今月の一冊!

月イチペースで、帆船無関係に、特に印象に残った本とかシリーズとかを、つらつらと…。
(扉絵画像からはAmazonへ飛べます。日々の読書遍歴の詳細は、
日記を参照のこと。)



/P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー/荒野のホームズ、西へ行く/ジョーカー・ゲーム/のぼうの城/禿鷹の夜/

書庫INDEX

2009年8月

「P.G.ウッドハウスの笑うゴルファー」… P・G・ウッドハウス著 岩永正勝・ 坂梨健史郎訳 集英社 

 ついに。
 集英社まで参入してきましたかそうですか。

 昔創土社から出た「ゴルきちの心情」の改題改訳と思い込んでいたのだが、確認すると「ゴルフ大全」なるゴルフ物短編集のうちの、それぞれ別の一部ずつだった。創土社は20年以上前に、コレと「スミスにおまかせ」と二冊のウッドハウス本を翻訳出版するという快挙をなしとげたのだが、アトが続かなかったのだった(私はスミスのみ所有している)。昨今のウッドハウスの売れっぷりを見ると嘘みたいだが。漫画化までされてるようだしなぁ(白泉社から「プリーズ、ジーヴズ!」。つまり少女漫画系だ)。
 手ごろに忘れていて、お約束満載なのだが読むほどにクスリ、ニヤリ。笑いにも「古典」はあるのだ。半世紀以上昔のゴルフ狂の善男善女が、ゴルフへの愛と異性への愛とあるいはソレら以外への愛のはざまで右往左往。
 うーむ、何を読んでもなんだか心がやすらぐなあウッドハウス。
 やはり人間に一番必要なものは、ゴルフ…いや、愛?いやいや違う、笑いである。 

   


2009年7月

「荒野のホームズ、西へ行く」… スティーヴ・ホッケンスミス著 日暮雅通訳 早川書房 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS 1825) 

 昨年とりあげた「荒野のホームズ」に続く長編第二作。ホームズに熱い思いを寄せる文盲カウボーイ探偵とその弟の物語は、ホームズ物のパスティーシュとしても風変わりな魅力に満ちていたが少々地味なのがタマにキズであった。ところが長編第二作は、何とも派手やかでしかも前作同様兄弟の絆が心に沁みるという見事な止揚っぷり。本国で三作目以降が続いているのも納得なら、デビュー短編も是非呼んでみたいとますます気になる。
 なにしろ今作の舞台は、ヒナびた牧場ではなく、大陸横断鉄道なのだ!
 しかも、シャーロック・ホームズとはまた一味違った、ダイム・ノヴェルに登場する西部のコワモテヒーロー…アル中だから元ヒーロー?・“パール・ロックハート”とも競演するのである。勿論このロックハートは虚構の人物だが、ガンマンや名保安官、名のあるな開拓者たちがさまざまな雑誌の中で伝説と化しつつ活躍しているのはアメリカ文学史・風俗史の中ではおなじみの光景だ。

 アル中のガンマン、勇敢な美女、妙な荷物をかかえたセールスマン、身なりのいい中国人、にぎやかな家族連れ…そこに列車強盗団までが登場する。これで面白くならないほうが不思議である。
 あくまでフーダニット、論理にこだわる事件設定と、派手なアクションが交錯して、映画化したら素敵だろうなとも感じてしまった。
 もちろん、兄弟の絆と、そこに欠かせぬユーモラスなかけあいも健在。なんと名探偵志望の兄は、列車上の事件に取り組まねばいけないのに、実はめちゃくちゃ乗り物に弱かったのだった!弟は弟で、書き溜めた事件簿(兄が謎を解いた事件簿ということだ)を出版社にまだ送らないのかと兄にせっつかれて、でも文章力にイマイチ自信が持てないものだからウダウダ悩んでいる。なんとも可愛い男どもだ。三巻目以降に期待!
 そして、短編もある程度発表されている筈らしいので、というより短編でデビューした探偵のようなので、そっちから出してくれても全くOKである。雑誌掲載ぶんとかないのかな?。



