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2004.8.9 硯の海に投稿した文章

【しつこく盛大に続く幸華会】

48回生(昭和49年卒業)の同期会は「幸華会」という。この幸華会、今年2004年3月にちょうど卒業30周年を迎えている。年齢は48歳から49歳(たまに50歳)という、まあ社会的に円熟した歳で、そろそろ新聞の字が見えにくくなってきたぞーとか言い始めるくらいの年齢である。生まれは昭和30年から31年で、もう戦争のことが語られることも少なく、団塊の世代の少し後で、高度経済成長よりは少し前で、まあ日本としては少し世の中が落ち着いていた時代かなって頃の生まれあり、小学下学年で東京オリンピック、中学で大阪万博、そして青春時代はフォークソングで長髪とジーパンって世代である。
そんな48回生であるが、この幸華会次の2つのことを「自慢」することができると思う。
(1)きちんと2年毎に同期会を行っている。
(2)幸華会のホームページを持っている。

同期会は、まず卒業3年目に「第1回目」を開いて79名が出席している。当初はオリンピックの年毎に同期会を開いていたようであるが、どうも4年毎だと住所不明者が増えてしまうとかいう理由で、卒業10年頃から2年毎に同期会をやろうってことになり、以後ずっと続いている。幹事は、1組→2組→3組・・・・→6組と途切れることなく回ってくるというシステムで、先回の幹事は2巡り目の4組担当であった。ということは少なくともこのシステムが10回20年間機能しているということである。いやあ、なかなか真面目というか律儀といっていいだろう。
幸い、同期生同志で結婚して門司栄町で「ドーベルマン」というスナックを開いている夫婦がおり、そこが48期生の「母校」ならぬ「母港」的な心のよりどころになっている。もちろん同期会の2次会とか3次会とかはそこに集結しており、遅くまで気兼ねなく騒ぐことができる。
こういう会はある程度決まった人間が「常連化」していくものと思うが、実際卒業以来ほとんど皆勤賞状態の人間が何人かいて会を支えてくれている。私はというと、20年間くらい「ご無沙汰状態」で、40代になった頃に突然思い立って出席し、その後はなんとか出席しているという程度の怠け者である。ほんとにこの同期会を30年間支えてくれた仲間(常連)には感謝している。
この幸華会、別に「関東幸華会(仮称)」というのもあり、少なくともここ6〜7年毎年東京で同期会をしていると聞いている。なかには門司からわざわざその東京の同期会に出席する人間もいるらしい。ということで、卒業後の30年間に合わせて20回近く同期会を開催してきたのではないかと思う。仲がよいというか、宴会好きというか、しつこいというか、不思議な48期である。

一番最近に門司で行った同期会は、今年2004年1月2日(東京は7月23日)に門司港ホテルで行ったものである。題して「卒業30周年(マイナス2か月)記念同窓会」。そう、記念すべき節目の同期会であった。案内が来た時、「おお、30周年かあ、こりゃあなんとしてでも出席しなくっちゃあ!」って感動したものである。で、その時の出席者が先生3名を入れて32名。卒業時264名+先生6名であるので、出席率は約12%である。まあ、30年も経っている割には多いとも言えるし、記念年にしてみればちょっと寂しいとも感じる。うれしいことに毎回先生方が何人か出席していただいている。ほかにもいろいろな卒業生がいることと思うが、このしつこい48期にずっと付き合っていただいてほんとに感謝している。

さて、この記念同窓会で決議し、「卒業30周年記念事業」として我が幸華会のホームページを今年1月4日に立ち上げている。同期会の場で指名されて管理人は私が仰せつかっている。私は個人的に4年前からホームページ作りを趣味としており、それが今現在30万カウントを超えているという「オタク」なところが管理人指名の理由のようである。
幸華会のホームページは、8月初旬の今現在2000カウントを少々超えたところである。まあ、同期会のホームページであるので他人が見るわけでなく、そんなにカウント数は増えないとは思うが、たぶん同期の者が少なくとも毎日10人くらいは覗いてくれているので頼もしく感じている。ホームページの内容は、投稿・掲示板・同期会の報告・同期会出欠はがきに書いてあったみんなの近況などである。掲示板に同期の者がいろいろ書き込んでくれるので、門司を離れている私(姫路在住)にも「門司の雰囲気」や「門司高校の変化」さらに「関東同期会のこと」などが少しずつ伝わってくるのが楽しみである。通常、同窓会のホームページは立ち上げた時は面白がって皆見に行くのであるが、そのうち飽きてしまってアクセスも更新もない、さびしいホームページになりがちである。だからそうならないように「何かホームページの新しい企画はないか」などと考えつつ日々を過ごしていきたいと思う。このホームページの管理人、ちょっと大げさだが、どうやら私のライフワークになりそうである。

