<別冊シャレード>の天城一特集の第五弾。順調にこの後も6、7が刊行され、天城一全集になろうとする勢いである(→作品目録)。本集の収録作はちょっと珍しいものばかりで私も全てが初読。
「盗まれた手紙」だけが本集唯一の摩耶もの。形式も書簡体と異色。とある悪徳弁護士が刑事の監視の隙をついてさる高貴な婦人の家で微妙な手紙を撮影したという。厳密な家宅捜索と身体検査の実施にも関わらず問題のフィルムは発見されない。摩耶は現場を見ることなく遥か遠くの地でその真実に到達したが、その解決だけを言っても到底信じてもらえないと判断しそこに至るまでの道筋を書き綴る。頻出する哲学用語。犯罪捜査とは、手懸りとは、と自明と思われる事象に対する再定義。相反する事実の基本的矛盾に至ったときはあとは止揚するのみ。
難解な書き方でありながら真相は実にすっきりしている。天城一全作品中でも極致と思える一編。
本巻で「収差」「死は賽を振る」「急行《白山》」「急行《なにわ》」「東京駅23時30分」「特急《あおば》」が時刻表も掲載される鉄道ミステリ。それらの初稿は大体が「急行《さんべ》」(1975) による復活後に書かれた。
これらを読むだけでも天城の時刻表ものはトリックだけに凝るだけでなく全体の構成と綿密に絡めているのがわかる。単純すぎるトリックには他の何かを付加し印象を変える。ガチガチの時刻表トリックと思わせておいた上でわざと外してみせたりもする。時代色も濃く労働争議や進駐軍による支配などの社会問題が背景になったりするがありきたりには使われない。やはり一筋縄ではいかない作家である。
「春は名のみか」は『密室犯罪学教程』(1991)に収録されるはずだった密室もの。敗戦後潰れかけた会社の女子寮で対立する美女のうちの一方が殺された事件。
差し替えられたように確かにトリックは弱いが、殺された女の人物像はよく書けていると思う。
「春の時代の殺人」はKTSC(関西探偵作家クラブ)用の犯人当て小説の改稿。
最後期の摩耶ものの「冬の時代の殺人」「夏の時代の殺人」とセットになる題名だがこれは島崎もの。労組に包囲された役員会。閉ざされた環境において暗闇で殺された経営者。異様な動機の説明に戦中のあるエピソードを持ってくるのが天城らしいが、犯人当てには不向きでは。
「われらのシンデレラ」は摩耶が登場しなくなった単独の島崎ものの第二作。天才型探偵の相棒役だった警察官が自力で名探偵になるのは希有の例だが、島崎警部補はやすやすと事件を解決してしまう。
「彼らマンダレーより」と「春 南方のローマンス」では、ともに戦中の植民地での栄華が戦後に影を落とす。
前者は天城一弁護士が主役だが謎は島崎警部補が解く。英占領下のビルマでゲリラを指導した男が妻を殺したとの嫌疑をかけられ、ろくに抗弁もせずに死刑を受け入れる。いったい何があったのか。
短い中に二転三転し固唾を呑む展開。
戦後の荒廃と対比して戦火の中の輝く時間が強烈に甦る。実にうまくまた辛辣である。
後者はクィーン名義のラジオドラマの設定を借りて解決をつけたもの。南方のE国ウグロ独立運動失敗の恨みをかった商社の社長が殺し屋に狙われる。作者は未必の故意による犯罪と言うが、操りテーマではないか。
巻末中編の「特急《あおば》」は長編『沈める濤』(1999)の原型。同じ話であるのになぜこんなに違うのか驚いた。これから読もうとする人は、できたら『沈める濤』の方から読んでほしい。
天城一は好きな作家ではあるが、読み飛ばしが絶対にできないので結構読むのはしんどい。そのしんどさも楽しみの一つではあるが。