2004.03.15 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2004

                  [SB028]
          [論法1]に対する3つの誤解パターン

                  ******

 [SB001][SB002]の論法について、補足説明しておきます。誤解される
パターンがいつも決まっておりますので、誤解を解く、という観点から説
明します。

               [誤解パターン(1)]
    脳Bの情報処理機能は、B内部の1個のニューロン、1個の
    分子・原子・素粒子の中に局在するのではなく、Bのマクロ
    な領域(3次元空間内だけでなく、4次元時空内の広がりを
    持った領域)に非局所的に構成されているのだから、その高
    度な情報処理機能を「心」Mと呼べば、Mもまた、1個のニュ
    ーロン、1個の分子・原子・素粒子の中に局在するのではな
    く、Bのマクロな領域に非局所的に存在することになる。

 精神現象には、「客観的面」と「主観的面」の2つの側面が有ります。
第三者の立場から他人の言動や脳機能を五感で知覚し、心を持つか
のように振る舞う機能の有無を判断するのが「客観的面」。自分自身
の心の中として捉えるクオリア、コギト、内観、世界2、主観的体験、・・・
等と表現されるのが「主観的面」です。
 [誤解パターン(1)]は、「心」を「客観的面」の意味として捉えており、そ
うすればこの主張自体は、確かに正しいと思います。しかし、私が議論
したいのは、そのような「客観的面」の機能に、果たして「主観的面」が
発生し得るだろうか?という問題なので、[誤解パターン(1)]は私の論法
に対し、何も反論したことにはなりません。
 しかも、私の言う「心」は「主観的面」であると定義しているのに、[誤解
パターン(1)]はこれを、「客観的面」の意味ですり替えてしまっています。
これでは、いくら議論を続けてもムダかと思います。


               [誤解パターン(2)] 
    脳Bの情報処理機能は、B内部の1個のニューロン、1個の
    分子・原子・素粒子の中に局在するのではなく、Bのマクロ
    な領域(3次元空間内だけでなく、4次元時空内の広がりを
    持った領域)に非局所的に構成されているのだから、そのよ
    うな「客観的面」の機能に、それと対応する「主観的面」とし
    ての「心」Mが随伴していると考えれば、Mもまた、1個のニュ
    ーロン、1個の分子・原子・素粒子の中に局在するのではな
    く、Bのマクロな領域に非局所的に存在することになる。

 私の主張は、

    [A] 「非局所的相互作用」は存在しない。
    [B] 「霊魂」は存在しない。

の2つを仮定すると、まさに、この[誤解パターン(2)]は誤りである、という
ものです。「客観的面」の機能は、脳Bのマクロな領域に非局所的に構
成できても、[A]と[B]が正しければ「主観的面」の方は決して発生し得な
い、と主張します。
 論法としては、[A]と[B]を仮定し、次の[D]を導きます。

    [D] 脳Bの任意の一部B1に随伴する心M1の状態は、B1の
      機能だけで決定し、残りの部分B2(=B-B1)の機能には依
      存し得ない。(ただし、B1の機能とは、B1の物理状態の時
      間発展を意味し、B1の「初期状態」およびB1が受ける「周
      囲からの局所的相互作用」の2つだけで決定する。)

B1は脳Bの任意の一部で良いのですから、1個のニューロン、1個の分
子・原子・素粒子でも良いことになり、脳Bに随伴する心Mは、どこまでも
小さく分裂してしまい、消滅することになってしまいます。この[A]と[B]か
ら[D]を導く点が急所ですので、もう一度説明します。

                  ******

 [A]と[B]を仮定します。脳Bの任意の一部でも良いのですが、解り易く
するため、1個のニューロンをB1、残りの部分をB2(=B-B1)とします。ニ
ューロンB1をBから取り出し、残りの部分B2から分離します。

 まず、B1が、B2および周囲の物体と何一つ「局所的相互作用」をして
いない状況を考えます。[A]から、B1の機能(B1の物理状態の時間発展)
は、B1の「初期状態」およびB1が受ける「周囲からの局所的相互作用」
の2つだけで決定します。[B]から、B1に随伴する心M1の状態も、同じく
この2つだけで決定します(M1がどんな心か、果たして何らかの心を持つ
のか何も持たないのかは、不明のままで構いません)。そして今の場合、
B1は周囲から何の「局所的相互作用」も受けていないと考えているので、
B1の機能もM1の状態も、B1の「初期状態」だけで決定することになりま
す。つまり、B1とB2の間に相互作用が何も無ければ、B2の存否や物理
状態、B1とB2の位置関係などは、B1の機能にもM1の状態にも、何一つ
影響を及ぼしません。
 ホームページ「心は脳で作れない?」
http://homepage3.nifty.com/BABASUMIO/
の第二章では、これを[C]としています。これも[A]と[B]を公理として導か
れる定理のようなものです。

