2003.12.01 馬場純雄
(C) SumioBaba
2003
[SB008]
コピー人間の考察による「霊魂」の実在証明
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仮に「霊魂」と呼ばれるような非物質的実体が、自分の身体(脳)に宿っ
ていると仮定してみて下さい。現在の自分の身体(もちろん、脳を含む)を
構成している全原子の個数をP個とし、原子1-Pと呼ぶことにすると、これ
らは新陳代謝により少しずつ、殆どすべてが外部の物質である原子1'-P'
に入れ代わっていきます。脳も例外ではありません。にも拘わらず「霊魂」
の方は出て行かず、一生自分の身体に存続すると考えてみましょう。する
と自分の「霊魂」は、原子1-Pの身体に存在する状態から、原子1'-P'の身
体に存在する状態へ変わります。いわば、現在の自分の身体(原子1-P)
のコピー(原子1'-P')を作り、自分の「霊魂」を、オリジナルの身体(原子1-
P)からコピーの身体(原子1'-P')へ移し入れたのと、同じ結果になる、とい
う訳です。新陳代謝で、まさにそのような現象が起きているではないか!?、
と主張します。
次の質問をされた場合を考えてみましょう。他人事ではなく、自分がこの
質問を受けた場合を、切実に考えて下さい。
[質問A]
キミ(原子1-P)のコピー(原子1'-P')を作った後、どちらか一方を
殺さねばならない。どちらを生かし続けて欲しいか? できれば
オリジナルのキミの方が、コピーの身代わりに死んでくれないか?
私の答は、もちろんノーです。
絶対に、オリジナルの身体(原子1-P)の方を生かし続けて欲し
い!!
と答えます。
この点に関し、「オリジナルの自分とコピーの自分とは同一人物なのだ
から、どちらが死んでもいい」と反論する人がいますが、これは、私の言い
たい意味を曲解しているように思います。こういう答をする場合、第三者の
客観的視点に立っていると思われるからです。確かに、他人のオリジナル
とコピーのどちらか一方を殺すと言われたなら、自分は「どちらでもいい」
と答えそうです。しかし、自分自身が尋ねられたら、どうでしょう?
もしオリジナルの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は殺されま
す。もしコピーの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は生き続ける
ことができます。オリジナルの自分にとって、どちらを殺されるかは、生き
るか死ぬかの大問題です。「殺されるのと、生き続けるのと、どちらがいい
ですか?」と尋ねられているのと同じですから、「どちらでもいい」ということ
は無いでしょう。「自分は生き続けることを望んでいる、という前提で答え
るものとする」という常識的な判断基準を定めれば、答は直ちに「オリジナ
ルの自分を生かし続けて欲しい」になるはずです。
では、次の質問だとどうでしょうか?
[質問B]
現在キミの身体は原子1-Pで構成されているが、新陳代謝に
より一年後には、完全に外部の原子1'-P'に入れ代わる。脳も
例外ではない。実はこれから一年間、キミの老廃物の中から
原子1-Pをすべて拾い集め、一年後にそれらを用いて、キミ
(原子1'-P')のコピー(原子1-P)を作る。その後、どちらか一方
を殺さねばならないのだが、キミ(原子1-P)とキミ(原子1'-P')の
どちらを生かし続けて欲しいか? 今、キミ自身で決めてくれ。
これだと私の答は逆転し、
原子1'-P'に代わってしまった身体の方を生かし続けて欲しい!!
です。
基本的には、これだけの話です。まさに自分の「霊魂」が、原子1-Pの身
体から原子1'-P'の身体に移し入れられたように思えるではないか!?という
論法です。
以上