|
1996年6月の井戸吉グループによる一斉移動の舞台は、滋賀県でした。たまたま大阪に赴任していたのですが、日頃お世話になっていた「北摂井戸吉」グループにお誘いをいただき、高島郡マキノ町移動に飛び入りで参加させていただく幸運に恵まれました。ご一緒させていただいたのは、以下のような6mでは名だたる各局でした。 ○JF3ISN 江村さん ○JA3UAD 中村さん ○JG3XTZ 小川さん ○JF3NPA 仲間さん 「北摂」グループの担当は、滋賀県の北部の高島郡でした。滋賀県は、真ん中に琵琶湖があって、ドーナッツを南北に引っ張ったような形をしていますが、その北のはずれが高島郡です。マキノ町というのは、別に漢字が変換できないのではなくて、そういうカタカナ表記の名前なのです。どういう由来なのかは知りませんが、なんか変ですよね。 その高島郡マキノ町も北のはずれ、福井県との県境の乗鞍岳の稜線が移動ポイントでした。よくこんなFBなロケーションを探してきたよなぁというようなところでしたが、折からの悪天候の中、右にオシッコしたら太平洋、左なら日本海という分水嶺は、強風と濃霧に包まれていました。 上の写真には、パジェロと10mポールにあげた7エレ八木が写っている筈なんですが、何だか完全に意味不明ですよね。後方には、某NTTの中継アンテナ施設があるのですが、全く見えない状況で、別にアブナい写真なもんでモザイクかけてる訳ではありません。(充分にアブナイという説もありますけどね!) 下の写真の方が、少しはマシかも知れません。パジェロとランクルと2張りのカマボコ型テントが写っているのがお判りでしょうか。とにかく、外に出れば,瞬時に全身ズブ濡れになるという状況でした。夜になると、とにかく真っ暗闇で、就寝に入って電気を消したテントの中は、鼻をつままれても判らないような状態で、外を吹き抜ける風の音だけが大きく響いていたのが強く印象に残っています。 こんな状況の中で、2日間通算で400局を越える交信を果たしました。小生も100局を越える局から呼ばれまくりました。「みんなが待っているから、行く!」と言うと義務感ばかりのように聞こえますが、自分たちも充分に楽しみながらの「移動サービス」ということの意味をはじめて教えていただいたように思います。 ちょっと大げさですが、これが、小生の「移動運用の原体験」だと思っています! このホームページをご覧の方の中に、「7M2WNR/3・高島郡移動」にお呼びいただいた局がおられたら、みなさんの熱い迎撃に本当に感謝しています! |
|