風に吹かれて (1998年下期)



98年シーズン    (98-12-26)
98年は、いろいろな出来事の多かった1年でした。年初めからXYLの入院・手術があったり、娘の受験があったり‥‥‥仕事の方も休日に出勤になることも多くて、アクティビティの面では不本意な年でだったといえそうです。
もう若くもないのだから、いつまでもわざわざ山の上まで出かけて行ってまで「電話ゴッコ」でもないだろうと思わない訳でもないのですが、多分来年もやっているのですよ、このバカは! (^^;;
地名の由来    (98-12-14)
狛江市のロケハンにチャリンコで出かけて、地図を見ていたら、結構面白い地名がありました。
喜多見(きたみ)とか砧(きぬた)とか宇奈根(うなね)とか‥‥‥調布・狛江・世田谷は、昔の高句麗とか百済とかの大陸からの帰化人の文化が残っているためか、難読というのか、北海道のアイヌの呼び方をそのまま漢字表記で当て字にしたのとも違う、変わった雰囲気の地名があります。調布には佐須(さず)というところもありますし、狛江っていう市名そのものだって、ちょっと変わってますよね。
地名博士でも無いのに、ローカルさんからは、調布の京王閣競輪場の対岸には、「菅野戸呂」という地名があるけど何て読むのと聞かれたのですが、判りませんでした。矢野口の東から中之島の西にかけての一帯は、「菅(すげ)」という地名(川崎市多摩区)ですが、「野戸呂」は全く知りませんでした。 「のとろ」でしょうかね。何て読むんでしょうね。 (^^;;
そんなことを思って地図を眺めていたら、押立とか布田って言う地名が多摩川を挟んで両側にあることを発見(押立は府中市と稲城市、布田は調布市と川崎市多摩区)しました。地名って面白い!
狛江市のロケハン (^^;;    (98-12-14)
13日の日曜日に、娘のチャリンコ(娘のだからコギャルチャリ?)を借りて、多摩川の土手沿いのサイクリングロードを延々と走って、狛江市のロケハンに出かけました。自転車を漕ぐのも久しぶりでしたが、風も無く暖かかったので、気持ちの良いサイクリングを楽しみました。
調布市の国領で生まれて育った調布の「土着民」なのですが、20年ぶり以上で通りかかって見たら、周りの様子もすっかり変わってしまっていて、学生時代にひと夏アルバイトをしたことがある市民プールも改修されていて、ちょっとした浦島太郎状態を味わいました。
リグ(FT-690mII )とアンテナも持って行ったのですが、現地に着いてから、マイクを持ってくるのを忘れたのに気がついて、それでも、そもそもまともにQRVするつもりでは無かったので、あまり落ち込みもしませんでした。 (^^;;
肝心の狛江市の移動ロケーションは、幾つか目に付いたところはあるのですが、自動車で行くこと(駐車スペースが必要)を考えると、河川敷に入れる唯一のポイントである多摩水道橋と小田急線鉄橋の間の駐車場が候補の本命になりそうです。ただし、東西両方向を橋に挟まれていますので、決してFBなロケーションとは言えそうにもありません。やはり狛江市の移動サービスは簡単では無いようです。
なお、府中からずっと舗装路の快適なサイクリングコースが続いていたのですが、突然、砂利道に変わったなと思ったら。狛江市の境界でした。更に下流の方へも行ってみたのですが、砂利道がアスファルトになったと思ったら、住所表示が世田谷区喜多見に変わっていました。自治体の行政の違いを肌(というか車輪?)で体験しました。 (^^)
さてさて、それでは、来週の日曜日は狛江市移動だ!
