2004.01.21 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2004

                  [SB022]
「1つの心」Mは、部分的な心M1,M2,M3,・・・の独立した総和ではない

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 脳Bに随伴する統合された「1つの心」Mを、多数の独立した心M1-Mn
の総和で説明できるかどうかについて、もう一度じっくり考えてみます。

                   (1)
 まず最も単純なモデルとして、脳Bをn(≧2)個の部分B1-Bnが接合され
ていると解釈し、脳Bに随伴する統合された「1つの心」Mを、B1-Bnに随
伴する独立したn個の心M1-Mn(n≧2)の総和であると、見なせるでしょう
か。(ただし、M1-Mnの中には、心としては無と見なされるものも含まれ
ていて良いとします。)
 答はNOだと思います。なぜなら、「M1-Mnが独立している」という表現
は、「M1-Mnのどれか1つの視点には立てても、同時に2つ以上の視点
には立てない」という意味だと考えられるからです。
 例えば、映画を見ている時の自分の心の状態を考えてみましょう。

   M : 映像を見、音声を聞き、ストーリーを楽しむ心
   M1 : 映像を見る心
   M2 : 音声を聞く心
   M3 : ストーリーを楽しむ心

とすると、自分の心の状態は、まさにMであり、これは「M1-M3のどれか
1つ」ではなく、「M1-M3のどれでもある」という視点です。だからMは、独
立したM1-M3の総和ではない、と考えるべきです。

                   (2)
 次に、心MをM1-Mnに分解して分析する際、M1-Mnを並列した心と見
なすのではなく、階層性を持つレベルを考える、という方法が有ります。
例えば、一枚の絵画を見ている時、個々の点(画素)を見ている心をMa1,
Ma2,・・・とすると、これらの関係性から線の存在を認識する心Mb1,Mb2,
・・・が構成され、さらにこれらの関係性から、図形の形を認識する心Mc1,
Mc2,・・・が構成され、・・・といった具合にです。
 このような分析は、心Mの構造を調べる上では大変有益でしょう。しか
し、これらの心Ma1,Ma2,・・・,Mb1,Mb2,・・・,Mc1,Mc2,・・・が独立していると
いうのでは、やはり統合された「1つの心」Mを説明することはできません。
自分がこの絵画を見ている時の心Mは、これらの中のどれか1つではな
く、どれでもある、という視点だからです。

                   (3)
 3つめは、心Mを確率的に、M1でもあり、M2でもあり、M3でもあり、・・・
として定義するという試みです。例えば、

    Mは、50%M1であり、30%M2であり、20%M3である

としましょう。一見すると、「Mは、M1でもあり、M2でもあり、M3でもある」
かのように感じてしまいますが、よく考えてみると、この定義は意味不明
です。
 そもそも確率とは、M1-M3のどれであるか不明な状況で、M1-M3のど
れであるかを調べた時に、実際にM1-M3である可能性を示すものです。
100回調べたとすると、約50回はM1、約30回はM2、約20回はM3、という
意味です。「M1でもあり、M2でもあり、M3でもある」という状態は、100回
中1回も有りません。つまり、確率的に重なり合っているように表現しても、
M1-Mnが融合していることにはならないのです。

                   (4)
 4つめのモデルとして、極めて短時間で、

    M1→M3→M2→M1→M2→M3→M2→M3→ ・・・

のように次々と視点が変わり、それによって、「M1でもあり、M2でもあり、
M3でもある」という感覚が生じるのではないか?と考えてみるのはどうでし
ょうか。
 第三者の立場から見ていると、1つの視点がM1,M2,M3のすべてを行き
来しているのを知ることができるかもしれません。しかし、視点自身の立
場に立つと、それを知ることはできないでしょう。M1,M2,M3が本当に独立
しているのなら、どの視点に立った時も、M1は「M1だけ」、M2は「M2だけ」、
M3は「M3だけ」であると実感するはずであり、「自分は、M1,M2,M3のどれ
でもある」という認識はできないからです。

