2003.11.04 馬場純雄
(C) SumioBaba
2003
[SB007]
心M1と心M2が融合して心Mになるための必要条件
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2つの心M1とM2(M1≠M2)が融合し、「1つの心」Mになるための条件に
ついて考えてみます。
まず、M1が存在していながら、M2が存在するかどうか不明の場合、M1
はM2の存否を知り得ません。M1が存在しているのに、M2が存在している
場合と存在していない場合の両方が有り得るということは、たとえM2が存
在していても、M1がM2から独立していることを意味します。
従って、M1とM2が融合するためには、「M1が存在する時は、必ずM2も
存在する」(これを簡単に、「M1→M2」と書きます)という条件が必要だと判
ります(十分かどうかは不明ですが)。つまり、もし「自然法則的必然性」で、
「M1→M2」という状況が作り出せたなら、M1とM2は融合して「1つの心」M
になる可能性が有る、ということです。
「M1→M2」すなわち「M1が存在する時は、必ずM2も存在する」という命
題の対偶を取ると、「M2が存在しなければ、M1は存在し得ない」になりま
す。M2が存在しない状況で、M1だけを作り出そうとしても、M2不在のため、
どうしてもM1とは異なるM1'になってしまう、という意味です。M1をM1であら
せるためには、M2の存在からくる不可避的な影響が絶対必要条件になっ
ている、という訳です。
この「不可避的な影響」は、「非局所的相互作用」だけに特有のものです。
「局所的相互作用」による影響はすべて「可否的な影響」になりますから。
(物体Xから物体Yへ「局所的相互作用」を及ぼすためには、必ず、物質粒子
や光子などの仲介者Zを、物体Xから物体Yへと送る必要が有り、この仲介
者Zが物体Yに届くのを妨害することができます。→[SB006]参照)。つまり、
「M1→M2」や「M2→M1」といった関係が生じるためには、「非局所的相互
作用」の存在が必要不可欠だということです。
なお、「自然法則的必然性」とは、「物理法則的必然性」の上に「心理法
則的必然性」を加えたものです。現在知られている「物理法則」以外に、
未解明の「心理法則」が存在するかもしれない事を考慮し、両方を合わせ
て「自然法則」と表現しておきます。
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以上の考察から、次の命題を[馬場の仮説]と名付けます。
[馬場の仮説]
心M1と心M2(M1≠M2)の間で、「M1→M2」(M1が存在する時は、必ずM2
も存在する)、かつ、「M2→M1」(M2が存在する時は、必ずM1も存在する)
という関係が「自然法則(=物理法則+心理法則)的必然性」で成立している
時、M1とM2は融合して「1つの心」Mとなる。
残念ながら証明はできません。そもそもこれを、より単純な公理から導
かれる定理と見なすべきか、それともこれ自体を証明なしに公理と定める
べきかも、よく判りません。内容としては、極めて合理的な仮説だと思いま
す。「M1→M2」かつ「M2→M1」、すなわちM1とM2は「自然法則的必然性」
により、互いに相手の存在や状態を確実に知っている訳ですから、全体に
「1つの心」Mという一体感が生じると考えるのは、自然だと思います。
[SB001]の中で、4次元時空内における脳B全体の世界線ネットワークに
ついて考えました。そして、世界線ネットワークBの任意の一部をB1、残り
の部分をB2とする時、もし[A](すべての物理的相互作用は「局所的相互作
用である」)と[B](「心・脳同一説」)とを仮定するなら、B1はB2の状態を何も
知らない、と説明しました。なぜなら、B1の部分だけをそのままに保ち、B2
の部分を全く異なる世界線ネットワークB2'で置き換え、しかもB1とB2'との
境界で、「接続条件」(運動量・エネルギー等の保存則)を満たすようにでき
るからでした([SB006]参照)。
B1に随伴する心をM1、B2に随伴する心をM2とすると、「M1→M2」,「M2→
M1」のどちらも成立しておらず、M1とM2は、互いに相手の存否を知り得な
い状況です。だからM1とM2は独立したままで、「1つの心」Mに融合され得
ないことになります。融合されるためには、B1とB2を「非局所的相互作用」
が結び付けねばなりません。そして、M1とM2とが不可避的な影響を及ぼし
合い、「M1→M2」,「M2→M1」が成立した時に初めて「1つの心」Mに融合で
きるのではないか?と考えるのが[馬場の仮説]です。
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さらに1つ、面白い問題が生じます。「M1→M2」(M1が存在する時は、必
ずM2も存在する)が成立していながら、その逆、「M2→M1」(M2が存在する
時は、必ずM1も存在する)は成立しない場合が、考えられるでしょうか? こ
れは、「非局所的相互作用」をどう考えるかに依存する問題なので、もちろ
ん未解決です。
仮に、そういう状況が有り得たとしましょう。「M0→M1」,「M0→M2」,「M0→
M3」,・・・は成立していながら、その逆「M1→M0」,「M2→M0」,「M3→M0」,・・・
はどれも成立しない状況を考えて下さい。M0の視点に立つと、「自分はM0で
あり、かつ、M1でもあり、M2でもあり、M3でもあり、・・・」という状態の心です。
ところがM1,M2,M3,・・・の視点に立つと、「M1はM1」、「M2はM2」、「M3はM3」、
・・・すなわち、「自分は自分」であって、自分以外の心の存在や状態は何も
知り得ません。M0とM1,M2,M3,・・・の関係は、ちょうど「神」と「人間たち」の
関係に等しいのではないでしょうか?
以上