TOKIO TOKIO EDITION:STAGE DATA
TRUE WEST

(公演)2004年5月:東京グローブ座/NHK大阪ホール


(作)サム・シェパード (訳)広田敦郎 (演出)アリ・エデルソン
(出演)松岡昌宏・大野智・手塚とおる・木内みどり


出来の悪い兄(リー/松岡)と出来のいい弟(オースティン/大野)の物語。
ふたりの立場が逆転したときに起きる、吐きだせるコンプレックスと吐きだせないコンプレックス。
今回はちょっと変わった感想の書き方です。
題して。


私の勝手な解釈&感想 あるいはもうひとつの『TRUE WEST』


 ■砂漠■
「俺は『ここ』じゃモノにならなかった」とオースティンに向かって言ったリー。
 すべてを捨てて砂漠に行こうとしたオースティン。彼は「リー」になりたかったのかな。小さくまとまっていて常識の枠から出られないオースティンと、常識を破る破天荒な物語をぶちたてて認められたリー。砂漠に行けば、自分も「リー」のようになれると思っていたのかな。
 ちなみに以下、想像ですらない私の創作としか呼ぶしかないネタなんだけど、リーは本当に砂漠にいたのかな、と前提すっかり覆し(笑)。いや、あちこちの町を放浪して盗みを働いていて、砂漠なんてのはまったくの口から出任せってのもありかしらと思ったのよね。根拠なんにもないけど(^^;。


 ■脚本■

 上の根拠なしネタ続き。で、リーは砂漠の物語を思いついて「これを商業ベースに乗せるには? そうか、オースティンのところへ行けば、関係者に会えるだろ」ってあの家に向かったとか。
 いや、リーがただ盗みを働くためだけという理由じゃ、あの家に来た理由が弱かったので。実際、しょっぱなのリーはえらく計算高そうだった。
 ■プロデューサー■
 手塚とおるさん演じるプロデューサーについては、感じた人も多かろうがホモに違いない。妻子のいるオースティンは、もともとそのケがあったのか、彼がプロデューサーだからという理由だったのかはわからないが、ともかく彼と関係あり。で、すぐに気づいたリーは、うまくそこを突いて気に入られ、ついでに脚本のアイデアも認められる。あくまでもアメリカで普通に転がっているにちがいない、同性愛者の三角関係。
 もっともリーは女好きなので、売り込みのため「だけ」で、リーとオースティンも実は、というやおい信奉者的発想は不可。


 ■タイプライター■

 しっかし、小道具の使い方が巧い芝居だった。
 タイプライターは、壊されていく過程が、どんどんオースティンの精神状態がおかしくなっていく過程とシンクロしていた。
 最初オースティンが使い→リーが使おうとして使えずに少しずつ壊し→しまいにはべきべきに破壊され→というそれぞれの状態で、リーはオースティンを同じように破壊していったのかもしれない。あれ、毎回壊していたよね。たくさん作ったんだろうなあ、小道具(^^;。
 ■トースター■
 オースティンの精神状態のイカれっぷりを如実に表現していたトースター。
 二階席で観ていたときに鳥肌たちそうになったんだけど、彼はトースターを一個一個、すごい計ったようにきちんとあるものは縦に、あるものは斜めに、あるものは横に並べていったのだ。その緻密さと言えば聞こえはいいが、異常なまでの神経質っぷり。あの病的な感じがあったから、突然彼が砂漠に行きたいという流れ→さらにリーに断られて逆ギレというクライマックスに繋がるオースティンの心理描写にも違和感なし。
 と思うと、なぜあの母親が必要だったのか?という疑問も解けるのだ。ぶっちゃけ、一番のクライマックスで登場して、ひたすらテンポを崩し、さらに生きるか死ぬかに繋がるほどの兄弟喧嘩をそのままに散らかった部屋から逃げていく…って、絶対まともじゃないでしょ。

 ■物語その後■

 無粋承知。相討ち。でしょ(笑)。殺し合いをしているうちに外に出て、ふたりとも傷だらけで死んでしまい、コヨーテに荒らされた死体で発見、とかどうよ。
 ■すごい気になったんだけど■
 何故あんなに客席で笑いが起きるのかわからーん。
 雰囲気とか物語の流れでなく、ただそのときの贔屓の人の仕草だけで客席に笑いが起きるってことがすごく多くてどうも気に障った。今シリアスな場面だから! すげえマジな顔して台詞喋ってるし、その心理がこの仕草に繋がってるのになんで笑ってんだよ!
 …って感じたこと何回もあり。いい芝居だったのに、ちょっと勿体なかったな…。

