はてさて、いきなり危ないネタを放り出してしまいましたが、このテーマは僕にとってかなり以前から追求してみたいと思っていたものです。さもなきゃ、あんな短時間でこんなにリスト・アップはできません。
まずは、出典明示と各編の解説から行きましょう。
<カニバリズム・テーマ・アンソロジー>
E・A・ポオ 『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』より(『ポオ小説全集2』創元推理文庫)
G・ルルー 「胸像たちの晩餐」(『ガストン・ルルーの恐怖夜話』創元推理文庫)
L・ダンセイニ 「二瓶のソース」(江戸川乱歩編『世界短編傑作集3』創元推理文庫)
S・エリン 「特別料理」(異色作家短編集2『特別料理』早川書房)
C・ウールリッチ 「爪」(江戸川乱歩編『世界短編傑作集5』創元推理文庫)
R.ダール 「豚」(異色作家短編集1『キス・キス』早川書房)
L.ブロック「食いついた魚」(『おかしなことを聞くね』早川文庫)
上田秋成 「青頭巾」(『雨月物語』)
謡曲「安達が原」
江戸川乱歩 『闇に蠢く』より(江戸川乱歩推理文庫5『湖畔亭事件』講談社)
葉山嘉樹 「死屍を食う男」(中島河太郎編『新青年傑作選集4』角川文庫)
小酒井不木 「手術」(中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪奇小説集3』立風書房)
村山槐多 「悪魔の舌」(『文豪ミステリー傑作選2』河出文庫)
夢野久作 「人間腸詰」(『夢野久作全集6』ちくま文庫)
大下宇陀児 「紅座の庖厨」(中島河太郎編『日本ミステリーベスト集成1戦前編』徳間文庫)
水谷準 「恋人を喰べる話」(鮎川哲也編『怪奇探偵小説集2』双葉文庫)
妹尾アキ夫 「恋人を食う」(鮎川哲也編『怪奇探偵小説集1』双葉文庫)
妹尾アキ夫 「人肉の腸詰」(中島河太郎編『日本ミステリーベスト集成1戦前編』徳間文庫)
芦川澄子 「道づれ」(中島河太郎編『宝石傑作選集4』角川文庫)
小松左京 「凶暴な口」 未読
筒井康隆 「定年食」 未読
手塚治虫 「安達が原」(『ライオンブックス』講談社手塚治虫漫画全集)
中井英夫 「美味追真」(『人外境通信』講談社文庫)
阿刀田高 「わたし食べる人」(鮎川哲也編『恐怖推理小説集』双葉社)
泡坂妻夫 「閏の花嫁」(『煙の殺意』講談社文庫)
新井素子 『ひとめあなたに』より(双葉ノベルスだっけ?忘れた)
連城三紀彦 「親愛なるエス君へ」(『瓦斯灯』講談社文庫)
法月綸太郎 「カニバリズム小論」(『法月綸太郎の冒険』講談社ノベルス)
綾辻行人 「特別料理」(『眼球綺譚』)
さて、長編ではあるが、ポオはどうしてもアンソロジーには入れたいところです。難破した船の上でくじを引く四人の男たち。悪夢の航海記には圧倒されます。
ルルーはあの『黄色い部屋の秘密』や『オペラ座の怪人』でおなじみの人。海難綺譚。
ダンセイニ卿やエリン、ウールリッチの作品はこの手のお話では定番です。肉食人種の書く話にはやっぱり迫力があります。
ダールの「豚」はよくわからない書き方の話だった。少年は屠殺はされたが、喰われてはいません。でも、リストに加えても差し支えないと思います。
ブロックは、ロバート(R)・ブロックじゃなくてローレンス(L)・ブロックですよ。この人はエリンを思わせる長短編の両刀使い。長編はハードボイルド、短編は奇妙な味というところもそっくり。そしてエリンよりも多作。最近彼の短編集が訳されていますが、なかなか絶品が含まれています。これもそのひとつ。
確かに、「青頭巾」は取り上げるべきでしたね。カニバリズムに陥るのは大方が極限状態においてです。海難、戦争、犯罪、飢餓、みんな極限状態ですが、恋愛もそれと同様の極限状態なのです。なお、この舞台となった大平山大中寺は僕の母校の栃木高校のすぐそばです。
やっぱり栃木県の伝説で「安達が原」というのもあります。少年時代に下野伝説集で読んだだけで、記憶に薄いのですが、鬼婆が旅人を喰う話です。これは能などの題材にも取り上げられています。
乱歩の話はあとでします。
葉山嘉樹は「セメント樽の中の手紙」で有名なプロレタリア作家。この作品はある怪談のパターンの原型である。同室の男が深夜こっそりと部屋を出ていく。不審に思いあとをつけた男が目撃する悽愴きわまりない光景。
夢野久作のこの作品は本来はユーモア小説です。博覧会で渡米した大工の棟梁ハルコーは密輸がらみで当地のギャングに幽閉される。彼を助けようとした天草娘は半死半生のまま肉挽器械に投げ込まれた。覚え込んだ唯一の英語の客引き文句をうわごとで唱え続けていたためにハルコーは救われた。日本へと帰る船にて、領事館からもらった缶詰のソーセージを開けるとその中から黒い女の髪の毛が一
本……。
その他の戦前作家は略。喰った話もあるし、実際には喰ってない話もあります。
芦川澄子は<宝石>に六年間だけ執筆した作家だが、この作品で強い印象を残す。旅先のパリで知り合った異様に精力的な老人は、昔一回だけ食した肉の缶詰を捜し求めていると言う。それはナチの地下工場から掘り出されたものだった。
