2004.12.01 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2004

                  [SB036]
       波動関数の収縮は「客観的」か?「主観的」か?

                  ******

 波動関数の収縮は「客観的」な現象か?、それとも「主観的」な現象か?、
という問題を考えてみます。

 例えば、物体Pの量子状態を|P+〉と|P-〉の重ね合わせにしておき、ど
ちらであるかを私一人が観測して、|P+〉であるという結果が得られた場
合、私にとっては |P+〉+|P-〉→|P+〉という状態の収縮が起きるとして、私
以外の人にとってはどうか?という問題です。

    私だけでなく、|P+〉か|P-〉という情報を知らされていない人
    や、このような実験をしている事実さえ知らない人にとって
    も、波動関数の収縮は起きて、|P+〉という状態に確定した。

と考えるのが「客観的」。

    |P+〉であるという情報を得た私にだけは、波動関数の収縮
    が起きて|P+〉という状態になっているが、この情報を持たな
    い他の人々にとっては、波動関数の収縮は起きていない。

と考えるのが「主観的」です。

                  ******

      波動関数の収縮が「客観的」なものだとすると・・・    

 |P+〉+|P-〉という重ね合わせの状態を作った時、これは全人類に共通
する「客観的」な状態であり、かつ、どちらであるかを私が観測して |P+〉
であると判明した場合、全人類にとって共通に波動関数の収縮が起き、
誰に対しても |P+〉という状態になっている、と考えることになります。こ
れ自体は、それほど奇妙ではありません。(|P-〉の方はどうなったのだ?、
という疑問は残りますが)。
 ところが例の「絡み合い」が、非常に奇妙に見えてしまいます。電子1と
電子2のスピンのz成分を、「電子1が+なら、電子2は-」である状態|1+2-〉
と、「電子1が-なら、電子2は+」である状態|1-2+〉との重ね合わせにし、
両者を十分離した後で、電子1の方を観測したら、+だったとします。電
子1の方は、実際に観測したのだから、+と-の重ね合わせから+だけに
収縮するのはまあ良しとして、何もしていない電子2の方も、+と-の重ね
合わせから-だけに収縮してしまいます。これをどう説明するか?

                    (1)
    電子1は、過去に電子2と「絡み合い」の相関を持たせられ
    た事を覚えており、自分が観測されて+と-の重ね合わせか
    ら+だけに収縮する時、電子2を思い出し、時空を超越した
    不思議な作用で「自分は+にしたから、キミは-だよ」と情報
    を伝え、電子2の状態を、+と-の重ね合わせから-だけに収
    縮させた。

あまりにも奇妙です。
                    (2)
    電子1が+である事を知った私の心が、自分でも無自覚的
    に「念力」で電子2に作用を及ぼし、電子2の状態を、+と-の
    重ね合わせから-だけに収縮させた。

これも奇妙です。
                    (3)
    電子1が+である事を知った私の心が、自分でも無自覚的
    に全人類の潜在意識に「テレパシー」で作用を及ぼし、電
    子2の状態が必ず-であると知覚するよう、変化させた。

これも似たり寄ったりです。
 [霊魂説]の立場を取るなら、(2)や(3)は有り得るかもしれませんが、(1)
(2)(3)どう考えても、:現代物理学の常識に反する「念力」だの「テレパシ
ー」だのといった、奇妙な影響力を導入せざるを得ないように思えます。

                  ******

      波動関数の収縮が「主観的」なものだとすると・・・    

 そこで、波動関数の収縮は、その情報を持っている人の心の中だけ
で「主観的」に起きる、と考えてみます。 |P+〉だという情報を持っている
私の心の中では、 |P+〉+|P-〉→|P+〉という波動関数の収縮が起きてい
ます。しかし、 |P+〉と|P-〉とを重ね合わせにしたところまでは知ってい
るけれども、 |P+〉と|P-〉のどちらなのかという情報をまだ持たない人に
とっては、 |P+〉+|P-〉という重ね合わせのままだと考えます。そうすると、
(1)(2)(3)のような苦しい説明は不要になります。
 ただしこの解釈は、一見矛盾しているような擬似パラドックスを数多く
産み出しますので、いくつか説明しておきます。

                  ******

               擬似パラドックス1

 |P+〉と|P-〉とを重ね合わせにした上で、私がどちらであるかを観測し、
|P+〉だと判明したとしましょう。その後、私以外の人間がこれを観測す
ると、誰が観測しても、何度観測しても、 |P+〉であるという結果が得ら
れるのを、私は見ることになります。それは事実です。これだけでも、
ついつい私は、こう結論したくなります。

    私が観測し、私にとって|P+〉+|P-〉→|P+〉という波動関数
    の収縮が起きた時点で、私以外の人々にとっても、同じ
    収縮が起きていることになるではないか?
    どちらであるかをまだ知らない人には、|P+〉と|P-〉の重ね
    合わせのままだ、という言葉の意味が解らない。

 これは、[SB034][SB035]ですでに説明しましたが、重要なので、もう
一度説明します。

 私が観測して|P+〉だと知った後、まだそれを知らない友人が同じ観測
をすると、友人は確率50%ずつで、|P+〉である状態と|P-〉である状態に
分岐します。ただし、私はもう|P+〉である世界に配属ずみなので、|P-〉
に配属されていく友人を知覚することはありません。私が知覚できるの
は、|P+〉に配属される友人だけです。だから、友人が観測すると、100%
の確率で、|P+〉に配属されるように見えることになります。
 こう表現することもできます。「友人」の視点に立つ、という時、これを
「すでに|P+〉に配属ずみの私から見た友人」と混同してはいけません。
実は私が|P+〉か|P-〉かを観測した時、|P-〉の方へ配属された私もいた
のです。「友人」の視点に立つ、ということは、「すでに|P+〉に配属ずみ
の私から見た友人」と「すでに|P-〉に配属ずみの私から見た友人」の
重ね合わせを考えねばならないのです。つまり、|P+〉か|P-〉かをまだ
観測していない「友人」にとって、私の方が、「すでに|P+〉に配属ずみの
私」と「すでに|P-〉に配属ずみの私」の重ね合わせになっている訳です。
友人が観測した時に、友人はどちらかに分岐します。