★6月に読んだ「トーキョー・ブリズン」を超えるものがなかったので(5月分で触れてしまったのに!)、
6月はお休みさせていただきました。やっとこ再開したのにスイマセン。 m(__)m

2009年5月

「ジョーカー・ゲーム」… 柳 広司著 小学館 

 ついに。
 なんと、このミス二位である。しかも吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞のダブル受賞も。日本のミステリ界でもかなり個性的な作風のかたで、まさかそんなにメジャーになる日が来るとは思わなかったのだが…が、面白いので、既に何冊か読んではいた。
 何が珍しいって、主人公のガイジン率がかなり高い。それもマルコ・ポーロだのシートン(動物記の)だのシュリーマンだのダーウィンだの。最近は山月記の虎になった役人のムスコ、なんて主人公まで書いていた。

 日本人の活躍するものもあるが、これもなぜか漱石がらみのものが多い。「贋作『坊ちゃん殺人事件』」「我輩はシャーロック・ホームズである」「漱石先生の事件簿〜猫の巻」、今のところ現在の日本を舞台にしたものは全くない。基本はパズル系、知的エンタメなのである。リアリズムなんてどうでもいいのである。ドロドロしたリアルなんてむしろお呼びでないのである。
 その一方で、幻想的な場面を書かせると非常にいい味出してくれるため、必ずしも、人間不在の単なるロジック遊びに終わるわけではない…というのもまたミソである。国民性だの時代性だのをひょいっと飛び越えながら、普遍的な人の心のミステリーへもしっかり分け入ってくれるのだ。

 「ジョーカー・ゲーム」も、日本が舞台だが舞台は半世紀あまり過去にある。昭和のスパイ養成学校“D機関”がテーマの連作短編集。そしてやっぱりというかなんというか、D機関創設者の結城中佐は、愛国心なんてものほどスパイに邪魔なものはない、と言ってのける。真に有能なスパイであるためにはどこまでも個人主義のカタマリでないと…と。「日本的」ウェットの真逆ですね。スタイリッシュなパズル風味の謎解き譚。ただ、思わぬところで抑えに抑えた情感を噴出させてくれてるところもあって、そのへんが全体としての読後感を、さらにひと筋縄ではいかないものにしている。こういう作風はあまりネタを割りたくないので細かくは書かないけれど、「リアルのどろどろ」より「知的興奮」を求めるあなたに、とにかくオススメ!
 続編も出るらしいとの噂がさらに嬉しい!

 これに次ぐオススメは、この人の作品中でも特にダーク系で幻想強めな「トーキョー・プリズン」かな。舞台が戦犯収容所、相当重いテーマをはらみつつも、なんと三つのレベルで謎解きが並行しつつ進む(しかも語り手は日本人ではない)という複雑で強烈な面白さを持つ作品です。

  


2009年4月

「のぼうの城」… 和田 竜著 小学館 

  「のぼう様」、その意はずばり「でくのぼう」様。
 武術はからきし、百姓仕事が大好きで(でも手伝いにいっては迷惑がられる不器用ぶり!)、子どものように能天気で本音しかない、また自分の思いをセーブしたり隠したりは全くできない、殿様に…武士にあるまじき男。百姓にも家臣にも徹底的に軽んじられ、しかし意外と深いところで愛されている男。
 そういうリーダーのもと、圧倒的な大群で迫る太閤秀吉の北条攻めに抵抗し、驚くべき善戦を見せた忍(おし)城の面々とは…
 時代小説ニューウェープ。