手塚治虫には前記謡曲をSFに翻案した同名のマンガがあります。反体制活動家のカップル。男は逮捕され、女は辺鄙な惑星に逃げ延びる。女は必死で生きた。政府が寄越した追手を殺して喰らってまでも。そしていつしか女は老婆になった。そこへ男がやってきた。冷凍睡眠で若さを保ったまま。政府の殺し屋と立場を変えて。 このとき鬼だったのは男女どちらだったのでしょうか。
中井英夫は<とらんぷ譚>より。この作者にしては凡作だが。筆者は例によってさらりと時を越える。終戦直後の1946年3月、百貨店の地下の食品売り場でエストラゴン・オウ・ヴィネーグルなる調味料を買い求めた二人の少年はいったいどんな料理を作ろうとするのだろう。二人を呼び止めた筆者はもうすこしで、言いそうになる。それを使ってこの己を食べてみてくれと。
阿刀田高の話は、あれは本当にうまそうだった。
泡坂妻夫は超絶至極の短編集から一本。ここに挙げるとネタバレになってしまうが。シボニスータ。
新井素子については僕が語るまでもないでしょう。
連城三紀彦。エス君とは例の佐川君のこと。ある欲望に取り付かれた東京在住のフランス人青年がエス君に向けて送る手記。ツイストが効いている。
法月綸太郎はこの分野に新たな動機を導入した。まあ読んで楽しい話ではないが。
綾辻行人のは、近年の収穫。サプライズはないが、語り手が偶然出くわしたレストラン<YUI>のメニューを手に、ゲテモノ料理について嬉々として語るシーンが非常に印象的。
最近の事情はどうなっているかわかりません。日本ならバイオレンスノベル関連にいくらでもありそうだし、アメリカはサイコものが全盛だし。
T・ハリス『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』のハニバル・レクター博士は近来出色のキャラクターという評判。ハニバル・ザ・カニバル(人喰いハニバル)の異名をとる彼は天才にして冷徹な犯罪者。でも、その脱獄トリックは結構古典的で笑えた。
レクター博士ものは妙なシリーズです。僕は原作2冊だけを図書館で借りて読みました。主人公の捜査官も、犯人も共通していない。共通の登場人物はレクター博士と主人公の上司だけ。レクター博士はやたら存在感あるけど脇役に過ぎない。『羊たちの沈黙』でレクター博士を人肉を喰うシャーロック・ホームズ扱いもしていたけど、誇大宣伝だ。だって、真相を以前から知っていただけであって、推理で割り出したんじゃないもの。それじゃあつまらない。このシリーズの真価はレクター博士を真正面から主役に据えたときに決まることでしょう。
さて、江戸川乱歩『闇に蠢く』の話をしましょう。
これは僕にとってある意味で非常に思い入れがある話です。乱歩版『痴人の愛』という趣もある。
主人公の画家は不思議な肉体の美をもつモデル女お蝶と知り合う。お蝶には不可解な影がつきまとい、彼らは山奥のホテルに逃走する。そこでお蝶は謎の失踪を遂げ、彼は友人達とともに洞窟に閉じこめられる。すべてはホテルを根城とする人肉嗜好者の仕掛けた罠だったのだ。友人達の死肉を喰らって地底の地獄から生還した彼は、いつしか仇敵に対しても、愛するお蝶に対しても食慾と同じ感情
を抱くようになる。山中の必死の追跡行ののち、山寺の墓地に立つ真新しい卒塔婆の前で二匹の野獣が邂逅し……。
この話を初めて読んだときあまりのどぎつさに辟易しました。とてもじゃないがついて行けない。そう思いました。
ところがいつのことか再読したときにこんな話をとっても好きになり、ある種の心地よさを感じている自分がいました。
子供の頃本当に臆病だった自分が猟奇の道に足を踏みいれたのは高校時代に江戸川乱歩に遭遇したからです。乱歩の初期短編群は無論絶品ですが、僕の中では、このただひたすらどぎつい乱脈長編が結構大きな位置を占めています。
さて、ひるがえって考えてみるとカニバリズムの恐ろしさ自体が正にそこにあるように思えます。人は怪物を恐れる。だがそれ以上の恐怖は自分自身が怪物と化すことである。人肉嗜好症が最後のタブーであるのは人々の心の中にある、「食べたい心」を刺激するからなのかもしれません。
「食べちゃいたいほど可愛い」ともいうけど、愛情は案外簡単に食慾に変じるものかも。吸血鬼テーマともかなり関連が深そうだけど、人間を喰らうものが怪物であるよりは同じ人間である方がより怖さを覚えますね。
人は簡単に鬼と化します。ちょっとしたこだわり、歯噛み、執着。そんなものからいとも簡単に鬼と化します。地獄への落とし穴はそこらじゅうにぽっかり口を開けているんではないでしょうか。
また、カニバリズムは神話の世界のものでもあります。即ち我々の無意識の産物です。民話や御伽話も勿論その中に含まれます。
そして。実はカニバリズム・テーマの最高のベストセラーは新約聖書なのです。なぜなら、クリスチャンの聖体拝領はキリストの肉を食べ、キリストの血を飲むことなのだから。