2005.08.13 馬場純雄
              (C) SumioBaba 2005

                  [SB048]
               心の最大の謎は
       多数の事物の存在と関係を認識できること(3)

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 私の心Mは、一度に2つ以上のクオリアの存在と、それらの関係を認
識できる点が、心の最大の謎です。つまり、Mは大量の情報を持ってい
ながら、部分的なn個の心M1-Mnの独立した和に分裂することなく、統
合された「1つの心」Mという統一性を保っている点です。
 Mが大量の情報を持つという事は、その状態を表現するために、多数
の「独立変数」が必要だと思われます。Mの状態を表すため、n個の「独
立変数」P1,P2,・・・,Pnを考え、これらの変数はどれも0または1の値を
取る、としてみます。果たしてそのような表現が可能かどうか、が問題
です。
 以下の論法は、[心・脳同一説](心は脳の機能である)を取るか、それ
とも[霊魂説](心は非物質的実体「霊魂」の機能である)を取るかに関わ
らず、どちらの場合にも成立するものです。

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 私の心Mの中で、変数P1に対応した部分をM1、変数P2に対応した部
分をM2、・・・とします。M1は、P1=0とP1=1の2つの状態が考えられま
す。どちらを考えても良いので、M1はP1=0の状態であったとし、これを、
M1(P1=0)と表しましょう。M2の状態も、P2=0とP2=1の2つの状態が有
り得ます。どちらでも良いので、M2(P2=0)だったとしましょう。

 重要なのは、P1とP2が「独立変数」である事です。つまり、M1(P1=0)
の視点に立つと、自分がP1=0に対応する状態である事は知り得ても、
M2の状態がM2(P2=0)なのかM2(P2=1)なのかを、知ることができない、
という点です。これは、「M1(P1=0)→M2(P2=0)」すなわち「M1(P1=0)が
存在する時は、必ずM2(P2=0)も存在する」が成立していない事を示し
ています。
 同様に、M2(P2=0)の視点に立つと、自分がP2=0に対応する状態であ
る事は知り得ても、M1の状態がM1(P1=0)なのかM1(P1=1)なのかを、
知ることができません。これは、「M2(P2=0)→M1(P1=0)」すなわち「M2
(P2=0)が存在する時は、必ずM1(P1=0)も存在する」が成立していない
事を示しています。

 [SB044]で、2つの異なる心M1とM2が「融合」している、「独立」してい
る、という言葉の定義を考えました。

                「融合」の定義
    心M1と心M2(M1≠M2)の間で、「M1→M2」(M1が存在する
    時は、必ずM2も存在する)、かつ、「M2→M1」(M2が存在す
    る時は、必ずM1も存在する)という関係が「自然法則(=物理
    法則+心理法則)的必然性」で成立している時、M1とM2は、
    「1つの心」Mに「融合」している。

                「独立」の定義
    心M1と心M2(M1≠M2)の間で、「M1→M2」(M1が存在する
    時は、必ずM2も存在する)と、「M2→M1」(M2が存在する時
    は、必ずM1も存在する)という関係が、「自然法則(=物理法
    則+心理法則)的必然性」でどちらも成立していない時、M1
    とM2は互いに「独立」している。

この定義に従うなら、M1(P1=0)とM2(P2=0)とは、互いに相手の存否を
知り得ず、まさに「独立」していることになります。
 すなわち、P1とP2とが「独立変数」であるとすると、それに対応したM
の部分M1(P1=0)とM2(P2=0)も必然的に「独立」していることになり、決
して「融合」する事は有り得ないのです。M1とM2だけでなくM3,・・・,Mn
も同様です。