 ■リー/松岡昌宏■  ■オースティン/大野智■
 惚れなおしちゃった(*^^*)。
 ジャニ芝居以外も最近頑張って観ている私の意見としては、彼の舞台映え度はすごくレベルが高いと思う。ジャニ芝居も結構観た記憶あるけど…まあ少年隊・オカケンはさておき(彼らについては舞台数に較べて私が殆どその出演作を観ていないので語れない…)、他のジャニーズ舞台班の中では、めちゃめちゃコスプレ度の高い芝居限定赤坂晃(笑)くらいしか太刀打ちできないと思うほど、舞台向き。発声や滑舌もものすごくいい。仕草がいちいち絵になる。普段から割に人の目を意識してるっぽい立ち居振る舞いの人だからってのもあるんだろうけど、TOKIOがなければ舞台俳優にしたいくらいだ(でもTOKIOがある以上、他のなににもさせないよ〜ん♪)。
 最初はすっかりオースティンの立場で「こんな兄は迷惑」と思っていたが、話が進むにつれて、実はやっていることはまともじゃないけど、思考回路はオースティンよりよっぽどまともなんだと思った。ちゃんと自分のコンプレックスに気づいてるしね。それでぐれてしまうのはある意味普通の育ち方。
 多分リーも、今回会うまでは、オースティンのことをまともな弟と思っていたんだろうな。
 まあそれでも、こんな弟を持った兄よりも、こんな兄を持った弟の方が不幸だった。下に続く。
 以前プレゾンで拝見して以来、二度目の大野くんの舞台。
 まあでも前作がプレゾンなだけに(^^;、今回が大野くんの舞台初見感覚。優等生よりも不良に人気が集まる少女漫画の如く、大野くんに不利な役柄だったことは否めない。が、それを差引で見ても、やっぱりちょっとおとなしすぎたかな。声がこもってしまうのも気になった>座っている位置と方向のせいかもしれないけど。あと、妻子持ちの役には見えなかった(笑)。
 でも基本的には好演。最初はおとなしめなのに、後半になるに従って壊れていく過程は丁寧に演じていた。
 ホント、リーとオースティンと、どっちが不幸かと言えば、オースティンなのだと思う。
 彼は、モノにならなかったから砂漠に逃げた筈の兄にも負けたのだから。しかも一番自分の大事な部分で。「僕は努力だってしたし、真面目に生きてきたし、どうしてこんな悪いことばかりやってる兄に負けなきゃいけないんだよーッ」ってな気分じゃないの? 砂漠に行けば、リーになれるかもしれない。自分に足りなかった破天荒な部分を得ることができるかもしれない。…そう思ってたのに、砂漠では暮らせないって言われちゃって(いやマジでオースティンには砂漠暮らしは無理だと思うけど)。
 リーは見える怖さ。オースティンは見えない怖さ。見えない怖さの方が正体不明で恐ろしい。
 ■TRUE WEST■
 意味がわからん。
 日記でも書いたけど、タイトルの意味がマジでわからん。訳はわかるよ、わかんないのはそこに含まれてる意味ね。地理に疎いせいか? 翻訳物ってこういう「自分がもっと賢ければもっと絶対面白いのに!」ってネタが時々あって、もだえてしまう…。途中で「2フィート」という表現があって、バカな私はとっさに1フィート=33センチが思い浮かばなかったよ(^^;。
 この舞台の町と砂漠とどっちが西なのかもよくわかってないしのう…誰か教えて。
 しかもあの辺りの砂漠の生活と言えば、スパイクみたいにサボテンとお友達みたいな発想しか出てこないという(笑)。我ながらマジで勿体ない。
 ■総じて■
 終わったあとでこれだけ想像を働かせた芝居も珍しい。リーバージョンとオースティンバージョンと、いっそ小説でも書こうかと思ったわ(笑)。
 なにについても、100全て書くのではなく、60くらいのレベルでしか客に伝えていない。だから残りの40になにがあるのか、つい想像してしまう。
 そんな物語だった。
 個人的には100伝えてくれる話が好きなんだけど、今回想像を働かせていたのは面白かったな〜!
 ふたりの台詞の応酬、動きのタイミング、ほぼ二人芝居と言いたくなるようなバランスで、おそらくまぼはまぼにしかできない、大野くんは大野くんにしかできない役を作ったと思う。なにをおいても大絶賛、とまでは行かないが(タイトルの意味もわかんないし(笑))、レベルはかなり高かった。褒められてもファンの馴れ合い気分になってしまうグローブ座公演にしておくのは勿体ないぞ!
 余談だけど、某スポーツ新聞で劇評を読む。やっぱり妙なところで笑いが入るのは問題だったみたいだが、なかなかいい評価だった。私の目はやっぱりまぼ贔屓が入ってしまうので、完全な一般人の目から見て評価が高いというのは結構嬉しい。
 なにしろ私は、マジでまぼの舞台俳優的見映えのよさに惚れこんだ。次の芝居(いつだよ(笑))も楽しみだ。