海軍行田無線通信塔
自宅から1キロ。最も近い戦跡である。昭和16年12月8日、太平洋戦争(アジア・太平洋戦争)開戦の初信第1報「ニイタカヤマノボレ」はここから発信されたのである。
現在は円形道路の中にマンション、団地、消防署、交番、小中学校に税務大学校・・・記念碑のみが往時を語る。
航空写真は国土交通省国土計画局の提供であり、現地の「現状」についてはSLYCROW氏主催の
STARS&ANCHORS
にゼンリンの地図として掲載されている。
写真左が往時の無線塔。昭和46年5月まで現地に存在しており、船橋ヘルスセンター(現ららぽーと)からの遊覧飛行でよく見えた。
写真右が現在の基地跡。ほぼ同じアングルであるが、60年の歳月を感じる。
記念碑
結局「これだけ」である。文化財化は難しかったとしても、鉄塔の1本くらい・・・無理な注文か・・・
航空写真