『別冊シャレード 天城一特集3』

『別冊シャレード 天城一特集3』



 短編の名手、天城一。そのひときわ奇想に溢れた哲学者摩耶正を探偵役とする全短編が初めて集成された。天城一の作品のうちで摩耶が登場するのは主に初期であるので、作者の初期短編集に近いものにもなっている(→作品目録)。
 こうしてまとまるとさすがに壮観である。好きな作家であるが、やはり難解には違いない。ぴたりとつぼにはまったときには無常の悦楽を味わえるが、そうでないときはどうするか。読み解く力を我々読者も試されている。

 「不思議の国の犯罪」は、作者のデビュー作。会社の敷地内の通路で札付きの不良社員が刺殺された密室殺人。島崎警部補は鮮やかな判断を下すが、作者が<犯罪現場の道化師>と呼ぶ摩耶がそれに異を唱える。摩耶はこれは我々の法則の適用できない世界の犯罪だと主張するが。簡潔にして極めて明快な一編。

 「鬼面の犯罪」は、ガラス工業会社の社長が殺された事件。被害者の妻と弟は鬼が短刀を振り上げるのを見たと言う。島崎はそんなことを警察が信じると思ったのかと呆れるが、犯人の狙いはまったく別のところにあった。摩耶による解明だけでは理解できず、作者の解説でようやく意図がわかる異色編。

 「奇跡の犯罪」は初稿版と改稿版の両方を収録。 銃声を聞きつけて部屋の扉を押し破って入った発見者は暗闇の中で死体がギャッと叫ぶのを聞いたという。医学的には決してありえない現象。誰もが聞き違いだと思うが、摩耶はそれを奇跡だと言う。
 カーの短編に前例がある奇術トリックの密室への応用だがちょっと馬鹿馬鹿しい気もする。ところが密室トリックの類別集成の点から見ると評価が一変するという。マニア好みの一編。

 「高天原の犯罪」は、 摩耶ものの最高傑作にして天城一の代表作である。 新興宗教の教祖が密室で殺される事件。 神の死ということで冒頭はニーチェのパロディである。 見えるはずのものが見えなくなるトリックは単純明快。 それでいて戦前戦後の日本の世相を激しく嘲笑う。 この批判精神こそが本格ミステリを寓話に昇華させる力である。

 「夢の中の犯罪」は作者にとっていろいろと不満のあった作品で、後に島崎警部ものの「火の島の花」に改作された。ここにはその両者を収録。
 前者は夢の中のような犯罪を演出するその大胆さは凄いが、確かにあらが多すぎる。後者はそれらの欠点が全部解決された上ですっきりまとまった味わいになっている。島崎警部と犯人の対話は圧巻。

 「明日のための犯罪」では、現場から夕立で湿った庭に出ていった足跡は途中でぷっつり途切れていた。傷を負った被害者の義妹は幽霊を見たと言うが……。 これも代表作。極めてわかりやすい。 トリックそのものよりもなぜそんな足跡を残したかの方がなお重要。
 作者によると、ブリーン『ワイルダー一家の失踪』の足跡トリックについての技術批評だそうだ。 密室ものを茶化すパロディのつもりで書いたのに、逆に正統な密室ものとして評価されてしまったことが不満だったという。

 「ポツダム犯罪」では、島崎警部は摩耶とともに元大東亜共栄圏の理論的指導者だった丸橋博士が開いた易断所に内偵に行く。丸橋の妻雪子は島崎の幼馴染みでもあった。ところが丸橋博士は首筋に矢を突き立てて死んでいた。なぜ凶器が弓矢なのか。それはポツダム宣言以来唯一所有を許された飛び道具だからだと摩耶は言うが……。
 トリックも優れているが、タイトルから内容から終戦直後のその時代のやるせなさを感じさせる。

 「黒幕・十時に死す」で、島崎警部補は十年ぶりに虎元警部と再会する。戦争前に虎警部は島崎の前から無言で立ち去りそのまま失踪した。その場にいっしょにいた摩耶が虎自慢の銀時計を取り上げハンマーで叩き潰した直後に。
 本編は島崎警部ものの「朝凪の悲歌」に改作されたので破棄されている。改作後の方が確かに出来はいいが、本作の短くまとまった緊迫感も捨てがたい。この枚数の中に波瀾の十年間の苦しみと悲しみが凝縮されている。

 「冬の時代の犯罪」では、武蔵野の雪の野原で全裸の美女の絞殺死体が発見された。周りには足跡がない雪の密室。捜査は難航し捜査本部は解散に追いこまれるが、そのとき犯人二人が出頭してきて島崎の目前で自決を遂げる。それでも謎は謎のまま残され、そして二十五年の時が過ぎる。
 二十年近い沈黙の後に書かれた作品。摩耶は書簡でしか登場せず、後期島崎警部ものはこれから始まったと言ってもよい。この作は楠田匡介鷲尾三郎の作品に対する技術批評だそうだ。これも極めて明快。*中谷宇吉郎*の名前が出てきてなるほどとうなずかされた。

 「夏の時代の犯罪」では、島崎は<Rルームの美女>から上流社会に食い込んできた自称超能力者の行者を排除してほしいと依頼を受ける。直接会いに行ったところ行者は政治家の娘と政商の息子の婚姻を企んでいた。島崎は行者に警告するがその直後に殺されてしまう。
 『密室犯罪学教程』の掉尾を飾り超純密室に分類される短編。これが最後の摩耶登場作品。哲学的密室なので謎解きはどうしても摩耶にさせざるを得なかった。でもこの摩耶は島崎警部の幻想にも思える書き方である。見えているはずのものが見えないこのトリックについては、初読のときは唖然とさせられて理解不能だったが、今となると京極夏彦『姑獲鳥の夏』を先取りした先見性に驚かざるをえない。

 「噂は微風のように」は、おまけのように収録された後期島崎警部ものの一つ。お偉方の依頼で事件の再調査のためにとある地方都市に向かった島崎だったが、極秘のつもりだったのに大っぴらな歓迎を受けて戸惑う。事件そのものはシベリア帰りの男が死亡者の遺族に会いに来た帰りに地元の女性を襲って二人とも凍死したという単純なものだったはずなのに。
 水際立った手口による完全犯罪。 だが悲劇の種は島崎が依頼を受けたときから播かれていた。 直接の描写はないに等しいのに犯人の凛とした姿勢が印象深い。

 天城一の短編の特徴はその簡潔さにある。余分なものが常にぎりぎりまで削ぎ落とされている。 世界観もそれと同じである。摩耶はいつも言う。物事をありのままに見ろと。余計な解釈を切り落としたときに世界はその姿を変える。
 作中に懇切丁寧な説明はない。鋭い切れの余韻を味わいながら読者は自分で作品を再構成して鑑賞しなくてはならない。まさに俳句や短歌を味わうかのように。 そうして簡潔な言葉の連なりから内包された巨大な世界のイメージが呼び起こされる。

 これが同人誌で出たために商業出版での天城一作品集が遠のいたと聞く。それなら商業出版では後期の島崎警部ものをまとめてほしいとも思う。摩耶ものよりはわかりやすいのでまだしも商業向けではないだろうか。


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