売を提案したと告白したパート社員の方は、少なくとも罪の意識を持ちつつ、穏便に現状の問題を解決する方法を探っており、前向きさが感じられる。
そして偽装が発覚し、その後偽装は「現場担当である自分たちの独断」と偽りの発表が本社からなされたとき、彼女たちの怒りが沸点に達したことは容易に想像できる。
記者会見で「再就職に悪影響が及ぶ」として配慮されたことは、奉公人としての限界を如実に物語っている。
そう、奉公人たる私たち労働者未満の労働者たちは、「蜜蜂の一刺し」で自分の退職と刺し違えることでのみ、唯一会社に一矢報いることができるのである!!
ミートホープの田中稔社長や船場吉兆の湯木尚治取締役のように圧倒的な権力を振りかざす者の前で、労働者は、声も出せない。
最低限の自己の主張もできない世界は、人が人らしく生きられる世界ではない。動物の世界に等しい。
下等な動物は自分の身体が大きく破損しても痛みを感じないように作られている。まして下等動物に他人の痛みなど知るよしもない。
人が人らしく生きられない世界では、自己防衛本能により、自分の痛みもなるべく感じないようになってしまうかもしれない。まして他人の痛みなどいわんやおやである。
不当・不法な会社で、抗議や提案がまったく通らない社風であるとき、だからと言って、経済弱者の労働者は、