長崎有田ハウステンボスの旅
Travel of Nagasaki Arita Huis Ten Bosch
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2009.8.7
長崎、有田は現在では落ち着いた町ですが、江戸時代には海外との交易も盛んな場所でした。外国の文化や学問、産業などが最も早く取り入れられ、個性的な文化が育った魅力的な場所です。また西洋でも絶賛された、有田焼や伊万里焼などが海外に輸出された場所でもあります。それでは長崎有田ハウステンボスの旅を写真と地図で案内いたします。

《長崎くんち・龍踊りの様子写真》

《グラバー亭内部の写真》
休日に長崎有田ハウステンボスの旅に出ました。航空券とホテルのついた安いプランを見つけ、早朝横浜を出発しました。食事は付きませんが、フリープランで気軽に回れる気軽なツアーでした。豪華ホテルに2泊した割には、値段は安かったです。フリープランなので、自由にゆっくり回れるのが嬉しいです。

《大浦天主堂内部写真》
《大浦天主堂の写真》 《角度が微妙なオランダ坂写真》
横浜の家を出て10時過ぎには長崎空港に着きました。長崎空港は日本の飛行場の中でも最高の景色の中にあります。青く澄んだ大村湾の海の中に浮かぶ島になっています。ここから高速バスに乗って長崎市内に行きました。ここで長崎電気軌道(路面電車)の1日乗車券(500円)を買って大浦天主堂に行きました。以前来たときは工事中でしたが今回は良い条件で見ることができました。

《興福寺の魚板写真・素晴らしいです》

《興福寺内部写真》
長崎市内には中国風の寺院が多くあります。長崎興福寺に寄ってみました。隠元禅師ゆかりの寺で、多くの文化財も残されています。興福寺庫裡の入り口の下がる魚板(木魚)は見事なものです。一見の価値があります。興福寺は花の寺としても有名で、アジサイも見事です。

《アジサイの花写真》
長崎で忘れてならない花はアジサイです。初夏には長崎あじさいまつりが開催されます。アジサイは日本固有の品種で、江戸時代シーボルトがここ長崎で研究し、海外に紹介しました。シーボルトが日本で収集した標本などを元に出版された日本植物誌の中にもHydrangea Otaksa が描かれ紹介されています。Otaksa はもちろんシーボルトの日本における妻、楠木滝(お滝さん)を示しています。アジサイに妻の名をつけて紹介したのは、このアジサイに「特別な想い」があったのだと思います。シーボルトはシーボルト事件で日本から追放されますが、シーボルトは日本が開国後に来日して妻滝と娘イネと再会しています。そんな話をしながらアジサイを眺めるのも良いですね。(アジサイ咲く鎌倉より)
昼食はやっぱり長崎ちゃんぽん。食後山手のオランダ坂を歩きました。横浜の山手と似た雰囲気があります。近代日本の原点がここにあるようです。私の母はこのあたりで原爆に被爆しています。連れてきたいが、母は今体が不自由であるので、残念です。東山手十二番館で開港当時の写真を見た後、孔子廟と長崎中華街に行きました。
《長崎孔子廟の前写真》

《グラバー邸で記念写真》
長崎孔子廟も長崎新地中華街も横浜の中華街の雰囲気とそっくりでした。どちらも港町で国際都市として、外国の人たちとの交流で生まれた街だから当然かもしれません。外国文化を受け入れる姿勢が人々にあるのでしょう。文化交流の中から、個性的な文化が育っているのを感じます。近年ひどくなった外国人差別の報道や、差別的な政治家の発言に惑わされないようにしたいものです。EUのように日本の周辺諸国との交流がもっと自由にできれば良いと思います。

《中国風の崇福寺山門写真》

《崇福寺内部写真・中国風です》

《もうクリスマス》 《ルークプラザホテル》
夕方になり稲佐山にあるルークブラザホテルに着きました。ホテルからは長崎の市内の夜景がきれいに見えます。ホテルにはクリスマスの飾りつけがなされ、気分はもうクリスマスでした。
《2日目》
朝ホテルから長崎駅まで送ってもらいました。車内から昨日は気が付かなかった、建造中の豪華客船のサファイアプリンセス号が白く優雅な姿に見えます。昨年火災で焼けたそうですが、補修も終わりその巨体を横たえています。完成すると世界一の豪華客船になるそうです。かつての造船王国日本もこれを機会に復活して欲しいです。長崎駅のファーストフードでテイクアウトの朝食を買い列車に乗り込みました。格安旅行にはこんな工夫も必要です。列車は大村湾を左手に見て走る。晴れた空と穏やかな大村湾が青く光り、旅情をさそいます。早岐で特急に乗り換え有田に着きました。

《長崎駅で・早岐行の快速列車写真》《有田の案内板写真・有田焼でできている》

《有田の町並み写真》
有田は山間の街ですが、その名前は世界に轟いています。名工によって作り出された陶磁器は実用品としてだけではなく、美術品としても世界の城や美術館に飾られています。高校の修学旅行で初めてこの地を踏んだときには、「柿右衛門」「登り窯」などを見ても、「へー・・・」としか思いませんでした。今にして思えば先生は、日本の宝、世界の宝である有田焼を見て欲しかったのかなと思うとあのころの自分がはずかしいです。

《ドンバイ塀と江戸時代の古い墓や石碑写真》
《ドンバイ塀写真・廃品を活用した洒落た塀です》
上有田まで100円で乗れるコミュニティーバスに乗り、街を見学しながら、焼き物を見ました。今衛門窯や弥右ェ門窯を覗くと、安い割には柄がいいものがあるので、少し買いました。裏通りにはドンバイ塀といって使われなくなった窯から出たレンガを積み上げた塀があり、有田特有の景色になっています。(茶色の図鑑より)

《JR上有田駅写真》

《有田の裏通りの工場写真》
有田の裏通りを歩くのも楽しいです。江戸時代の古い墓や石碑などもあります。使われなくなった有田焼を焼いた釜を塀として再利用した、ドンバイ塀は有田の街の個性的な景色になっています。裏通りには古い工場などもあり、有田が長い産業の歴史を持った場所であることを教えてくれます。

《横浜開港当時の絵皿写真・香蘭社》

《素晴らしい柿右衛門皿写真・香蘭社》

《深川製磁の看板写真・歴史を感じさせます》
有田の街を歩きながら、焼き物店の店先やショールームを見てまわるのも楽しいです。香蘭社のショールームを覗いていると、横浜開港当時の絵皿が飾ってありました。明治時代初期に好まれた絵皿を見ると、明治初期の文化などもうかがえます。柿右衛門模様も江戸時代から現代まで少しずつ変化している様子なども知ることができます。

《ハウステンボス駅のハウステンボス号》

《ハウステンボスの写真》
有田を後にして、ハウステンボス駅に着きました。この土地は以前、南風崎と言い、戦後外地からの引揚者収容施設があったそうです。2年前に死んだ私の父は中国大連から引き揚げてきましたが、ここで仕事をしていたそうです。戻ってこない家族や友人に会えるのではないかと、ここでの仕事を選んだそうです。当時のここでの様子は相当ひどかったと聞きました。父のそんな思いが分かるようになった今、父はいません。この地はハウステンボスに生まれ変わり、テーマパークになっています。華やかなイルミネーションと素晴らしい施設があります。でもこの地にある歴史は忘れないようにしたいです。
今日の長崎・有田は素晴らしく満足できるものでした。ハウステンボス駅を出るとハウステンボスのきれいな明かりが見えます。この先になにが待っているか楽しみです。長崎有田ハウステンボス2へ続く
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