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私は今65歳になります、家庭の主婦を45年間やっていました。パチンコを18年やっていました。なぜパチンコに入ったと申しますと、難病になりまして東京の専門病院で一ヶ月入院して、退院してから家にこもってしまったんです。そして、主人が気晴らしにパチンコに連れて行ってくれたんです。始めのうちは少しやって帰ることができました。段々と自分一人で行くようになり、地元のパチンコ屋さんだと知っている方がほとんどいますよね、ですから別の町に行くようになりました。当時、家のお金や財産を管理していましたから、使い放題使っていました。 私が別の町に行ってデパート2店でお金を借りて、借りたお金の請求書が来るなと思うと、主人が帰る前に、夕方早めに帰ってポスト開けていましたけど、たまたま私がパチンコやっていて帰るのが遅くなったとき、主人が請求書を開けちゃって、それから問題になって、デパートのお金は息子が返してくれました。その時に当時の主人が言った言葉は「家にはお金のなる木はないだ」、家の近くに自殺の名所がありまして、「自殺は予約なしだよ」って言われたんです。私はそのとき本心から謝っていました。「もう明日からパチンコ行きません」と。 でもダメなんですよ。頭の中は「パチンコ・パチンコ」お金は家の金庫から、息子の金庫に入ちゃったので「お金はない」。「そうだサラ金に行こう」と思ってサラ金に行きました。初めての時は怖かったんですよ、「どうしようか」と入り口まで行ったんですけど、なかなか入れませんでした。でも1社入ると2社3社と平気になるんですね。6社も入っちゃいました。このことは自己破産の手続きをして始めて知りました。サラ金で借りていたお金は数百万円、お蔭様で自己破産で清算できました。でも、私にはたくさんの棚上げがありました。ステップ4・5を通って分かりました。かつて使った家のお金を数千万円以上使っています。 今ギャンブルはしていませんけれど、罪悪感がいっぱいです。今の私に襲ってきます。中間施設は1年3ヶ月いまして、今は昼は仕事してまして、夜は自助グループのミーティングに毎日出させていただいていますけれど、私が始めて中間施設に来たときに、多くはAAの仲間、GAの仲間は3人くらいしかいませんでした。AAの仲間はよく「連続飲酒」という言葉を使います。私何が「連続かな」と思ったら、お酒を連続して飲むんだということ、私の場合はサラ金のお金で朝の開店から閉店まで、毎日のように家を10日も15日も空けて、夜はビジネスホテルに泊まって、夜になって見る夢は、残念ながらパチンコの機種は「海物語」の一種類しかやりませんでしたから、「小魚」が迎えに来るんですよね。そんなことをしていました。東京に出てくる時に離婚調停に関しても、調停員の前では「もうやりません」と涙を出していたけれども、先ほど言ったように「もうパチンコ・パチンコ」だけのことしか考えられない。本当に夢遊病者でした。 娘が住む町のカウンセリングに行って、ある町の男性だけ受け入れている施設のパンフレットを頂いてきました。娘たちは色々、あっちこっち探して女性を受け入れているミーティング場はないかと、たぶん探していたんじゃないかと思います。娘に連れられ、あるクリニックに行きました。私は今だから分かりますけれど、不思議に思ったんです。診察室に入るなり、先生が私の顔を見るなりなり、「ギャンブル依存症ですね」と言われたんです。「イヤ私はパチンコは好きでやっているんです」って言ったんです。そしたら待合室に出されてしまいました。今思えば漫談ですよね。 待合室で一人で待っていたんです。先生と娘が何を話していたか分かりませんが、話が終わってもう夕方でした。娘に連れられて「場所も何も分かりません」、ただ着いて行きました。そこはミーティング場でした、今だからミーティング場と言えますが、ただ皆さんが集まって話をしている場所、そこに行ったんです。女性が二人いましたあとは男性ばかり、終わったあと女性の方と外に出て、娘と長い時間話しをして、私は人ごとのようにその様子を、横っちょでタバコを吸っていました。本当に長い時間話をしていて、その方と何を話していたかも知りません、その日でした。私の頭の中は年金が銀行振り込みに入っています。その次の日も下ろせません。 