2003.12.06 馬場純雄
(C) SumioBaba
2003
[SB015]
[唯物論]か?[霊魂説]か?
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[唯物論]と[霊魂説]のどちらが人間の心を的確に捉えているかについ
て、考えてみます。
まず[唯物論]ですが、これは物質だけが唯一の実在であると考える立
場であり、非物質的実体「霊魂」の存在を認めません。当然[心・脳同一
説]を正しいと考えます。
新陳代謝によって、現在の自分の身体を構成している「質料」である
原子1-Pは、やがて外部の原子1'-P'に入れ代わるにも拘わらず、「自分
の心」という同一性は保存されるように感じます。自分の身体の「形相」
の方は、成長や老化によって多少の変化はするものの、1年くらいなら、
基本的な個性はほぼ不変と考えて良いでしょう。
「霊魂」の実在を認めない[唯物論]は、身体の「質料」と「形相」だけで、
心の同一性保存を説明せねばなりません。従って、身体の「質料」が原
子1-Pか原子1'-P'かという違いは無関係で、身体の「形相」さえ同じなら、
心の同一説は満たされる、と考えることになります。これは、心を[実体
を持つ存在](質料+形相)ではなく、[実体を持たぬ存在](形相)として捉え
る、ということです。「身体(脳)」と「心」の関係を、コンピュータの「ハード
ウェア」と「ソフトウェア」の関係に似たものとして捉えているという意味で、
このような心の解釈を[ソフトウェア説]と名付けます。
[唯物論]の立場に立つと、当然[心・脳同一説]を支持することになり、
さらに新陳代謝における主観的自己同一性の存続を説明するため、[ソ
フトウェア説]を取らざるを得なくなります。この流れは必然的と言えます。
ところがこの[ソフトウェア説]に疑問を投げかけるのが、「あなたは、自
分のコピーの身代わりに、死んでも良いと感じるか?」という質問です。も
しも[ソフトウェア説]が正しいのなら、オリジナルの中の「自分の心」と、
コピーの中に発生したと思われる「自分'の心」とは、区別することが無意
味な同じ心と見なされます。ところが我々人間の素直な本心として、オリ
ジナルの「自分」がコピーの「自分'」の身代わりに死んでも良いとは感じ
ません(これは、[SB016]で説明する通り、必然です)。
この問題を論じている本を5-6冊読んだことがありますが、みな同意見
のようです。[ソフトウェア説]が正しいはずなのに、「あれっ!?」という感じ
なのです。私はこれを[コピー人間のパラドックス]と呼んでいます。
[コピー人間のパラドックス]
現在の自分の身体を構成している原子1-Pが、新陳代謝で原
子1'-P'に入れ代わっていくのは、一向に構わない。
ところが、現在の自分(原子1-P)のコピー(原子1'-P')を作って
もらっても、オリジナルの自分(原子1-P)は、コピー(原子1'-P')
の身代わりに死んでも良いとは感じない。
この謎を解くために、次は[霊魂説]を考えてみましょう。この説は、心を
[実体を持たぬ存在](形相)ではなく、[実体を持つ存在](質料+形相)であ
ると考えます。しかも心の「質料」を、身体の「質料」である原子1-Pや原
子1'-P'ではなく、非物質的実体「霊魂」であると考えます。
「霊魂」の存在を認めてしまえば、[コピー人間のパラドックス]は簡単に
説明できます。現在の自分の身体を構成する原子1-Pが、新陳代謝で外
部の原子1'-P'に少しずつ入れ代わる時は、自分の「霊魂」は出ていかず
に存続するので、主観的自己同一性の保存を感じます。一方、現在の自
分(原子1-P)のコピー(原子1'-P')を作った場合、第三者から見て区別が
できないという客観的自己同一性は作り出せても、自分の「霊魂」はオリ
ジナルの身体(原子1-P)に宿ったままで、コピーの身体(原子1'-P')の方に
は宿っていません。だからオリジナルの自分(原子1-P)にとってコピーの
自分'(原子1'-P')はあくまで他人であり、身代わりに死にたくない、という
訳です。極めて単純明快でしょう。
[霊魂説]においては、たとえ自分のコピー人間を100人作ってもらおうと、
オリジナルの自分を含む101人の中で、本当の自分と見なせるのは、自
分の「霊魂」が宿っているオリジナルの自分だけです。ただし、自分の「霊
魂」が、オリジナルの身体(原子1-P)からコピーの身体(原子1'-P')に移し
入れられれば、原子1'-P'の身体の方が本当の自分になることも、有り得
る訳です。新陳代謝で、まさにそれが起きているように感じます。
[ソフトウェア説]も「霊魂説」も、仮説としては成立し得ると思います。意
識科学は「経験科学」なので、どちらが正しいかは、我々の経験を通して
判断せねばなりません。すでに説明した通り、[ソフトウェア説]は[コピー
人間のパラドックス]で矛盾を露呈しました。それを単純明快に説明できた
のは[霊魂説]の方です。明らかに[霊魂説]の方が、我々人間の心を的確
に捉えているように思います。
以上