2004.01.04 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2004

                  [SB020]
         「自分」にとって「自分'」はなぜ他人か?

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 オリジナルの「自分」(原子1-P)にとって、なぜコピー「自分'」(原子1'-P')
が他人だと言えるのか、その判断基準について考えてみます。

 二人の人間を「同一人物」と見なすか「別人」と見なすかには、様々な
レベルが有り、どれが正しくてどれが間違いだと、一概に決め付けられる
ものではありません。例えば、「3と8は同じ部類に属すか? それとも別の
部類に属すか?」という問題に似ています。「整数か? 非整数か?」で分類す
れば、3も8も整数で、同じ部類に属します。「奇数か? 偶数か?」で分類す
れば、3は奇数、8は偶数で、別の部類に属します。直面している問題に
適切なレベルで考えないと、的外れな答になってしまうため、どのレベル
が適切なのかを正しく見極めることが必要です。ここでは、次の3つのレベ
ルを考えてみます。

 [レベル1] オリジナルの「自分」(原子1-P)とコピーの「自分'」(原子
    1'-P')とは、身体の「形相」が全く同じというだけで「同一人物」
    と見なし、その「質料」が原子1-Pか原子1'-P'かという違いは
    無視する。

 [レベル2] オリジナルの「自分」(原子1-P)とコピーの「自分'」(原子
    1'-P')とは、身体の「形相」は全く同じでも、「質料」の方は原子
    1-Pか原子1'-P'かという違いが有るから(すなわち、同一時刻
    に異なる空間位置を占めているから)、やはり「別人」と見なす。

 [レベル3] オリジナルの「自分」(原子1-P)にとってコピーの「自分'」
    (原子1'-P')はもちろん「別人」であるし、さらに、現在の「自分」
    (原子1-P)にとって、一瞬後の「自分」(原子1-P)でさえ、同じく
    「別人」であると見なす。

 問題は、[質問A][質問B]に答える時、どのレベルで判断するのが適切か、
という事です。[質問A]に対する我々人間の常識的な答は、必然的に、

   「自分'」の身代わりに「自分」が死んでも良いとは感じない。

となることを説明しました。これは[レベル2]で判断したことになります。もし
[レベル1]だと、「どちらを殺されても良い」になりますが、これは我々人間の
常識に反しています。さらに[レベル3]でも、同じく「どちらを殺されても良い」
になります。どうせ現在の「自分」も、一瞬後には「自分'」と同様な「別人」に
変わってしまうというのですから。すなわち、[質問A]について答える時には、
[レベル2]で判断するのが適切であり、[レベル1]や[レベル3]は的外れだと
いう事実を、我々人間は直観的に感じ取っている訳です。自分の「自己同
一性」をそのように感じている、というのも、「クオリア」の一種だと思います。

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 オリジナルの「自分」は、一生の間にあちこち移動しますが、空間内を連
続的にしか移動できませんから、ある時刻における「自分」の身体を1個の
点で表すと、「自分」が一生の間に移動する軌跡は、4次元時空内における
一本の世界線Lで表されます。同様に、コピー「自分'」の方を、世界線L'とし
ましょう。
 時刻t0における世界線L上の点L(t0)を、「メタレベル」にある現在の「自分」
の視点だとします。一方、時刻t1における世界線L上の点L(t1)と、時刻t1に
おける世界線L'上の点L'(t1)を、「対象レベル」にある「自分」と「自分'」であ
るとしましょう(t0<t1)。すると、[レベル2]の意味は次の[レベル2']であったこと
が解ります。

 [レベル2'] 点L(t0)と点L(t1)とは、どちらも世界線L上の点であるから
    同じ部類に属すと見なす。点L'(t1)の方は、世界線L'上の点であ
    るから、点L(t0)や点L(t1)とは別の部類に属すとみなす。

 もし、「対象レベル」の視点である点L(t1)における「自分」と点L'(t1)におけ
る「自分'」とが、全く同じ記憶を持つとするなら、本当は自分がどちらなのか
を、どちらも自力で判断できなくなるでしょう。しかし、「メタレベル」の視点で
ある点L(t0)から考えると、[レベル2']の判断が可能なので、主観的自己同一
性が存続しているのは、同じ世界線L上の点L(t1)における「自分」の方であ
り、別の世界線L'上の点L'(t1)における「自分'」ではない、と判断できる訳で
す。

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    なぜ[レベル2]([レベル2'])でなければならないのか!?
    [レベル1]や[レベル3]ではなぜダメなのか!?

と聞かれても、

    それは、そういうふうに人間が作られているから。

としか答えようが無いように思います。そして、その事実をうまく説明できるの
が[霊魂説]です。すなわち、

    世界線L上の点は、すべて自分の「霊魂」が随伴しているが、
    世界線L'上の点は、自分の「霊魂」が随伴していないため

です。
 「自分」の人生とは、世界線L全体を指すのであって、それ以上ではありま
せん。「自分'」の世界線L'の存在など、教えてもらわなければ「自分」は知る
こともできません。「自分」に秘密で「自分'」が作られようと、その後それが殺
されようと、それを知らない「自分」は、痛くも痒くもありません。「自分の心」
と「自分'の心」とが独立している以上、「自分」にとって「自分'」は、あくまで他
人なのです。
 逆に、現在の「自分」は未来の「自分」を同一人物であると見なし、他人だ
とは感じません。将来のために努力精進したり、貯金したり、保険に入った
りしているのが、その証拠です。つまり「自分」の人生とは、世界線L全体な
のであって、その一部でもないのです。
 なぜそう感じるのかを考えてみるのは、面白いと思います。もし人間の心
が、コンピュータの「ソフトウェア」のように[実体を持たぬ存在](形相)なので
あれば、「自分の心」と「自分'の心」の区別は無意味ですが、我々人間は決
してそうは感じていません。自分の自己同一性を[実体を持つ存在](質料+
形相)であると感じている、というのも、1つの「クオリア」です。やはり「クオリ
ア」は、脳の機能を超越しているように思います。つまり、[霊魂説]の正しさ
を示唆しているように見えます。

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(1つ、難しい問題が有ります。タイムマシンを考えて、「自・他」の概念を崩
壊させる反論です。

   「自分」は「自分'」をコピー人間だと思い、「ただの他人だ」と考えて
   いたら、実はこの「自分'」、本当はコピーではなくて、明日の「自分」
   が強制的にタイムマシンで今日に戻された状態だったとすると、
   「自分」と「自分'」とは「別人」ではなく、「同一人物」ではないか?
   世界線Lと世界線L'も、異なる2本の曲線ではなく、実はつながった
   1本の曲線なのだから・・・?

というものです。こういう議論は大好きなのですが、あまりにも長くなりそうな
ので、また別の機会にします。)

以上