その次の日にそのお金を下ろして、またパチンコに行って、その時に主人がお風呂に入っていた時に、財布の中から1万円札抜いたり千円札抜いたり、それから主人が孫のために貯めたのか、私のために貯めたのか知りませんが、貯金箱が置いてあります。その中から500円玉だの100円玉などをくすねたりしました。そして、年金を下ろしながら主人のキャッシュカードを持って銀行に行って、そのとき5万円下ろして、「自分の年金と合わせれば10万円超えるな」と思っていましたが、そのお金は三日しか持ちませんでした。 家に帰ったら玄関が閉まっちゃってました。窓という窓はみんな閉まっちゃって、私は金槌でまのガラスを割ろうとしても、どの窓も割れないんです(強化ガラスだから)、私はふてくさっちゃって、息子が商売の関係でトラックや軽トラックがあって、ドアを開けたら中に電気ついたり、金属のすれ違う音が出たりで「こりゃまずいな」と思って、倉庫に行って寝てて、朝になると主人が裏から仕事に行く、主人が中から明けた時に、私は背が低いので、スーッと中に入っちゃうんです。主人は仕事に行かなければいけないので黙って行っちゃった、このことを最近思い出しました。 その後に中間施設に来て、アパート設定するように提案された時のことです。不動産屋さんや周りをしてよい部屋が見つかりました。決める時に職員さんが不動産屋さんについてきてくれて、そのアパートを一緒に見にも行ってくれました。 不動産屋さんに鍵をもらいました。引越しまで間があります、鍵は預かっていますけど、一人では自信がありません。なぜ落ち着けないのです。洗濯機を買うときのこと、今思えば、アパートの鍵を開けて洗濯機の幅や高さを自分で計ればすむことなのに、何を思ったか私は100円均一に行ってメジャーを買って、施設中のあっちこっちを計っていました。職員さんも私の気持ちを和らげるために一緒になって計ってくれました。本当に中間施設の職員さんは私たち病人を見てくれていて、そして仕事について今は6ヶ月目に入ります。 あの漫談のような、夢遊病者のような人間を使ってくれるところがありました。授産所と言いまして、家庭でやる内職の仕事を扱っています。よそから預かった仕事ですからちゃんと確認をして仕上げて数を数えてやっています。 私、多くても月に約1万円、1ヶ月働いて9800円。私は有意義な生活を送っています。 今朝のことです。パーキングで私のスポンサーから娘から電話が来たらしく、「娘に電話番号を教えていいですか」と聞かれましたけど、私は「もう少し待ってください、私はまだ回復はしていませんし、もう少し気持ちを整理しなければ」、私は先日に心電図の検査をしたときに異常があるということで CTを撮りました、それには異常が見つかりませんでしたので、昨日MRIを検査したんです。MRIに入ったとき一生懸命「小さなお祈り」をしてました。 そのときの音ですけれど、私の息子は水道屋ですからコンクリートに穴を開けるのに押してやる時の機械音「ギッギッギー」が出るんですが、それが耳に入ってきました。じゃあ「小さなお祈りを一生懸命しよう」と唱えていました。それで今朝、娘の話。たぶんスポンサーさんに娘からの電話、「私から求めないでハイヤーパワーが私に与えてくれているんだなー」と思います。私はまだ、あれから1年9ヶ月というもの電話もしていません、アパートの住所も教えていません。ですから「もう少し」MRIの結果が出てから、私はスポンサーと一緒の所で娘と話したい。私は家族に対して、罪悪感でいっぱい今、毎日思っていて、私は仕事が4時に終わっても部屋に帰ることできない。先日は、午後のミーティングがないもので、そのときは仕事を延ばし、遠回りをしてバスに乗ってアパートの停留所には降りずに、夜のミーティングに行きました。 今日こういう女性の「ヌジュミ」の会に出させてもらって、私のように夢遊病者のようにやっている女性が何人かはいるんじゃないかと思います。ギャンブルにはまっている女性の中に、家庭を持っていて、私みたいに、(やっていたときには私は苦しみませんでした、でも今が苦しいです)家族を巻き込んでいる人たちにも、「ヌジュミ」を一日も早く立ち上げて欲しいです。女性たちが私も一緒に見守っていける日が来ると私は思っています。私のようなひどい人間の話を聞いていただき、ありがとうございました。 「「ヌジュミ」冊子より |