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 では逆に、P1,P2,・・・,Pnは「独立変数」ではない、と考えたらどうでし
ょう? 例えば、すべてのP1-Pnは0、または、すべてのP1-Pnは1、だと
考えてみましょう。つまり、P1-Pnのどれか1つが0だと決まれば、他の
n-1個も0に決まるし、P1-Pnのどれか1つが1だと決まれば、他のn-1
も1に決まるという意味です。
 そうすると、Mi(Pi=0)[iは、1,2,3,・・・,nのどれか1つ]は、自分がPi=0に
対応する状態である事を知っているだけでなく、自分を含むすべての部
分Mj[jは、1,2,3,・・・,nのどれか1つ]の状態もまたMj(Pj=0)である事を知
っている、と言えます。すなわち、すべてのiとjについて

    「Mi(Pi=0)→Mj(Pj=0)」すなわち「Mi(Pi=0)が存在する時に
    は、必ずMj(Pj=0)も存在する」

が成立していることになります。
 M1(P1=0),M2(P2=0),・・・,Mn(Pn=0)は、それぞれが自分の状態を知っ
ているだけでなく、互いに自分以外のn-1個の存在と状態をも知り合っ
ていることになり、先程の定義に従うと、これらは「融合」して「1つの心」
Mになっていると見なせます。

 ところが、P1-Pnのすべてが0、または、P1-Pnのすべてが1、だとい
うのですから、今度は、P2-PnをP1と区別する事自体が無意味になっ
てしまいます。P2→P1,P3→P1,・・・,Pn→P1と置き換え、全部P1だけで
表現しても同じ、という事です。すると、

    「Mi(Pi=0)→Mj(Pj=0)」すなわち「Mi(Pi=0)が存在する時に
    は、必ずMj(Pj=0)も存在する」

は、

    「M1(P1=0)→M1(P1=0)」すなわち「M1(P1=0)が存在する
    時は、必ずM1(P1=0)も存在する」

という、単なるトートロジーになってしまいます。さらに、

    M1(P1=0),M2(P2=0),・・・,Mn(Pn=0)が「融合」して、「1つの
    心」Mになる

は、

    M1(P1=0),M1(P1=0),・・・,M1(P1=0)が「融合」して、「1つの
    心」M[=M1(P1=0)]になる。

と言っているだけで、実質的には何一つ「融合」を意味していない事にな
ります。
 P1-Pnを「独立変数」でないと見なせば、その分だけ、「融合」が可能
になったように見えますが、実はMの持つ情報がそれだけ減ったという
だけで、異なるM1-Mnが「融合」したことにはならないのです。

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 このように、P1-Pnを「独立変数」と見なしても、見なさなくても、

    私の心Mは大量の情報を持ちながら、しかも独立したM1-Mnに
    分裂せず、「1つの心」Mという統一性を保っている

という謎は、説明できないのです。大量の情報を表すためには「独立」し
ていなければなりませんが、「1つの心」Mに融合するためには、「独立」
していてはいけないからです。これを[独立してない独立変数(のパラドッ
クス)]と名付けます。これは、[SB005]に書いた[モナドのパラドックス]と
同じものです。両者を比較しておきましょう。

              [独立してない独立変数]
    統合された「1つの心」Mの状態を表す多数の変数P1-Pnは、
    「独立」しているか?、否か?
    もし「独立」しているのなら、Mは大量の情報を持てるが、
    P1-Pnに対応するMの部分M1-Mnも「独立」してしまい、
    「1つの心」Mに「融合」され得ない。
    もし「独立」していなければ、M1-Mnが「融合」して
    「1つの心」Mに成り得るが、今度は大量の情報が消滅し、
    最終的にはM→M1となってしまう。

              [モナドのパラドックス]
    私の心Mという一個の「モナド」は、「一」か?、「多」か?
    もし「モナド」が、一個の電子のような「一」であれば、
    「一」という統一性は持てるが、その中に大量の情報を
    詰め込むことができない。
    もし「モナド」が、多数の物質粒子の集合体のような「多」
    であれば、大量の情報を蓄えることはできるが、
    個々の部分M1-Mnが「自分は自分の事しか知らない」
    という独我論状態に分裂してしまい、「1つの心」Mという
    統一性の方が産み出せない。

以上