「ここの患者さん?」 あかりは密にそう尋ねた。 薄紫色のパジャマを着て肩には上着を羽織っている。 密ほどではないにしろ、色素の薄い茶色い髪は肩に掛かるか掛からないかの長さだ。 長い入院生活のせいで肌は白く大きな瞳がよく目立つ。 13歳の少女と聞いてはいたが13歳にしては少し背が低い気がした。 「あ・・・えっと患者じゃなくて・・・。」 「じゃあ、お見舞いか何か?」 「えっと・・・うん、そんなとこかな。」 初仕事で都筑のいないときに対象者と会ってしまい、密は戸惑っていたため何とかごまかそうと必死だった。 とはいえ下手な言い訳を考えても怪しまれては困るのであかりの話にあわせることにした。 「そうなんだ・・・。」 あかりはどこか寂しそうに言った。 密はそこで初めてあかりの手に握られている花を見つけた。 なんてことのない、そこらに咲いている花だった。 その花びらは何枚かなくなっており、残っているのは2、3枚程度だった。 不意に強い風が吹き、あかりの上着が風に飛ばされた。 「あ・・・。」 あかりが声を出すと、密はすぐにその上着を拾いに行った。 少し離れたところで上着を捕まえてあかりのもとへ戻り、渡した。 「ありがとう・・・。」 「だいぶ風が強くなってきたね。そろそろ病室の戻った方がいいんじゃない?」 「うん・・・そうする。」 あかりは再び上着を羽織ると残っていた花びらをちぎった。 花びらの残りは1枚になった。密にはなぜあかりがそんなことをするのかわからなかった。 最後の1枚が風に乗って飛んでいくと、あかりは微かな笑みを浮かべて密を振り返り、病室へと戻っていった。 「え・・・?じゃあ対象者のあかりちゃんに会ったの?」 しばらくしてから戻ってきた都筑が言った。 密はその言葉にこくんとうなづいた。 会ったと言ってもほんのわずかな間だが。それでも都筑には言っておかなくてはならない。 「あかりちゃんってどんな様子だった?何でこの世に未練があるのか・・・わかる?」 「いえ・・・わかりません。ほんのちょっとしか会ってなかったし。」 密はあかりの事を思い出した。 どこか寂しそうな雰囲気はしていたが別にとりたて気になるようなところはなかった。 そういえば・・・。 「都筑さん、あのこ花の花びらを1枚ずつちぎってましたけど・・・。」 「え?花占いをしてたの?」 「花占い?」 「うん、花びらを1枚ずつちぎっていくんだ。1枚にそれぞれ違う事を決めていってね。よく告白する前とかに使われるかな?好き、嫌いってね。最後の花びらの言葉がそうなるって風に。好きで終わったら好き。嫌いで終わったら嫌い。」 「告白するのかな?あのこ。」 「そうとは限らない。花占いはなんにでもつかえるからね。」 「じゃあ一体何を占ってたのかなぁ・・・。」 ほんの些細な事ではあるが密は何故かそのことが気になっていた。 何かを占っていたとしたらあのこの最後の花びらは何だったんだろう。 そんな疑問も仕事とは大して関係はないだろうと思い、密は思考を止めた。 課長室の中には相変わらず巽と亘理が座り込んでいた。 しばらく沈黙が続いていたが巽が口を開いた。 「密さんは何者なんでしょう・・・。」 巽は今しがた、亘理と話していた事を振り返っていた。 花見の席で「密」は亘理に桜は好きだと言っていた。 だが今まで経験から密は桜は嫌いなようだった。 密は桜が嫌いなのに「密」は好き。 二人は別人だと言っていたからそれは別におかしくはない。 だが密には自分たち召喚課のメンバーの記憶があった。 都筑のことも亘理のことも巽のことも全て覚えていた。 なのに桜が好きということは生前の邑輝の殺人現場を目撃した記憶はないということだ。 つまり「密」には密の死後の死神としての記憶はあっても生前の記憶はないのだ。 これはどういうことなのだろうか。 全てを覚えているか、全てを覚えていないかなら理解できる。 「密」の記憶は一体何処のものなのだろうか。 「亘理さん・・・あなたはなにか考えがあるのではないですか?」 ソファに座ってお茶を飲んでいる亘理に巽が言った。 密の記憶について巽はあれこれ考えてはいたがよくわからず、結局亘理に尋ねる事にした。 「まぁ、ちょっとずつ考えていけばわかるやろ。簡単に言えば嬢ちゃんは坊が死んだ後に坊の中に現れたっちゅうことかな。生前は一緒やなかったけど死後は嬢ちゃんと坊はずっと一緒にいた。それなら記憶の事も説明がつく。」 「死後に・・・?」 「ああ。俺は嬢ちゃんは元は普通の人間やったと思うんや。でも・・・おそらく死んでしもうて魂だけの状態になった。その魂が死神となった坊の中に入り込んだ。つまり一つの身体に二つの魂やな。それが一番自然やろ。」 「でも・・・それならば密さんの魂は回収されてないという事でしょう?閻魔庁に回収依頼がこないのはなぜですか?鬼籍に載っても魂が回収されないのならば我々に依頼がくるはずでしょう。」 「う〜んそれがわからへんのや。可能性としては死んでも鬼籍に名が載らなかった・・・ちゅうのがあるんやけど。」 「まさか。そんなことありえませんよ。地上での戸籍が作られた時点で既に閻魔庁でも登録されます。閻魔庁に登録された魂は例外なく寿命がくると鬼籍に名が載るんですよ?」 巽はそんなことがあるわけないのだとそう言ったが亘理はその言葉に反応した。 「そうか・・・地上での戸籍や。」 「え?」 「地上で戸籍が作られれば閻魔庁に登録され寿命がきたときに自動的に鬼籍に名が載る。でももし地上での戸籍がなかったら・・・閻魔庁に魂が登録されなかったら・・・死んでも鬼籍に名が載らんのやないか?」 「日本で戸籍が作られないなんてことありますか?そんなのは生まれてすぐの・・・。」 巽ははっとした。 そうか、その可能性を見逃していた。 亘理は巽の様子を見て気付いたな、とうなづいた。 「そうや・・・生まれてすぐの赤ん坊には戸籍がまだない。もしも戸籍ができる前に死んだとしたら?両親が何らかの理由でその死を隠したとしたら?戸籍がなく、死亡届もなく、社会的に一切存在していなかったとしたら?」 「死んでも・・・鬼籍に名が載らない。私たちに依頼もこない。誰にも気付かれずに魂のみで存在する事ができる。」 巽と亘理はそれ以上何も言わず、向かい合っていた。 目を合わせたまま微動だにしない。 巽と亘理の出した答え。 「密」は生まれてすぐに死んだ人間の魂なのだ。 そしてその人物はおそらく・・・。 「「密の・・・姉・・・・!」」 日日草。 笛吹水仙。 霞草。 優しい追憶。 優しい追憶。 夢心地。 隣にいるのに気付かない。 側にいるのに気付かない。 戻る |