二〇〇〇年 冬季号
中国五術研究発展協会報 第二号
会報 目次
連載「五術関連資料の考察」奇門遁甲の明史に残る文献 3
第一節、奇門遁甲の歴史と思想 遁甲と奇門遁甲は異なる占術であった 3
第二節、奇門遁甲の明史に残る文献 ほとんどの資料が散佚して残らない 10
北京の国家図書館に残る『子平遺書』の内容 15
新刊案内 『奇門遁甲の研究』究極の吉方を求める方位術 16
編集後記 22
次号予告 22
連載「五術関連資料の考察」 奇門遁甲の明史に残る文献
第一節、奇門遁甲の歴史と思想 遁甲と奇門遁甲は異なる占術であった
「奇門遁甲」の源流の成立は中国でも古く、当時の『書目(図書目録)』を追っていくと膨大な書が挙げられています。三國時代の蜀の宰相の諸葛孔明が「遁甲」を戦争に用いたことを歴史小説が伝えていますが、実際に「遁甲」という名称は『隋書(經籍志)』の五行類に残されています。
『隋書(經籍志)』には、「遯甲」という名称で記載があります。同じく「九宮」という占術も残されており、恐らくこの「九宮」が現在の気学(九星)と同系統の占術であったと考えられます。『唐書(經籍志)』『舊唐書(經籍志』にも『隋書(經籍志』と同一名称の書籍が引き継がれていますが、名称は「遁甲」というように改められています。
『宋史(藝文志)』は、大変多くの遁甲書の書名が有りますが、そのほとんどの書籍は、現在に伝わっていません。筆者の知る限りでは、ただ残されている書は『景祐遁甲符應經三卷(楊惟徳撰)』『遁甲捜元經一巻』のみであります。そして『八門遁甲入式歌』という書名もあり、「八門遁甲」は、宋代に成立していたようです。つまり、奇門遁甲が成立するまでに、
遯 甲
↓
八門遁甲
↓
奇門遁甲
という変遷課程を経ていると考えられます。
『明史(藝文志)』で初めて「奇門遁甲」が歴史上に登場します。名称も遁甲の最初に奇門がつけられています。奇門遁甲を八門遁甲と呼ぶ者がいますが、これは、まったく違った占術であると分類すべきです。つまり、八門遁甲とは、八門の中に甲尊が遁れるものであり、これに対して奇門遁甲は、三奇八門に甲尊が遁がれるものであります。それぞれの占術の価値基準は、名称によって明確にされています。戦時中の遁甲は、兵法として発展しており、甲尊と八門の関係の表す方位は、戦争での必勝を表すものなのであります。奇門遁甲は、むしろ冷戦時の遁甲であり、三奇の乙奇、丙奇、丁奇と八門の関係を重視しており、この三奇は、社会の中で人間が出世するために必要な人生の安定、財産、智慧を司るものであります。そして甲尊は、目上の引き立てを表し、これは現代社会にも通じる共通の価値観ともいえます。
当時中国の国家が遁甲を禁止したなどと唱えるものがいましたが、遁甲が民衆に受け入れられ実用化されたのは明代からであると考えられます。
明代の代表的な著作は、明の宰相であった劉基が国家の奇門遁甲を著した『奇門遁甲秘笈大全』があります。まさに公の奇門遁甲といえるもので、明以前からの遁甲、奇門遁甲の資料が並立して書かれています。おもに雑占が主体に論が展開されています。また異説と呼ばれながらも清代の奇門遁甲に多大な影響を与えた『甘氏奇門一得(五種秘竅全書)』は、私の奇門遁甲の最たるものといって良いでしょう。この書は、別名『奇門秘要』とも言われ、時盤に十時一局の局数が採用されています。ある一つの作成した遁甲式の中で、戦争に於ける成敗、有利不利を論じており、一般は、格局を求めて吉凶を求めるのに対して、天盤地盤の関係のみで勝敗を決定する占卜的な奇門遁甲となっています。ゆえに同じ天地、星門、宮神を使っていてもその究明の方法が一般と完全に異なっています。これが異端と呼ばれる由縁なのです。
