極楽寺切通しの光と影
Light and shadow of Gokuraku-ji temple slope
鎌倉に春がやってきました、鎌倉は春の花がきれいです
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2010.3.10
鎌倉には切通しといわれる、鎌倉に入る道があります。鎌倉は崖が、海を除く3方を塞いでいます。源頼朝が鎌倉に幕府を開いたのはこの自然の崖を城壁として利用するためであるといわれています。もちろん都市の機能を持つために物資の補給は必要ですので、鎌倉の入り口には馬一頭程度が通れる狭い切通しを設けてあります。この切通しは外敵が来たときに、砦としての機能を持つのです。切り通しとしては極楽寺坂、大仏坂、化粧坂、亀ヶ谷坂、巨福呂坂、朝比奈、名越坂の7つが主なものです。この切通しの中で、私がよく通る極楽寺坂を紹介いたします。(江ノ電極楽寺駅下車5分)

《成就院参道から見た由比ガ浜》
現在は極楽寺の切り通しは舗装道路となり、サーフボードを載せた自動車が湘南の海への抜け道として飛ばして行きます。その脇に細い成就院への参道がありますが、この高さに極楽寺の切り通しがあったと言われています。ここから由比ガ浜が望めます。とてもよい眺めです。鎌倉時代の旅人もこの景色を眺めたのでしょう。アジサイの咲く頃にはとてもにぎやかです。写真は2005年6月のものです。

《極楽寺坂の下にある力餅家》 《坂の途中にある虚空蔵堂》

《虚空蔵堂のアジサイ》
切り通しの坂の下には力餅家さんがあり、餅を売っています。これからの上り坂を前に食べると良いです。元気が出ます。坂を上っていくと、星月の井や虚空蔵堂もあり楽しめます。

《成就院参道入り口の仏様》

《成就院入り口のツワブキ》
当時の切通しの名残りとして、たくさんの野仏が残されています。この道をたくさんの人々が通り、ここで行き倒れた人もいたのでしょう。この仏様は今も私たちを見守っています。初冬の頃ツワブキの元気な色が眩しく見えます。

《成就院のナツツバキの花》

《初夏のサツキもきれい》
初夏の頃は成就院の境内にはナツツバキの白い花が清楚にさいています。成就院は気取りのない静かな寺院でゆっくりできる場所です。平安時代の開祖といわれている古い寺院です。

《極楽寺は鎌倉時代広い境内を持っていました》
鎌倉側から切り通しを越えると極楽寺が見えてきます。現在は静かな寺ですが、鎌倉時代に忍性が開山したころは壮大な寺で49もの支院を持っていたそうです。ここで製薬医療のほか救済事業もしており、薬を作った臼も境内にのこされています。このあたりはずいぶんにぎやかであったそうです。便利極楽寺成就院交通案内地図

《極楽寺近くの地蔵様》 《江ノ電極楽寺駅》

《江ノ電の利用が便利です》
繁栄を誇った鎌倉幕府もついに1333年5月18日に新田義貞から攻められました。その戦いは稲村ガ崎の戦いとして有名です。近年この攻防は極楽寺坂近くの仏法寺が中心であったことが、発掘作業から分かっています。5月20日仏法寺に陣取った幕府軍の防衛線に対し新田軍が攻め込み、21日深夜仏法寺の陣を奪いとりました。翌日22日は大潮で有利となった新田軍が海岸線と切り通しを通り、鎌倉に攻め込みました。このときの戦が稲村ガ崎の戦いで「剣を投げ、潮が引いた」となっているようです。敗走した北条高時一族郎党は東勝寺で自害しました。この戦は悲惨で今でもたくさんの人骨が発掘されています。鎌倉幕府最後の決戦がこの切り通し付近で行われ、多くの命が失われたのも歴史です。

《稲村ガ崎から見た夕日と富士山》

《湘南海岸のウインドサーフィン》
極楽寺からしばらく歩くと湘南の海が見えます。明るく輝く海です。サーファーやドライブの人たちでにぎやかです。今まで何人の人たちが極楽寺の坂を越えていったのでしょうか。これからも多くの人達が越えていくのでしょうが、無事に越えていって欲しいものです。
帰路に着く頃、夕日が沈むころでした。今日も湘南の海と富士山が美しかったです。(江ノ電稲村ヶ崎駅下車5分)
よろしかったら江ノ電で鎌倉湘南、鎌倉散歩も眺めていってください。
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