★ '99 東京コンテスト ★

西多摩郡檜原村から参加した1999年の東京コンテストの顛末です。
荷物満載で乗車定員1名と化した愛車パルサーを駆って、中河原の自宅を出たのは2日の9時頃でした。鎌倉街道から甲州街道に出た途端に大渋滞。日野橋の交差点から新奥多摩街道に入るまでに1時 間かかりました。その後も、熊川内出の交差点から睦橋までの渋滞もあり、結局、奥多摩周遊道路についたのは12時をまわっていました。いつもの倍かかった計算です。
当初から予定していた月夜見第2駐車場は、満車状態で露店まで出ている状態。カタクリの花を見に御前山まで行くハイカーで賑わっていたようです。やむなく、昨年も行った風張峠駐車場に転進した が、こちらもほぼ満車。しばらく待って、なんとか駐車し、近くの空き地に6エレ八木を4.5mにあげて運用したが、どうも飛びが悪く、結局、夕方になって、浅間尾根駐車場に7エレ八木を10mにあげました。
夜になったら、星が綺麗でした。新宿の副都心の明かりもよく見えました。持参した500ccのビールを10本程空けながらの前夜祭運用は24時過ぎまで続きました。誠にもってご近所ご迷惑様でした。にゃはは! m(__)m
さすがに標高1000mのロケで、車の中で寝たのですが、寒くて何度も目が覚めました。山をナメてはあきまへんでぇ!
朝7時頃に起きて、朝飯を済ませ、コーヒーを飲みながらコンテストの準備に入りました。まぁ、ALL−JAでは、「お祭りコンテスタ」に徹してしまったので、東京コンテストは、少し気合いをいれようかなと思っていました。
9時少し前から50.260MHz に陣取ってCQを出し始めたところ、開始直前に、武蔵野市のローカルさんからコールがあり、そのままコンテストに突入しました。もともと、開始から2時間はCQを出しまくる作戦でしたが、そこそこ呼ばれました。最初の1時間で当初目標にしていた120局には届かなかったものの、111局までいきましたから、名だたるイモオペとしては、良しとすべきでしょう。11時過ぎまでCQを出し続け、5分程コールがとぎれたところで、呼びにまわりました。
この後は、CQと呼びに回るのを30分程度で切り替え、13時頃の給油のほぼ予定通りに済ませました。12時前には1万点・50マルチを越えていましたが、さすがにそれからは局数もマルチも伸びなくなりました。それでも、1局呼ばれると100点以上アップするので、それを張り合いにして頑張っていました。府中クラブのメンバをはじめ、多くのローカルさんからの「援助交信」も大きな力づけになりました。
終了40分はCQを出し続けましたが、最後の15分間は全く空振りでした。呼びに回ればもう1局か2局か増えていたかも知れませんが、最後のフィニッシュにはこだわりたかったので、それで良いと思っています。詰めが甘いと言われそうですね!
 ○50MHZ 電信電話 410ポイント(272局)×60マルチ
                 = 24,600点
密かに目標にしていた25,000点には届かなかったものの、今の自分の実力ではこのあたりが妥当なところかなと思っています。
15時にクタクタになってコンテストが終わってみたら、コンテスタのMLでお世話になっているコンテスタ各局から声を掛けていただき、しばらくラグチューしました。こういう時が一番楽しいですよね。駐車場のはずれに2mの八木があがっているので、挨拶にいったら、あきる野市のローカルさんでした。昼頃に来てみたら、コンテストで忙しそうだったので、2mでQRVしていたとのこと。しばらくお話をしながら遅くなりすぎた昼食をとってから、撤収に入りました。
途中で、バイクの転倒事故等もあったりして、浅間尾根駐車場を後にしたのは17時近くになっていました。そういえば、コンテスト中も何回か救急車やパトカーがサイレンを鳴らして通過していました。帰路は、少しは覚悟はしていたものの、檜原村役場の数Km手前からの渋滞にみまわれ、武蔵五日市駅の交差点を通過するまで2時間以上掛かりました。結局、自宅に帰りついたのは、20時を過ぎていました。
草臥れ果てた2日間でしたが、少なくとも、非常に充実した密度の濃い時間を過ごすことができました。燃え尽きたぜ!(明日のジョーの最後のシーンぢゃ!)


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