奇門遁甲の大きな特徴は、そのすべての著作が『煙波釣叟歌(宋、趙普撰)』を基本論理としており、この書をもとに明代の奇門遁甲が形成していったと考えられます。『煙波釣叟歌』の特徴は、時盤の局数を決定する方法が十時一局の局数の取り方が採用されており、奇門四十格という格局の前衛が整理された集大成だと言えます。『煙波釣叟歌』以前の遁甲には、唐の李筌の『陰符經』が載せられているのです。事実、北京大学図書館(李氏善本書目)に収蔵されている『秘伝金函奇門隠遁丁甲法書』と同一内容の『諸葛武侯奇門遁甲統宗大全』の冒頭に『陰符經』が引用されています。これは恐らく唐時代以降にまとめられたものであると考えられます。しかし、明代の奇門遁甲を現在に伝える書物は、ほとんどが散佚して極一部の奇門遁甲書しか現在に残されていません。
今回の北京取材で発見した明代の奇門遁甲を伝えるテキストの『奇門原古三巻(不著撰人)』には「李氏奇門」「林氏奇門」「陶真人遁甲神書」の三氏の奇門遁甲占盤(遁甲式)の作盤上に複数の流派が存在したことを記述しています。奇門四十格の格局ついては、ほぼ完成していたと考えられます。『奇門原古』の別タイトルは『奇門大全上中下巻』と書かれており、後の『奇門遁甲全書』『奇門遁甲統宗大全』等の底本になったテキストと考えられます。その他に『甲遁神授秘集』は、オリジナルの奇門遁甲を述べており、一門派の奇門遁甲書だと言えます。六部(礼、樂、射、御、書、数部)の構成からなり、最後の篇には、甲子(戊儀)から甲寅(癸儀)までの星門の判断が四言獨歩の詩で書かれています。この奇門遁甲は、時盤の局数を決定する方法が五日一局の方法が採用されています。
明代の奇門遁甲は、風水に深い関わりがあり、奇門遁甲の源流は、四庫全書に残されている『奇門遁甲演義(明、程道生撰)』の奇門原始に「造宅三白之法(挨星法)」から始まったと書かれています。造宅三白之法は、「都天撼龍経八十一論」の中にあり、
其一曰、都天九卦(都天八卦)
其二曰、入地三元
其三曰、行軍三奇
其四曰、造宅三白之法(選宅三白)
其五曰、遁形太白之書
其六曰、入山撼龍之訣
其七曰、轉山移水九字玄經
其八曰、建國安邦萬年金鏡
其九曰、玄宮獲福救貧生仙産聖(元宮入福救貧生僊産聖)
等の書名が残されています。この他『奇門遁甲秘笈大全(第二十一巻、遁甲神機)』『奇門遁甲統宗大全』にも同様の書名の記載があります。この『秘笈大全』は、撰者が劉基となていますが、『統宗大全』は、撰者が諸葛武侯となっています。明代の奇門遁甲で、題劉基撰とする写本は、実際には劉基の著作ではなく、劉基の名前を借りて出版されている場合が非常に多くあります。その最たるものが『奇門遁甲十巻(明抄本)』だと考えられます。
「選宅三白之法」は、三元派(神殺派)の風水理論であります。ここから『陽宅遁甲圖』が造られたと考えられています。最初は、家を造ることから始まったこの方法は、後に方位にも応用され、現在の奇門遁甲が成立したとも考えられています。
門派の奇門遁甲は、古典に残された奇門遁甲から発展しており、特に目を引くのは『奇門天書(題劉基撰)』『奇門地書(題劉基撰)』の出現であります。門派は、そのほとんどは、一子相伝という形態で伝承されています。内藤文穏氏の『奇門遁甲奥義』には『奇門天書』は、赤い表紙で、この世に二冊の天書を残さない決まりがあるそうです。それは下手をすると一門一派にそれぞれの『奇門天書』が存在するかもしれません。
奇門遁甲は、奇門四十格というものとその他に三奇と八門を基本に価値基準を定めていますが、『奇門天書』『奇門地書』で初めて天地、星門、宮神の六つの要素の関係を総合的に看て吉凶が求められており、これが吉凶を特定する「奇門遁甲」の解釈の行き着いた最終形態とも考えられます。
清代は、奇門遁甲書籍が多く出版されています。明代以前の遁甲、奇門遁甲をただ引き継いだものもありますが、新しく創作された奇門遁甲書籍があります。その中でも特に目を引くのは『奇門太宗直指(北京大学李氏善本書目)』という抄本も残されています。
