外来、質問(術後277日目)
Q: 3大成人病とは……。
はっきりしないので聞いてみた。
A: 心臓疾患、脳疾患……、もう一つ、なんだったけな。癌は入らないよ、若い人も多いから。3大成人病ねぇ、保険の関係で?
「いいえ、入院日記を書いているのですよ。それで……」。これは死因で考えるか、死者数で考えるかによって違ってくる。死者数では、癌、心臓、脳疾患の順だったかな。勉強不足で申しわけないけど、学生のころと今では世のなか変わったからなぁ。病気ではないけど一番多いのは事故死なんだよね。自殺も多いけど……。
Q: 腰骨の広いところは正式には何と呼ぶんですか?
A: 顴骨(かんこつ)とか腸骨。骨盤骨でもいいよ。広い骨の部分で言えば腸骨という。この骨も3つくらいの骨でできている。
Q: 胃がなくても魚の小骨など食べて大丈夫?
A: 腸液がある程度分解するので大丈夫。でも、よく咀嚼するのが一番大事ですよ。
Q: 腹部縫合部の一部分にコロコロとしたケロイド状が……。
A: これは埋没法の段違いだと思う。少しかゆいことがあると思うけど問題はない。
毛髪2(術後291日目)
3回目の退院後1か月あまり(抗癌剤投与の45日後)で、抜け毛は止まったようだ。今回の脱毛期間は長かった。抗癌剤が前回より少なかったせいか、毛根は大分頑張り、スパッとは抜けなかった。粘りにねばったすえの脱毛であった。毛根は水分の切れたモヤシの根のように、ひょろひょろと先細りし、びりっ、びりっと音をたてながら抜けてきた。痛くはないが哀れであった。
腸液の逆流(術後292日目)
夜明け前と起床前に腸液の逆流があった。うがいをしても、水を飲んでも灼きつく感じは収まらない。このところ逆流現象は少なくなったが、薬で完全に押さえるのは無理なのか。夜間目覚めたときなど、兆候はないか気になることが多い。苦さが口に、喉の奥に残っていないか……。命に別状あるわけではないが、些細なことにも気をつかう。でも、私なんか幸せ者だ。苦しんでいる人は大勢いる。命にかかわる状態の人も多い。それを考えれば逆流くらいで愚痴っていては罰があたる。
質問2(術後301日目)
血液検査結果
腫瘍マーカー 標準値内で問題なし
白血球 31 (薬の服用をやめる)
血色素 10.9 (もう少し薬を続ける)
主治医 11月で術後1年になる。総チェックをやろう、それで充分だと思う。
食事も、気にしないで出来るようになった。立ちくらみ、めまいも大分よくなってきた。
私は事情の許すかぎり毎日45分から1時間半の散歩をしている。これが良いようである。人には、それぞれの事情がある。だから一概に運動をしたらいい、なんて言えない。
そこで先生に聞いてみた。
「少し無理しているかな、と思っているんですけど、どうでしょうか」
「どうでしょうか、なんてものじゃあないよ。それが出来なくてみんな困っているんだから……」
「血液の方も大分よくなったと思うので……、小旅行なんかも考えているんですが……」
「小旅行なんて言わずに2泊でも3泊でも大丈夫。なんなら1週間でも2週間でもいいよ。必要ならその分の薬も出すから」
「いやいや、今すぐにというわけではないんです。行くときには前もってまた相談させて下さい」
「国内だけじゃあなく、外国だって行けるよ」
外国でもいい……、と。でも外国は無理だ、と自分は思っている。先生の話に、春の陽に包まれたような気がした。
質問3(術後320日目)
手術後の退院直前に、看護学生の教官に質問し、見たことがないので分からない、と言われた胃壁の厚さに関する質問である。そのときは、病理検査の結果報告のときに主治医から聞こうと思っていた。それが伸びのびになり、今日になった。
「先生、胃壁の厚さは、どのくらいあるものですか。重量も知りたいんです。本には1.5キロ前後あると書いていますが……」
「ない、ない! そんなにはないよ。特に田中さんの場合、体脂肪が少なかったから。普通、胃のまわりに、くっついている脂もあるので、そのくらいになるけれど、ほかの臓器を含めても1キロちょっとくらいだったと思うよ。摘出した臓器の重量は記録してないんだよね」
「なぜ? ……手術前の体重があって、摘出した臓物が何キログラム。手術前の体重から、摘出した重量を差し引いたものが、本来の体重だから、そこまで戻したいと……」
「そうそう……。みなさんそう考えるんですよね。でもね、抗癌剤の副作用で栄養が十分には摂れなくなるんですよ。それで理屈どおりには体重は回復できないんです。いや、体重が減るんです。これが普通なんです。でも、もう食べられるようになったんですから、徐々に増えてきます。心配は無用。……そうそう、胃壁の厚さは、1センチくらいかな」
1センチもあるのか。粘膜層から漿膜まで、そんなに厚いとは知らなかった。もっと薄いと思っていた。厚さが1センチもあると聞けば、粘膜層から漿膜までを、癌細胞が冒していくには時間がかかるというのが納得できる。でもそれは普通の人の場合であるが、私の癌は進行の早い胃癌であった。漿膜まで達していながら、すぐ下にある膵臓には浸潤していなかった。手術直後に前の主治医から聞いた「大丈夫でしたよ」の声がよみがえる。よかったよなぁ本当に。いま考えても、二度とあり得ない幸運だった。もしも癌が膵臓に食い込み膵臓の切除手術が行われていたならば、今の安定した私はなかったと思う。
「よく分かりました。少し涼しくなったら、のんびりと気分転換に出かけたいと思いますので、よろしくお願いします」
「田中さん、一つ、今度はこちらから質問したいんですが……、ああ、よろしいですか。……いままで検査機器や腫瘍マーカー、血液検査結果、薬剤など大分専門的な質問も受けましたが、なにかに使われるんですか?」
「いやいや、たいしたことではないんです。実は入院する前から、分かる範囲で記録をしておこうと思っていたんです。それでお聞きしたこと、感じたことを入院日記に書いているんです。退屈しのぎもあります。エッセーの2つか3つ書ければいいな、と思っているんです。いろいろ細かい質問をしてすみません」
「そうだったんですか。どうしてかな、と思っていたんですよ。パソコンの持ち込みも、そのためだったんですね。……エッセーが出来たら読ませて下さいよ。……だったら、これからも遠慮しないで質問をしてください。分かるかぎりはお答えしますよ」
「読ませて……なんて、はずかしい。この病気、どんな経過をたどるのかな、という好奇心もありまして……」
「なにか目標をもって、その日その日を過ごすというのは、闘病生活上大事なことですよ。応援します、頑張りましょう」
ほんとは、2つや3つではなく、一部始終、主立ったところを、すべて正直に書こうと思っている。
だから、読ませて……と言われるとちょっと気が重い。医師や看護師、病院にとって都合の悪い部分も書くつもりだから。
実は、同人誌「獏」にはもう書いている。小さな同人誌だから読む人も少なく、問題はない。けれども万一ということもある。プライバシー問題、名誉毀損、損害賠償訴訟には気をつけている。もし、書いたものがこの病院の関係者に読まれても問題が起きないようにと気を使っている。問題を起こさない自信はある。
自信はあるけれど、はい、これがそうです、と主治医に同人誌をさしだす勇気はなかった。
体重 48.4キロ(退院後2か月で2キロ増えた。しめしめ。こ のまま回復して
行けばば50キロ超はそんなに時間はかからない……)
脱毛:抗癌剤(第2回目。今から2か月前)の副作用による脱毛が ようやく止まる。