関西赴任時の移動



 阪神淡路大震災の余燼の残る関西の地に赴任したのは、1995年4月のことでした。その前から関西にはかなり出張することもあり、なまじ知らない街ではないつもりでしたが、あまりの変貌に「廃墟」っていうのはこういうものなのかとショックでした。
 翌年の9月までの1年半を、大阪市東淀川区の阪急京都線の上新庄駅の近くの1DKのワンルームマンションから、福島区のプラザホテルの近くにある勤務先に通っていました。単身赴任でしたので、生まれてはじめての一人暮らしを経験しました。気ままさやら人恋しさやらあって、関西で過ごす週末のほとんどは、京都観光と移動運用に過ごしました。
 上の写真は、大阪市豊能郡と兵庫県川西市の境にある「高台寺山」に登った時のスナップです。たまたま、能勢電鉄の駅から汗をかいて登っていったら、でっかいアンテナをあげている人達がいたので、挨拶にいったら、日頃お世話になっている3エリアのローカルさん達でした。どこにいっても、ローカルさんに恵まれているのは、本当に幸運なことだと感謝しています。
 下の写真は、今は広島にQSYしておられますが、府中に住んでおられた時にお付き合いをいただいていたJH4EMK・小竹さんにお世話いただいて、1996年の 夏に、鳥取県西伯郡の大山町でペディションディの1泊2日を楽しんだ時のスナップです。町名の通り、大山(だいせん)の山麓の爽やかな気候の中、「ポータブル4」を楽しむことができました。
 どこへ行っても、ローカルさん達にはお世話になりっぱなしですが、本当に、どうもオオキニです!



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