| ■砂漠■ |
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「俺は『ここ』じゃモノにならなかった」とオースティンに向かって言ったリー。
すべてを捨てて砂漠に行こうとしたオースティン。彼は「リー」になりたかったのかな。小さくまとまっていて常識の枠から出られないオースティンと、常識を破る破天荒な物語をぶちたてて認められたリー。砂漠に行けば、自分も「リー」のようになれると思っていたのかな。
ちなみに以下、想像ですらない私の創作としか呼ぶしかないネタなんだけど、リーは本当に砂漠にいたのかな、と前提すっかり覆し(笑)。いや、あちこちの町を放浪して盗みを働いていて、砂漠なんてのはまったくの口から出任せってのもありかしらと思ったのよね。根拠なんにもないけど(^^;。 |
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| ■脚本■ |
| 上の根拠なしネタ続き。で、リーは砂漠の物語を思いついて「これを商業ベースに乗せるには? そうか、オースティンのところへ行けば、関係者に会えるだろ」ってあの家に向かったとか。
いや、リーがただ盗みを働くためだけという理由じゃ、あの家に来た理由が弱かったので。実際、しょっぱなのリーはえらく計算高そうだった。 |
| ■プロデューサー■ |
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手塚とおるさん演じるプロデューサーについては、感じた人も多かろうがホモに違いない。妻子のいるオースティンは、もともとそのケがあったのか、彼がプロデューサーだからという理由だったのかはわからないが、ともかく彼と関係あり。で、すぐに気づいたリーは、うまくそこを突いて気に入られ、ついでに脚本のアイデアも認められる。あくまでもアメリカで普通に転がっているにちがいない、同性愛者の三角関係。
もっともリーは女好きなので、売り込みのため「だけ」で、リーとオースティンも実は、というやおい信奉者的発想は不可。 |
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| ■タイプライター■ |
| しっかし、小道具の使い方が巧い芝居だった。
タイプライターは、壊されていく過程が、どんどんオースティンの精神状態がおかしくなっていく過程とシンクロしていた。
最初オースティンが使い→リーが使おうとして使えずに少しずつ壊し→しまいにはべきべきに破壊され→というそれぞれの状態で、リーはオースティンを同じように破壊していったのかもしれない。あれ、毎回壊していたよね。たくさん作ったんだろうなあ、小道具(^^;。 |
| ■トースター■ |
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オースティンの精神状態のイカれっぷりを如実に表現していたトースター。
二階席で観ていたときに鳥肌たちそうになったんだけど、彼はトースターを一個一個、すごい計ったようにきちんとあるものは縦に、あるものは斜めに、あるものは横に並べていったのだ。その緻密さと言えば聞こえはいいが、異常なまでの神経質っぷり。あの病的な感じがあったから、突然彼が砂漠に行きたいという流れ→さらにリーに断られて逆ギレというクライマックスに繋がるオースティンの心理描写にも違和感なし。
と思うと、なぜあの母親が必要だったのか?という疑問も解けるのだ。ぶっちゃけ、一番のクライマックスで登場して、ひたすらテンポを崩し、さらに生きるか死ぬかに繋がるほどの兄弟喧嘩をそのままに散らかった部屋から逃げていく…って、絶対まともじゃないでしょ。 | |
| ■物語その後■ |
| 無粋承知。相討ち。でしょ(笑)。殺し合いをしているうちに外に出て、ふたりとも傷だらけで死んでしまい、コヨーテに荒らされた死体で発見、とかどうよ。 |
| ■すごい気になったんだけど■ |
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何故あんなに客席で笑いが起きるのかわからーん。
雰囲気とか物語の流れでなく、ただそのときの贔屓の人の仕草だけで客席に笑いが起きるってことがすごく多くてどうも気に障った。今シリアスな場面だから! すげえマジな顔して台詞喋ってるし、その心理がこの仕草に繋がってるのになんで笑ってんだよ!
…って感じたこと何回もあり。いい芝居だったのに、ちょっと勿体なかったな…。 |
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