くにたち    (98-11-30)
昨日の日曜日に「国立市」移動をやって、思い出したこと―。
ウソかホントか知らないけど、「国立」って、国分寺と立川の間にあるからついたって聞いたことがあります。ホントだとしたら、かなりいい加減にネーミングですよね。
印旛沼の西にあるから「印西市」とか浜名湖(あるいは、浜松かな?)の北にあるから「浜北市」とかっていうより、ずっといい加減かなぁ。
恐怖のコウモリ屋敷 RETURNS!    (98-11-30)
夜中の4時頃に頭の上でパタパタという音が聞こえるので目が覚めたら、部屋の天井の周りをなにやら黒いモノがヒラヒラと舞っていた。しばらくして部屋から出ていったので、起きてみたら、廊下の壁に小さなコウモリがとまっていた。タオルで取り押さえて、窓から放したら、暗い夜空に一目散に飛んでいった。
ツルなら恩返しに来るのだが、まだコウモリからのお礼は来ないなぁ。コウモリが部屋の中に入ってきたのは、今年2回目。
#やっぱり、府中はイナカぢゃ!
おぃおぃ、今頃なんだよ〜ぉ!    (98-11-19)
せっかく、東京UHFコンテストは頑張って多摩市移動で出るぞと決意表明していたのに、間際になって、急に仕事が飛び込んでしまいました。仕事自体は午前中に終わる見込みなのですが、そんな訳で、東京UHFコンテストのフルタイム参加は諦めざるを得ない状況になってしまいました。パートタイムにしても参加はしたいと思っていますが、自宅(または自宅の車の中からのポータブル1)になりそうです。
小生にとっては、とてもとても悲しい出来事でした。
星に願いを    (98-11-18)
獅子座流星群で、流れ星を見て思い出したのは、石ノ森正太郎の「サーボーグ009」─。
第1部の結末は、「死の商人」の魔人像型ロケットで大気圏外へ出たジョ−を追って、ジェットが飛んでくる。大爆発を起こすロケットから脱出するジョ−。助けにいくジェット。しかし、もうジェットの燃料は残っていない。地球へ落ちていく二人。大気圏突入で炎に包まれる。『ジョー、君はどこへ落ちたい?』‥‥‥場面は変わって、星空を見上げる姉妹。星が流れる。『何を祈ったの?』と聞く姉。『世界中は幸せになりますようにって』と答える妹。
#うるうる、感動巨編ぢゃった! 
獅子座流星群    (98-11-18)
今日の早朝、3時に目覚ましを掛けて、とりあえず、自宅の2階の東側の窓を開けて、空を見ていました。
数分たった頃、大きな流星がひとつ流れました。魔法使いに扮したミッキーマウスのタクトから飛び出したみたいにキラキラ光っているように思えましたが、お祈りをする前に、消えてしまいました。
本当に流れ星を見たのなんて、何十年ぶりだったですかね。なんだかそれだけで満足してしまい、またフトンに潜り込んでしまいました。
大きなお世話!    (98-11-06)
MS-WORD‥‥‥ 1と打つと2と返してくるし、英文スペルの役にも立たないチェックはするし、勝手にいい加減なインデントはかけてくれるし‥‥‥もうほんとに大きなお世話!
QRPer    (98-11-05)
ちょっと過激な言い方をします。
小生は、QRPerには随分迷惑しています。カスカスで呼ばれて往生することが多々あります。人によっては、QRPであることに甘えてるんじゃないよと言いたくなるような局だっています。正直言って、QRPは大迷惑であることを、かなりの頻度で経験します。
けれども、できる限りの敬意を払っているつもりです。多くのQRPerが彼らなりの哲学というか明確な(場合によっては、徹底した)ポリシーを持っていると思うからです。そして、趣味の世界である以上、そういう「コダワリ」が大事だと思うからです。
だから、QRP局とのQSLカードには、「貴局:××市QRP」を明記するようにしています。その程度の「敬意の払い方」かって言われそうですが‥‥‥。 (^^;;
まぁ、彼らは彼らで、山の上からガンガンCQ出してくる局は迷惑以外の何者でもないと思っているかも知れないし、あるいは、わざわざ山の上まで出かけていってCQを出しているということに敬意を払って呼んでくれているのかも知れないし、結局、アイコなのかなぁ。
「Your friends !」問題・その2    (98-10-30)
我が家の奥さんは、もはや完全に「無線ウィドー」と化しているので、無線には良い印象を持っていないのを通り越して、はっきりと悪意(ないしは敵意)を持ってるだろうなぁ!
