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| 個人情報 …と個人的趣味・ミーハーモード全開なコメント♪ |
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内海光司 〜KOHJI UCHIUMI
1968年1月11日生 / 山羊座 / A型 トップバッターはやはり最年長者、内海光司くんです。私がファンになったのは、光GENJIとしてデビューしてからですから、それ以前の経歴が長い彼の場合、古くからのファンがとても羨ましかったですね。 最初、妙に明るい人だなあと思いました。明るいというか、おもしろいというか。カメラがあたっていて、メインが他にいるそのうしろでピースをしたり、おちゃらけていて。 でも、その笑顔の裏には、色々なことを考えているんだろうなあと、そのうち考えましたね。一番年上で、芸歴(^^;が長くて。ずっとトップアイドルの位置にいられた人じゃないから。 光司くんに関しては、何が好きとか言えないんですが…基本的には全部好きですけど。顔も(目と斜めから見た輪郭がツボ)体格も(細いけど。定規みたいだけど)個性も(幼稚園の先生だろうがJr.のおにーちゃんだろうが仮面ライダー博士だろうが、ステージにドラえもんやニンジンやと○がりコーンが投げ入れられようが)歌も(なんとでもおっしゃい(笑))声も(控えめだし〜)、長所短所含めて。はい。でも今思うと、徹底してファンを大切にしてくれていたところとかも好きでしたねえ。「アイドル」でしたからね、本当に。 今は、歌を歌ってもらいたいですね。歌が聴きたいってのもありますがそれ以上にコンサートが見たいです。お芝居でもいいけど。「歌手・内海」もしくは「役者・内海」になってください。ただのテレビタレントじゃ光司くんの良さは100%じゃないからなあ。くすん。 先頭に戻る 大沢樹生 〜MIKIO OHSAWA 1969年4月20日生 / 牡羊座 / A型 さて、光司くん以上に光GENJIに賭けていたのはおそらくこの人なんでしょう、の樹生くん。 光、という二人組がなにより好きなツーショットだった私としては、やっぱりおにーちゃん的なところに惹かれていました。シルエットも雰囲気もふたりになると恰好いいしね〜。グループのファンになりはじめた頃は、結構ライバル的なところがあって、光司くんファンの私としては複雑だったんですが…やっぱり、ふたりの繋がりって計り知れないものがありますよね。 光GENJIのリーダーということで、やっぱりそれだけの器を持った人。樹生くんがしっかりしてくれていたから、GENJIのちびっこ集団がどうにかあとを追いかけてこられたんだろうな。 そうそう、私、樹生くんの脚がツボでした(笑)。脚の形。いい感じで筋肉がついていて長くてね〜。長さは似たり寄ったりでも、光司くんは細すぎだし晃くんはごつすぎたのでね。 あと、結構ころころと変わる髪型。個人的には「BRAVO! Nippon」の頃の短くておとなしい髪と、「BOYS in August」期のちりちりヘアがとっても大好きでしたわ〜。 最近は、陰でこっそり映画出演に野望を燃やしてますね(笑)。マイナー映画ばかりなのが残念ですが、その個性がマイナー傾向だからなあ…。なんにせよ、一所懸命働いて、妻子を養ってもらいたいものです(笑)。そうそう、彼の結婚話にはびっくりしましたわ。確かに早く家庭を持ちそうなタイプではありましたけど(^^;。 先頭に戻る 諸星和己 〜KAZUMI MOROHOSHI 1970年8月12日生 / 獅子座 / A型 よくも悪くも、光GENJIの対外的イメージそのものを背負っていた方、の和己くん。やはりオーラがある人ですよね。画面の端にいるより、中心にいる方が本当によく似合うんです。最近、テレビドラマの脇役とかいくつか出ていますが、やっぱり主役をやってもらいたいなあと思ってしまう次第。 一見何も考えていないように見えた初期の頃、いつも笑ってばかりでなんだかなあと思ったことがあったんですが、よく考えたら、いつも笑顔だっていうのは、短所じゃなくて、立派に長所なんですよね。それに気づいたとき、和己くんには敵わないって思いました。アイドルは笑うのが仕事、それでファンが幸せになれるんだから――そんなことを改めて感じました。本当に彼の笑顔にはパワーがありました。 で、やっぱり彼の最大の功績は「2・5・7」という曲でしょうか。あの曲を最初に聴いたときは、ひっくり返りましたが、なんか和己くんの光GENJIメンバーへの想いが伝わってきましたよ。卒業コンサでの「ジャニーズワールド」もそうですが。 近頃、また、テレビで見かけるようになってきました。ファンとしてはとても嬉しいです。笑ってばかりいた昔の表情とは違うけれど、とてもいい具合に大人の雰囲気が出できたと思います。歌も出してもらいたいですね。 先頭に戻る 佐藤寛之 〜HIROYUKI SATOH 1970年11月2日生 / 蠍座 / AB型 クリスタル・ヴォイス(笑)、光GENJI歌担当(爆)、寛くんです。 正直なところ、光GENJI初期の頃は、私には寛くんの良さがいまいち判りませんでした。ほら、彼って前に出てくるタイプじゃないでしょ。だから何を考えているのか見えないところがあって。 でも、後期になって突然ぼろぼろと皮が剥けてきましたね〜。ひとりでのMC、コンサートやCDのソロナンバーなどで、どんどん楽しい寛くんが見えてきて、一体どうしたんだろうって感じでした。でも、凄く良い方向に変わっているのが判ったから、見ていても本当に楽しかったし嬉しかったし可愛かったしすごく未来に期待ができる人だと思いました。 