ということで「48期のみんなー、同期会とホームページをしつこく盛大に続けようぜー!」
  ●48期「幸華会」ホームページ http://homepage3.nifty.com/7neko/


●大雪の1日 投稿者:門高生の母  投稿日:2004年 1月22日(木)17時29分25秒

久しぶりの大雪。雪国の人から見れば「これ位」かもしれませんが門司区の人にとっては年に数回あるかないかのビッグイベントです。
子供は張り切って朝から雪合戦。わたしも今日はマイカーではなく歩いて職場まで行きました。
静かな町をコートを着てなんだかちょっと嬉しい気分でした。
2時間目早めに終えて子供達と一緒に雪合戦をしました。まだまだ私に投げてくる子がいて、投げ返すのも楽しいものでした。
何時もより早めに給食を食べ、1時から集団下校。台風の時もそうですが「集団下校」というと必ずはしゃぎまわる子供がいます。何時もと違う日常の楽しさみたいなものがあるのでしょう。
門司高校も、朝講習中止、クラブ活動中止で、何時もより早く帰ってきた息子はゲームを楽しんでいます。明日の臨時休校を期待しているのは小学生も高校生も同じです。(実は私も)
それほどの雪なのに前から予定していた新年会に行く私ってやっぱちょっと馬鹿ですね。今日はあまり飲まないようにして、緊急連絡網をもって(臨時休校の時の連絡用)出かけます。
まつお君写真ありがとう。ちょっと遠くから見えるくらいの写真でちょうど良かったな・・・。


●門司高校情報その3 投稿者:門高生の母  投稿日: 2004年1月18日(日)11時32分30秒

おっくんへ江戸川は食堂もやってるようです。わたしは車でしか通らないので表の肉屋しか見えませんがわたし達のころと同じ様に食堂もあるみたいです。 
それから門高グランドの裏門、これは今は開いていません。門は1つだけで裏道を通る生徒も最後はみんな正門からしか入れません。管理云々難しい世の中になったせいか、入学するとすぐに通学路についての指導があります。バスを降りてからの横断歩道の渡り方までプリントが配られ、みんなちゃんと守っているのがびっくりです。それから、入学式。入学前に校歌のCDが配られ覚えてくるように指導されます。息子はあんまり覚えてませんでしたが、娘2人はしっかり練習して入学式に望みました。新入生と在校生とで大きな声で校歌が歌われるのは嬉しいはずなのですがなんかちょっと?という気がしました。職員の紹介の時に1人1人が日の丸に深々と礼をしながら壇上にあがっていく姿にもびっくりしました。本とに「管理」の行き届いた学校になってしまいました。わたしの思い出ではもっと自由だった気がするのですが。
もっとも学校自体、世の中全体が管理社会になったのかもしれませんが・・・
かずおさま手術成功おめでとうございます。ホームページ楽しみに見ています。