#寂しい老後を予感する今日この頃である!
「Your friends !」問題    (98-10-30)
先日、いつもの多摩市で移動した後で、FARCの某メンバが近くを車で通ったけど、『XYLさんにこれ以上「あなたの無線のお友達は…」と言われるとマズイので、おじゃましませんでした (^^;』という発言がメーリングリストにupされたのが、この「Your friends !」問題の発端。
『この「これ以上」っていう部分が気になる...、「それ以前」の「お友達」は誰のことだったのだろう...』とか『XYLさんの「あなたの無線のお友達は…」の発言の「…」の部分には、一体どんな言葉が入るのだろうか』とか、議論が白熱。主な発言を拾ってみた。

私も、「これ以上」っていう部分私もこの部分に反応しました。私を含めて「あなたの無線のお友達は」一体どう思われているのだろう。すきねえ とか 気違い ならまだいいけど−−−−
それであれば、FARCメンバで「合わせてはマズイ人」の筆頭は、まず小生でしょう! (^^;;  (#そんなことに自信持って、なんなんだ!)
電話かけてきて「JA1XXXさんいらっしゃいますか」というのもイヤなんだそうです。「カタギの人に使うべきじゃない」って。
まー、××さんの奥様に限らず、ぼくの知る限り、あるいは経験上、良い印象を持たれるということはないですね。(キッパリ)
FDコンテスト    (98-10-20)
8月のフィールドデーは、参加種目を間違って「F50:電信電話・シングルオペ・50MHz バンド」で出してしまったことに、つい最近になって気がついて、思わず「ひぇ〜ぇ!」と叫んだのですが、誰とはいえない某コンテスト関係者からメールをいただき、JARL運用課に連絡してみたらとのアドバイスがあり、早速、電話してみました。
事情を説明したら、FAXか手紙で訂正内容を出してくれれば良いとの回答でした!
やった〜ぁ! (誰とはいえない某××さん、どうもオオキニ!)
non HAM    (98-10-16)
FARCの某OMは、自宅で奥さんとメールアドレスを共用しておられるそうで、全市全郡コンテストネタのFARCのメーリングリストもしっかり読んでいたとのこと。メンバーの得点一覧の画面で、高得点のメンバーを指さして「この人も、この人も、家族をないがしろにしているのね。」とおっしゃったが、OMさんはフォローできず、無言だったそうです。
#でも、高得点じゃないけど、家族をないがしろにしている人だって、約1名以上居るのだ! (^^;;
全市全郡コンテスト参戦! (^^)/    (98-10-07)
今度の全市全郡コンテストは仕事の予定があって諦めていたのですが、ひょんなことから、参戦できそうな状況になってきました! (^^)/
ただし、10月9日の午後に府中方面の出張は入れられませんでしたので、夕方大慌てで仕事を終えて、19時前後に帰宅してからということになります。事前の準備もできないので、府中市健康センタ前の多摩川の河川敷から出ようかと思っているのですが、20時頃に駐車場に入れるのかが問題になりそうです。ダメだったら、翌日だけ、多摩市からの参加になるかな。
6m電話のシングルバンドの予定です。これなら、参加種目を書き間違える心配もない! (^^;; 真っ暗な河原に、果たしてアンテナはあげられるのだろうか?
とりあえず、Good luck in the contest !
数理科学科?    (98-10-06)
大学の同窓会事務局から「数学科・数学会創立50周年記念総会のご案内」というメールが来たので、何となく見ていたら、学科の名前が「数理科学科」とかに変更になったようなのである。
これって、何????  いつ変わったんだろう????  (?_?)