    [C] B1とB2の間に相互作用(「局所的相互作用」および「非
      局所的相互作用」)が何も無い時、B1に随伴するM1と、
      B2に随伴するM2とは、互いに独立している。

M1とM2は、互いに相手の存否とは無関係に、その状態の時間発展が
決定するのですから、当然のことです。それが「互いに独立している」と
いう言葉の意味ですから。B1と周囲の他の物体の間でも同じことです。

 逆に、B1とB2の間に何一つ「局所的相互作用」が無いのに、なぜか
B2の存否や物理状態、B1とB2の位置関係などが、M1に影響を及ぼす
としたら、その時は[A]と[B]の少なくとも一方は間違いだと結論できます。
すなわち、次のどちらかです。

                  [A]が誤り
    B2は「非局所的相互作用」でB1やM1に影響を及ぼしている。

                  [B]が誤り
    B1に随伴する「霊魂」が、B2とも相互作用しているため、この
    「霊魂」が産み出す心M1は、B1の機能だけでは決定できず、
    B2の機能や、B(=B1+B2)全体の中に構成された機能にも依
    存してしまう。

                  ******

 次に、正常な脳B(=B1+B2)の状態について考えましょう。今度は、ニュ
ーロンB1は、残りの部分B2と相互作用しています。しかし、よく考えてみ
て下さい。B1はB2全体と相互作用しているでしょうか? 違います。[A]を
仮定しているので、B1はB2と「局所的相互作用」しかできません。だとす
ると、B1が「局所的相互作用」できるのは、B1の表面外部の微小厚さe
(e→0)の表面膜領域Beだけであって、B2のそれ以外の部分B2-Beとは
「局所的相互作用」していないのです。つまり、B1の機能やM1の状態に
影響を及ぼせるのはBeだけであり、B2-Beは影響を及ぼせないのです。

    M1の状態は、B1+Beの物理状態だけで決定し、B2-Beの
    物理状態には影響を受けない。

ここで、e→0を考えると、B1+Be→B1, B2-Be→B2 となり、[D]が導かれ
るという訳です。
 逆に、正常な脳B(=B1+B2)の状態で、B1の機能やM1の状態が、B1の
「初期状態」およびB1がBeから受ける「局所的相互作用」の2つだけで
決定できず、それ以上、B2-Be内部の点Pの物理状態にも影響を受け
ている、と仮定してみましょう。これは先程考えた、B1とB2の間に何の
「局所的相互作用」も無い時に、B1の機能やM1の状態がB2内部の点P
の物理状態に影響を受けているのと同じ状況です。もちろん、[A]と[B]
の少なくとも一方は間違い、ということになります。

 より厳密には、脳Bの機能を、4次元時空内で多数の素粒子が絡み合
った世界線ネットワークBであると解釈し、このBを、B1部分とB2部分が
接合されたものと考えます。もちろんここでも、B1の表面外部に、微小
厚さe(→0)の表面膜領域Beを考えることができます。
 B1とBeの境界では、運動量・エネルギー等の保存則が成立せねばな
らないという「接続条件」のため、Beの物理状態はB1の物理状態にかな
り拘束されますが、B1の物理状態を固定してもB2-Beの物理状態は何
も定まりません。だから[A]と[B]を正しいとする限り、B1に随伴する心M1
は、B1の物理状態だけで決定せねばなりません。
 逆に、B1の物理状態を固定しているのに、B2-Be内部の点Pの物理状
態がPaかPbか(Pa≠Pb)で、B1に随伴する心M1に変化が生じるというの
なら、やはり[A]と[B]の少なくとも一方は間違い、ということになります。
つまり、点Pの物理状態が、素粒子の世界線などでは表現できない「非
局所的相互作用」でB1に影響を及ぼしている([A]が誤り)か、あるいは、
B1+B2に随伴している「霊魂」の中で、B=(B1+B2)全体の物理状態に対
応した心Mが発生している([B]が誤り)か、どちらかです。


                [誤解パターン(3)]
    正常な脳B(=B1+B2)状態において、B1が直接「局所的相互
    作用」を受けるのはBeからだけかもしれないが、
       B2-Be→Be→B1
    あるいは逆に、
       B1→Be→B2-Be
    という形で、B2-BeとB1とは間接的に相互作用している、と
    考えることもできる。そうすれば、B1に随伴する心M1の状
    態に、B2-Beの物理状態も影響を及ぼすと考えて良いので
    はないか?

