2004.04.17 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2004

                  [SB030]
   物理的に検出不可能な「非局所的相互作用」や「霊魂」は、
            実証科学としては無意味(2)

                  ******

 [右脳不在のパラドックス] ([SB024]) の中で、

[A] 脳の情報処理機能は、すべて「局所的相互作用」によるものであり、
  「非局所的相互作用」は存在しない。

[B] 心は脳の機能であり(心・脳同一説)、非物質的実体「霊魂」などは
  存在しない。

の2つを仮定すると、

    心(クオリア)はすべて錯覚だ!!

という主張が成立してしまう事を示しました。心(クオリア)の存在を錯覚
ではないと考えるなら、

    [A]と[B]の少なくとも一方は間違いだ。

と疑わねばなりません。
 ここではこの結論をもう一歩進め、[SB029]で示したものと同じ、次の結
論を導いておきます。

    心(クオリア)の存在を錯覚ではないと考えるなら、
    [A]と[B]の少なくとも一方は間違いであり、しかも、[A]で言う
    「非局所的相互作用」や[B]で言う「霊魂」は、物理法則と干
    渉的(物理的に検出可能)なものでなければならない。

                  ******

 私の左脳をB1、右脳をB2とします。B1とB2が接続された正常な脳B=
B1+B2の状態で、私の心MがB1とB2の両方の機能に依存している状態
を「全脳的体験」と呼んでおきます。例えば、左腕の痛みを感じる機能は
右脳B2に存在し、言語機能は左脳B1に存在するものと設定しましょう。
すると、私の左腕に針を刺され、「左腕が痛い」と言葉で表現している時
の私の心Mは、右脳B2で左腕の痛みを感じ、左脳B1の言語機能でそれ
を表現しているという意味で、「全脳的体験」と見なせます。この場合の
Mは、

    M = 左腕の痛みを感じ、それを言葉で表現している心

でしょう。
                  ******

 [右脳不在のパラドックス]では、[A]と[B]を仮定しましたが、ここでは現
代物理学の常識に従い、次の仮定をしてみます。

                  [仮定]
    私の脳Bの任意の一部B1の機能(B1の物理状態の時間発展)
    は、常に、B1の「初期状態」およびB1が受ける「周囲からの
    「局所的相互作用」の2つだけで決定し、残りの部分B2(=B-B1)
    の存否には無関係。

これは、次の[A']と[B']の2つを仮定するのと同じです。

[A'] 脳の情報処理機能は、
       すべて「局所的相互作用」によるものであり、「非局所的
       相互作用」は存在しない
   か、または、
       「非局所的相互作用」が存在しても、物理的に検出でき
       ないものである
   か、どちらかである。(物理的に検出可能な「非局所的相互作用」
   は存在しない。)

[B'] 心は、
       脳の機能であり(心・脳同一説)、非物質的実体「霊魂」な
       どは存在しない
   か、または、
       「霊魂」が存在しても、物理的に検出できないものである
   か、どちらかである。(物理的に検出可能な「霊魂」は存在しない。)

                  ******

 さて、右脳B2を切り捨て、左脳B1だけにします。ただし、人工的装置D1
を用い、正常なB=B1+B2状態で左脳B1が「左腕が痛い」と言語表現して
いた時と全く同じ「初期状態」および「周囲からの局所的相互作用」を、B1
に与えてやるとします。すると[仮定]により、左脳B1の機能は全く同じもの
となり、「左腕が痛い」と言語表現することになります。左腕の痛みを感じ
る右脳B2は、もはや存在していないのに、です。この時、左脳B1(または
B1+D1全体)に随伴する心M1は、

    M1 = 左腕の痛みを感じていないのに、感じているかのように
       錯覚し、それを言葉で表現している心

でしょう。

 ここで重要なのは、M1が自分をMであると錯覚しており、左腕の痛みが
錯覚だという事実に気付けない、ということです。だとすると、正常な脳B=
B1+B2の状態で私の左腕に針を刺した時も、私は自分の心をMだと思っ
ているけれども、本当はM1なのかもしれない、という疑問が生じます。私
の心がMなのかM1なのか、自分自身で判断できないのですから。
 左脳B1は、私の心が左腕の痛みというクオリアを感じているか否かとは
無関係に、特定の「初期状態」と「周囲からの局所的相互作用」とを与え
られるだけで「左腕が痛い」と発音してしまう、「自動機械」として振る舞っ
ている訳です。
 さらに、右脳B2に左腕の痛みというクオリアを発生させる機能が有るの
かどうかも、私は知り得なくなります。右脳B2に、左腕の痛みというクオリ
アを発生させる機能など無くても、ただ、左脳B1に、「左腕が痛い」と発音
させるための「局所的相互作用」を及ぼす機能さえ右脳B2が持っていれ
ば、左脳B1は「左腕が痛い」と発音してしまうのですから。

 M1が自分をMだと錯覚しているという事実を解り易くするため、今の話
では、言語機能を持つ左脳をB1としました。しかし原理的には、脳Bの任
意の一部をB1、残りの部分をB2(=B-B1)としても、同じ話になるはずです。
B1を小さく取れば、B1→0(無)の時、M1→0(無)でしょう。私の心がMなの
かM1なのか無なのか、私自身知り得ない、つまり、

    心(クオリア)はすべて錯覚だ!!