                   (5)
 5つめは、M1-Mnが少しずつ重なり合ったモデルです。脳BをB1とB2の
2つの部分から成る(B=B1+B2)と解釈し、

    M : B(=B1+B2)全体に随伴する統合された「1つの心」 
    M1 : B1だけに随伴する心
    M2 : B2だけに随伴する心

とする時、Mは、M1とM2の独立した和ではない、と書きました。ところが、
両者の違いを連続的に結び付けられそうなモデルが有ります。

 脳Bを、B1,B2,B3の3つの部分から成る(B=B1+B2+B3)と解釈し、

    M13 : B1+B3(=B13)に随伴する心
    M23 : B2+B3(=B23)に随伴する心

なるものを考えてみましょう。M13とM23とは、B3を共通部分に持っている
点が特徴です。まず、共通部分B3が限りなく小さくなる極限を考えると、

    B3→0 の時、 B1+B2→B, M13→M1, M23→M2

であり、

    Bを、B1とB2の2つから成る(B=B1+B2)と解釈した場合の、B1
    に随伴するM1と、B2に随伴するM2

になります。逆に、共通でない部分B1,B2が限りなく小さくなる極限を考え
ると、

    B1→0, B2→0 の時、 B3→B, M13→M, M23→M

であり、

    B全体に随伴する統合された「1つの心」M

になります。すなわちこのモデルは、「M1とM2の独立した和」と、「M」との
違いを、「M13とM23とがどの程度重なっているかという、連続した程度の
差」で結び付けているように見える訳です。もしそうだとすれば、「M1とM2
の独立した和」と、「M」との違いは、同一の状態の両極端な場合だとして、
統一できることになります。

 今はn=3でしたが、脳Bをもっと小さな何万、何億という部分B1-Bnが接
合されていると解釈しましょう。B1+B2に随伴する心M12、B2+B3に随伴す
る心M23、B3+B4に随伴する心M34、・・・のような部分的な重なり合いを
考えることができます。M12の視点に立ったら、これはM23と重なっており、
M23の視点に立ったら、これはM34と重なっており、・・・ということで、これ
らM12,M23,M34,M45,・・・の総和を、脳B全体に随伴する統合された「1つ
の心」Mだと見なせないか?というモデルです。

 実はこのモデルも、多数の心M12,M23,M34,M45,・・・が互いに独立してい
る以上、「1つの心」Mを説明することはできません。n=3の場合、M13(B1+
B3に依存)とM23(B2+B3に依存)とは、確かにB3という共通部分を持ってい
ますが、だからといって、M13とM23が融合しているとは見なせません。
 その証拠に、B3の部分だけをコピーしてもう1つ作り、B1+B3とB2+B3と
を別々に独立させ、それぞれを人工的装置に接続して、正常な脳B(=B1+
B2+B3)状態での、B1+B3およびB2+B3の機能を再現したとしましょう。する
と、全く同じ状態のM13がB1+B3に、M23がB2+B3に作り出されますが、も
ちろん両者は独立しています。すなわち、正常な脳B(=B1+B2+B3)に随伴
していたM13(B1+B3に依存)とM23(B2+B3に依存)も、実は独立していたと
いうことになります。

    M : 「赤い小さい丸」を知覚している心
    M13 : 「赤い丸」を知覚する心
    M23 : 「小さい丸」を知覚する心

とする時、Mは、M13とM23の独立した和ではありません。M13とM23のどち
らの視点に立っても、Mとは異なるからです。

                  ******

 このように、統合された「1つの心」Mを、多数の独立した心M1-Mnの総
和で説明しようとする試みは、ことごとく失敗するように思います。やはり、
M1-MnをMに融合するため、何か特別なメカニズムを積極的に考える必
要が有るのではないでしょうか。

以上