この他に清王朝が編纂した『古今圖書集成』『四庫全書』にも複数の奇門遁甲書籍が収蔵されています。つまり、清王朝は「奇門遁甲」を公認した国家であり、民間においても奇門遁甲書の出版が数多くみられます。「子平」は清王朝の民間において収束して行ったのに比べ、「奇門遁甲」は、清朝に受け入れられ時代の脚光を浴びたのだと考えられます。
民間の出版物は『諸葛忠武侯行兵遁甲金凾玉鏡海底眼(漢、諸葛武侯撰)』『奇門遁甲統宗大全(漢、諸葛武侯撰)』『奇門闡秘六卷(羅世瑤撰)』『奇門金章一卷( 不著撰人名氏)』等があります。
第二節、奇門遁甲の明史に残る文献 ほとんどの資料が散佚して残らない
『明史(藝文志)』には、幾つかの奇門遁甲の書籍の記載がありますが、『明史(藝文志)』の五行類は、卜筮陰陽、星相、堪輿の三つに分かれており、その卜筮陰陽の奇門遁甲の書籍は、次の書名が残されています。
*池本理 禽遁大全四巻、禽星易見四巻
鮑世彦 奇門微義四巻、奇門陽遁一巻、陰遁一巻
劉 翔 奇門遁甲兵機書二十巻
徐之? 選澤禽奇盤例定局五巻
*胡獻忠 八門神書一巻
宋元明の資料を集めた『千頃堂書目(清代、黄虞稷撰)』には、以下の資料の記載があります。
*池本理 禽遁大全四巻、注觧烟波釣叟歌一巻
鮑世彦 奇門微義四巻、又奇門陽遁一巻、又奇門陰遁一巻
徐之? 選澤禽奇盤例定局五巻
*李 □ 甲遁真授秘集三巻
王巽曳 奇門吉方直指一冊
袁 善 奇門秘奥
郭仰廉 奇門説要一冊
蒋時吉 奇門総要一冊
周 鍔 六甲奇書一巻
以下、不知撰人の資料
*奇門原古三巻
八門禽演碎金経三巻
都天一巻
禽星直指一巻
流光玉暦八巻
*胡□□ 武侯八門神書一巻
遁甲鉤玄集
奇門大成
*紫庭秘訣
玄女統甲子六十将軍伐鹵一宗符秘訣四巻
以上の書籍は、次のような名称で残されています。
禽遁大全四巻補遺一巻 明、池本理 明弘治九序刊(問奇齋)日本 内閣文庫漢籍目録
重刻校増武侯八門神書 明、胡獻忠 明萬暦四三序刊 日本 内閣文庫漢籍目録
遁甲烟波釣叟歌一巻 明抄本 北京大学圖書館李氏善本書目
(重刻)曳元奇門遁甲句解煙波釣叟歌一巻 題宋趙普撰 明正徳戊辰三年(一五〇七)刊本
アメリカ プリンストン大学東方図書館中文舊籍書目
曳元奇門遁甲句解煙波釣叟歌不分巻 題宋趙普撰 不著注人 明刊本 台湾国家圖書館善本書目
新 煙波釣叟奇門定局 劉基撰 明萬歴、寶願堂秘笈 台湾 藝印文印書局印行
陽遁、陰遁□巻 楊墨林跋 明抄本 十四冊 北京圖書館古籍善本書目
奇門原古三巻遁甲霊華秘経一巻 抄本 北京大学圖書館李氏善本書目
甲遁真授秘集六巻 清薛鳳祚撰 清減豐花雨書巣活字印本北京大学圖書館李氏善本書目
遁甲吉方直指一巻 明、王巽撰 天一閣蔵本 四庫全書総目提要
奇門説要一巻 明、郭仰廉編 天一閣蔵本 四庫全書総目提要
紫庭秘訣一巻 唐、王希明撰 清初抄本 北京大学圖書館李氏善本書目
この他に明代の奇門遁甲書で現在残されているものは、以下の通りです。
黄帝奇門遁甲圖一巻 不著撰人名氏 天一閣蔵本 四庫全書総目提要
遁甲秘文 明抄本 北京大学圖書館李氏善本書目
兵占奇門遁甲不分巻 明唐楷徳釈 清抄本 北京圖書館古籍善本書目
景祐遁甲蓮華通神經一巻 明抄本 北京圖書館古籍善本書目
秘傳金函奇門隠遁丁甲法書三巻 明抄本 北京圖書館古籍善本書目
遁甲起例 明抄本 北京圖書館古籍善本書目
奇門鴻寶不分巻 明天啓元年三色套印本 中國古籍善本書目
奇門遁甲十巻 明抄本 中國古籍善本書目
奇門秘書握機經二卷陰陽十八遁不分卷 明萬暦四年抄本 中國古籍善本書目
〔新編〕日用涓奇門五總龜四卷明池紀撰 明正徳戊辰三年(一五〇八)刊本 アメリカ プリンストン大学
東方図書館中文舊籍書目
遁甲日用涓奇門五總龜四卷 不著撰人 明刊黒口本 台湾 国家圖書館善本書目