アカデミズムとは縁が切れて久しい(ハナから縁なんか無かった?)けど、数学の領域も益々多様になって来ちゃったってことなんでしょうかねぇ。これも「ご時世」ってヤツなんでしょうかねぇ。
なんだか、寂しいなぁ!  と、ふと思った。
目玉クリップ    (98-10-05)
昨日(10/4)の日曜日は、大破したタイヤベースほかのメンテナンスを兼ねて、聖跡記念館の駐車場に出かけたんですが、アンテナのエレメントをブームに固定するために取り付けてある目玉クリップが錆ていたので、6個とも交換しました。
捨てようと思ったのですが、赤錆だらけになったのを見て、約2年間、雨の日も風の日も移動現場でよく頑張ってくれたんだなぁと思ったら、捨てるに忍びず、結局持って帰って来ちゃいました。
#こうやって、ガラクタが増えていくのである!
ひぇ〜ぇ! (^^;;    (98-10-03)
8月のフィールドデーコンテストのQSLカードを書いていなかったのを思い出して、ログシートを引っぱり出して、何の気なしにふと見て、 ひぇ〜ぇ! ('o')
今回は、FARCメンバと一緒に、珍しくマルチバンドで参加したのに、サマリには「50MHz電信電話シングルバンド」と書いてあった。ZLOGのデータをいつものままで訂正するのを忘れていたらしい! これで、44K点パーぢゃ!
FARCメンバの怒る顔が目に浮かぶ! 困った! 困った!
フジインのタイヤベース    (98-10-01)
この間の奥多摩移動で10mポールが倒れた時に、大きく歪んでしまったタイヤベースですが、フジインダストリーに電話したら、底板部分だけ売ってくれるというので、早速頼みました。5K¥+送料・消費税でした。
最近、一回り大きな頑丈なのを出したとのことで、勧められましたが、仕様諸元を聞いたら、重厚長大で値段も倍以上なので、止めときました。あんまり頑丈だと、今度はポールが折れるか、車が壊れるかぢゃ!
今日あたり、宅急便で届くようです。 これで、また移動に出られる! (^^)/
超A過変調 m(..)m    (98-09-28)
西多摩郡檜原村移動キャンプでのこと。
雨に降られて寒いので、酒をガンガン飲んで、調子に乗ってCQを出していた。後になって、A過変調モードで出ていたと、あるローカルさんから鋭い指摘を受けてしまった。無線の上で判る位に、相当にヘベレケだったらしい。今ログを見直してもミミズがのったくったような文字が並んでいる。
標高1000mからA過変調やったんじゃ、関東一円から人間扱いしてもらえなくなること必定かなぁと思う。 困った、困った!
#と言いながら、懲りずにまたやるのですよ、この馬鹿は!
ハスキーの野犬    (98-09-28)
奥多摩周遊道路でのキャンプのこと。
朝、寝ぼろけマナコでコーヒーを飲んでいたら、なにやら、後ろで気配がするので、振り返ってみたら、シベリアンハスキー(犬)が2頭いた。首輪はしていたが、雨に濡れて、薄汚れていたし、まだ道路オープンする時刻ではなかったから、たぶん野犬化しているのだと思う。
以前に、飼いきれなくなった犬を捨てしまう馬鹿者がいるというのは耳にしたことがあるが、たぶん、それなんだろうかと後で思った。残飯をあさってから、2頭で奥多摩湖の方へ下って行ったが、車にでもハネられなければ良いがと思った。1日中、嫌な気分だった。
10mポールが倒れた!    (98-09-28)
9月26日・27日に1泊2日で、西多摩郡檜原村移動に出かけました。例によって奥多摩周遊道路の月夜見第2駐車場の1泊2日でしたが、雨にたたられて、寒くてメゲました。やはり、標高1000m超の山の中ですね。
ところで、10mポールが倒れました!
雷が遠ざかるのと雨が小降りになるのをビールを飲みながら待って、7エレをあげたのですが、気が急いていたのか、ステーの仮張りをしませんでした。もっとも、今までもそれでも問題なく立てていました。雨でステーのクレモナロープが絡んだりして、ステーを張るのに手間取ったのも原因だと思います。ステーを張りながら、ふと振り返ったら、アンテナが大きなお辞儀をしていました。
どひゃ〜ぁ! 思わず叫んじゃいました! 反対方向へステーを握って走ったのですが、間に合いませんでした。一瞬、タイヤベースを踏んでいる車のタイヤが浮き上がるのが見えました。アンテナが立ち木に止まったので、完全な倒壊は免れました。エレメントは目玉クリップで固定しているので、脱落しただけでした。 立ち木に横向きに倒れたのが幸いしたのか、アンテナは無事でした。ポールもどうやら無傷のようですが、タイヤベースは修復不能と思われる位に歪んでしまいました。
ふと、「支点−力点−作用点」とかっていうのを、小学校の理科で習ったのを思い出した!