との結論に到達してしまいます。

                  ******

 このパラドックスは、私が何度も力説してきた[BとMの不一致]に基づく
ものです。
                [BとMの不一致]
    現在の物理学が正しいとすると、脳Bの方は、任意の一部
    B1の機能(B1の物理状態の時間発展)が、B1の「初期状態」
    および、B1が受ける「周囲からの局所的相互作用」の2つだ
    けで決定し、残りの部分B2(=B-B1)の存否に依存しないはず。
    ところが、B1に随伴する心M1の状態は、この2つだけでは
    決定せず、残りの部分B2(=B-B1)の機能にも影響を受けて
    おり、その結果B全体に随伴する心Mは、B1だけに随伴す
    るM1でもなければ、B2だけに随伴するM2でもなく、それら
    の独立した和でもない状態になっている。

これは、[A]を正しいとしたところから来ています。この[BとMの不一致]
が有るにも拘わらず、さらに[B]の「心・脳同一説」(心は脳の機能である)
を強引に押しつけると、心Mの方は錯覚となり、存在できなくなってしまう、
ということです。
 つまり、B1に随伴する心M1がB2の機能にも影響を受けているかのよ
うに感じたのは錯覚であり、本当はM1はB1の機能だけで決定している、
と考えざるを得なくなり、B1をB内部の個々のニューロン、個々の分子・
原子・素粒子にまで小さく取ると、M1→0(無)となってしまう訳です。

(正確には、こう表現すべきでしょう。2のところをn(≧2)に一般化し、正常
な脳Bをn個の部分B1-Bnが接合されていると解釈する時、

    自分の心がB全体に随伴する統合された「1つの心」Mなのか、
    それとも個々のB1-Bnに随伴する独立したn個の部分的な心
    M1-Mnの総和なのかを、自分自身で判断できない

後者の場合、M1-Mnは独立しているので、同時に2つ以上の視点には
立てず、どれか1つの視点にしか立てません。それをB1に随伴するM1だ
とすれば、

    自分の心がB全体に随伴するMなのか、それともB1だけに随
    伴するM1なのかを、自分自身で判断できない

になります。もちろんB1-Bnは、個々のニューロン、個々の分子・原子・
素粒子にまで小さく取ることができます。)

                  ******

 さてこのように、[A]と[B]を仮定するのではなく、[仮定]だけを仮定して
も、同じパラドックスに到達しました。心(クオリア)の存在をしっかり認め、
その機能や性質を実証科学・経験科学の研究対象にするためには、
[仮定]を否定する以外に方法は無い、と思われます。

                 [仮定]の否定
    私の脳Bの一部であるB1の機能(B1の物理状態の時間発展)
    が、B1の「初期状態」および、B1が受ける「周囲からの局所
    的相互作用」の2つだけでは、決定できない場合が有る。

この原因には、もちろん[A]と[B]を疑う2つの可能性が有り得ます。

                  [可能性1]
    B2(=B-B1)がB1に「非局所的相互作用」を及ぼしており、こ
    の「非局所的相互作用」は物理法則と干渉的(物理的に検出
    可能)なものであるため、B1の機能(B1の物理状態の時間発
    展)は、B1の「初期状態」および、B1が受ける「周囲からの局
    所的相互作用」の2つだけでは、決定できない場合が生じる。

                  [可能性2]
    B=B1+B2全体に、非物質的実体「霊魂」が宿っており、この
    「霊魂」は[並行説]ではなく[相互作用説]の「霊魂」であって、
    B1やB2の物理状態に影響を及ぼせるため、B1の機能(B1
    の物理状態の時間発展)は、B1の「初期状態」および、B1が
    受ける「周囲からの局所的相互作用」の2つだけでは、決定
    できない場合が生じる。

 [右脳不在のパラドックス]の結論は、

    心(クオリア)が錯覚でないためには、[A]と[B]の少なくとも一
    方は誤り、と考えねばならない。

でした。ここでの結論は、さらに一歩進んでいます。

    心(クオリア)が錯覚でないためには、[A]と[B]の少なくとも一
    方は誤りで、しかも[A]の「非局所的相互作用」や[B]の「霊魂」
    は、物理法則と干渉的(物理的に検出可能)である、と考えね
    ばならない。

です。これは、[SB029]の結論と全く同じものです。

                  ******

 [仮定]を正しいとすると、自分の心がB(=B1+B2)全体に随伴するMなの
か、B1だけに随伴するM1なのか、自分自身で判断できなくなり、MとM1
の区別そのものが無意味になる、と書きました。B2を人工的装置D1で置
き換えたB1+D1の状態でも、同じことが言えます。
 B1+D1の状態でB1に「左腕が痛い」と言わせている時の心M1は、

    <1> B1の機能だけで決定する心M1a

なのか、それとも、

    <2> B1+D1全体の機能に依存する心M1b

なのか、という区別が一応可能です。ところが、ここでも[仮定]を正しいと
すると、M1aとM1bの識別が原理的に不可能となり、区別自体も無意味
になってしまいます。他人を実験台にしてB1+D1の実験をしている時、そ
こに随伴する心がM1aなのかM1bなのかを、知る方法は有りません。た
とえ自分が被験者になってB1+D1の実験をしても、その時の心がM1aな
のかM1bなのか、自分でも識別できません。

 M1aとM1bの区別が有意味であるためには、やはり[仮定]を否定する
ことが必要です。つまり、「非局所的相互作用」または「霊魂」の作用のた
め、B1の「初期状態」およびB1が受ける「周囲からの局所的相互作用」
の2つは全く同じなのに、M1aの時とM1bの時とで、B1の機能(B1の物理
状態の時間発展)に差が生じることが必要です。

以上