遁甲日用涓吉奇門四卷 明不著撰人 明鈔本 台湾 国家圖書館善本書目
遁甲演義 明、程道生撰 欽定四庫全書
新刻奇門成式全書 官應震輯 台湾 国家圖書館善本書目
新刻奇門成式全書 官應震輯 明末刊本 アメリカ プリンストン大学東方図書館中文舊籍書目
奇門陰陽十八遁 不著撰人名氏 明刊本 中国 江南圖書館書目
奇門秘書握機經 明抄本 中国 江南圖書館書目
遁甲全書 不著撰人名氏 抄本 中国 江南圖書館書目
奇門鬼吼 喩龍徳撰 台湾 国家圖書館善本書目
甘氏奇門一得二卷 明、甘霖撰 明唐氏文林閣刻本 中國古籍善本書目
甘氏奇門一得二卷 明、甘霖撰 清刊 至善堂蔵版 五種秘竅全書 日本国会図書館漢籍目録
などであり、現代に伝わる明代の奇門遁甲書籍は、非常に稀少なのです。
北京の国家図書館に残る『子平遺書』の内容
『子平遺書』は、北京図書館に残る明代の私的抄本ですが、全巻四百三十冊で、マイクロフィルムが25巻の分量があります。この書の構成は、甲子年から癸亥年の八字を解釈しているものです。その判断方法は、淵海子平の判断で格局を取った後、占術の判断というよりもその八字の人の容貌、性格等、結局、どのような人であったかが克明に書かれています。そして最後は大運干支すべてにその運勢のときの状態が書かれており、その人が亡くなった大運まで書かれています。つまり、『子平遺書』とは、子平の研究書ではなく、実際に存在した人物の八字を基にその人の一生を遺書にしたものと言って良いと思います。筆者と同じ八字を捜して見ましたが、残念ながら同じ八字はありませんでした。読者の皆様も、もし、自分と同じ八字の人がどんな人生を歩んだかを知りたければ、北京に行って自分の八字を捜すのも人生の良き旅となるのではないでしょうか。『子平遺書』は、編者が記録した八字しか、明記されていませんので、自分と同じ八字がある人は非常にラッキーだと言えます。どうぞ北京に出掛けてみてはいかかでしょうか。
新刊案内『奇門遁甲の研究』 究極の吉方を求める方位術 阿藤秀夫著
はじめに
日本では古来より「奇門遁甲(きもんとんこう)」という吉方位を求めることができる占術が中国から伝えられています。現代の日本は、この「奇門遁甲」に取って変わって「気学」なるものが横行して世の人々の欲望を駆り立て、これはもう迷信と呼ぶべきです。なぜなら「気学」は、いたずらにある特定となる方位の「五黄殺」「暗剣殺」を非常に恐れて、方位に触れる一般人に重度の恐怖心を植えつけています。日本に伝来した奇門遁甲は中国明代のものと考えられます。明代の奇門遁甲の源流は、一説には、挨星法(神殺派の秘伝)から発展していると言われていますが、方位(時間的方位選択)の吉方を取ることにおいて現代では、様々な憶測が流れて、本当に吉凶を取り出せるシステムを持つ「奇門遁甲」が絶え失われる方向にあります。
本書は、奇門遁甲の源流から考察を加えることで、明代から清代にかけて完成して行った奇門遁甲の現時点において究極の吉方を求める奇門遁甲を思考するものであります。
筆者の発見は、奇門遁甲研究史に新たな歴史を契るものであり、今回の北京取材で発見した明代の資料の『甲遁神授秘集』『奇門原古』『奇門遁甲十巻(題劉基撰)』は、筆者の今までの研究に、奇跡的な発見と飛躍をもたらしてくれました。筆者の発掘した奇門遁甲とそのレベルの違いをここで明らかにすることで、方位における吉凶というものに抽象的ではない、より具体的な研究の基盤の構築を目指すものであります。……明代に出現した『奇門天書、地書』から明代以前の遁甲と決定的に大きな違いをもたらし、明代の奇門遁甲を大きく発展させたと考えられます。奇門遁甲に対する常識がなくなっている今『奇門遁甲』を世に問い、中国の本当の奇門遁甲の実情を認識してもらうのが本書の目的であります。
二〇〇〇年 十月 霜降 北京於いて筆者記す
『奇門遁甲の研究』 目 次