●門司高校生の母 投稿者:美樹子  投稿日:2004年 1月17日(土)10時18分0秒

前回投稿とメールの違いがわからずちゃんと転送してくれてありがとう。せっかくの休日、朝早くからシンケン模試ということで息子の弁当作りに起きたのに、風邪のため欠席。こんなことなら起きなければ良かったと思いながらパソコンを開きました。わたし達の時に50周年だった門司高校も、去年は80周年行事がありました。なぜか、わたし達の時と同じ「畑中良輔」さんという人のオペラがあって記念に色々なものをもらって帰りました。その中の創立80周年史は、450ページもの分厚い本で、48回生からはYANAGINO君が、「サッカー部誕生の顛末」という文を書いてくれてます。わが娘は2人ともそのサッカー部のマネージャーを務め、練習場所がないための苦労を(毎週末よその学校で練習試合)経験し「親の会」では、かざし山の空き地のことを話す人もいました。
30年経って変わったことをこの前書きましたが、変わらない事もあるなってことです。それから、「中学通り」の商店街は軒並み店を閉め、帰りがけにお好み焼きやかき氷を食べた店ももうありませんが、「江戸川」という肉屋さんだけは健在で息子は時々「からあげ」(フライドチキンではありません)を買ってバス停まで食べながら帰るようです。先週門司学園中学の抽選も終わりうちの学校からも7人ぐらい(うちの6年生は80人くらい)近く通ったようです。6年担任ではないので詳しいことも分かりませんし、担任ですらノータッチで学校としては結果を聞くだけです。門司高校はそのままあの狭い運動場で高校生を受け入れ、新中学生は今、北校のある新門司さるはみで中学生活を送るようです。この子達が高校に入る3年後に「門司学園中学高校」の1年から6年までがそろいます。どんな学校になるかは教員としても、卒業生としてもとっても興味のあるところです。


●近況   投稿日: 2004年1月12日(月)08時59分7秒

>娘の成人式と、息子のラグビー部新人戦のため、朝からばたばたしています。その隙間の時間を使ってメールします。
>7年前に長女、5年前に次女、そして昨年息子が門司高校に入学しました。自分の高校生活を思い出しながら、時には母の目で、時には卒業生の目で、時には教師の目(今、門司区内の小学校教員をしています)で門司高校生を見ています。

>変わった部分について少しお知らせします。
@学校行事がとても派手になってきた。
 運動会、文化祭、毎年あってその練習や準備、特に娘2人は生徒会をやってたせいもあって連日遅くまで、あるいは日曜、夏休み心配するくらい没頭していました。もちろん、「打ち上げ」なるものも多く、ケー帯は生活必需品でした。
A女子の制服が変わりました。
 門司区で一番かわいいと自慢の制服です。でも、なぜか冬のコートだけは私たちのころと同じで、その「ダサさ」に、3年間で2回くらいしか着ませんでした。温暖化であまり寒くないということもありますが・・・
B保護者が学校に行く場面が増えた 
 運動会に始めて行った7年前、保護者席というのがあるのに驚きました。それ以上に多くの生徒が親と一緒に食事をしているのにもっと驚きました。(我が家はさすがにまだ1度もしていません。
部活やチアガールで忙しいということもありますが)文化祭には昨年初めて、教員として(中3の教え子から誘われた)行きましたが、やはりびっくりするくらい多くの保護者が来ていました
 学期末の懇談会も必ず出席というか殆ど義務付けられた感じです。ついには昨年末授業参観までありました。さすがに興味はありましたが、仕事を休んでまで行く気にはなりませんでした。
 
>ほんのちょっとのつもりで書き始めたのですがいくらでも書きそうなので、今日はこれまでにしておきます。もうすぐ、息子のラグビー応援に八幡高校まで行きます。Mかよちゃんの息子も同じクラブで先日も大里高校での練習試合を一緒に見てきました。やっぱ,これも過保護かな?昔じゃ考えられないよね、親が見に来る部活なんて・・・


●びっくり!ホームページ 投稿者:美樹子  投稿日:2004年 1月 6日(火)21時39分59秒

飲んだ勢いで「ホームページが何とか・・・・」とか言ってるとか思っていたら「あ!」という間にホームページの卵が出来ていて「すごい」の一言です。「最後までパソコンを買わない人」と言われ、やっと一昨年の夏休みにパソコンを買ったばかり、ワープロの使い方は知らないまま、いまだに「ケー帯持たない宣言」をしている私としてはこんなに短期間にホームページが出来るなんて「世の中にはすごい人もいるんだ」とただただ感心して読ませてもらいました。メールが届くときの「プシュン・・」という音が大好きな私にとって、「嬉しいお年玉」になりました。同窓会精勤賞の地元民として、このホームページがいつまでも続くことを祈ってます。
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