 非常に今風のキャラメイクには少し驚く。人物描写よりキャラ設定とかいうほうが似合いそうな文章なのである。こんな、全員悪ガキのような重臣どもなんてありえない。ただ、それが物語のスピード感を加速しているのも確かである。
 人一倍小柄な若者だが天才軍師を標榜する酒巻靭負、癖の強い豪傑柴崎和泉守、そして知勇兼備の筆頭家老正木丹波守、この三家老が守備側の要である(のぼう様は実務や戦闘は何もできないので)。彼らがそれぞれ全身全霊をもって繰り出す秘策・奇策がなんとも痛快。特に丹波、カッコよすぎだ(笑える場面も含めて)。非の打ち所のない武人と見えて、微妙に繊細な部分も持ち合わせていて、何ともいい味出てます。

 だがこの戦、本当ならば起こらずともよいものでもあった。攻め手の大将石田三成の妙な潔癖症と戦功への渇望がなかったならば。実は無血開城を言い含められていた忍城の人々は、「ホイホイ卑屈に降伏しまくるような、つまらぬ奴等しかこの世にはおらぬのか。そんなのイヤだ」という三成の思いから、抵抗に追い込まれたようなものなのである。なんというハタめいわくな男。だが、この超我侭傲慢でかつピュア、という三成の人物像は、マンガチックだが鮮やか!「バカな奴」と断じつつも、ついつい面倒をみたくなってしまう親友・大谷吉継の気持ちも理解できてしまうので困ったものだ(笑)
 すごーく難儀で困った人なのだが、可愛いぞ三成!(そしてカッコいいぞ吉継)

 そして、「のぼう様が言うんじゃ、しかたねえなぁ」と圧倒的不利がわかっていて素直に従う百姓たち。彼らの存在こそ実は戦いの鍵だった。こうした、戦いの背後にある人間関係の目新しさと描写が、二転三転する戦闘描写の面白さとあいまって、楽しめるエンタティメントに仕上がっている。のぼう様こと成田長親も、三成とはまた違った意味で「困った人」なのだが、両者ともども、困った人だからといって誰からも慕われない助けられないというわけではない、人の心の不思議さがさわやかな後味につながっている。

 しいていえば、キーマンである「のぼう様」が、他のメインキャラに比べれば不鮮明な気がするが、「これまでに全くなかったタイプの指揮官」をひねりだした時点でこの物語の面白さは一定確保されていたのだろう。
 司馬、池波、藤沢といった、これまでの大家たちの格調高さを求めてはいけない。この作品、多分格調だけはちょっと不足している(品がないと言っているわけではない)。だが、「歴史小説らしい」重々しさをちょっと脇に置いたところに、この作品の破天荒な魅力があるのだと思う。時代小説ずれしていない人のほうが素直に楽しめるだろうが、…スレてる人にも一読をオススメしたい新鮮な一作ではある。



★都合により、2・3月はお休みさせていただきました。 m(__)m

2009年1月

「禿鷹の夜」… 逢坂 剛著 新潮社 

 ハードボイルドタッチの「警察暗黒小説」。
 明らかにヤクザより悪い刑事が主役を張っているので看板通りだ。だが、徹底して主役の内面描写を省くかわり、サブキャラはいくらでも内心吐露して主役を描きだすのに貢献する、という、普通のハードボイルドともちょっと違った、しかしスピーディな語り口が、この物語に際立った個性をかもし出すのに成功していると思う。

 刑事・禿富鷹秋(とくとみたかあき)、通称禿鷹(ハゲタカ)。
 ヤクザもマフィアも彼にとってはメシの種、というとんでもない悪徳刑事である。ただし、ヤクザに目こぼしをして小遣い稼ぎ、なんてチンケなイメージではない。天上天下唯我独尊、ヤクザをアゴで使う男。鉄面皮にして全く悪びれたところがない。禿鷹のクールで脱・常識な言動に、常識人のヤクザ屋さんたちがいちいち動揺したり困ったりフォローを入れたりするさまが笑える。