はじめに 1 第一章 奇門遁甲の歴史と思想 遁甲と奇門遁甲は異なる占術であった 6
第一節 明代以前の遁甲の文献 奇門遁甲の源流 13
第二節 奇門遁甲の明史に残る文献 ほとんどの資料が散佚して残らない22
第三節 近代に残る文献 清朝が編纂した奇門遁甲と民間の奇門遁甲 27
第四節 門派の奇門遁甲の考察 各門派の特徴と実態 37
第五節 『奇門天書、地書』 門派に残された奇門遁甲の古典 38
第六節 奇門遁甲の源流 都天撼龍経八十一論の奇門遁甲の古典 65
第七節 『奇門大法』 私の奇門遁甲の集大成 70
第八節 『奇門遁甲止観』 天地、星門、宮神による吉凶一覧 79
第九節 『奇門大法心得』 『奇門大法』の再検討 83
第十節 現在の奇門遁甲の研究 易者の唱える奇門遁甲ばかりである 87
第十一節 風水との関連 『風水大法』『巒頭理気解』『風水薫徳賦』90
第二章 奇門遁甲式の作り方と考察 奇門遁甲の作盤方法 92
第一節 『奇門大法』の起例 92
第二節 奇門遁甲の判断パーツ 114
第三節 局数の求め方 121
第四節 地盤の作り方 138
第五節 天盤の作り方 144
第六節 八門の振り方 148
第七節 九星の振り方 156
第八節 八神の振り方 162
第九節 九宮の振り方 166
第十節 奇門遁甲の判断パーツの見方 171
第十一節 天地配合の吉凶 173
第十二節 星門配合の吉凶 174
第十三節 宮神配合の吉凶 175
第三章 奇門四十格 奇門遁甲の基本的判断 177
第四章 『奇門四十定格』 奇門四十格の拡大版 186
第五章 『三奇吉別歌』 冷戦後の奇門遁甲(科挙制度下の奇門遁甲) 206
第六章 選吉の具体例 筆者の用いた吉方位、他 213
第七章 結 論 新しい奇門四十格の提唱 222
第八章 奇門遁甲以外の吉方 243
第一節 子平年盤の吉方位 子平推命の喜忌を用いて求める吉方 243
第二節 紫薇月盤の吉方位 紫薇斗数の月盤で求める吉方 250
第三節 陽宅遁甲圖の吉方位 家相盤による家の間取りの吉方 252
あとがき 引用文献 255
定価:10500円 会員価格:10000円(税、送料込)
会員の方には、究極の吉方位を無料指導いたしますので、希望者は、八字(時間は分単位まで表記)と目的(願望、希望等)を明記の上、会に郵送して下さい。尚、12月25日から1月7日まで台湾に出張しています。
出版日時:12月16日に出版予定。
12月16日までに書籍代を振り込まれた方には、即12月16日に発送できます。
編集後記
会員の皆様の御意見、御感想、御希望がございましたら、会の方にどしどしお寄せください。
次号予告
連載「五術関連資料の考察」 六壬の明史に残る文献
新刊案内『紫微斗数の研究』『紫薇大法(梅素香)』と『王文澤紫薇心得』阿藤秀夫著
他、多数。
「中国五術研究発展協会」連絡先、会費(年会費五千円)振り込み先
〒181-0002 東京都三鷹市牟礼4―17―13 ハイツトキワ106
電 話/FAX 0422(71)3925
第一勧業銀行 吉祥寺支店 普通預金口座番号 2165453 アトウ ヒデオ
中国五術研究発展協会報 冬季号《第二号》 中國五術研究發展協會著作集
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二〇〇〇年 十二月 八日 初版発行
定 価 非売品
著 者 阿 藤 秀 夫
発 行 者 阿 藤 秀 夫
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発 行 所 阿 秀 出 版
電 話/FAX 0422(71)3925
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落丁本・乱丁本はお取り替えいたします。