クリスタル・ヴォイスと最初に言ったのは、光司くんでしたっけ??? 本当に綺麗な声ですよね。それでまた泣きたくなるような歌を歌うんだ〜これが〜〜。光GENJIを、樹生くんとともに一足先に卒業した彼だけど、順調に歌の道を進んでくれているので嬉しいですね。いい曲多いですもんね〜、ヒロユキ・ブランドは。 先頭に戻る 山本淳一 〜JUNICHI YAMAMOTO 1972年2月28日生 / 魚座 / B型 ファンキーモンキーな淳くん。コンサートでは、動く淳くんを見るのが本当に楽しかったです。光司くんとのバク転連続技は見応えがありましたよね〜。体は小さいんだけど、ポップなノリの踊りが最高でした。 でもそれ以上に、好きなのが淳くんの歌でした。あの声量はタダモノではないです!! 正面から聴くと、声がバイブレーションみたいに空気を震わせて伝わってくるの〜。ということで、みんな好きだけど、その中でも特にイチオシな声は淳くんなのです。 それから淳くんの持つ雰囲気もいいですよね。ほわほわしていて。写真集「7×7」だったと思うんですが、淳くんは結婚したらゴミを出してくれそう、みたいなことが載っていて、そんなイメージがつきまとっています(^^)。 光GENJIを卒業してから、アウトドア番組とかが多くなってしまった淳くんですが、私は基本的にはやっぱり、淳くんには「歌手」でいてもらいたいです。 先頭に戻る 赤坂晃 〜AKIRA AKASAKA 1973年5月8日生 / 牡牛座 / B型 それぞれメンバー、大好きなんですが、それでもGENJIでひいきは誰かと言われると、私の場合晃くんです。成長しました。本当に。すでに気分はヒナを見守る親鳥のよう(爆)。 まず、声。あの天使の歌声と誉れ高かった頃から素敵な声でしたが、今も大好き。サビに入ってのびるような声の部分が好きなのです。 性格もね、反抗期とか言われていたでしょ、B型のふらふらっとした気分屋さんなところとか、妙にいい味を出してます。MCのときとか、光司くんや和己がお客さんにむかって話しているときに、晃ははしっこで、樹生くんとぼーっとふたりで腕を組んで立ってましたよね。で、ときどき顔をくしゃくしゃにして笑って。 今は、もちろん歌が聴きたいっ。CD出してくださいっ。…でも、役者としての可能性にとても期待しています。岡本健一くんとの「火の鳥」、大地真央さん主演「クレオパトラ」と、晃は自分の役を本当にうまく演じていたんですよ。大御所に混じっても、全然ひけをとらないんです。だからもっといい舞台やドラマに出てくれるのを楽しみにしています。「ゴクツマ」もよかったしね〜、いい役者になってもらいたいです。 先頭に戻る 佐藤敦啓 〜ATSUHIRO SATOH 1973年8月30日生 / 乙女座 / A型 ということで、最年少、あっくんです。あっくんと言うと、いつまで経っても可愛い中学生のようですよね。中学を卒業しても、二十歳になってもいつまでも、最年少のイメージの彼、あっくん、という呼び方が似合うようで似合わないようで…いかがなもんでしょう。 外からは完全なマスコット的存在、アイドルとして扱われていたのに、内側からはいつのまにかそんな部分を打破しようと動きだしていたみたいです。和己くんよりも少し不器用でしたけど。 役者としては、某クリスマスキスとか、某砂の城とか、イロモノ系が多いので期待しようにも困ってしまうのですが(笑)、そのパワーやエネルギーを表現するには、やっぱり歌やステージが一番じゃないでしょうか。いやが応にも盛りあげてくれますからねえ。 昔、ジャニーズファミリークラブで偶然敦啓くんと会ったことがあります。その端正な男らしいお顔を拝見して(敬語かい)感動しましたわ〜。ある意味ピュアな部分が残っている人なので、いつまでもなくさないでほしいですね。 先頭に戻る 光GENJI
ひとことで言うなら、やはり特別なグループです。何がいいとか何処がいいとか、もう言えないですね〜。それまで超売れっ子だった少年隊の見分けさえつかないほどアイドルに興味がなかった私がなぜ光GENJIにはまったのか――それはもう運命としか(爆)。 最初はやっぱり、メンバーのうちのたったひとり、内海光司くんに惹かれました。でも、いつのまにか「光」が好きになって、「7人」が好きになりました。誰にとってもそうだと思いますが、光GENJIというグループは、途中で2人が先に卒業してしまいましたが、7人のままなんですよね。 初めて行ったコンサートは光GENJIでした。大阪や名古屋の街を好きにさせてくれたのも光GENJI。都内のホールやスポットは、大体彼らの思い出と結びついています。最後に見た「7人」は、1994.8.27の大阪城ホール。最後に見た「5人」は1995.9.2の名古屋レインボーホール。光GENJI卒業の9.3のステージはチケットが手に入らなくて、でもやっぱり少しでもそばにいたかったから、レインボーホールの外で音を聴いていました。同じような女の子たちが、たくさんいましたよ、本当。 7人が、光GENJIという名前をメモリアルに変えて歩きはじめて、もう3年以上が経ったことになります。光GENJIという大きなグループが生みだす重みからようやく解放されて、逆に光GENJIのメンバーだったということで受けられた恩恵もそろそろ消えはじめる時期です。順調に自分の道を歩きはじめた元メンバー、もうちょっとどうにかなるんじゃないの的な元メンバー、それぞれですが、とにかくみんなに頑張ってもらいたいです。ある時期、確かに同じものを目指して同じ道を歩いていた7人、彼らに心底惚れこんでいたファン、みんなが運命共同体だから。 先頭に戻る |