青少年の理科離れ
前田 悠
青少年の理科離れは憂慮すべき問題であり、多くの方によりいろいろな機会に論じられている。
しかし、私には重要と思う視点が欠落している議論が多い。
まず、理科ヘの興味をもつためには、現象の面白さを経験させることが大切であるということについては多くの人が一致するであろう。
それゆえに、この線に沿った努力として、多くの学会が、小、中、高校生を対象とした実験や観察を主体とした催しを過去20年以上に亘っ
て多くの地方で実施している。また、学会とは別に、多くの大学も独自に同様な趣旨の活動をしている。問題はそれにも拘わらず、青少年
の理科離れと云う現実が続いていることである。これには、他の要因があると考えるべきではないだろうか。私の理解では、自然現象の面
白さを感じるということは、美しさに対する感動とともに、不思議だなあという疑問が湧くことを伴っている。この疑問が湧くためにはあ
る程度の知性が必要であり、中学生、高校生と年齢が上がるに従い、論理的思考能力が備わっていて初めて面白いと感じることが出来る現
象が増えてくる。現象に親しむ機会を作るという従来路線が間違っているのではない。それはそれとして正しく、今後も継続される必要が
あることは論を俟たない。しかし、それだけでは不十分であるというのが私の言い分である。
まず、青少年の論理的思考能力を高めることが重要である。それには囲碁、将棋の様な遊び(またはこれらに変わる現代版のもの)
を普及させる方策を考える必要がある。高校の国語(現代文)の授業を重視して、言葉で考えることや、自分の考えをきちんと表現するな
どの訓練も大切である。大学入試に幾何の証明問題を課すことは一考に値すると思う。また、高い論理能力とともに、想像力も豊かでなけ
ればならない。漫画やテレビなど画像情報が氾濫している今日、子供たちの想像力が衰えているのではないかと危惧している。落語が人気
がないのもそのことと無関係ではないだろう。想像力があればこそ、何度同じ噺を聞いても楽しめるわけである。
総合選抜方式(AO) の入試において、詰将棋や次の一手を問うとか、好きな落語の解題をさせるのも一案と思う。このような一見理科と
関係ないような事柄が案外重要ではないかと思っている。
(2002年12月)
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