 ここでつまずく人が、極めて多いと思います。特に物理学に興味の無
い人は、

    B2-BeがB1と相互作用したのだ

という表現と、

    B2-BeとBeは相互作用したし、BeとB1も相互作用したが、
    B2-BeとB1とは相互作用していない

という表現の区別を、単なる言葉遊びに過ぎず、どちらでも良いではな
いか?、と感じるだろうと思います。ところが物理学では、これが極めて
重大な問題です。
 相対性理論と矛盾しないためには、B2-BeとB1とが相互作用すること
は許されません。光速以下で空間を伝わり、距離ゼロまで接近して初
めて作用できる「局所的相互作用」だけを用いて、すべての相互作用を
説明せねばならないからです。
 例えば、相対性理論を考慮していない「量子力学」 (非相対論的量子
力学)は、一応大成功に見えましたが、ニュートン力学に習い、周囲から
の影響を「遠隔作用」として考慮した形になっています。相対性理論を取
り入れた「場の量子論」では、すべての相互作用を「局所的相互作用」と
して表現せねばなりません。すると様々な問題が発生してしまい、相対
性理論と量子力学との完全な融合は、今でも実現できていない状況に
あります。そのくらい、深刻な問題なのです。

 この点は、なかなか譲らない人がいるかもしれません。

    B2-Be→Be→B1, B1→Be→B2-Be という相互作用の連
    鎖を、自分は「B2-BeとB1が相互作用している」と見なす
    のだ!! どう解釈するかは私の勝手だ!!

と言い張る人もいるかと思います。しかしこの主張は、物理学で重要な
「局所的相互作用」と「非局所的相互作用」の区別をしない、と言ってい
るのと同じです。私はこの区別を重要だと考えた上で、「主観的面」とし
ての心を作り出すには、「局所的相互作用」だけでは不十分であり、「非
局所的相互作用」が必要だ、と主張しています。「区別をしない」という人
に、「区別をしろ」と命令することはできません。しかし逆に、「区別をしな
い」という主張は、私の論法を拒絶しているだけであって、間違いを指
摘したことにもならないでしょう。 

 このように、[A]を仮定すると、B1が影響を受けるのはBeからだけであ
って、B2-Beの物理状態は無関係、という点が重要です。実際、B1の機
能(時刻t0からt1までのB1の物理状態の時間発展)は、B1の「初期状態」
(時刻t0)および、B1がBeから受ける「局所的相互作用」(時刻t0からt1ま
で)の2つだけで決定し、B2-Beの物理状態を考慮する必要は有りません。
B2-Beを全く異なる人工的装置D1-Beで置き換えても、この2つさえ同じ
であれば、B1の機能は全く同じになります。
 B1の視点に立てば、B1と相互作用していない物体からは何の影響も
受けないし、その物体の物理状態はおろか、存否さえ知ることができま
せん。当然の事です。ところが、B(=B1+B2)全体を見渡せる第三者の客
観的視点に立つと、B1と何の相互作用もしていないB2内部の点Pの物
理状態も知覚でき、B1と点Pとの関係性の中に、様々な機能が構成さ
れていることも認識できます。そのため、点PはB1と何も相互作用してい
ないから影響を及ぼせないという事実を忘れ、ついつい、B1に随伴する
心M1に、点Pの物理状態も影響を及ぼしているかのように錯覚してしま
います。それがこの「誤解パターン(3)」なのです。

 物体Aが物体Bを押し、物体Bが物体Cを押している状況を思い出しま
しょう。「非局所的相互作用」が存在しなければ、物体Cの運動は「物体
Cの初期状態」と「物体Bが物体Cを押す力」の2つだけで決定し、「物体
Aが物体Bを押す力」には無関係です。物体Cは物体Aの存否さえ知りま
せん。ところが客観的視点から見ている人間は、物体Aの存在や物理
状態、および、

    物体A→物体B→物体C

という相互作用の連鎖を認識できるため、物体Aの物理状態や「物体A
が物体Bを押す力」までもが、物体Cの運動に影響を及ぼすかのように、
ついつい錯覚します。それと同じことです。


 以上、3つの誤解をしないよう注意すれば、[A]と[B]から[D]を導く論法
は、だいぶ理解し易くなると思います。
 もちろん現実には、私の脳Bには立派(?)に私の心Mが発生しており、
[D]は成立していません。だからこそ背理法により、[A]と[B]の少なくとも
一方は間違いだ、というのが私の主張です。いかがでしょうか。

以上