  各位もご注意あれ! (って、そんなのオレだけか!)
キャンディーズ    (98-09-17)
この間、「スーパーTV」とかいう番組で、キャンディーズの特集(というか解散秘話)をやっていた。あんまり懐かしくて嬉しかったので、家族のブーイングもものともせず、最後まで見てしまった。
伊藤蘭・田中好子・藤村美樹のトリオがデビューしたのは、小生が大学生になってからだったと思う。年下の男の子・春一番・暑中お見舞い申しあげます・ハートのエースが出てこない・優しい悪魔・アンドゥトルゥ・微笑み返し‥‥‥歌は決して上手くなかったけど、なんだか好きだったなぁ。あのまんま解散しなければ、少なくとも「かしまし娘」を継げたのに!
解散したのは、社会人になって3年目に入った直後だった。ちょうどその一年前に結婚したのだけれど、入社したてで給料が少なくて、残業が50時間以下だと、食っていけなかったもんなぁ! マスコミ関係の会社(どこかのTV局だったと思う)のソフトウェア開発を担当していた友人のツテで、後楽園球場(ビッグエッグになる前)のコンサートにも行けた。後楽園のコンサートなんて、グランドファンクだったかシカゴだったかとキャンディーズくらいしか、行った記憶が無い。
我が身に写して、いろいろなことを思い出した番組だった。今年は、1998年‥‥‥三億円事件から30年、キャンディーズ解散から20年。思えば、遠くへきたもんだ!
必見!コンテスト会議室    (98-09-11)
もう落ち着いてしまっただろうと思うのですが、最近しばらく、FHAMのコンテスト会議室がみものでした。
JA1***のOMさんが「コンテストからCWを排除しろ」とupしたのをキッカケに大議論というより泥仕合となり、「若い人がCWをやっているのを見るとおぞましい」だの「何様のつもりだ」の発言まで飛び出し、はては、Debateを「デビート」と表記したのは間違いで「デベート」が正しいだのとアゲアシの取りっこにまで発展していました。
「お上品」なFHAMにしては実に珍しいことと言って良いことだと思いますが、傍観している分にはなかなか面白い見世物で、久しぶりに腹を抱えて笑ってしまいました。niftyに加入している方には、必見ハナマルお勧めです。
#今、コンテストが暑い!
3億円事件    (98-09-04)
3億円事件から7年後の昭和50年の12月10日の時効の日は、テレビ各局が生で中継をやっていました。この日も大騒ぎでした。
この頃、三億円事件に引っかけたTVドラマ「悪魔のようなあいつ」というのが放映されていました。主演は、沢田研二だった! 主題歌は、「時の過ぎ行くままに」‥‥‥。 (^^)V
#なんだか、妙〜に詳しい!
3億円事件30周年    (98-09-04)
その事件が起きたのは、昭和43年12月10日。薄曇りの空の下に木枯らしの吹く午前中のことだった。事件直後、ヘリコプタが何機も頭の上を飛び回っていたのを覚えている。私はその時、第1事件現場から100mと離れていない高校のグランドでサッカーボールを蹴っていた。学園紛争やら安保やら、世の中が賑やかになり始めた頃だった。3億円事件‥‥‥。
したがって、今年は、3億円事件から30周年という実に記念すべき年に当たる訳である。自分自身に対するいろいろな思い入れや感慨もあって、記念QSLカードを発行することにした。常識家のみなさんからは大ヒンシュクだろうが、受け取ったら爆笑していただければ、この上ない幸いである。 (^^)



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