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時折、プリントアウトされたゲラを手に相談にやってくる人がいらっしゃる。
「知り合いのデザイナーに頼んで、新聞を作ってもらったんだが、出来上がってみたら新聞じゃない。なんとか新聞に見えるようにできないだろうか」
さてさてと、ゲラを見ると確かに新聞ではない。
どこが新聞ではないのだろうか?
文字の大きさ、書体の選びかた、1段の大きさ、コラムの数、記事の流れ方など、いろいろなとこである。
ではなぜ相談者がゲラを見て新聞じゃないと判断したのだろうか。
答えは簡単、相談者がデザイナーより新聞を知っているからだ。
新聞は雑誌やパンフレットなどと違い、読み手が、これは新聞だと意識してから手にするものだから、制作する媒体としてはとっても難しい。手にとった途端これは違うと思われたら失敗だ。
新聞には読者との間に暗黙の了解があって、その取り決めがちゃんと守られていなければ、読者は紙面に違和感をもってしまう。
例えば、記事は右から左に読み進めて罫とか見出しにぶつかったら、下の中段罫を右にたどって戻り、また見出しとか罫の障害物にぶつかったら真下の行から読み続ける。これが読者との了解ごと。
デザイナーが勝手にここいらへんで折ってなんてことはできない。
新聞の文字も正体ではなく約2割平体がかかっている。
これが正体だったり、長体だと、とたんに新聞らしさがなくなってしまう。
これらの了解事は、新聞の成り立ちや、決められた短い時間内にさッさと作り上げる必要性から長年かかって新聞の制作者と読者との間で作られてきたもの。
新聞制作者は常に読者に向かって、これでいいですか? この組み方は読みづらいですか? この見出しで分かりますかと問い続け、読者も字が小さい、写真はカラーがいい、なとど要望を出し、作り上げたのが今の新聞の形。そして、今も進化しつづける新聞の形。
パソコンDTPでつくる新聞だからといって、これらのことを無視して作ることはできない。
私も新聞を作りはじめて25年。読者の中にはそれ以上新聞を読みづづけている人がごろごろいる。常に謙虚な気持ちで読者に教えてもらいながら、独りよがりにならず、よりよい新聞づくりをしなくてはならない。 |
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