広島宮島の旅
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2009.10.14
私にとって広島は特別な街です。毎年高校野球の試合の前に行われる、平和祈念式典が夏の終わりを告げるからです。また母が長崎で被爆したので、母からその話を小さい頃から聞かされ「広島・長崎=原爆」のイメージができていました。私の中でなにか厳粛で「聖地」のような感じがしていました。今までに宮島には行くことがありましたが、平和記念公園には近づくことができませんでした。今回広島に宿泊し、街をあるいてなんだか、肩の荷が下りたような気がしました。「もっと早く来ればよかった」と感じた私の広島宮島の旅を紹介します。

《宮島厳島神社の大鳥居写真》

《厳島神社廻廊写真》
今治からしまなみ海道を経由して広島に着きました。広島は大田川のデルタに広がる街です。平野部には広島電鉄の路面電車がのんびりと走っています。高速バスは爆心地近くの、紙屋町に着きました。ここから宿舎の全日空ホテルまで歩くと、広い通りにしゃれた路面電車が走って行きます。

《旧式のチンチン電車写真》 《ドイツ製のグリーンムーバ》
宿に荷物を置き、広島電鉄の路面電車で宮島まで行くことにしました。広島電鉄の宮島フリーパスを840円で買い、電車に乗り込みました。紙屋町までは旧式の電車でしたが、ここからドイツ、シーメンス社製の新型車両に乗り換えました。これはシティーライナーとして開発されたもので、低重心で路面から楽に乗車できます。ドアにも安全性が配慮されていて、優れものです。

《広島路面電車写真》
この電車は低重心のために車輪のカバーが出っ張りますが、そこに座席を設けて車輪を感じさせません。また急カーブに対応できるように台車が短く繋がれています。また郊外に出ると、そのまま普通の鉄道と同じ高速運転ができるようになっています。その車両デザインには感心しました。日本の鉄道は今まで人と列車を明確に分離して、区別することに努力してきました。しかしこの列車は、都市の中心部まで入り込み、ステップもない路面から直接乗車できます。狭い道路にたくさんの自動車がひしめく都市交通からの脱却のヒントがこの列車にはありました。

《宮島に向かって並走するJRフェリー写真》
宇品駅から宮島松大観光船のフェリーに乗り宮島に向かいました。この航路はJRフェリーと並んで運行されています。以前乗った時はJRフェリーでした。ほとんど同じ路線を並走しているのはおもしろいです。曇天ではあるが、波もなく快適です。宮島に着くとシカの出迎えがありうれしいです。
《厳島神社回廊と能舞台の写真》

《重要文化財の反橋写真・素晴らしい橋です》
《千畳閣隣の五重塔写真》
世界文化遺産である厳島神社の大鳥居近くまで行くと、ちょうど引き潮でした。大鳥居の下で、潮干狩りをする人の姿が見えます。厳島神社の社殿に行く頃には雨が降り出しました。神社の回廊は平安時代を偲ばせる造りになっていました。神社を出ると大聖院がありました。神社のかげで参拝客は少ないようですが、立派な山門もあり由緒がありそうです。寺院は札所になっていて高僧と思われる阿羅漢様(びんずる様)は入り口の所でなぜられてすり減っていました。この阿羅漢様何の因果か「なぜられて」幸せそうに見えました。

《大聖院仁王門写真》

《なぜられて幸せ?そうな、びんずる様写真》
厳島神社の社殿の裏に登ると豊臣秀吉創建といわれる、千畳閣がありました。立派な造りで近くに五重塔がそびえ建っていました。ここ宮島では平清盛、源頼朝、足利尊氏、毛利元就、豊臣秀吉など各時代の武将が武運を祈ったようです。
帰り道で焼きたてのアナゴ竹輪が売られていた。売り子につられて食べてみるととてもおいしいです。安くて美味、食べてみる価値はあります。雨の中フェリーと電車を乗り継いで宿舎に戻りました。

《平和記念資料館の展示写真》
翌朝宿のホテルを出て徒歩5分のところにある、平和記念公園に行きました。展示物を見ると原爆投下当時の悲惨な状況が分かりました。またその後も放射線による後遺症によって苦しむ被爆者の様子に胸を打たれました。この大田川には水を求める無数の人々が、飛び込んだそうだ。どんなに暑かったのだろうか?わが国は原爆投下を受けた唯一の国として、どの国に対しても核廃絶を訴えていきたい。
今回広島の平和記念資料館に来て、展示物を見せてもらい自分の中につかえていたものが取れたような気がします。展示物は悲惨ですが、それを直視して自分の物としたときにかえってほっとするような気持ちになりました。悲惨な過去の事実から目を背けても、心の奥では納得していない自分がありました。直視して良かったと思います。長崎で被爆した母や叔母とはじめて一体になれたような気がしました。

《リサイタルの花束写真》
ここから駅まで路面電車に乗りましたが、自動車の渋滞の中でなかなか進まずに予定していた新幹線に危うく飛び乗りました。
新幹線はすぐに広島市を離れました。原爆投下から62年の歳月がたち、広島は平和都市として発展しました。被爆者の苦しみは続いていますが、魅力的で活気ある街になりたくさんの観光客が訪れています。原爆投下の証として、原爆ドームは文化世界遺産として登録され、その記憶は未来に続いて行くと思います。戦争や力で問題を解決しようとする、愚かさの記憶として。
私たちは新幹線で福山まで行き姪のピアノリサイタルを聞かせてもらいました。良い演奏を聞かせてもらいました。平和があっての喜びを感じながら。
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