 だいたい、あれだけ色々裏で荒稼ぎしておいて、渋いなりに小洒落た服装を整えたり、ちょっとグルメな食生活を保ったり、まぁたまに恋人に高価なプレゼントって…えーと、それだけ?それだけじゃ、おカネ余るんじゃないですか?!いったいこの人何やってるの?何がしたいの?と、突っ込みどころは多いのだが、一切彼の内面は説明されない。こうした思い切った書き手のスタンスが独特のドライなおかしみを生んで個性的な味わいとなっている。…こんな悪人、付き合ってられるか!と思う人も結構いるだろうけれど(^^;)

 そしてこのシリーズのもうひとつの魅力は、アクション描写のキレのよさだろう。禿鷹は中肉中背(痩せて見えるが肩幅は意外と広いという、ちとワケのワカラン描写がある)、体格的には目だたないが、素手でも武器を持たせても、無闇矢鱈と強い。冷酷非情に徹した闘いっぷりにもよるだろうが、運動神経がよっぽと良いのか。自分より大きく強そうな連中に連戦連勝、ナサケ容赦なくひねり潰し続ける。
 そして、そんな彼ならばこそ、ただ一度、恋人の悲報を受け顔色を無くす場面(但し描写はあくまでも外面からのみ)は、緊張感あふれる出色の名場面ともなっているのだ。一巻後半の禿鷹の大暴走(となけなしの読者の共感)は、このシーンが支えているといえよう。

 さて、一巻目が支持されたからこそのシリーズ化ではあろうが、二巻目からは、また多少毛色が変わってくる。警察内部での暗闘もあり(悪徳警官VS悪徳警官だが…)、「理解不能キャラ」禿鷹と「常識人」ヤクザの対比が生む黒っぽい笑いは更にエスカレート。三巻目の禿鷹大怪我シーンの馬鹿馬鹿しさといったら!まぁユーモア・ピカレスクと思えばそれもありだが。
 アクション場面のシャープさも変らないが、「もしかすると女性関係だけはそれなりにピュア?」と思わせてくれた一巻とはうって変わって、続巻三冊の禿鷹は顔に似合わぬ色悪でもある。元々面食いではない、むしろ悪食っぽいのは良いとしても、自分が死地に追い込んだライバル系ヤクザの未亡人やおバカな人妻をたぶらかしたりするのは生理的にちょっとね。この手の傍若無人さは男性読者には良いかもしれないが私には居心地が悪い。あえて「あくまで箸休め」というか、心を移さないような相手を選んでいるとの解釈もありえるが、禿鷹の本心は見えないままだ。シリーズ完結編の最終ページ、ちょっとあざといようなタネ明かし…どんでん返しに彼の本心を見た…と考える登場人物もいるのだが、それもまた一方的な決め付けでしかない。

 どこまでも悪徳刑事だが、必ずしも欲だけでなく虚無が底光りする特異なキャラクター。何かしら彼なりの美学を抱いている、かもしれない気配は漂わすのだが、奈辺にその境界があるのか決して人には見せない禿鷹。人好きのする人物像では全くないが、その「見えにくさ」の絶妙なさじ加減が、どうにも目を離せない男なのであった。

 ちなみに、禿鷹のビジュアルイメージモデルは、あくまでも!、悪役でブレイクし50〜60年代にはヒーロー役でも活躍したハリウッド・スターの故・リチャード・ウィドマークである(著者もウィドマーク・ファンを明言している。更にいうと私も大ファンだ。逢坂ファンでなくウィドマーク・ファン!)。
 広い額にそげた頬、くぼんだ瞳、尖った鼻梁、薄く歪めた唇。体格も控えめで「死の接吻」の殺し屋役に酷似、と、ここまで具体的なのに文庫版のあとがきで蟹江敬三だのジェームズ・コバーンだの書かれているのは悲しいことだ。戦後は遠くなりにけり。いや、私もそんな頃まだ生まれていませんでしたけどもさ。…まあ「死の接吻」と邦題のついた映画は何と三作もあるので余計にわかりにくいのかもしれない…

 タイトル通りの悪食な読者(笑)に、特にオススメ。

     
 ※文庫版もあります。


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