 このように、一見すると有り得ない事のように錯覚してしまいますが、

    私は|P+〉であるという情報を持っているから、私にとって
    状態は|P+〉に収縮しているけれども、友人はその情報を
    持たないから、友人にとっての状態は|P+〉と|P-〉の重ね
    合わせのまま

ということは有り得るのです。

                  ******

               擬似パラドックス2

 ある物体Xを、排反的な3つの量子状態|P〉,|Q〉,|R〉の重ね合わせに
したとします。私は「|R〉であるか否か」を観測し、「|R〉ではない」という
情報を得たとすると、私にとって物体Xの状態は、|P〉+|Q〉です。友人は
「|P〉であるか否か」という観測をし、「|P〉ではない」という情報を得たと
すると、友人にとっての物体Xの状態は、|Q〉+|R〉です。
 もし、波動関数の収縮が「客観的」なものであるなら、私と友人とが互
いに情報交換しなくても、物体Xの状態は|Q〉に決定します。「|P〉または
|Q〉」と「|Q〉または|R〉」とを両方同時に満たし得るのは、|Q〉だけなので
すから。
 ところが、波動関数の収縮が「主観的」なものであるなら、私にとって
の物体Xの状態は|P〉+|Q〉のままであり、友人にとっての物体Xの状態
は|Q〉+|R〉のままであり、どちらも正しく、かつ、どちらも|Q〉に収縮しな
い、という場合が有ります。これもパラドックスに見えます。もし|P〉なら、
|Q〉+|R〉であると思っている友人は間違っていることになりそうだし、もし
|R〉なら、|P〉+|Q〉だと思っている私は間違っていることになりそうだから
です。

 二人が話し合って情報交換すると、私も友人も、相手が与えてくれる
情報により、物体Xの状態はどれか1つに収縮しますので、二人は顔を
見合わせたまま、黙り込んで見つめ合っているとしましょう。
 まず私は、「|R〉であるか否か」を観測し、「|R〉ではない」という情報を
得たと考えました。しかし、正確に言うと、「|R〉である」という情報を得て
|R〉状態にいる私(R)と、「|R〉ではない」という情報を得て|P〉+|Q〉状態に
いる私(P+Q)とに分岐した、と考えねばなりません。同様に友人の方も、
友人(P)と友人(Q+R)に分岐した、ということになります。
 私と友人とが話をし、お互いの持つ情報を相手に与え合うことにより、
私にとっての物体Xも、友人にとっての物体Xも、状態がどれか1つだけ
に収縮する状況を見てみましょう。

                  |P〉の場合
 私(P+Q)と友人(P)との会話になります。
    友人(P): 実は私、「|P〉であるか否か」という観測をすでに
         行い、|P〉であることを知っていました。
    私(P+Q): ああそうですか。私は「|R〉であるか否か」を観測
         し、|R〉ではなかったので、|P〉か|Q〉のどちらかで
         ある事は知っていました。そうか、|P〉だったのか。
二人とも観測は失敗してしなかったし、間違ってもいませんでした。

                  |Q〉の場合
 私(P+Q)と友人(Q+R)の会話になります。
    私(P+Q): 実は私、「|R〉であるか否か」という観測をすでに
         行い、|R〉ではない事が判ったので、|P〉と|Q〉の
         どちらかである事を知っていました。
    友人(Q+R): 実は私も、「|P〉であるか否か」という観測をす
         でに行い、|P〉ではない事が判ったので、|Q〉と|R〉
         のどちらかである事を知っていました。
    私(P+Q): という事は、|P〉でもなければ|R〉でもない、つまり
         |Q〉だということですね。
    友人(Q+R): そうです。|Q〉に決定しましたね。
二人とも観測は失敗していなかったし、間違ってもいませんでした。

                  |R〉の場合
 私(R)と友人(Q+R)との会話になります。
    私(R): 実は私、「|R〉であるか否か」という観測をすでに行い、
         |R〉であることを知っていました。
    友人(Q+R): ああそうですか。私は「|P〉であるか否か」を観
         測し、|P〉ではなかったので、|Q〉か|R〉のどちらか
         である事は知っていました。そうか、|R〉だったのか。
やはり二人とも観測は失敗していなかったし、間違ってもいませんでした。

 このように、波動関数の収縮が「主観的」なものであるとするなら、私は、
|P〉+|Q〉の重ね合わせのまま、友人は、|Q〉+|R〉の重ね合わせのままで
あり、しかも二人が情報交換しない限り、どちらも1つに収縮しない、とい
う状況が有り得ます。
 私にとっての外界と、友人にとっての外界とは、完全に一致する必要は
無いばかりか、一方が他方を完全に含む必要も無く、全く独立した状態
であり得る、ということです。もっとも、両者の間に共通部分が無い場合
には、私の知覚する世界に友人は存在せず、友人が知覚する世界に私
は存在しないことになるでしょう。「多世界説」では、このような事も有り得
ます。

以上